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寄木細工の呪い箱編
16.守りと呪い
「付喪神と呪いはどう違うんですか」
東雲の呟きを聞いて、如月が尋ねた。
平均的で人畜無害を体現したような外見を持つ如月正明は、特殊捜査課心霊班の一員であるが、霊力に乏しい……と、いうより皆無だ。
しかし、元々東雲の部下だった事から、特殊捜査課を立ち上げる際に東雲に無理矢理異動させられ、発生した事件が付喪神によるものかを調査する役割を命じられた。
事件が起これば全国どこへでも赴いて調査するため、36歳の現在まで独身だった。
「付喪神はね、御門君の言葉を借りると妖怪みたいなもんだ。人の意思を溜め込んで、それらが意志を持ったものが付喪神。呪いは違う。思念そのものだ。それも、恨みを抱えた人物のね」
東雲は柔和な表情のまま答えた。
「同じように思えるんですけどねぇ」
「まぁね。しかし似て非なるものだよ」
東雲が言うと、如月は首を傾げて「御門君は喰えないんですか?呪いは」と尋ねた。
「喰えるよ。もちろん」
しかし、なんでも御門が解決すると亨の成長が妨げられてしまう。亨にできる事は亨にやらせなければ。
「しかし、棚橋の仕事は――」
「いいんだよ。それは。棚橋君本人も知らない事だ。――もちろん君も他言無用だよ」
東雲は腹の黒そうな笑みを如月に向けると、如月は「わかりました」と返事をしながら肩をすくめた。
一見柔和で人の良さそうなこの人は時々こういう顔をする。如月は経験から、こういう時の東雲には何も言わない事を学んでいた。
如月から調査報告を受けた亨は、先輩に深々と頭を下げた。
「いつもすみません。如月先輩」
久しぶりに見る後輩は、依然見た時よりもやつれと疲れが見えた。
「もう少し休んでたらよかったのに」
如月はリビングの絨毯に胡坐をかいて、正座する亨と向かい合っていた。如月の膝の上にはミケさんが気持ちよさそうに丸くなっていた。
「俺も言ったんだけどさぁ。とーるちゃんったら全然休んでくれないの」
御門はソファから二人を見下ろして言った。
「如月先輩が調べてくれているのに休んでいられるわけないでしょうが」
「いやいや、俺はお前らみたいに儀式とか祓いとかできないからさ。足で稼ぐ昔ながらの刑事なわけよ」
「そんな事ないです!如月先輩は僕の憧れですから」
ずいっと如月の前に進み出て亨が言うと、御門がソファから手を伸ばして亨を抱き上げた。
「ずるい!とーるちゃんったら俺にはそんな事言ってくれないじゃん。俺も先輩だよ?」
「こういう事するからでしょうが!」
御門に無理矢理隣に座らされたが、振りほどいて如月の正面に座り直すと、亨は御門に背を向けてもう一度如月に頭を下げた。
「如月先輩がこうやって調べて下さってるおかげで、だんだん見えてきました」
亨は呪いの思念を受けた時に気になっていた事があった。
貴子の人生は凄惨なものであったが、それだけで呪いになるのだろうかとずっと疑問に思っていた。
儀式から3日経ち、その間ずっと考えていた事が、如月の調査報告を見て漸く繋がったのだ。
「僕が熊野で修行していた時、芳川と言う陰陽師の血筋の男がいました。男の出身地は、貴子の生家のある地域です。おそらく親戚か何かではないかと」
亨は、思念で見た貴子を思い出していた。
高等女学校の帰り路にいつも實の背中を見つめていた。「振り向いてほしい」と思いながら。そして、その手には女学校の本と、栞代わりに挟んでいた貴子の書いた和歌があった。
「貴子は無意識に呪いをかけていたんです。加藤實に」
和歌は源氏物語の六条の御息所が源氏を恋焦がれて詠んだものだ。
袖ぬるる こひぢとかつは 知りながら 下り立つ田子の みづからぞうき
軽い気持ちで選んだのだろう。しかし、長年詠まれてきた女の情歌はそれだけで呪文のように力を持っていた。
そこに貴子の想いを載せた霊力が合わさり呪いへと変化したのだろう。
呪いによって、実直な性格の實は貴子の想いに引きずられ恋心を抱き、貴子の望むまま告白し、体を重ねたのだ。
嫁いでからの貴子は決して幸せではなかった。
しかし、實を呪わなかったのは、實が迎えに来ることはないと、どこかでわかっていたからではないか。實の恋心は自分がそう仕向けたものだと――。
凄惨な生活の中で實との思い出だけが貴子の生きる支えだったのだ。現実さえ見なければ、貴子はずっと實を思い続け幸せな思い出を抱き続けて生きることができたに違いない。
柏木秋子の祖母は、第一子だったから貴子に愛されていた。そして貴子の愛されたいと言う思いを受け、祖父母の影響を受けつつも、貴子への情を抱き続けていたのではないだろうか。
その想いは、貴子の呪いから弟妹達を守りながら、また貴子の呪いすらも守り続けていたのだ。
「だから、子供達が死んでも、孫達が死んでも、呪いは消えなかった。そしてその想いまで貴子は呪いの力と取り込んだのだと思います」
亨は唖然としている如月を見た後、御門に目を向けた。
御門は相変わらずソファに座ってその長い足を持て余すように組んでいる。
唇に微笑みを浮かべて。
東雲の呟きを聞いて、如月が尋ねた。
平均的で人畜無害を体現したような外見を持つ如月正明は、特殊捜査課心霊班の一員であるが、霊力に乏しい……と、いうより皆無だ。
しかし、元々東雲の部下だった事から、特殊捜査課を立ち上げる際に東雲に無理矢理異動させられ、発生した事件が付喪神によるものかを調査する役割を命じられた。
事件が起これば全国どこへでも赴いて調査するため、36歳の現在まで独身だった。
「付喪神はね、御門君の言葉を借りると妖怪みたいなもんだ。人の意思を溜め込んで、それらが意志を持ったものが付喪神。呪いは違う。思念そのものだ。それも、恨みを抱えた人物のね」
東雲は柔和な表情のまま答えた。
「同じように思えるんですけどねぇ」
「まぁね。しかし似て非なるものだよ」
東雲が言うと、如月は首を傾げて「御門君は喰えないんですか?呪いは」と尋ねた。
「喰えるよ。もちろん」
しかし、なんでも御門が解決すると亨の成長が妨げられてしまう。亨にできる事は亨にやらせなければ。
「しかし、棚橋の仕事は――」
「いいんだよ。それは。棚橋君本人も知らない事だ。――もちろん君も他言無用だよ」
東雲は腹の黒そうな笑みを如月に向けると、如月は「わかりました」と返事をしながら肩をすくめた。
一見柔和で人の良さそうなこの人は時々こういう顔をする。如月は経験から、こういう時の東雲には何も言わない事を学んでいた。
如月から調査報告を受けた亨は、先輩に深々と頭を下げた。
「いつもすみません。如月先輩」
久しぶりに見る後輩は、依然見た時よりもやつれと疲れが見えた。
「もう少し休んでたらよかったのに」
如月はリビングの絨毯に胡坐をかいて、正座する亨と向かい合っていた。如月の膝の上にはミケさんが気持ちよさそうに丸くなっていた。
「俺も言ったんだけどさぁ。とーるちゃんったら全然休んでくれないの」
御門はソファから二人を見下ろして言った。
「如月先輩が調べてくれているのに休んでいられるわけないでしょうが」
「いやいや、俺はお前らみたいに儀式とか祓いとかできないからさ。足で稼ぐ昔ながらの刑事なわけよ」
「そんな事ないです!如月先輩は僕の憧れですから」
ずいっと如月の前に進み出て亨が言うと、御門がソファから手を伸ばして亨を抱き上げた。
「ずるい!とーるちゃんったら俺にはそんな事言ってくれないじゃん。俺も先輩だよ?」
「こういう事するからでしょうが!」
御門に無理矢理隣に座らされたが、振りほどいて如月の正面に座り直すと、亨は御門に背を向けてもう一度如月に頭を下げた。
「如月先輩がこうやって調べて下さってるおかげで、だんだん見えてきました」
亨は呪いの思念を受けた時に気になっていた事があった。
貴子の人生は凄惨なものであったが、それだけで呪いになるのだろうかとずっと疑問に思っていた。
儀式から3日経ち、その間ずっと考えていた事が、如月の調査報告を見て漸く繋がったのだ。
「僕が熊野で修行していた時、芳川と言う陰陽師の血筋の男がいました。男の出身地は、貴子の生家のある地域です。おそらく親戚か何かではないかと」
亨は、思念で見た貴子を思い出していた。
高等女学校の帰り路にいつも實の背中を見つめていた。「振り向いてほしい」と思いながら。そして、その手には女学校の本と、栞代わりに挟んでいた貴子の書いた和歌があった。
「貴子は無意識に呪いをかけていたんです。加藤實に」
和歌は源氏物語の六条の御息所が源氏を恋焦がれて詠んだものだ。
袖ぬるる こひぢとかつは 知りながら 下り立つ田子の みづからぞうき
軽い気持ちで選んだのだろう。しかし、長年詠まれてきた女の情歌はそれだけで呪文のように力を持っていた。
そこに貴子の想いを載せた霊力が合わさり呪いへと変化したのだろう。
呪いによって、実直な性格の實は貴子の想いに引きずられ恋心を抱き、貴子の望むまま告白し、体を重ねたのだ。
嫁いでからの貴子は決して幸せではなかった。
しかし、實を呪わなかったのは、實が迎えに来ることはないと、どこかでわかっていたからではないか。實の恋心は自分がそう仕向けたものだと――。
凄惨な生活の中で實との思い出だけが貴子の生きる支えだったのだ。現実さえ見なければ、貴子はずっと實を思い続け幸せな思い出を抱き続けて生きることができたに違いない。
柏木秋子の祖母は、第一子だったから貴子に愛されていた。そして貴子の愛されたいと言う思いを受け、祖父母の影響を受けつつも、貴子への情を抱き続けていたのではないだろうか。
その想いは、貴子の呪いから弟妹達を守りながら、また貴子の呪いすらも守り続けていたのだ。
「だから、子供達が死んでも、孫達が死んでも、呪いは消えなかった。そしてその想いまで貴子は呪いの力と取り込んだのだと思います」
亨は唖然としている如月を見た後、御門に目を向けた。
御門は相変わらずソファに座ってその長い足を持て余すように組んでいる。
唇に微笑みを浮かべて。
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