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55.日記4
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使者から手紙を受け取ったリオンは、すぐに手配を開始し、国内外からありとあらゆる情報を収集した。
領地の技術改革をするのだとの言い訳で魔導士も何人も雇い入れては、収集した情報の検証を行っていた。
おかげでアバルト侯爵領は王国一の魔導技術を有する事になったのは嬉しい副産物だった。
そうして1年が経過した頃、古のアベル王子が行った秘術ではないが、それに近いものを発見したと報告があった。
辺境の村でひっそりと言い伝えとして残されていたその魔法陣を魔導士たちが検証した結果、確かに一時的に魔力量を上げる術で間違いないとの結果がリオンの元に届けられた。
リオンはすぐに姉に魔力を飛ばした。緊急時や非常事態が起きた時の連絡手段で、伝えたい言葉を魔力に込めて相手に届けるものだ。
精密な魔力の制御を要するため、普段の通信手段には使われない。しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。
通知を受け取ったアルティシアは、夫に適当な言い訳をつけて2日後にアバルト侯爵家に戻っていた。
「術の効果は30日です。その間にご懐妊なさらなければ次の機会はないとお考え下さい」
魔導士の言葉にアルティシアは頷いた。
「姉さん、待って下さい。確かに魔力量が上がることは確認しました。でも安全性についてはこれからだと報告でもお伝えしたでしょう」
リオンは、せめて誰か――奴隷か、それとも平民の協力者を探して、その者で安全性を確保しても遅くはないのではと説得した。
だが、アルティシアにそれを待つだけの余裕はなかった。
先日耳にした社交界の噂では、エスクード侯爵家にいつまでも跡取りができない事に業を煮やした国王が、オレリオに魔力の強い女性を与えようとしていると言うのだ。
今はまだのらりくらりとかわしているオレリオも、国王命令と言われれば応じないわけにはいかない。
エスクード侯爵家の直系を残すことは、侯爵家の問題だけではない。
王家とエスクード侯爵家を存続させることは、初代王と始まりの魔法使いとの間で交わされた遥か昔からの盟約でもあり、その為にエスクード侯爵家は数々の恩恵を与えられている。
特に、当代随一と呼び声も高いオレリオの魔力量を継ぐ子供は、王家からしても是が非でも欲しいものだった。
もし、それを拒否しようものなら、どうなることかは容易に想像できた。
「あの人は、私があの人を愛する以上に、私を愛してくれてる。あなたにもわかるでしょ?リオン。もし、王が妾を娶らせたとしても応じるわけがない。そうなったら――」
アルティシアは考えたくはなかった。
だが、そうなったら確実にオレリオは反逆者として捕らえられることになる。
そして、家畜のように子を作らされるだけの存在として扱われるに違いない。
リオンにもそれが分かっていたからこそ、アルティシアの言い分を強く跳ね除けることができなかった。
「お願い――このままではあの人は全てを捨ててしまう。私はどうなってもいいの。でも、あの人を罪人にするわけにはいかない」
姉の悲痛な叫びを無視できるほどリオンは冷徹な男ではなかった。
アバルト侯爵家が困窮した時、自分はまだ子供だった。
姉は社交界に行く事もできず、山のように来ていた求婚状は全て撤回され、これまで姉をもてはやしていた人たちは誰も姉に手を差し伸べようとは思わなかったのを覚えている。
社交界に行かなくていいのなら、少しでも領地の事を勉強して父様のお役に立つことができていいわと言って、姉はいつも笑っていた。だが、その心中は惨めで悔しかったに違いない。
それを救ってくれたオレリオには、リオンも感謝してもしきれない。
姉だけではなく、オレリオの支援で立派な教師を招き、高い教育を受けさせてもらえたことも、リオンは恩に感じている。
その義兄を罪人にしたくないのは、リオンも同じだった。
「危険があればすぐに止めるからね」
リオンは、そう言うと魔導士に術に取り掛かるよう伝えた。
――自分も姉達のような夫婦になれるだろうか。
夫のために命さえ躊躇わない覚悟の姉を見て、リオンは少し羨ましく思った。
昨年の秋の月に結婚したばかりのリオンは、妻をとても尊重はしていた。
明るく社交的な伯爵家出身の妻は、仕事にかまけてばかりのリオンに不満を膨らませているようで、領地に寄り付こうとはしなかった。
リオンはそれを幸いと仕事に没頭するふりをして、姉のための術を探していた。
――これが終わったら、妻と向き合ってみようか。
姉夫婦のような関係にはなれなくても、お互いを思いやれる関係になれればいい。
リオンはそんな事を思いながら、魔導士と歩いていく姉の後ろ姿を見送った。
魔導士たちが用意した部屋で、アルティシアは指定された魔方陣の中心に言われるがまま横になった。
術が始まると、アルティシアの体に不思議なほど生命力が溢れてくるのが分かった。
術は半刻もかからず終了し、魔導士の「成功です」と言う言葉がアルティシアの長年の重荷を全て取り去ってくれるようだった。
そして、領地に戻ったアルティシアは、翌月侍医から妊娠の報せを受けるのだった。
全てが元通りになったと思われた。
お腹の子供はアルティシアとオレリオの魔力に包まれ、順調に大きくなっていた。
つわりが酷い時期が長く、アルティシアは一時的に衰弱したが、オレリオの手厚い看病と温かい眼差しを守ることができた幸福感で耐えることができた。
やがてつわりがおさまり、お腹が大きくなってくると、漸く自分の胎内でオレリオの子供が育っているという実感を得ることができ、愛しくてたまらなかった。
毎夜のようにオレリオと枕を並べては、生まれてくる子は男の子だろうか、女の子だろうか。女の子ならアルティシアに似て美人になるし、男の子ならオレリオが一人前の騎士に育てると鼻息を荒くしていた。
そして、翌年の春の日――20時間という長い時間をかけて、美しい男の子が生まれた。
妊娠中に二人で考えた名前――カイン・ジュノア・フィン・エスクード=ランクーザー。
エスクード侯爵家にのみ許された、エスクード侯爵家の始祖であり、建国の英雄の名であり始まりの魔法使いとして伝えられているジュノアを第二名としたのは、王家への叛意はない事を示すためだった。
英雄ジュノアは、建国の際王家に綽名す国を一人で滅ぼしたと言われる魔力の持ち主で、生涯を王家への忠誠に費やした。
逝去の間際、この名を付ける者は自分の生まれ変わりのみであり、エスクード侯爵家以外は付けることはならないと遺言を残したとされていた。
生まれ変わりではないが、王家に忠誠を誓う者と言う意味合いで、第二名に付けることは何世代か毎に行われていた。
生まれたばかりの我が子から感じ取れる魔力は非常に強い。
自分が経験した以上に、この子供の魔力を利用しようと、またはその魔力を疎んじて陥れようとする者が出てくるかもしれない。
「アルティシアが命懸けで産んでくれた子だ。私が生きている限りは私が命懸けで守ろう。だが、万が一私が守れくなった時、この名がお前を守るだろう」
領地の技術改革をするのだとの言い訳で魔導士も何人も雇い入れては、収集した情報の検証を行っていた。
おかげでアバルト侯爵領は王国一の魔導技術を有する事になったのは嬉しい副産物だった。
そうして1年が経過した頃、古のアベル王子が行った秘術ではないが、それに近いものを発見したと報告があった。
辺境の村でひっそりと言い伝えとして残されていたその魔法陣を魔導士たちが検証した結果、確かに一時的に魔力量を上げる術で間違いないとの結果がリオンの元に届けられた。
リオンはすぐに姉に魔力を飛ばした。緊急時や非常事態が起きた時の連絡手段で、伝えたい言葉を魔力に込めて相手に届けるものだ。
精密な魔力の制御を要するため、普段の通信手段には使われない。しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。
通知を受け取ったアルティシアは、夫に適当な言い訳をつけて2日後にアバルト侯爵家に戻っていた。
「術の効果は30日です。その間にご懐妊なさらなければ次の機会はないとお考え下さい」
魔導士の言葉にアルティシアは頷いた。
「姉さん、待って下さい。確かに魔力量が上がることは確認しました。でも安全性についてはこれからだと報告でもお伝えしたでしょう」
リオンは、せめて誰か――奴隷か、それとも平民の協力者を探して、その者で安全性を確保しても遅くはないのではと説得した。
だが、アルティシアにそれを待つだけの余裕はなかった。
先日耳にした社交界の噂では、エスクード侯爵家にいつまでも跡取りができない事に業を煮やした国王が、オレリオに魔力の強い女性を与えようとしていると言うのだ。
今はまだのらりくらりとかわしているオレリオも、国王命令と言われれば応じないわけにはいかない。
エスクード侯爵家の直系を残すことは、侯爵家の問題だけではない。
王家とエスクード侯爵家を存続させることは、初代王と始まりの魔法使いとの間で交わされた遥か昔からの盟約でもあり、その為にエスクード侯爵家は数々の恩恵を与えられている。
特に、当代随一と呼び声も高いオレリオの魔力量を継ぐ子供は、王家からしても是が非でも欲しいものだった。
もし、それを拒否しようものなら、どうなることかは容易に想像できた。
「あの人は、私があの人を愛する以上に、私を愛してくれてる。あなたにもわかるでしょ?リオン。もし、王が妾を娶らせたとしても応じるわけがない。そうなったら――」
アルティシアは考えたくはなかった。
だが、そうなったら確実にオレリオは反逆者として捕らえられることになる。
そして、家畜のように子を作らされるだけの存在として扱われるに違いない。
リオンにもそれが分かっていたからこそ、アルティシアの言い分を強く跳ね除けることができなかった。
「お願い――このままではあの人は全てを捨ててしまう。私はどうなってもいいの。でも、あの人を罪人にするわけにはいかない」
姉の悲痛な叫びを無視できるほどリオンは冷徹な男ではなかった。
アバルト侯爵家が困窮した時、自分はまだ子供だった。
姉は社交界に行く事もできず、山のように来ていた求婚状は全て撤回され、これまで姉をもてはやしていた人たちは誰も姉に手を差し伸べようとは思わなかったのを覚えている。
社交界に行かなくていいのなら、少しでも領地の事を勉強して父様のお役に立つことができていいわと言って、姉はいつも笑っていた。だが、その心中は惨めで悔しかったに違いない。
それを救ってくれたオレリオには、リオンも感謝してもしきれない。
姉だけではなく、オレリオの支援で立派な教師を招き、高い教育を受けさせてもらえたことも、リオンは恩に感じている。
その義兄を罪人にしたくないのは、リオンも同じだった。
「危険があればすぐに止めるからね」
リオンは、そう言うと魔導士に術に取り掛かるよう伝えた。
――自分も姉達のような夫婦になれるだろうか。
夫のために命さえ躊躇わない覚悟の姉を見て、リオンは少し羨ましく思った。
昨年の秋の月に結婚したばかりのリオンは、妻をとても尊重はしていた。
明るく社交的な伯爵家出身の妻は、仕事にかまけてばかりのリオンに不満を膨らませているようで、領地に寄り付こうとはしなかった。
リオンはそれを幸いと仕事に没頭するふりをして、姉のための術を探していた。
――これが終わったら、妻と向き合ってみようか。
姉夫婦のような関係にはなれなくても、お互いを思いやれる関係になれればいい。
リオンはそんな事を思いながら、魔導士と歩いていく姉の後ろ姿を見送った。
魔導士たちが用意した部屋で、アルティシアは指定された魔方陣の中心に言われるがまま横になった。
術が始まると、アルティシアの体に不思議なほど生命力が溢れてくるのが分かった。
術は半刻もかからず終了し、魔導士の「成功です」と言う言葉がアルティシアの長年の重荷を全て取り去ってくれるようだった。
そして、領地に戻ったアルティシアは、翌月侍医から妊娠の報せを受けるのだった。
全てが元通りになったと思われた。
お腹の子供はアルティシアとオレリオの魔力に包まれ、順調に大きくなっていた。
つわりが酷い時期が長く、アルティシアは一時的に衰弱したが、オレリオの手厚い看病と温かい眼差しを守ることができた幸福感で耐えることができた。
やがてつわりがおさまり、お腹が大きくなってくると、漸く自分の胎内でオレリオの子供が育っているという実感を得ることができ、愛しくてたまらなかった。
毎夜のようにオレリオと枕を並べては、生まれてくる子は男の子だろうか、女の子だろうか。女の子ならアルティシアに似て美人になるし、男の子ならオレリオが一人前の騎士に育てると鼻息を荒くしていた。
そして、翌年の春の日――20時間という長い時間をかけて、美しい男の子が生まれた。
妊娠中に二人で考えた名前――カイン・ジュノア・フィン・エスクード=ランクーザー。
エスクード侯爵家にのみ許された、エスクード侯爵家の始祖であり、建国の英雄の名であり始まりの魔法使いとして伝えられているジュノアを第二名としたのは、王家への叛意はない事を示すためだった。
英雄ジュノアは、建国の際王家に綽名す国を一人で滅ぼしたと言われる魔力の持ち主で、生涯を王家への忠誠に費やした。
逝去の間際、この名を付ける者は自分の生まれ変わりのみであり、エスクード侯爵家以外は付けることはならないと遺言を残したとされていた。
生まれ変わりではないが、王家に忠誠を誓う者と言う意味合いで、第二名に付けることは何世代か毎に行われていた。
生まれたばかりの我が子から感じ取れる魔力は非常に強い。
自分が経験した以上に、この子供の魔力を利用しようと、またはその魔力を疎んじて陥れようとする者が出てくるかもしれない。
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