侯爵家の婚約者

やまだごんた

文字の大きさ
41 / 89

40.侍女と侍従

しおりを挟む
 舞踏会の翌日、侯爵の言った通り、イレリアの元に二人の使用人が寄越された。
 侍女のアリッサと侍従のヨルジュだった。
「私なんかのためにここまでしてくださっていいのかしら」
「イレリアさまは侯爵家にとってそれほどの存在ですから」
 イレリアが溜息を漏らすと、すかさずアリッサが答えた。
「侯爵家の後見を得るということは、社交界でも中心になるお方と言うことです。夜会や、茶会などの貴婦人に集まりにもお呼ばれすることになりますから、そういった身の回りのお世話をお手伝いするのが、わたくしどもの仕事ですわ」
 侍女のアリッサが言う通り、舞踏会以降イレリアにの元にはこれまで以上に貴族からの招待状が届けられるようになった。
 社交シーズンと言う事もあり、首都に滞在している貴族は多く、ヨルジュやアリッサが目を通すだけでも1日が終わる量だった。
 イレリアは、侍女という存在自体は聞いた事があったが、それが何をする人なのかは教師から教えられた程度でしか知らなかった。
 女中のように粗末なエプロン姿ではなく、イレリアが着るものよりも格段に質は落ちるが、上品で質素なドレスを着ているところを見ると、貴族の出身なのだろうか。
「いいえ。イレリアさま。わたくしは平民の生まれです。マッケナー子爵家で子爵夫人の侍女を勤めさせていただいておりましたが、侯爵閣下のご要望でイレリアさまのお世話をさせていただくことになりました」
 アリッサがそう言うと、イレリアは驚いた。
 平民でも侍女なることは多い。だが、それは大抵が貴族の生活を真似する金持ちの平民に雇われるだけで、貴族の屋敷で働ける者は数少ないのだ。
 貴族の侍女になるには、身元が確かな上に、貴族の生活やしきたりを十分に理解していないといけない。
 だから、貴族の侍女は貴族の女性が就く仕事なのだと、教師は言っていた。

 イレリアは、アリッサが平民の出と言う事だけを汲み取り、少しだけ不機嫌になった。
 侯爵はイレリアが平民だから、侍女も平民の者にしたのだろう。
 舞踏会でも感じたが、侯爵は自分を認めていないのだと悔しさが広がったが、すぐに笑顔を作った。
「侯爵さまのお心遣いには感謝してもたりないわ。これからよろしくね」
 教育を受け、貴族社会への披露目も済ませたイレリアの笑顔は、堂々たる貴族令嬢のそれだった。
 磨き上げられた美しさに、アリッサとヨルジュはすぐにイレリアの崇拝者となった。
 
「イレリアさまはいかがでした」
 挨拶を終えてイレリアの部屋を出たアリッサに、アレッツォが声をかけた。
「はい。とても美しくてお優しい方です。マッケナー子爵夫人も素晴らしい方でしたが、イレリアさまのような方にお仕えできる機会を与えてくださってありがとうございます」
「それはよかった。あの方は平民出身であることを負い目に思っていらっしゃいますからね。同じ平民出身であれば相談にも乗りやすいでしょう」
 アレッツォの言葉は、アリッサの心を揺さぶった。
 あの美しい人と同じ立場でお支えできるなんて、素敵なことだ。
 侯爵家に来てよかった――アリッサは深くそう思った。
 
 アリッサは20歳になったばかりだ。
 侯爵家に来る前は首都のマッケナー子爵家で夫人付きの侍女をしていた。
 侯爵家が平民出身の侍女を探していると聞いた時、子爵夫人は喜んでこの侍女を差し出した。
 侯爵家の探していた条件が、身分の高くない女性で尚且つ高い教育を受け、貴族の作法を理解している者であったからで、彼女はその条件に奇跡的に合致していたのだ。
 アリッサは母親が子爵令息の乳母を務めた事から、子供の頃から子爵家で育ち、貴族と同等の高い教育を受けていた。
 当然、貴族の生活も作法も熟知していた為、最適な人材だった。
 ヨルジュもまた、26歳の優秀な青年だった。
 侯爵家の持つ商団で子供の頃から働いており、商団長の補佐をしながら貴族相手の折衝などを一手に引き受けてきた。
 作法もアレッツォに比べると粗があるものの、一般的な侍従とは比較しても優秀な男だったため、侯爵自らが商団長に頼み貸し出してもらった人材だった。
 もっとも、イレリアは説明を受けたところで理解ができず、ただ「平民出身の侍女」「商団上がりの侍従」という認識でしかなかった。
 
 それでも、彼らの仕事ぶりはイレリアにもよくわかるほど優秀だった。
 王国中の貴族から届いたのではと思われた招待状を、あっという間に整理すると、数枚の招待状のみが残された。
 貴族文字で書かれたそれらを、イレリアは読むことができない。
 だが、ヨルジュとアリッサは二人とも貴族文字の読み書きができた。
 それが、イレリアには頼もしくもあり、悔しくもあった。

「貴族文字なんてごてごてと飾りがついた無意味なものさ」
 腕枕の心地よさに、つい愚痴をこぼすと、カインはイレリアの髪を撫でながら言った。
 そうは言っても、イレリアはカインが美しい貴族文字を書くことができる事を知っている――そしてジルダも。
 貴族でも文字をかけない者は少なくない。
 だから文字の読み書きができる使用人は重宝される。
 イレリアは薬師から、必要な文字の読み書き程度は教わっているが、それでも難しい言葉はわからないし、貴族文字など一層わからない。
「そのための使用人だ。君は安心して彼らに命じればいい」
 イレリアの温もりに、カインがうとうとしながら言うのを聞いて、イレリアはカインもやっぱり貴族なのだと痛感させられた。
 それでも、カインは自分を愛している。自分は、カインに愛され必要とされているのだ。
 イレリアはそう思うと、少しだけ自信が持てるような気がした。
しおりを挟む
感想 66

あなたにおすすめの小説

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

どんなあなたでも愛してる。

piyo
恋愛
遠征から戻った夫の姿が変わっていたーー 騎士である夫ディーノが、半年以上の遠征を終えて帰宅した。心躍らせて迎えたシエラだったが、そのあまりの外見の変わりように失神してしまう。 どうやら魔女の呪いでこうなったらしく、努力しなければ元には戻らないらしい。果たして、シエラはそんな夫を再び愛することができるのか? ※全四話+後日談一話。 ※毎日夜9時頃更新(予約投稿済)&日曜日完結です。 ※なろうにも投稿しています。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

処理中です...