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人形編
24.再会
「佐川は――ノイローゼだったんです」
何度も繰り返される質問に、何度も同じ答えをしてきたのだろう。疲れ切った顔で山科が言った。
「人形が追いかけて来るなんてありえない話です」
山科は首を横に振ると、吐き捨てるように言った。
亨は山科が最後に佐川とした会話をもう一度確認していた。
友人が目の前で飛び降りたのに、最後に会っていたのが自分と言うだけで何度も事情を聞かれて、忘れたくても忘れさせてもらえないのだろう。
山科はかなり荒んだ表情をしていた。
無理もない。
亨は仕方がないとはいえ、山科に同情した。
亨も警察になったばかりの頃、事故処理に立ち上がって一部を肉塊と化した死体を見た時はしばらく何も食べられなかった事がある。
亨の場合は仕事だからと割り切る事が出来たが、ただの学生である山科にはきついだろう。
唯一の救いは昏睡状態とは言え、佐川が死んでいない事だろうか。
「辛いかもしれないけど、君が居合わせてすぐに救急車を呼んでくれたから、佐川君は助かったんだよ」
せめてもの慰めにと亨が言うと、山科は堰が壊れたように涙を流し出した。張り詰めていた糸が切れたのだろう。
「俺――俺がもっとちゃんと話を聞いてやれば……面白半分で篠川教授の呪いの話なんてしなければ、あいつはあそこまで追い詰められなかったのかも知れない……」
泣き崩れる山科の肩に手を置くと、亨は「それでも、君がいたから彼は生きてる。過ぎた事を後悔するより、彼が意識を回復してまたフルートを演奏できるようになる事を祈ろう」と、声をかけた。
「被害者の佐川良太にも会ってきましたが、かなり魂を喰われています――やはり付喪神で間違いないないかと」
亨は助手席で丸くなってタバコを吸っている御門に、調査の内容を報告した。
「その匂いだと、付喪神になったのはやはり最近だな――今回はただ喰えばいいってわけにもいかなさそうだぜ」
亨の首筋に顔を近づけ、匂いを嗅いで御門は嬉しそうに言った。
御門には大方の目星はついているのだろうが、亨には全く分からない。
しかし、聞いたところではぐらかされて終わりなのだ。
経験の差――それだけでは説明できないものが御門にはあるのだろう。
しかし、それは御門はもちろん、東雲も、亨には比較的甘い如月でさえ絶対に教えてくれない。
なぜ、御門は人でありながら悪霊を喰えるのか。御門の式神はなぜ付喪神すらもいとも簡単に喰えるのか。
御門だけは特別なのだ。まるで人ではないように思えるほど。
だが、詮索をしても何もわからないし、亨に教えられないという事は、聞いてはいけないという事だ。
御門とは一緒に住んでいるが、あくまで仕事での関係だ。友達じゃないのだから、好奇心で探るなどしてはいけない。
亨はそう割り切っていた。
車は次第に街を離れ、郊外へと進んでいた。音大から車で15分ほどの場所に、篠川教授の自宅はあった。
瀟洒な洋館で、コンクリートで打ちっ放しの壁に木をあしらった外見は、冷たさを感じさせないが暖かさも感じさせない、そんな雰囲気だった。
家は主を表すと言うのは事実なのか、篠川教授も芸術家らしいと言えば聞こえはいいが、どこか人間らしさを感じさせない風体だった。
背が高く、スラリとした体に、白髪交じりの髪は綺麗に刈揃えられ、気難しそうな顔はどこか疲れ切っているようにも見えた。
「こちらが娘が大事にしていた人形です」
篠川の妻が両手に乗るほどの、赤い毛糸の髪を三つ編みにした、布製の人形を亨に差し出した。
御門はそれを横から手を出して受け取ると、無言で篠川の妻に返した。
眉根を寄せたその顔は、何か考えているように見えた。
珍しい――亨は横目で御門を見てそう思ったが、依頼人に不安を与えてはいけないと、その場は気が付かないフリをした。
「生徒さん達が見たのはこの人形で間違いないんですね」
亨が尋ねると、篠川は頷いた。
「赤い髪で赤いボタンの布製の手作り風の人形だったと、生徒たちは口を揃えて言っていました」
「あの――娘が……娘がしているのですか」
「真理子――落ち着きなさい」
篠川は真理子を制すると、申し訳なさそうに亨達に頭を下げた。
「まだ娘さんとは――」
「十中八九、娘だな」
亨が言いかけたのを、御門が遮った。
「その人形に匂いが沁みついてやがる――生きることへの執念がすげえよ」
御門の言葉に、真理子は泣き崩れた。「私が丈夫に産んであげられなかったから――」
「娘が――暁が生きている我々を恨んでいるのですか?」
篠川は泣き崩れる妻の肩を抱きながら御門に尋ねた。
「恨み……だったらいいんだけどねぇ――」
御門の目は人形を捉えたまま、離さなかった。
亨はその様子を見て、御門が何かを確信しているが、まだ何かを探っているようにも見える。
しかし、御門は確信を持たない事は言わない。
「悪いけど、これは少し時間がかかる。――本体が見えねぇ。うまく隠してやがる」
そう言うと御門は、また来ることを告げると、亨を促して篠川家を後にしようと玄関へ向かった。
亨が篠川夫妻に頭を下げて御門を追いかけると、ちょうど玄関のドアが開き、見覚えのある女性が入ってきた。
「あれ――?この間の――」
亨を見て声を上げた女性は、体のラインが強調されるようなニットのカットソーとデニムのパンツを見事に着こなし、目元を強調したメイクだが、どこかあどけなさが残るその顔に亨は見覚えがあった。
亨の背中が一瞬で汗で湿るのが分かった。
「こら――まゆみ。お客様にご挨拶なさい。……すみません。暁の妹のまゆみです」
御門達を追いかけて見送りに来た真理子が、頭を下げながら言ったおかげで、まゆみの口から「ホテルで別れた――」と言う言葉は発せられることはなく、亨は心の中で大きく安堵の溜息とついた。
何度も繰り返される質問に、何度も同じ答えをしてきたのだろう。疲れ切った顔で山科が言った。
「人形が追いかけて来るなんてありえない話です」
山科は首を横に振ると、吐き捨てるように言った。
亨は山科が最後に佐川とした会話をもう一度確認していた。
友人が目の前で飛び降りたのに、最後に会っていたのが自分と言うだけで何度も事情を聞かれて、忘れたくても忘れさせてもらえないのだろう。
山科はかなり荒んだ表情をしていた。
無理もない。
亨は仕方がないとはいえ、山科に同情した。
亨も警察になったばかりの頃、事故処理に立ち上がって一部を肉塊と化した死体を見た時はしばらく何も食べられなかった事がある。
亨の場合は仕事だからと割り切る事が出来たが、ただの学生である山科にはきついだろう。
唯一の救いは昏睡状態とは言え、佐川が死んでいない事だろうか。
「辛いかもしれないけど、君が居合わせてすぐに救急車を呼んでくれたから、佐川君は助かったんだよ」
せめてもの慰めにと亨が言うと、山科は堰が壊れたように涙を流し出した。張り詰めていた糸が切れたのだろう。
「俺――俺がもっとちゃんと話を聞いてやれば……面白半分で篠川教授の呪いの話なんてしなければ、あいつはあそこまで追い詰められなかったのかも知れない……」
泣き崩れる山科の肩に手を置くと、亨は「それでも、君がいたから彼は生きてる。過ぎた事を後悔するより、彼が意識を回復してまたフルートを演奏できるようになる事を祈ろう」と、声をかけた。
「被害者の佐川良太にも会ってきましたが、かなり魂を喰われています――やはり付喪神で間違いないないかと」
亨は助手席で丸くなってタバコを吸っている御門に、調査の内容を報告した。
「その匂いだと、付喪神になったのはやはり最近だな――今回はただ喰えばいいってわけにもいかなさそうだぜ」
亨の首筋に顔を近づけ、匂いを嗅いで御門は嬉しそうに言った。
御門には大方の目星はついているのだろうが、亨には全く分からない。
しかし、聞いたところではぐらかされて終わりなのだ。
経験の差――それだけでは説明できないものが御門にはあるのだろう。
しかし、それは御門はもちろん、東雲も、亨には比較的甘い如月でさえ絶対に教えてくれない。
なぜ、御門は人でありながら悪霊を喰えるのか。御門の式神はなぜ付喪神すらもいとも簡単に喰えるのか。
御門だけは特別なのだ。まるで人ではないように思えるほど。
だが、詮索をしても何もわからないし、亨に教えられないという事は、聞いてはいけないという事だ。
御門とは一緒に住んでいるが、あくまで仕事での関係だ。友達じゃないのだから、好奇心で探るなどしてはいけない。
亨はそう割り切っていた。
車は次第に街を離れ、郊外へと進んでいた。音大から車で15分ほどの場所に、篠川教授の自宅はあった。
瀟洒な洋館で、コンクリートで打ちっ放しの壁に木をあしらった外見は、冷たさを感じさせないが暖かさも感じさせない、そんな雰囲気だった。
家は主を表すと言うのは事実なのか、篠川教授も芸術家らしいと言えば聞こえはいいが、どこか人間らしさを感じさせない風体だった。
背が高く、スラリとした体に、白髪交じりの髪は綺麗に刈揃えられ、気難しそうな顔はどこか疲れ切っているようにも見えた。
「こちらが娘が大事にしていた人形です」
篠川の妻が両手に乗るほどの、赤い毛糸の髪を三つ編みにした、布製の人形を亨に差し出した。
御門はそれを横から手を出して受け取ると、無言で篠川の妻に返した。
眉根を寄せたその顔は、何か考えているように見えた。
珍しい――亨は横目で御門を見てそう思ったが、依頼人に不安を与えてはいけないと、その場は気が付かないフリをした。
「生徒さん達が見たのはこの人形で間違いないんですね」
亨が尋ねると、篠川は頷いた。
「赤い髪で赤いボタンの布製の手作り風の人形だったと、生徒たちは口を揃えて言っていました」
「あの――娘が……娘がしているのですか」
「真理子――落ち着きなさい」
篠川は真理子を制すると、申し訳なさそうに亨達に頭を下げた。
「まだ娘さんとは――」
「十中八九、娘だな」
亨が言いかけたのを、御門が遮った。
「その人形に匂いが沁みついてやがる――生きることへの執念がすげえよ」
御門の言葉に、真理子は泣き崩れた。「私が丈夫に産んであげられなかったから――」
「娘が――暁が生きている我々を恨んでいるのですか?」
篠川は泣き崩れる妻の肩を抱きながら御門に尋ねた。
「恨み……だったらいいんだけどねぇ――」
御門の目は人形を捉えたまま、離さなかった。
亨はその様子を見て、御門が何かを確信しているが、まだ何かを探っているようにも見える。
しかし、御門は確信を持たない事は言わない。
「悪いけど、これは少し時間がかかる。――本体が見えねぇ。うまく隠してやがる」
そう言うと御門は、また来ることを告げると、亨を促して篠川家を後にしようと玄関へ向かった。
亨が篠川夫妻に頭を下げて御門を追いかけると、ちょうど玄関のドアが開き、見覚えのある女性が入ってきた。
「あれ――?この間の――」
亨を見て声を上げた女性は、体のラインが強調されるようなニットのカットソーとデニムのパンツを見事に着こなし、目元を強調したメイクだが、どこかあどけなさが残るその顔に亨は見覚えがあった。
亨の背中が一瞬で汗で湿るのが分かった。
「こら――まゆみ。お客様にご挨拶なさい。……すみません。暁の妹のまゆみです」
御門達を追いかけて見送りに来た真理子が、頭を下げながら言ったおかげで、まゆみの口から「ホテルで別れた――」と言う言葉は発せられることはなく、亨は心の中で大きく安堵の溜息とついた。
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