付喪神狩

やまだごんた

文字の大きさ
11 / 41
寄木細工の呪い箱編

11.呪い

しおりを挟む
 当時14歳だった芳川家のお嬢様は、18歳と年頃も近く清廉な顔つきの書生と当然のように恋に落ちた。
 書生はやがて中央の大学に進学し芳川家を出たが、書生は手ずから作った寄木細工よせぎざいくの箱を渡し、立派になって迎えに来るという約束とお嬢様と交わした。
 しかし、その後すぐに起きた世界恐慌に芳川家も無事では済まず、裕福だった家は衰退し、お嬢様は売られるように商家へ嫁ぐことになった。
 蝶よ花よと育てられたお嬢様は、慣れない商家の暮らしに苦労に苦労を重ねた後、5人の子供を産んで戦争中に空襲で亡くなった。
 死ぬまで傍に置いて、文字通り片時も離さなかったその箱を、お嬢様の娘である柏木秋子の祖母が相続し、毎年命日には仏壇に置いて線香と経を捧げていのだと秋子あきこは話した。
「私は母を早くに亡くしたもので、祖母が母替わりだったんですよ」
 秋子は寄木細工の箱を愛し気に見つめた。
「祖母は亡くなる前に、自分が死んだらこの箱を棺桶に入れて一緒に燃やすよう言ってたんですが、生前の祖母が一番大事にしていたのがこの箱だったから、つい傍に置いておきたくて――祖母の願いを無視したせいで祖母が怒っているんじゃないかって思って、ご相談させていただいたんです」
 8年前に祖母が亡くなってから、悪夢を見るようになったのだと、秋子は付け加えた。
 起きたら内容は覚えていない。しかし、それが悪夢であったことはわかるのだ。
 初めは月に一度見ればいい方で、祖母の葬式やら後片付けやらで疲れているのだと思った。しかし、3年ほど前に突然その頻度が増えたのだと言う。
「思い当たるきっかけは?」
 御門みかどは静かに尋ねたが、秋子はゆっくり首を横に振るだけだった。
「この箱は祖母が大事にしていたので、傍に置いていると、なんとなく祖母が近くにいるような気がして、いつも話しかけていたんです。――おはよう、とかそんな程度ですけど」
 しかし、半年ほど前から、なんとなく箱が怖いと思うようになったのだと秋子が言うと、御門の目に緊張が走ったのを亨は気付いていた。
「それで、俺達に相談してきた……と」
 御門の言葉に秋子は頷いた。
 その時、玄関のインターホンが鳴り、「ちょっと失礼します」と、秋子がリビングから出ていくと、御門はとおるにもたれかかり「こりゃ面倒だ」と、呟いた。
 亨は頷いて、目の前の箱を見つめてため息をついた。
付喪神ツクモガミかと思いきや――呪いだったとは」

 帰りの車の中で、御門は忌々し気に手に抱えた箱を見つめていた。
「居眠りして落とさないでくださいよ」
 ハンドルを握ったまま亨が言うと、御門は「なんで俺が持たなきゃダメなんだよ」とブツブツと文句を言っている。
「仕方ないでしょ。どっちかが呪いを抑えてないと無事に帰れるかすらわかんないんですから。御門さんが運転を代わってくれるなら喜んで持ちますよ。――ないでしょ?免許」
 亨がジト目で御門を睨むと、御門は唇を尖らせて助手席のシートにもたれた。
「あるし――一応……」
 拗ねたように小声で呟くが、亨には聞こえていない。
 
「調査が必要な為、持ち帰らせていただきます。一週間から十日で結果と共にお返しできると思います」
 亨が言うと秋子は安心したように笑顔を見せ、よろしくお願いしますと頭を下げた。
 気休めにと亨は秋子に魔除けの護符を渡し、箱が戻るまでは肌身離さず持っているよう言い含めた。
「厄介ですよね」
 亨は珍しく助手席で眠っていない御門に話しかけた。
「ああ――呪いは俺の領分じゃねぇ。頼んだよ、とーるちゃん」
 御門は箱をポンポンと叩くと、ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべていた。

 車は自宅のマンションに到着すると、地下の駐車場へとゆっくり進めた。
 指定の場所に止めると、すぐに専用のエレベーターがある。
 二人は専用キーでエレベーターに乗り込むと、無言で箱を見つめた。
 暴れる様子はない。禍々しい気配も感じない。しかし、その箱からは確実に呪いの気配が感じられた。
「エレベーター……落ちねぇだろうな」
「結界と魔除けが施されたエレベーターですよ。呪いなんかよりも故障で落ちる方が確率高いですから」
 御門の呟きに、亨は冷静に答えた。
 ここからが大変なんだが――
 亨は秋子との会話を思い出した。
 
 呪いの事は伏せて、明らかに霊障が出ている事を伝え、一番早いのはこの箱を処分する事だと言うと、それまで物静かで穏やかだった秋子が豹変したかのように怒りだした。
「これは祖母との思い出の箱なんです!処分なんてとんでもない。私から祖母との思い出まで奪う気なんですか!」
 随分とこの箱に執着を見せていた割に、持ち帰る事には抵抗しなかったなと、亨は引っかかっていた。
 原因が呪いにある事は間違いないだろう。しかし、誰が誰を何のために呪っているのか――そして、誰がいつどうやってこの箱に呪いを込めたのか――。
 エレベーターがフロアに到着すると、両手が塞がっている御門のために、亨は鍵を取り出すとドアを開けた。
 玄関ではミケさんがどうやって察知したのか、二人の帰りを待っていた。「ただいま、ミケさん」と亨は擦り寄るミケさんの頭を撫でて言った。
 
「俺の隣でいいかな」
 玄関で靴を脱ぎ捨てながら御門が言うと、亨は頷いて御門の寝室の隣にある使っていない部屋へ入って行った。
 御門の寝室よりふた周りほど小さいその部屋は、家具も装飾もない殺風景というよりは、ただ何も無いだけの部屋だった。
「ここに結界を張ります」
「また札使うの?」
「経費として計上しますよ」
 そう言うと、亨はジャケットのポケットから呪符を取り出した。

「左が青龍は万兵まんぴょうを避け
 右が白虎は不祥を避け
 さきが朱雀は口舌こうぜつを避け
 後が玄武は万鬼を避くる
 前後を扶翼す、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう乾坤元亨利貞げんこんげんこうりてい

 亨がうたうような節で口ずさみながら、札を貼る。
「御門さん、真ん中にそれを」
 御門が箱を指定された場所に置くと、両手を組み合わせる外縛印を結ぶ。
 御門の目には、部屋の中に霊力で編まれた結界が広がるのが見える。
「相変わらず上手いねぇ。とーるちゃんは」
 御門は部屋の入り口で待っていたミケさんを抱き上げると、満足気に唇の端を上げて見せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

God Buddy

燎 空綺羅
キャラ文芸
アメリカ合衆国、ミズーリ州コロンビアを舞台に、ゾロアスター教の2神の生まれ変わりである少年たちが、仲間たちと共に、市民を守る為に戦いを繰り広げる物語。 怒りと憎しみを乗り越えられるのか? 愛する人を救えるのか? 16歳のオーエン・テイラーは、悩み、苦しみ、運命に抗いながら、前へと進んでゆく。 過ちを抱えながらも、歩むしかない。 この物語は、オーエン・テイラーの、成長の軌跡である。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

俺と黒騎士とまどかさん

やまだごんた
キャラ文芸
いつ頃からか、通勤途中にすれ違う女性を意識するようになった高坂和真。 毎日1、2秒の出会いをいつしか心待ちにするようになる。 そんなある日、打ち合わせに行った会社にいたのは、例の彼女だった。 これは運命なのだろうか。 全7話の短編です

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

【完結】お供え喫茶で願いごと

餡玉(あんたま)
キャラ文芸
身勝手な母親のせいで、血の繋がった父と兄と離れ離れになってしまった小学三年生の知也。 ある日知也は、『新しいお父さん』が家にいるせいで家に居づらく、夜の公園で空腹と寒さを抱えていた。 先の見えない孤独と寂しさに囚われかけていた知也の前に、突然見知らぬ少年が現れる。 高校生くらいの年齢に見える少年は樹貴(たつき)と名乗り、知也を見たこともない喫茶店に連れて行く。 なんとそこは、神様が訪れる不思議な店で……。 ◇1/22、番外編を追加します! こちらはブロマンス風味が強いので、BLがお嫌いな方はご注意ください。 ◇キャラ文芸大賞参加作品です。応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

幽縁ノ季楼守

儚方ノ堂
キャラ文芸
「季楼庵当主の代理を務めてもらう」 幼少期、神隠しにあった過去を待つ青年ユメビシ。 迷い込んだ先で、事件に巻き込まれ両手を失い、生死を彷徨うことに。 ただ「死にたくない」と望んだ願いは、ある故人の手を移植することで実現した。 これを境に不死の体質へと変貌したユメビシは、約70年の時を経て、因縁の土地『瞑之島(みんのとう)』へ帰還する。 しかし、どうして今自分がここにいるのか、その理由となる記憶がすっぽり抜け落ちた状態で……。 奇妙な忘却に焦りを抱えながら、手がかりを求め探索するさなか、島の中枢を担う組織『季楼庵(きろうあん)』の面々と関わりを持ち、次々と巻き起こる騒動に身を投じていくのだった。 現代において、人と人ならざる者が共存する瞑之島を舞台に、半ば強制的に当主代理に据えられたユメビシの非日常。 異色の現代ファンタジー✖️和風奇譚✖️ミステリー 様々な思惑が交錯する中、彼の帰還を以て、物語は一つの結末へ動き出す。 その約束は、何十年何百年経ち、たとえ本人達が覚えていなくとも。 幽かな縁で繋がり続け、決して解けない糸となる。 それを人は、因縁――またの名を『呪い』と呼ぶのだった。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...