侯爵家の婚約者

やまだごんた

文字の大きさ
70 / 90

69.ポッチとの散策

 カインはせっかくの休日をどう過ごすか考えていた。
 いつもならイレリアと過ごしていたのだが、今日はイレリアに会いたくなかった。
 日記の件でジルダに会いたかったが、昨日のイレリアとの話から、今は会うべきではないと判断した。
 それでも2日後には魔力吸収の為、侯爵邸にやってくるのだが――
 カインは厩舎に向かうと、ポッチがいる事を確認した。
 厩舎前に広がる騎乗訓練用の広場で、日光浴をしていたようだ。
 ポッチもカインを見つけると一目散に駆け寄ってきた。
「本当にお前は頭がいいな」
 カインは嬉しそうにポッチを撫でると、ポッチはふいと顔を背けて厩舎に駆け出した。
「なんだ。顔を見せただけか――ん?」
 期待していた反応と違ってガッカリしたカインだが、ポッチは厩舎の横にある、装具の棚の前で得意げな顔をして立っていた。
 自分をどこかへ連れて行けと言う事か。
 カインは下男を呼びつけると、ポッチに装具を装着させて騎乗した。ポッチは満足げにグルル……と小さく呻いた。

「そういえばお前、以前はなんであんなに僕を嫌ったんだ?」
 聞いたところで草竜は話せない事は、カインにだってわかっていた。
 草竜はちらりとカインを振り返ったが、フンと鼻息を吐くだけでもちろん答えるはずがない。
 その代わりにご機嫌そうな足取りで、ゆっくりと町中を散歩している。
 もう少しで城壁だ。
 あそこを抜けると農地が広がり、結界を抜けるから、ポッチも思い切り走ることができる。
 ポッチもそれを理解しているのか、尻尾を小さく振りながら進んでいった。
 城門を抜けると、城壁に沿って道がある。
 ここを進むとシトロン伯爵家の持つ農場だ。
 
 宮廷貴族の中では領地を持たない貴族が殆どだが、シトロン伯爵家も例に漏れず領地を持たない。
 しかし、首都にいくつかの土地や建物、そして城門の外に農場や山林を所有しており、宮廷貴族の中でも裕福な部類に入っていた。
 それでも、5人の子供達を抱えてそれぞれの支度をするとなると、かなりの物入りになり、財産など築く余裕がないとこぼしているのを聞いた事がある。
 その為か、幼い頃のジルダはいつも質素で、あまり高価ではない着古したドレスを着ていた。
 カインと婚約してからは、その費用の殆どを侯爵家が負担し、衣装なども揃えさせていたはずだが、ジルダはいつも質はいいが質素なドレスばかりを着ていた。
 与えられた予算が使い切られたことなど一度もなかったことは、カインが屋敷の管理をするようになって知ったことだ。
 一度は伯爵の横領を疑ったが、ジルダは毎月きっちりと収支の明細を残していた。
 彼女はいつも、最低限品位を保てるだけの費用しか使っていなかったのだ。
 
 シトロン伯爵家の農場では、農夫に混じって貧民街で見かけた顔が、まだ新しい農具を持って働いていた。
 あれがダーシー卿が言っていた農具か――
 カインが遠目に農作業を見ていると、よく知った顔が近寄ってきた。
「カイン様じゃないですか」
 イレリアが赤ん坊の頃から世話をしていたと言う、貧民街の女性だった。

 カインは無我夢中でポッチを走らせて、アバルト侯爵邸にたどり着いた。
 訪問の約束がないのに、見知った門衛が門を開けてくれた。
 門をくぐり車寄せでポッチから降りて下男に預けると、執事の案内を待たずにロメオの執務室へ直接向かった。
「やぁ。カイン」
 部屋に飛び込んできたカインを、ロメオは笑顔で迎え入れた。
「先触れもなく来るなんて君らしくないな」
 言葉とは違い、カインが来ることを予測していたような態度に、カインは困惑していた。
 ロメオは立ち上がると、カインにソファに腰掛けるように促して、自分もその向かいに腰掛けた。
「その様子だと、色々知ってしまったようだね」
 カインは何を言えばいいのかわからず、唇を噛み締めた。
「まず、君から頼まれていた事を報告しようか。母上にも協力してもらったんだが――知っての通り母上は魔法の解析に長けた人だからね」
 カインが落ち着くのを待たずに、ロメオは話し出した。
「まず、イレリア嬢だ。彼女には魔法がかけられている」
 
 カインは頭を抱えた。
 衝撃ではあったが、やはりそうだったのかと、心のどこかで納得している自分がいた。
「とても複雑な魔法でね。おそらく本人も気付いていない」
「どんな魔法だ」
 カインは答えを聞かずとも知っている気がした。
「魔法は全部で3つあったそうだ。いずれも、これまでに見た事のない魔法だったそうだよ」
 ロメオとカインの前に、茶が置かれた。
 香りからして、カインの好きな花の香りのする甘い茶だ。
「一つは魅了の魔法だ。心の弱い者は彼女に好意を持つように誘導される。これは彼女自身が持つ能力でもあるが、それを増幅する作用があるそうだ。彼女の美しさもあるが、選民思想の高いはずの貴族達が彼女をここまで崇拝しているのもこの為だろうね」
 カインは、初めて彼女に会いに薬屋に行ったあの日の事を思い出した。
 イレリアの笑顔に胸の奥が熱く感じたのは魔法のせいだったのか――母に感じて以来、初めて人を美しいと思ったのも、全て魔法のせいだったのだろうか。
 
「もう一つは――カインの感情を奪う魔法だ」
 カインの様子を見ても、ロメオは話をつづけた。
 傷つくなら一度に傷ついた方がいい。ロメオなりの優しさだった。
「何のために――」
 カインは掠れた声を絞り出すので精一杯だった。
「正確には、君の感情を操り、魔力の制御を奪う――というのが正しいだろうね。もちろん、君の魔力を暴走させるためさ」
 ロメオの言葉に、カインは覚悟していた事を突き付けられたような気分だった。
 ジルダを嫌い、盲信的にイレリアにのめり込んでいった様は、今考えると異常だった。
 まるで中毒性の高い薬物に溺れるように、イレリアに溺れていったのは全て愛だと思っていた。
 しかし、カインは薄々気付いていた。その感情は自分のものではない事に。
感想 68

あなたにおすすめの小説

三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで

狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。 一度目は信じた。 二度目は耐えた。 三度目は――すべてを失った。 そして私は、屋上から身を投げた。 ……はずだった。 目を覚ますと、そこは過去。 すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。 ――四度目の人生。 これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、 同じように裏切られ、すべてを失ってきた。 だから今度は、もう決めている。 「もう、陸翔はいらない」 愛していた。 けれど、もう疲れた。 今度こそ―― 自分を守るために、家族を守るために、 私は、自分から手を放す。 これは、三度裏切られた女が、 四度目の人生で「選び直す」物語。

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした

ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。 彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。 そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。 しかし、公爵にもディアにも秘密があった。 その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。 ※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています ※表紙画像はAIで作成したものです

「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」 新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。 それもそのはず。 2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。 でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。 美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。 だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。 どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。 すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?  焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。

私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~

marumi
恋愛
【4月中旬 完結予定】 「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」 「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」 私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。 暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。 彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。 それなのに……。 やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。 ※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。 ※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

侯爵令嬢ソフィアの結婚

今野綾
恋愛
ソフィアは希少なグリーンアイを持つヴィンセントと結婚した。これは金が欲しい父の思惑と、高い爵位が欲しいヴィンセントの思惑が一致したからに過ぎない。 そもそもヴィンセントには恋人がいて、その恋人は身分に大きな差があるために結婚することは叶わないのだ。 結婚して早々、ソフィアは実家から連れてきた侍女夫婦とあばら屋に住むように言われて…… 表紙はかなさんのファンアートです✨ ありがとうございます😊 2024.07.05