付喪神狩

やまだごんた

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人形編

30.真名

高天原たかのあまのはら神留坐かむずまりま神漏岐神漏美かむろぎかむろみ命以みこともちちて皇親神すめらみおやかみ伊邪那岐いざなぎ大神おほかみ筑紫日向つくしひなたの橘の小門おど阿波岐原あわぎはら禊祓みそぎはら給ふたもう時に生坐あれませる祓戸はらえど大神等おおかみたち諸々禍事もろもろまがごと罪穢つみけがれを祓い給ひ清め給ふたまえきよめたもうと申す事の由を天つ神地つ神あまつかみくにつかみ八百万やおよろず神達共に聞食きこしめ畏み畏みかしこみかしこみもうす」
 
 東雲しののめがまゆみを引き付ける間に、御門みかど祓詞はらえのことばを読み上げた。
 御門の体から真神マガミが姿を現す。
 真神はその目にまゆみを捉えると、東雲を飛び越えてまゆみの左肩に喰らいついた。
大口真神オオグチマガミ――」
 まゆみはニヤリと笑うと、微動だにせずその牙を受け止めた。
とおるさんの霊力はお前を抑えると聞いたけど――事実のようね」
『そう思うか――』
 真神は不敵に笑うと、いつの間に背後に回っていたのか、まなみの体は御門に抱きかかえられた。
「返してもらうぜ――とーるちゃんの霊力」
 そう言うと、御門は抱きかかえたまゆみの眉間を人差し指で押さえつけた。
あま瓊矛以ぬほこをもって国を鎮む――顕現せしませ――よい!」
「お前!なんでその名前を」
 術はまゆみの体を縛りあげ、霊力が御門の指を伝って流れ出していく。
 御門を振り払おうと体を動かすが、御門の力は強く、体から御門の指に霊力が流れ出すを止められない。
「まさか真名まなを持ってたとはな」
 御門はそう言うと、まゆみの肩に嚙みついた。
 まゆみの白い皮膚が裂け血が滲む。血液と共に霊力が更に御門の体に流れ込んでいく。亨の霊力を感じ、御門は立てた歯をよりまゆみの肩に食い込ませた。
「離せ!私のものよ!――」
 急速に失われる霊力を感じ、まゆみは手に持っていたナイフを御門の足に突き立てた。
「御門君!」
 東雲が叫ぶと同時に、真神がまゆみの肩に再び牙を立てた。今度はその体を貫くと、まゆみの体から黒いもやが立ち、人の形を作り上げた。靄が抜けたまゆみは御門もろともその場に崩れ落ちた。
『もう少しだったのに――』
 靄が言い終わらないうちに、真神はその靄に喰らいつき、瞬く間に腹の中に納めた。
「御門君――動かないで。止血を」
 漸く起き上がった東雲が御門の体から出るおびただしい血を止めようとしたが、御門は「先にとーるちゃんだ」と東雲に捕まると、ベッドに寝ている亨に覆いかぶさった。
『よいのか?このまま我に渡せばお前は解放されるんだぞ』
 真神が口を開いた。
「お前とはもうちょい付き合ってやるよ。喜んでろ」
 御門はそう言うと、血の気のない亨の顔を覗き込んだ。
 霊力が混ざる前に返さねーと――ごめんね、とーるちゃん。
 御門は亨の唇に自分の唇を押し当てると、まゆみから奪った霊力を亨に送り込んだ。
 亨は自分の頬を御門の血が伝うのを、ぼんやりと感じていたが、それ以上意識を保つのは無理だった。

 御門の怪我は見た目より軽く、2週間の入院で済んだ。
「とーるちゃんのせいで俺怪我しちゃったんだからさ、毎日見舞い来てよね」
 意識を回復し、如月きさらぎに亨の顔を見て開口一番に御門が言った言葉通り、亨は毎日病院に通っていた。
 あの後すぐに駆け付けた如月によって、東雲と共に病院に運ばれた御門は、かなりの出血はあったのもの、命にかかわる怪我ではなかったようだ。
 亨が意識を回復した時には、全てが終わっていた。
 自分が不甲斐ないばかりに、全てを御門に押し付けた事を申し訳ないと思っている亨は、黙って御門のわがままを聞いていた。
 
「まゆみってのはな――字名あざなだったわけよ」
 御門はベッドに寝転びながら、亨の剥いた歪な形のリンゴを食べていた。
「字名――ですか」
 御門のリクエストでウサギ――に見えるかは置いておいて――に剥いたリンゴを差し出しながら亨が聞き返した。
「ああ。戸籍上もまゆみだったし、気が付かなかった」
 御門は初めて篠川家に行った時に、人形から匂う霊力が篠川夫妻からも感じられたことに違和感を覚えた。
 巧みに隠されているが、真神の能力を持つ御門と、かんなぎの血を引く東雲には感じられた。
 そして、それは亨が朝帰りした時にも漂わせていた匂いだった。
 その為、この家族は付喪神に魂を喰われ操られていると御門は思った。
 しかし、御門の中で引っかかる事があった。人形にいる付喪神が弱すぎるのだ。
 この弱さで、ここまで巧みに人を操る事ができるのか。操られているならなぜ俺達を呼んだんだ。
 御門の中で疑問が膨れ上がった。
 帰り際に会ったまゆみからも、同じ匂いがした。両親よりも色濃く感じられたが、それでも巧みに隠されているのが分かった。
「そんな初めから気付いていてなんで――」
 亨は言いかけて息を呑んだ。「囮にしたんですね……」
「あいつの狙いはとーるちゃんだったからね」
 じっとりと睨む亨に、御門は笑って謝った。
「でもまさかあいつが本体とは思わなかったんだって。単に操られてるだけだと思ってたんだよ。俺も」
 両親よりも色濃いまゆみの匂いは、亨が朝帰りした時についていた残り香と同じだった。
 喰い損ねた亨をおびき寄せる為に、両親を使って依頼をしたのだろう事はすぐに気付いた。
 しかし、本体は付喪神なのかまゆみなのかがわからなかった。
 
「付喪神はあいつが作り出したもんだ。霊力を集めるためなんだろうな。すんごい執念よ」
「ただの人間に、そんな事ができるんですか?」
 亨の言葉に、御門はニヤリと笑ってみせた。
「人間の情念ってのはすごいもんよ。特に暁は生きる執念がすごかった。子供の頃からなんだろうな。20年もありゃ十分よ」
 説得力あるのかないのかよくわからないが、実際そうだったのだから納得せざるを得ない。
「っても、何回も言ってるけど俺にもわからねーくらい隠すのがうまかったからね、探るのに時間かかったのよ」
 御門は少しだけ申し訳なさそうに頭を掻いた。
「あいつからの呼び出しの時もさ、実は如月に待機させてたんだよね。もしホテルに連れ込まれるようなら全力で阻止してくれって言ってさ」
「――如月さん……いたんですね」
「さすがにカーテンの中までは覗けんかったって悔しがってたぞ」
 亨はそこまで覗かれていたなら死んでいたと頭を抱えた。
「まゆみが本体だと確信したのはさ、東雲のおっさんと篠川の家に行った時だよ」
 亨の霊力を少し食べたからか、まゆみの霊力は以前より色濃くなっていた。
 御門はポケットに忍ばせた呪符を使って、まゆみの名を呼んだが、まゆみは平然としていた。
 そこでまゆみの名が字名であることに気が付いた。
「だから、とーるちゃんを餌にあの女を追い出して、あいつらに聞き出したってわけ」
 篠川夫妻は暁にかなりの魂を喰われていたようで、夫婦揃って植物人間の状態だと、事後の処理を終えた如月から聞かされた。
 実の親にまで手をかけた事に、亨は胸が痛んだ。生きたいという執念はそれほどなのだろうか。
「でも、魂は暁の魂なんですよね」
 亨の言葉に御門は面倒くさいといった表情を隠すことなく説明した。
「名付けってのはな、呪術の一種なんだよ。魂と体両方に刻まれる。そして、暁はまゆみの魂を喰って同化していたからな。あれの名前はまゆみ――宵で間違いない」
「しかし、なぜ字名なんか――」
「言ったろ?名付けってのは呪術の一種なんだって」
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