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油滴天目編
39.夢
何もないところに御門は立っていた。さっきまで部屋で酒を飲んで寝てたはずなのに。
だが、自分の体からは酒の匂いはしない。
こんな夢を見ないようにと強い酒を煽ったのに無駄だったか。
「なんだよ。またかよ」
気配を感じて御門は振り返る。
目の前に懐かしい女が立っている。
「思い出ってもんは自分から引っ張り出すから思い出なんだぜ?自分から出てきたら思い出じゃなくて情念だ」
いつも通り軽薄な笑いを浮かべるが、その目には悲しみの色が浮かんでいる。
女も、いつも通り何も話さない。
「取り殺したいのか?――できねぇだろ?あんたら兄妹はお役目のために生きてるようなもんだからな」
御門の言葉に、女は悲しそうな笑みを浮かべる。
「なあ、俺はあんたなら殺されていいんだ。俺のあとがどうなろうが、俺は知ったこっちゃねぇ。勝手にやれ」
御門は女に手を伸ばすが、届かない。
「なんでだよ!だったらなんで出てくるんだよ!成仏できねぇなら俺が喰ってやる!そうじゃないならとっとと輪廻に戻って今度こそ幸せになってくれよ!」
御門の目から涙がこぼれる。
いつもこうだ。この女はどこまでも俺をイラつかせる。
「あと――1年」
女の口から言葉が発せられた。
ああ――そういやそうだったな。
御門は女の言葉で思い出した。
あいつに決めさせなくてはいけない。それを思い出させるためにわざわざ出てきたというのか。
御門は舌打ちした。
この10年、一度も喋らなかったくせに――
御門は目を覚ますと、自分が酒臭い事に安心した。
二日酔いでふらつく体を引きずって台所に行くと、丁度亨が朝のルーティンを終えてシャワーから出てきたところだった。
「おはよ。とーるちゃん。ちゅーしよ」
「しませんよ――近寄んな、酒臭い」
亨に抱きつこうとしたが、先に亨に手で制される。
昨日までは顔を赤くしておろおろしてたのに、悲しいほどいつも通りだ。
つまんね――
御門は腹いせにもう一回ミケさんを食おうかと探したが見当たらない。
亨が渡してくれた水を一息に飲むと、空になったペットボトルを当然の仕草で亨に返した。
「ちょっと手を伸ばしたら自分で入れれるでしょう?――ったく、なんでいっつもそんなになるまで飲むんです?ちょっとは反省ってもんをしないんですか」
嫌そうな顔をしながらも、ゴミ袋に放り込みながら亨はお説教モードに入ったらしい。
「そんなこと言ったってさ。酒でも飲まなきゃ女なんか喰えねぇよ」
「普通は逆なんじゃないんですか?」
訝し気に亨が睨むが、御門は「俺は普通じゃないんだよ」と肩をすくめた。
と、同時に亨のスマホが鳴り、亨はすぐに通話に応じた。
亨が話すのを横目に、サーバーのコーヒーをマグカップに入れて飲む。
……土曜だってのに真面目だねぇ。東雲のおっさんもとーるちゃんも。
電話を切った亨は、リビングでミケさんを見つけて撫でている御門を見た。
今回は簡単な仕事だから嫌がらないだろうが、簡単だけに報酬が少ない――と、言っても亨の年収の三分の一ほどの金額だ。
これで安いなんて言われたら自分はどうしたらいいんだと、亨は溜息をついた。
とはいえ、依頼が来た以上は働かせねばならない。
「御門さん、仕事です」
声を掛けると案の定、死ぬほど嫌そうな顔で亨を見る。
「俺今日は二日酔いで無理だよ」
「今日じゃないですよ」
ほら見たことかと亨は呆れた。
床に寝転ぶ御門を無視してソファに腰かけながら、スマホで日付を確認する。
「喜んでください。今度は近場です。現代美術館に貯蔵されてる国宝の浄化だそうで、月曜でいいそうですよ」
「やだ。めんどくさい。行きたくない」
いつも以上に即答する御門に、今度は亨が心底軽蔑の視線を送る。
「とーるちゃんがちゅーしてくれたら行くかも」
「するわけないでしょうが」
亨はそう言うと床に転がる御門を足蹴にした。
御門に迫られて赤面していた可愛い亨はもういない。完全に以前の亨だ。
御門は手に抱いたミケさんを睨むと、ミケさんは「にゃーん」と可愛く鳴いて顔を背けた。
「なんで御門さんはあんなに不真面目なんですか」
資料を取りに来た亨は、東雲に愚痴った。
「怪我でちょっと甘やかしちゃったかな」
東雲は苦笑いをしてみせたが、亨は聞いていない。
渡された資料を確認しながら、まだぶつぶつと独り言ちている。
何枚目かの資料を見て、手が止まった。
「東雲さん、これって――」
資料には、件の付喪神関連で過去に起きた事件が書かれていた。
「ああ。気にしなくていい。抜くのを忘れてたんだ」
そう言うと東雲はその紙を引き抜こうとしたが、亨はそれを許さなかった。
「教えてください。僕、御門さんについて何も知りません。御門さんとの同居も修行だって言ってたけど、違いますよね?」
「棚橋君は本当に真面目だねぇ」
東雲は一瞬逡巡したようだが、すぐに決断したようだった。
亨は、その紙をもう一度見つめた。
日付は10年前だ。
付喪神の封印に失敗した刑事が、殉職したことが書かれていた。
その刑事の名前は――東雲さつき。
「その刑事はね、私の妹だったんだよ」
亨は自分の予想が的中したことを、全く喜べなかった。
だが、自分の体からは酒の匂いはしない。
こんな夢を見ないようにと強い酒を煽ったのに無駄だったか。
「なんだよ。またかよ」
気配を感じて御門は振り返る。
目の前に懐かしい女が立っている。
「思い出ってもんは自分から引っ張り出すから思い出なんだぜ?自分から出てきたら思い出じゃなくて情念だ」
いつも通り軽薄な笑いを浮かべるが、その目には悲しみの色が浮かんでいる。
女も、いつも通り何も話さない。
「取り殺したいのか?――できねぇだろ?あんたら兄妹はお役目のために生きてるようなもんだからな」
御門の言葉に、女は悲しそうな笑みを浮かべる。
「なあ、俺はあんたなら殺されていいんだ。俺のあとがどうなろうが、俺は知ったこっちゃねぇ。勝手にやれ」
御門は女に手を伸ばすが、届かない。
「なんでだよ!だったらなんで出てくるんだよ!成仏できねぇなら俺が喰ってやる!そうじゃないならとっとと輪廻に戻って今度こそ幸せになってくれよ!」
御門の目から涙がこぼれる。
いつもこうだ。この女はどこまでも俺をイラつかせる。
「あと――1年」
女の口から言葉が発せられた。
ああ――そういやそうだったな。
御門は女の言葉で思い出した。
あいつに決めさせなくてはいけない。それを思い出させるためにわざわざ出てきたというのか。
御門は舌打ちした。
この10年、一度も喋らなかったくせに――
御門は目を覚ますと、自分が酒臭い事に安心した。
二日酔いでふらつく体を引きずって台所に行くと、丁度亨が朝のルーティンを終えてシャワーから出てきたところだった。
「おはよ。とーるちゃん。ちゅーしよ」
「しませんよ――近寄んな、酒臭い」
亨に抱きつこうとしたが、先に亨に手で制される。
昨日までは顔を赤くしておろおろしてたのに、悲しいほどいつも通りだ。
つまんね――
御門は腹いせにもう一回ミケさんを食おうかと探したが見当たらない。
亨が渡してくれた水を一息に飲むと、空になったペットボトルを当然の仕草で亨に返した。
「ちょっと手を伸ばしたら自分で入れれるでしょう?――ったく、なんでいっつもそんなになるまで飲むんです?ちょっとは反省ってもんをしないんですか」
嫌そうな顔をしながらも、ゴミ袋に放り込みながら亨はお説教モードに入ったらしい。
「そんなこと言ったってさ。酒でも飲まなきゃ女なんか喰えねぇよ」
「普通は逆なんじゃないんですか?」
訝し気に亨が睨むが、御門は「俺は普通じゃないんだよ」と肩をすくめた。
と、同時に亨のスマホが鳴り、亨はすぐに通話に応じた。
亨が話すのを横目に、サーバーのコーヒーをマグカップに入れて飲む。
……土曜だってのに真面目だねぇ。東雲のおっさんもとーるちゃんも。
電話を切った亨は、リビングでミケさんを見つけて撫でている御門を見た。
今回は簡単な仕事だから嫌がらないだろうが、簡単だけに報酬が少ない――と、言っても亨の年収の三分の一ほどの金額だ。
これで安いなんて言われたら自分はどうしたらいいんだと、亨は溜息をついた。
とはいえ、依頼が来た以上は働かせねばならない。
「御門さん、仕事です」
声を掛けると案の定、死ぬほど嫌そうな顔で亨を見る。
「俺今日は二日酔いで無理だよ」
「今日じゃないですよ」
ほら見たことかと亨は呆れた。
床に寝転ぶ御門を無視してソファに腰かけながら、スマホで日付を確認する。
「喜んでください。今度は近場です。現代美術館に貯蔵されてる国宝の浄化だそうで、月曜でいいそうですよ」
「やだ。めんどくさい。行きたくない」
いつも以上に即答する御門に、今度は亨が心底軽蔑の視線を送る。
「とーるちゃんがちゅーしてくれたら行くかも」
「するわけないでしょうが」
亨はそう言うと床に転がる御門を足蹴にした。
御門に迫られて赤面していた可愛い亨はもういない。完全に以前の亨だ。
御門は手に抱いたミケさんを睨むと、ミケさんは「にゃーん」と可愛く鳴いて顔を背けた。
「なんで御門さんはあんなに不真面目なんですか」
資料を取りに来た亨は、東雲に愚痴った。
「怪我でちょっと甘やかしちゃったかな」
東雲は苦笑いをしてみせたが、亨は聞いていない。
渡された資料を確認しながら、まだぶつぶつと独り言ちている。
何枚目かの資料を見て、手が止まった。
「東雲さん、これって――」
資料には、件の付喪神関連で過去に起きた事件が書かれていた。
「ああ。気にしなくていい。抜くのを忘れてたんだ」
そう言うと東雲はその紙を引き抜こうとしたが、亨はそれを許さなかった。
「教えてください。僕、御門さんについて何も知りません。御門さんとの同居も修行だって言ってたけど、違いますよね?」
「棚橋君は本当に真面目だねぇ」
東雲は一瞬逡巡したようだが、すぐに決断したようだった。
亨は、その紙をもう一度見つめた。
日付は10年前だ。
付喪神の封印に失敗した刑事が、殉職したことが書かれていた。
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亨は自分の予想が的中したことを、全く喜べなかった。
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