侯爵家の婚約者

やまだごんた

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45.夏を迎える夜会

 翌日もイレリアはカインの訪問を待っていた。
 昼間はどこぞの伯爵の茶会に招かれたが、いつも通りつまらない話に相槌を打つだけだった。
 初めの頃こそ、カインとの関係や侯爵家への橋渡しを期待していた貴族達だが、イレリアが何も話さないとわかるや、興味を失ったようだった。
 だが、「侯爵家が後見する女性」という彼女は、是非にも取り込みたい存在でもあった。
 イレリアは馬鹿馬鹿しいと思っていたが、ジルダよりも社交界で認められるためには、少しでも多くの集まりに出て、自分の存在を知らしめなければならない。
 これも、カインと結ばれるための努力と思うと、苦痛ではなかった。
 教師もアリッサも言っていた。
 侯爵夫人ともなると、社交界の中心と言ってもいい存在だ。
 その地位を磐石にするためにも、今のうちからつまらない貴族たちとも、顔を繋いでおかねばならないのだ。

「申し訳ありません。カインさまは本日もおいでになれないそうです」
 女中のメイが恐る恐る伝えると、イレリアは不機嫌を顕に、メイを睨んだ。
「お……お仕事が立て込んでいらしたそうで、先程帰宅されたのですが、本日は魔力吸収の日でございますから……」
 メイが言い終わるのをきいてはいなかった。
 私より、ジルダを選んだというの――?
 カインの魔力吸収は3日に1度だが、必ずしもそうではないことは知っている。
 いつぞやだったか、カインの胸に抱かれている時に、彼が言っていたのだから間違いない。
「ジルダ様が――そう」
 冷たい声がイレリアの美しい唇から漏れ出たが、それきりだった。
 メイは、これ以上怒られることはないと安堵したが、イレリアの表情は穏やかではなかった。
 
 メイが配属される時、屋敷の使用人達から大変羨ましがられたが、配属されてみるとその認識は一変した。
 前任の女中は、イレリアの事を優しく、謙虚で控えめな性格で、女中にも丁寧に接する方だと、崇めるように讃えていた。
 しかし、元々侯爵付きだった前任の女中は、カインの女中だったため、客間女中として働いていたメイが、正式にイレリア専属の女中に指名されたのだ。
 客間女中は見目の良い者が選ばれることが多く、メイも例にもれず、端正な容姿をしていた。
 気配りも細やかで、侯爵家に訪問する貴族をもてなすことに慣れていたので、イレリアの行儀見習いの手伝いになればと指名されたのだ。

「カイン様は明日は夜会に参加されるため、お嬢さまにお目見えすることは難しいとのことです」
 ジルダの魔力吸収が終わった頃に、ヨルジュが伝えに来た。
「夜会ですって?」
「はい。明日は王宮の夏を迎える夜会がございますので、お坊ちゃまも参加しなくてはなりません」
「カインさまからは聞いていないわ」
 なるべく平静を装っているが、憤りを抑えられない。
 夜会に出るのなら、私をパートナーとして選ぶべきじゃないの?
「明日は王宮主催の夜会ですので、参加できるのは貴族のみなのです」
 ヨルジュが察して説明する。
「そう――」
 夜会に参加できないことが腹立たしいのではなかった。
 いつものカインなら、たとえ数分でも直接目を見て説明してくれるのに。
 ヨルジュを下がらせると、イレリアは堪えようのない怒りをどう発散すればいいのかわからず、クッションを力任せに壁に叩きつけた。

 久しぶりの夜会は、相変わらずつまらなかった。
 いつも通り最初のダンスを踊り終えると、カインとジルダは広間の隅で、他人のように隣り合わせで立っていた。
 必要な挨拶は一通り終わらせたはずだ。
 いつも通り適当なところで切り上げたいと思ったが、王宮主催の夜会では勝手は出来ない。
 カインは目の端で父の姿を探したが、人に囲まれているのだろう。見つける事ができなかった。
「飲み物を取ってくる――君は、果実水でいいのか」
 珍しいこともあるものだと、ジルダは思ったが言葉には出さず、小さくうなずいた。
 いや、去年の夏を迎える夜会でも、この程度のことはしてくれた。
「ジルダじゃないか」
 人混みから聞き覚えのある声が聞こえて、顔を上げると一番会いたくない男が立っていた。
「アシャール様……」
 砂漠の向こうの北方の民族の男だ。
 浅黒い肌に長い赤い髪が特徴的な男は、曽祖父の肖像画によく似た凛々しい顔つきに、人懐っこい笑顔を浮かべている。
「秋ぶりかな?この夜会では君に会えるんじゃないかと期待していたけど――そろそろ婚約者とは別れたかい?」
「失礼な物言いを改めてくださいませんか」
 ジルダは感情を込めずに静かに言いながら、視線を周囲に向けた。
「シトロン公女!ナジーム!」
 目的の人物はすぐに見つかった。
 よかったと安堵すると同時に、その人物はやってきてナジームを捕まえてくれた。
「申し訳ありません。私が目を離した隙に……」
「ごきげんよう。ラエル卿」
 ジルダは形式ばった挨拶でラエル卿に微笑んだ。
「離せ、ラエル。今日こそはジルダに求婚の答えをもらうんだ」
「無理に決まってるだろ。お前は俺を殺す気か」
「何故だ。さっきあっちで女たちが言っていたぞ。ジルダの婚約者は他に女がいるんだろう?なら、ジルダは俺と結婚する方がいいに決まっている」
「ラエル卿。その無礼で不躾で粗雑な男は君の親戚か?」
 もみ合っているラエル卿とナジームの背後から、カインが冷たい声で話しかけた。
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