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人形編
22.人形
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「え?それでやらなかったの?――え……とーるちゃんもしかしてマジ童貞?」
クラブに戻ると亨は女と出ていったと顔なじみのバーテンから聞いた御門は、亨が帰ったら問い質そうと珍しく寝ないで待っていた。
そして、昼前に漸く帰宅した亨をリビングのソファに座らせると、昨日の出来事を聞き出した。
聞き終わった今、珍しく呆気にとられて間抜けな顔をしている。
「違います。僕にだって経験くらいありますよ。――ただ、そういう事は好きな人とだけしたいんです」
純粋か――亨の返事に、御門は目の前の生き物が人間かどうか本気で疑った。
「好きな人って――とーるちゃん、そんな人いるの?」
「こんな生活してているわけないでしょ」
「ですよねー。ちなみに、最後のセック……彼女っていつよ」
「なんなんですか。いいでしょ、僕の恋愛事情なんて」
亨はムッとして立ち上がろうとしたが、ソファに並んで座ってる御門にしっかり抱きしめられていて、動けない。
なんで無駄に力が強いんだ。
亨とて可愛い顔をしているが、柔道3段の腕前だ。熊野で体術も叩き込まれている為、決して弱くはないし力も強い。
だが、その亨を以てしても動けないほど、御門は力強かった。
「大学から付き合ってた彼女がいましたけど、僕が警察学校にいる間に他に男ができたって振られて以来いませんよ」
亨は諦めて白状した。
「え――じゃあもう7年も童貞なの?」
御門が珍しくドン引きしているのを、亨は忌々しい表情で睨んだ。
「警察学校を終了してからは仕事に慣れるのにいっぱいいっぱいでしたし、慣れた頃には山に放り込まれてここですからね。僕に恋愛する時間があったのかなんて、一番わかってるのは御門さんだと思いますよ」
驚きのあまり、力を抜いた御門の腕を力一杯振り払うと、亨は立ち上がって怒り気味に早足で部屋に戻った。
ホテルの部屋で、女に服を着てもらうよう頼み込んで清算すると、女にタクシーとして1万円を渡して逃げるようにその場を離れたが、さすがに失礼だったのではないかと、亨は反省していた。
しかし、探し出したところでどうすると言うのか。どうにもできるわけがない。
それに、服が濡れたのは亨のせいでも、あの状況から救ったのは亨であり、感謝すべきはあの女性ではないか。
ホテル代だって払ったし、安全に帰れるようにタクシー代だって渡してきた。
逃げるように別れたのは失礼だったが、誠意はちゃんと見せた。問題はないはずだ。
亨は布団を頭から被ると、その日一日ずっと同じ考えを繰り返していた。
頭から、彼女の顔とバスタオルに包まれた体が離れなかった。
三日後、漸く普段通りの生活が出来るようになった亨の元に、東雲から連絡が入った。
資料を持って来てくれた如月に礼を言うと、如月は「チャンスの神様は前髪しかないんだからな。次は四の五の言わずに掴める時に掴んどけ」とだけ言って帰って行った。
「御門さん、話しましたね」
亨は御門を睨んだが、御門は素知らぬ顔で換気扇の下でタバコを吸っている。
「お仕事だろ。お・し・ご・と」
御門はタバコをもみ消すと、亨の肩を抱いてソファに座らせた。
――なんでこの人はいつも僕に密着したがるんだ。
週に3日以上はクラブに行き、月に数人は必ずお持ち帰りをしているから、男が好きなわけではないのは確実だった。
しかし、それでも必ず御門は一日に一回は亨に抱き着いたり、ソファの隣に座らせようとする。
女を連れ込んで無ければ男が好きなのかと誤解する程だ。
事実、初めの頃はそれを疑って一番離れた部屋を選んだわけだが。――今となっては別の意味でそれが正しかったと噛み締めている。
だからと言って特定の恋人を作るわけでもなく、連れ帰る女のタイプもバラバラだ。
結果、亨は御門については考えるだけ無駄だと判断した。
御門が亨のプライベートな部分まで立ち入ってこないのなら、亨もまた立ち入るべきではない。
もっとも、今の亨にプライベートがあるかも怪しいのだが。
亨は肩に回された御門の腕を弾いてどけると、如月に渡された資料を読み上げた。
篠川誠一郎は音大の教授だった。
元々は世界的に有名なフルート奏者だったが、15年前に娘の心臓に欠陥がが見つかると、娘の為に日本に留まる事を決意した。
娘は治療の甲斐なく、10年間の闘病の末5年前に亡くなったのだが、その一年後――4年前から篠川の教えている生徒達に異変が起こるようになった。
始めは、転倒や落下などによる捻挫や打撲といった軽い怪我をする生徒が出ただけだった。
しかし、ここ数か月で自動車事故や階段からの転落など、重傷を負う生徒が3名続いた。
そして、その生徒達に全て共通するのが、篠川の生徒であると言う以外にもう一つあった。
夢に人形が出てくる。
人形に夢が出てきた3日後に、必ずその生徒は何かしらの怪我を負っていた。
そして、1か月前に夢を見たと言う生徒は現在意識不明の重体となっている。
「その人形というのが、篠川の妻が長女に作ってやった人形と同じ特徴だそうです」
「だったら付喪神じゃなく、娘の悪霊なんじゃねえのか」
亨の言葉に御門は面倒そうな声で尋ねた。
「僕もそう思ったんですが、如月さんの調査によれば付喪神で間違いないそうですよ」
亨が答えると、御門は手を顎に当てて少し考え込んだ。
「新しい物に付喪神が宿る事は珍しい事だが、全くないわけじゃねぇけどな」
「そうなんですか?」
「ああ。一回だけあったな。けどあれは特殊なケースだ。そうそうあるわけじゃない」
人間国宝の日本画家が最後に描いた作品――文字通り心血を注いでいたのだが、描き上げる前に命が尽き、そのまま付喪神となった。
絵を仕上げるために依り代を探し求めるその姿は、既に人間ではなく、血と肉を固めて形作ったようなモノになっていた。
「あそこ迄深い執念を持った奴はそうそういないもんだ。けど、如月が言うなら付喪神で間違いないようだな」
御門の言葉に、亨はなんだかんだ言って御門が如月を認めている事を嬉しく思っていた。
クラブに戻ると亨は女と出ていったと顔なじみのバーテンから聞いた御門は、亨が帰ったら問い質そうと珍しく寝ないで待っていた。
そして、昼前に漸く帰宅した亨をリビングのソファに座らせると、昨日の出来事を聞き出した。
聞き終わった今、珍しく呆気にとられて間抜けな顔をしている。
「違います。僕にだって経験くらいありますよ。――ただ、そういう事は好きな人とだけしたいんです」
純粋か――亨の返事に、御門は目の前の生き物が人間かどうか本気で疑った。
「好きな人って――とーるちゃん、そんな人いるの?」
「こんな生活してているわけないでしょ」
「ですよねー。ちなみに、最後のセック……彼女っていつよ」
「なんなんですか。いいでしょ、僕の恋愛事情なんて」
亨はムッとして立ち上がろうとしたが、ソファに並んで座ってる御門にしっかり抱きしめられていて、動けない。
なんで無駄に力が強いんだ。
亨とて可愛い顔をしているが、柔道3段の腕前だ。熊野で体術も叩き込まれている為、決して弱くはないし力も強い。
だが、その亨を以てしても動けないほど、御門は力強かった。
「大学から付き合ってた彼女がいましたけど、僕が警察学校にいる間に他に男ができたって振られて以来いませんよ」
亨は諦めて白状した。
「え――じゃあもう7年も童貞なの?」
御門が珍しくドン引きしているのを、亨は忌々しい表情で睨んだ。
「警察学校を終了してからは仕事に慣れるのにいっぱいいっぱいでしたし、慣れた頃には山に放り込まれてここですからね。僕に恋愛する時間があったのかなんて、一番わかってるのは御門さんだと思いますよ」
驚きのあまり、力を抜いた御門の腕を力一杯振り払うと、亨は立ち上がって怒り気味に早足で部屋に戻った。
ホテルの部屋で、女に服を着てもらうよう頼み込んで清算すると、女にタクシーとして1万円を渡して逃げるようにその場を離れたが、さすがに失礼だったのではないかと、亨は反省していた。
しかし、探し出したところでどうすると言うのか。どうにもできるわけがない。
それに、服が濡れたのは亨のせいでも、あの状況から救ったのは亨であり、感謝すべきはあの女性ではないか。
ホテル代だって払ったし、安全に帰れるようにタクシー代だって渡してきた。
逃げるように別れたのは失礼だったが、誠意はちゃんと見せた。問題はないはずだ。
亨は布団を頭から被ると、その日一日ずっと同じ考えを繰り返していた。
頭から、彼女の顔とバスタオルに包まれた体が離れなかった。
三日後、漸く普段通りの生活が出来るようになった亨の元に、東雲から連絡が入った。
資料を持って来てくれた如月に礼を言うと、如月は「チャンスの神様は前髪しかないんだからな。次は四の五の言わずに掴める時に掴んどけ」とだけ言って帰って行った。
「御門さん、話しましたね」
亨は御門を睨んだが、御門は素知らぬ顔で換気扇の下でタバコを吸っている。
「お仕事だろ。お・し・ご・と」
御門はタバコをもみ消すと、亨の肩を抱いてソファに座らせた。
――なんでこの人はいつも僕に密着したがるんだ。
週に3日以上はクラブに行き、月に数人は必ずお持ち帰りをしているから、男が好きなわけではないのは確実だった。
しかし、それでも必ず御門は一日に一回は亨に抱き着いたり、ソファの隣に座らせようとする。
女を連れ込んで無ければ男が好きなのかと誤解する程だ。
事実、初めの頃はそれを疑って一番離れた部屋を選んだわけだが。――今となっては別の意味でそれが正しかったと噛み締めている。
だからと言って特定の恋人を作るわけでもなく、連れ帰る女のタイプもバラバラだ。
結果、亨は御門については考えるだけ無駄だと判断した。
御門が亨のプライベートな部分まで立ち入ってこないのなら、亨もまた立ち入るべきではない。
もっとも、今の亨にプライベートがあるかも怪しいのだが。
亨は肩に回された御門の腕を弾いてどけると、如月に渡された資料を読み上げた。
篠川誠一郎は音大の教授だった。
元々は世界的に有名なフルート奏者だったが、15年前に娘の心臓に欠陥がが見つかると、娘の為に日本に留まる事を決意した。
娘は治療の甲斐なく、10年間の闘病の末5年前に亡くなったのだが、その一年後――4年前から篠川の教えている生徒達に異変が起こるようになった。
始めは、転倒や落下などによる捻挫や打撲といった軽い怪我をする生徒が出ただけだった。
しかし、ここ数か月で自動車事故や階段からの転落など、重傷を負う生徒が3名続いた。
そして、その生徒達に全て共通するのが、篠川の生徒であると言う以外にもう一つあった。
夢に人形が出てくる。
人形に夢が出てきた3日後に、必ずその生徒は何かしらの怪我を負っていた。
そして、1か月前に夢を見たと言う生徒は現在意識不明の重体となっている。
「その人形というのが、篠川の妻が長女に作ってやった人形と同じ特徴だそうです」
「だったら付喪神じゃなく、娘の悪霊なんじゃねえのか」
亨の言葉に御門は面倒そうな声で尋ねた。
「僕もそう思ったんですが、如月さんの調査によれば付喪神で間違いないそうですよ」
亨が答えると、御門は手を顎に当てて少し考え込んだ。
「新しい物に付喪神が宿る事は珍しい事だが、全くないわけじゃねぇけどな」
「そうなんですか?」
「ああ。一回だけあったな。けどあれは特殊なケースだ。そうそうあるわけじゃない」
人間国宝の日本画家が最後に描いた作品――文字通り心血を注いでいたのだが、描き上げる前に命が尽き、そのまま付喪神となった。
絵を仕上げるために依り代を探し求めるその姿は、既に人間ではなく、血と肉を固めて形作ったようなモノになっていた。
「あそこ迄深い執念を持った奴はそうそういないもんだ。けど、如月が言うなら付喪神で間違いないようだな」
御門の言葉に、亨はなんだかんだ言って御門が如月を認めている事を嬉しく思っていた。
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