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40.侍女と侍従
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舞踏会の翌日、侯爵の言った通り、イレリアの元に二人の使用人が寄越された。
侍女のアリッサと侍従のヨルジュだった。
「私なんかのためにここまでしてくださっていいのかしら」
「イレリアさまは侯爵家にとってそれほどの存在ですから」
イレリアが溜息を漏らすと、すかさずアリッサが答えた。
「侯爵家の後見を得るということは、社交界でも中心になるお方と言うことです。夜会や、茶会などの貴婦人に集まりにもお呼ばれすることになりますから、そういった身の回りのお世話をお手伝いするのが、わたくしどもの仕事ですわ」
侍女のアリッサが言う通り、舞踏会以降イレリアにの元にはこれまで以上に貴族からの招待状が届けられるようになった。
社交シーズンと言う事もあり、首都に滞在している貴族は多く、ヨルジュやアリッサが目を通すだけでも1日が終わる量だった。
イレリアは、侍女という存在自体は聞いた事があったが、それが何をする人なのかは教師から教えられた程度でしか知らなかった。
女中のように粗末なエプロン姿ではなく、イレリアが着るものよりも格段に質は落ちるが、上品で質素なドレスを着ているところを見ると、貴族の出身なのだろうか。
「いいえ。イレリアさま。わたくしは平民の生まれです。マッケナー子爵家で子爵夫人の侍女を勤めさせていただいておりましたが、侯爵閣下のご要望でイレリアさまのお世話をさせていただくことになりました」
アリッサがそう言うと、イレリアは驚いた。
平民でも侍女なることは多い。だが、それは大抵が貴族の生活を真似する金持ちの平民に雇われるだけで、貴族の屋敷で働ける者は数少ないのだ。
貴族の侍女になるには、身元が確かな上に、貴族の生活やしきたりを十分に理解していないといけない。
だから、貴族の侍女は貴族の女性が就く仕事なのだと、教師は言っていた。
イレリアは、アリッサが平民の出と言う事だけを汲み取り、少しだけ不機嫌になった。
侯爵はイレリアが平民だから、侍女も平民の者にしたのだろう。
舞踏会でも感じたが、侯爵は自分を認めていないのだと悔しさが広がったが、すぐに笑顔を作った。
「侯爵さまのお心遣いには感謝してもたりないわ。これからよろしくね」
教育を受け、貴族社会への披露目も済ませたイレリアの笑顔は、堂々たる貴族令嬢のそれだった。
磨き上げられた美しさに、アリッサとヨルジュはすぐにイレリアの崇拝者となった。
「イレリアさまはいかがでした」
挨拶を終えてイレリアの部屋を出たアリッサに、アレッツォが声をかけた。
「はい。とても美しくてお優しい方です。マッケナー子爵夫人も素晴らしい方でしたが、イレリアさまのような方にお仕えできる機会を与えてくださってありがとうございます」
「それはよかった。あの方は平民出身であることを負い目に思っていらっしゃいますからね。同じ平民出身であれば相談にも乗りやすいでしょう」
アレッツォの言葉は、アリッサの心を揺さぶった。
あの美しい人と同じ立場でお支えできるなんて、素敵なことだ。
侯爵家に来てよかった――アリッサは深くそう思った。
アリッサは20歳になったばかりだ。
侯爵家に来る前は首都のマッケナー子爵家で夫人付きの侍女をしていた。
侯爵家が平民出身の侍女を探していると聞いた時、子爵夫人は喜んでこの侍女を差し出した。
侯爵家の探していた条件が、身分の高くない女性で尚且つ高い教育を受け、貴族の作法を理解している者であったからで、彼女はその条件に奇跡的に合致していたのだ。
アリッサは母親が子爵令息の乳母を務めた事から、子供の頃から子爵家で育ち、貴族と同等の高い教育を受けていた。
当然、貴族の生活も作法も熟知していた為、最適な人材だった。
ヨルジュもまた、26歳の優秀な青年だった。
侯爵家の持つ商団で子供の頃から働いており、商団長の補佐をしながら貴族相手の折衝などを一手に引き受けてきた。
作法もアレッツォに比べると粗があるものの、一般的な侍従とは比較しても優秀な男だったため、侯爵自らが商団長に頼み貸し出してもらった人材だった。
もっとも、イレリアは説明を受けたところで理解ができず、ただ「平民出身の侍女」「商団上がりの侍従」という認識でしかなかった。
それでも、彼らの仕事ぶりはイレリアにもよくわかるほど優秀だった。
王国中の貴族から届いたのではと思われた招待状を、あっという間に整理すると、数枚の招待状のみが残された。
貴族文字で書かれたそれらを、イレリアは読むことができない。
だが、ヨルジュとアリッサは二人とも貴族文字の読み書きができた。
それが、イレリアには頼もしくもあり、悔しくもあった。
「貴族文字なんてごてごてと飾りがついた無意味なものさ」
腕枕の心地よさに、つい愚痴をこぼすと、カインはイレリアの髪を撫でながら言った。
そうは言っても、イレリアはカインが美しい貴族文字を書くことができる事を知っている――そしてジルダも。
貴族でも文字をかけない者は少なくない。
だから文字の読み書きができる使用人は重宝される。
イレリアは薬師から、必要な文字の読み書き程度は教わっているが、それでも難しい言葉はわからないし、貴族文字など一層わからない。
「そのための使用人だ。君は安心して彼らに命じればいい」
イレリアの温もりに、カインがうとうとしながら言うのを聞いて、イレリアはカインもやっぱり貴族なのだと痛感させられた。
それでも、カインは自分を愛している。自分は、カインに愛され必要とされているのだ。
イレリアはそう思うと、少しだけ自信が持てるような気がした。
侍女のアリッサと侍従のヨルジュだった。
「私なんかのためにここまでしてくださっていいのかしら」
「イレリアさまは侯爵家にとってそれほどの存在ですから」
イレリアが溜息を漏らすと、すかさずアリッサが答えた。
「侯爵家の後見を得るということは、社交界でも中心になるお方と言うことです。夜会や、茶会などの貴婦人に集まりにもお呼ばれすることになりますから、そういった身の回りのお世話をお手伝いするのが、わたくしどもの仕事ですわ」
侍女のアリッサが言う通り、舞踏会以降イレリアにの元にはこれまで以上に貴族からの招待状が届けられるようになった。
社交シーズンと言う事もあり、首都に滞在している貴族は多く、ヨルジュやアリッサが目を通すだけでも1日が終わる量だった。
イレリアは、侍女という存在自体は聞いた事があったが、それが何をする人なのかは教師から教えられた程度でしか知らなかった。
女中のように粗末なエプロン姿ではなく、イレリアが着るものよりも格段に質は落ちるが、上品で質素なドレスを着ているところを見ると、貴族の出身なのだろうか。
「いいえ。イレリアさま。わたくしは平民の生まれです。マッケナー子爵家で子爵夫人の侍女を勤めさせていただいておりましたが、侯爵閣下のご要望でイレリアさまのお世話をさせていただくことになりました」
アリッサがそう言うと、イレリアは驚いた。
平民でも侍女なることは多い。だが、それは大抵が貴族の生活を真似する金持ちの平民に雇われるだけで、貴族の屋敷で働ける者は数少ないのだ。
貴族の侍女になるには、身元が確かな上に、貴族の生活やしきたりを十分に理解していないといけない。
だから、貴族の侍女は貴族の女性が就く仕事なのだと、教師は言っていた。
イレリアは、アリッサが平民の出と言う事だけを汲み取り、少しだけ不機嫌になった。
侯爵はイレリアが平民だから、侍女も平民の者にしたのだろう。
舞踏会でも感じたが、侯爵は自分を認めていないのだと悔しさが広がったが、すぐに笑顔を作った。
「侯爵さまのお心遣いには感謝してもたりないわ。これからよろしくね」
教育を受け、貴族社会への披露目も済ませたイレリアの笑顔は、堂々たる貴族令嬢のそれだった。
磨き上げられた美しさに、アリッサとヨルジュはすぐにイレリアの崇拝者となった。
「イレリアさまはいかがでした」
挨拶を終えてイレリアの部屋を出たアリッサに、アレッツォが声をかけた。
「はい。とても美しくてお優しい方です。マッケナー子爵夫人も素晴らしい方でしたが、イレリアさまのような方にお仕えできる機会を与えてくださってありがとうございます」
「それはよかった。あの方は平民出身であることを負い目に思っていらっしゃいますからね。同じ平民出身であれば相談にも乗りやすいでしょう」
アレッツォの言葉は、アリッサの心を揺さぶった。
あの美しい人と同じ立場でお支えできるなんて、素敵なことだ。
侯爵家に来てよかった――アリッサは深くそう思った。
アリッサは20歳になったばかりだ。
侯爵家に来る前は首都のマッケナー子爵家で夫人付きの侍女をしていた。
侯爵家が平民出身の侍女を探していると聞いた時、子爵夫人は喜んでこの侍女を差し出した。
侯爵家の探していた条件が、身分の高くない女性で尚且つ高い教育を受け、貴族の作法を理解している者であったからで、彼女はその条件に奇跡的に合致していたのだ。
アリッサは母親が子爵令息の乳母を務めた事から、子供の頃から子爵家で育ち、貴族と同等の高い教育を受けていた。
当然、貴族の生活も作法も熟知していた為、最適な人材だった。
ヨルジュもまた、26歳の優秀な青年だった。
侯爵家の持つ商団で子供の頃から働いており、商団長の補佐をしながら貴族相手の折衝などを一手に引き受けてきた。
作法もアレッツォに比べると粗があるものの、一般的な侍従とは比較しても優秀な男だったため、侯爵自らが商団長に頼み貸し出してもらった人材だった。
もっとも、イレリアは説明を受けたところで理解ができず、ただ「平民出身の侍女」「商団上がりの侍従」という認識でしかなかった。
それでも、彼らの仕事ぶりはイレリアにもよくわかるほど優秀だった。
王国中の貴族から届いたのではと思われた招待状を、あっという間に整理すると、数枚の招待状のみが残された。
貴族文字で書かれたそれらを、イレリアは読むことができない。
だが、ヨルジュとアリッサは二人とも貴族文字の読み書きができた。
それが、イレリアには頼もしくもあり、悔しくもあった。
「貴族文字なんてごてごてと飾りがついた無意味なものさ」
腕枕の心地よさに、つい愚痴をこぼすと、カインはイレリアの髪を撫でながら言った。
そうは言っても、イレリアはカインが美しい貴族文字を書くことができる事を知っている――そしてジルダも。
貴族でも文字をかけない者は少なくない。
だから文字の読み書きができる使用人は重宝される。
イレリアは薬師から、必要な文字の読み書き程度は教わっているが、それでも難しい言葉はわからないし、貴族文字など一層わからない。
「そのための使用人だ。君は安心して彼らに命じればいい」
イレリアの温もりに、カインがうとうとしながら言うのを聞いて、イレリアはカインもやっぱり貴族なのだと痛感させられた。
それでも、カインは自分を愛している。自分は、カインに愛され必要とされているのだ。
イレリアはそう思うと、少しだけ自信が持てるような気がした。
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