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過去編 ー大和御門ー
9.狩り場
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耳が痛くなるような爆音で音楽が鳴り続けるフロアで、御門は酒を片手にバーカウンターにもたれていた。
平日の0時を過ぎているのに、クラブには人が溢れている。
「平和だねぇ」
御門が呟くと真神は御門の中から何か答えたが、フロアの爆音にかき消されている。
御門はこの場所が好きだった。
人が多く酒とタバコと香水の匂いが入り交じり、腹に響くほどの重低音が鳴り響くクラブは現実を忘れる事ができる上、絶好の狩場でもあった。
人が多く集まる場所には霊も多く集まる。特にクラブやバーなど、享楽に興じるような場所には、それに相応しく低俗で悪質な霊が集まるものだ。
そして、中には霊力の高い人間もいる。効率的に狩りと補給ができるのだ。
東雲に付喪神の憑いた面を見せられた翌週には、御門はどこかの山に連れてこられていた。
昨日まで通っていた高校はいつの間にか転校の手続きが取られたらしい。もちろん、御門の意志など介在しない。
「真神様の依り代となったとは言え、君自身は単に馬鹿みたいに霊力の高いただの子供だからね。霊力を使い君自身が付喪神と戦えるようにならなければならない、と日本武尊はおっしゃられたんだよ」
東雲は柔和な笑顔でそう言った。
そして、その日から東雲自ら指導し、3か月目を迎える頃には、御門は一通りの術を使えるようになり、悪霊や霊力を喰えるまでになっていた。
「素晴らしいね。通常はそこまで出来るようになるのは無理なんだが。術を覚えるだけでも1年はかかるのに――真神様の加護を得ているとは言え、君の才能の賜物だね」
東雲の言葉に御門は荒んだ目で東雲を睨みつけた。
「お前が――お前が事あるごとに霊力の補充だっつってキスするからだろ!」
「やだなー。キスじゃなくて霊力の補充だよ。僕を変態みたいに言うのはやめてほしいな」
16歳の少年の心は弱く脆い。過酷な修行より、御門には東雲からの霊力の補充が苦痛でたまらなかった。
平家の隠れ里だったと言う山の中は、なるほど恨みつらみを抱えた霊がうようよといて、霊力の高い御門の体を欲しては昼夜問わず襲い掛かってきた。
真神は御門の修行のためだからと、御門を通してしか霊力を摂取できないよう、術で縛りをつけたせいで、御門が悪霊を喰わねば御門が真神に喰われると言う過酷な状況に追い詰められた。
御門が真神の力を使えるというのは、悪霊を喰らう事だったと知ったのは、東雲に二度目の唇を奪われた時だった。
これまで、人より霊感が強い程度で、事あるごとに霊が見えたり金縛りにあったりするくらいのライトな霊体験しかしてこなかった御門に、悪霊を喰うという行為は理解ができない事だった。
そして、悪霊を喰えないと真神の意志とは全く無関係に霊力が真神に喰われる感覚もまた、御門には理解できなかった。
「君の霊力は本当に底が知れないな」
御門が怠さを覚え、目が虚ろになる度、東雲は口移しで御門に霊力を与えていた。
山に入り3か月を迎えようとしていた頃には、ある程度の術は使えるようになったものの、霊力を喰うというのは相変わらずわからなかった。
日夜続く修行で体は疲れ切っている上、真神に霊力を喰われて、御門の精神状態は限界に達していた。
いつものように抵抗する気力も体力もない中で、東雲が御門を抱きかかえて霊力を口移した。
東雲から受ける霊力は心地よく、乾いた喉を潤すように甘く体に浸透していく。
――もっと……
御門は東雲の首に腕を回すと、東雲にしがみつくようにその唇を貪った。
霊力が流れてくる――生き返る――
御門は夢中で東雲の霊力を喰い、その体に溢れる霊力を感じる事が出来た。
『そこまでだ。馬鹿者。東雲を使い物にならなくする気か』
真神の叱責で御門が我に返ると、東雲は青白い顔でぐったりと御門の膝の上に倒れこんでいた。
初めて御門の意思で霊力を喰った瞬間だった。
御門は後になってつくづく、あの時殺していればよかったと後悔する。
「お兄さん、先週もいたよね?よく来てるの?」
男好きしそうな化粧と服装の女達が話しかけてきた。
『そなたの外見と霊力は役に立つな』
真神の満足気な声が御門の中から聞こえてきた。
今夜はこの女を喰えと言う事なのだろう。なるほど、御門を熱心に見つめる方の女背中には、水子から生霊死霊と霊の展覧会と勘違いする程のバリエーションが勢ぞろいしている。それらを引き寄せるだけあって霊力もそこそこ高い。
――真神が気に入るはずだ。
御門は納得すると、女達に笑顔を向けた。
「ごめんねぇ。同居人がうるさくって家には連れてけないんだよね」
フロアの隅で、展覧会の女とキスを交わしながら御門は悪びれずに言うと、女は御門に体を摺り付けながら「その同居人って女?」と嫉妬に顔を歪めた。
ちょっと相手をしただけでこれだ。そりゃこんだけ背負うわ。
御門は呆れながら「いーや。男だよ。かわいい顔してちょー真面目なの。うち職場の寮みたいなもんだからさ」と言って女の首筋に唇を押し当てた。女は恍惚の表情を浮かべている。
やっぱりクラブはいいよね――御門は女に憑いている霊を喰い尽くすと、満足した表情を浮かべて女を離した。
「ごちそうさま。美味しかったよ――じゃあね」
女の耳元でそう言うと、御門は呆然と立ち尽くす女を置いてクラブを後にした。
これで数日は真神も大人しくしているだろう。
御門はタイミングよく目の前で止まったタクシーに乗り込むと、ご機嫌で「家まで」と言って静かに目を閉じた。
喰ったら眠らなければ――真神に喰われないために。
平日の0時を過ぎているのに、クラブには人が溢れている。
「平和だねぇ」
御門が呟くと真神は御門の中から何か答えたが、フロアの爆音にかき消されている。
御門はこの場所が好きだった。
人が多く酒とタバコと香水の匂いが入り交じり、腹に響くほどの重低音が鳴り響くクラブは現実を忘れる事ができる上、絶好の狩場でもあった。
人が多く集まる場所には霊も多く集まる。特にクラブやバーなど、享楽に興じるような場所には、それに相応しく低俗で悪質な霊が集まるものだ。
そして、中には霊力の高い人間もいる。効率的に狩りと補給ができるのだ。
東雲に付喪神の憑いた面を見せられた翌週には、御門はどこかの山に連れてこられていた。
昨日まで通っていた高校はいつの間にか転校の手続きが取られたらしい。もちろん、御門の意志など介在しない。
「真神様の依り代となったとは言え、君自身は単に馬鹿みたいに霊力の高いただの子供だからね。霊力を使い君自身が付喪神と戦えるようにならなければならない、と日本武尊はおっしゃられたんだよ」
東雲は柔和な笑顔でそう言った。
そして、その日から東雲自ら指導し、3か月目を迎える頃には、御門は一通りの術を使えるようになり、悪霊や霊力を喰えるまでになっていた。
「素晴らしいね。通常はそこまで出来るようになるのは無理なんだが。術を覚えるだけでも1年はかかるのに――真神様の加護を得ているとは言え、君の才能の賜物だね」
東雲の言葉に御門は荒んだ目で東雲を睨みつけた。
「お前が――お前が事あるごとに霊力の補充だっつってキスするからだろ!」
「やだなー。キスじゃなくて霊力の補充だよ。僕を変態みたいに言うのはやめてほしいな」
16歳の少年の心は弱く脆い。過酷な修行より、御門には東雲からの霊力の補充が苦痛でたまらなかった。
平家の隠れ里だったと言う山の中は、なるほど恨みつらみを抱えた霊がうようよといて、霊力の高い御門の体を欲しては昼夜問わず襲い掛かってきた。
真神は御門の修行のためだからと、御門を通してしか霊力を摂取できないよう、術で縛りをつけたせいで、御門が悪霊を喰わねば御門が真神に喰われると言う過酷な状況に追い詰められた。
御門が真神の力を使えるというのは、悪霊を喰らう事だったと知ったのは、東雲に二度目の唇を奪われた時だった。
これまで、人より霊感が強い程度で、事あるごとに霊が見えたり金縛りにあったりするくらいのライトな霊体験しかしてこなかった御門に、悪霊を喰うという行為は理解ができない事だった。
そして、悪霊を喰えないと真神の意志とは全く無関係に霊力が真神に喰われる感覚もまた、御門には理解できなかった。
「君の霊力は本当に底が知れないな」
御門が怠さを覚え、目が虚ろになる度、東雲は口移しで御門に霊力を与えていた。
山に入り3か月を迎えようとしていた頃には、ある程度の術は使えるようになったものの、霊力を喰うというのは相変わらずわからなかった。
日夜続く修行で体は疲れ切っている上、真神に霊力を喰われて、御門の精神状態は限界に達していた。
いつものように抵抗する気力も体力もない中で、東雲が御門を抱きかかえて霊力を口移した。
東雲から受ける霊力は心地よく、乾いた喉を潤すように甘く体に浸透していく。
――もっと……
御門は東雲の首に腕を回すと、東雲にしがみつくようにその唇を貪った。
霊力が流れてくる――生き返る――
御門は夢中で東雲の霊力を喰い、その体に溢れる霊力を感じる事が出来た。
『そこまでだ。馬鹿者。東雲を使い物にならなくする気か』
真神の叱責で御門が我に返ると、東雲は青白い顔でぐったりと御門の膝の上に倒れこんでいた。
初めて御門の意思で霊力を喰った瞬間だった。
御門は後になってつくづく、あの時殺していればよかったと後悔する。
「お兄さん、先週もいたよね?よく来てるの?」
男好きしそうな化粧と服装の女達が話しかけてきた。
『そなたの外見と霊力は役に立つな』
真神の満足気な声が御門の中から聞こえてきた。
今夜はこの女を喰えと言う事なのだろう。なるほど、御門を熱心に見つめる方の女背中には、水子から生霊死霊と霊の展覧会と勘違いする程のバリエーションが勢ぞろいしている。それらを引き寄せるだけあって霊力もそこそこ高い。
――真神が気に入るはずだ。
御門は納得すると、女達に笑顔を向けた。
「ごめんねぇ。同居人がうるさくって家には連れてけないんだよね」
フロアの隅で、展覧会の女とキスを交わしながら御門は悪びれずに言うと、女は御門に体を摺り付けながら「その同居人って女?」と嫉妬に顔を歪めた。
ちょっと相手をしただけでこれだ。そりゃこんだけ背負うわ。
御門は呆れながら「いーや。男だよ。かわいい顔してちょー真面目なの。うち職場の寮みたいなもんだからさ」と言って女の首筋に唇を押し当てた。女は恍惚の表情を浮かべている。
やっぱりクラブはいいよね――御門は女に憑いている霊を喰い尽くすと、満足した表情を浮かべて女を離した。
「ごちそうさま。美味しかったよ――じゃあね」
女の耳元でそう言うと、御門は呆然と立ち尽くす女を置いてクラブを後にした。
これで数日は真神も大人しくしているだろう。
御門はタイミングよく目の前で止まったタクシーに乗り込むと、ご機嫌で「家まで」と言って静かに目を閉じた。
喰ったら眠らなければ――真神に喰われないために。
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