8 / 26
第一章
08.愛を知らぬセドリック
しおりを挟む
「オラール伯爵の令嬢……あそこの絹織物は最近質が良くないわ、却下。ガリマール侯爵にラフォン侯爵……なら、海の近いラフォン侯爵令嬢かしら? あら、海に近いということは、日に焼けている可能性があるわね。義理の娘が褐色の肌なんて嫌だわ。やっぱり色白でなくては。ガリマール侯爵令嬢……そこまで頭の良い子ではないみたい。教育のしがいがありそうね」
息子のための愛のない結婚相手を見繕っている妻の姿など、見たくはない。妻の奴隷を選ぶ作業だ。気持ちのいいものではない。
しかし、我々も愛のない結婚をした。だから、妻の決定に口を出すことはしない。我々の両親も同じことを考え、お互いを選んだのだから。
「ガリマール侯爵令嬢でいいかしら?」
「いいんじゃないか。ガリマール侯爵なら隣国と懇意にしていると伝え聞く。コレットの婚約者候補とも近しいということだろう」
「あら、あちらはもう決まったのですね? コレットが結婚を嫌がっているとは王子妃から聞いてはいましたが」
「ああ、先日決まったと聞いた。どちらにしろ、ドミニクに必要なのも愛のない結婚だ。お前の好きにすればいい」
「では、そのように手配いたしましょう」
王城敷地内の離れに国王夫妻の子どもたち――王子王女夫婦のそれぞれの邸宅がある。造られた当時は贅を尽くした邸だったのだろうが、年月を経て少しずつ修繕をしなければならない箇所が増えてきている。
邸と違い、我ら夫婦の仲は冷え切っており、修繕などできそうにもない。
第二王子の妻に必要だったのは、家柄と教養と美しさだけ。婚約時、妻の性格や私への好意の有無などは考慮されなかった。王族は愛のない結婚をする。結婚をしてから愛が芽生えることもあるというが、稀だ。少なくとも、私の知る夫婦にそれは当てはまらない。幼少時からわかっていたことだが、いざ結婚してみると虚しいものであった。
愛していない妻を抱き、無理やり種付けをする。何度も途中で不能になり、自信を失った時期もあった。しかし、聖教会を通じて何とか見つけ出した優秀な薬師に媚薬の調合を頼み、それを服用して事に及ぶことができたのは、幸いであった。さらに、ドミニクが――息子が誕生したのは何よりの吉報であった。妻との行為は、苦痛でしかなかったのだ。
「彼女」はよく笑う娼婦だった。
妻の妊娠中、付き合いで娼館へ行った際、私の相手をしたのが彼女だった。よく喋り、よく笑う、気の強い女。薬がなくとも、彼女の体には下腹部が素直に反応した。「抱きたい」と思った女は、彼女が初めてだった。
あのときの衝動は今でも忘れられない。客だということを忘れて、狂ったように彼女を抱いた。何度果てても、彼女は嫌な顔一つせず「次はどうしたい?」と尋ねてきた。腕も良く、体力もある。街で一番の娼婦だと言われるのも納得できる女であった。
彼女への想いは、妻に抱くものとは違う。何度会っても、体が正直に反応してしまう。それを何と呼べばよいのか、どう処理すればよいのか、私にはわからなかった。それが愛なのかどうかさえわからない、愚かな男だったのだ。
彼女の元に通うようになって二年。
外に女ができたことに妻は気づいていただろう。しかし、それを咎めることも嘆くこともない。元より妻と離縁するつもりはない。二人の間に愛はなかったが、子と世間体が存在していた。
彼女のほうも、権力や金銭を欲することはない。私も下らない独占欲など持たず、彼女には好きなように客を取らせていた。愛していたのか、愛されていたのか、わからないままに体だけ重ねていた。
娼婦と客の関係を二年続けても、彼女を真に理解していたとは言い難いだろう。何しろ、それは突然だった。
星降祭りが催される頃、街で一番の娼婦は忽然と姿を消したのだ。
店主も彼女の友人たちも、彼女がいなくなった理由を知らず、行き先にも心当たりがないようであった。誰も知らぬ故郷へ戻ったのか、見知らぬ土地へ移ったのか、その行方はいつまでたってもわからなかった。
妻が金を渡し、彼女をどこか遠くへやってしまった可能性もある。それを尋ねるほどの度胸はない。冷えた夫婦仲であっても、決定的な亀裂を生じさせるものでもないだろうと判断した。
彼女の影を探し、戯れに娼婦や寡婦を抱こうとしたこともある。しかし、不能は不能のままであった。
「初めまして、セドリック王子。自分がパトリスです。こちらは姉のオルガです」
「よろしくお願い申し上げます、セドリック様」
林檎の産地出身の、剣の道場で働いていたという青年が神託を受けて「勇者」になったとき、私は彼よりも隣に立って笑っている女に目を奪われた。
――似ている。
ただそう思っただけだったのだが、そのときには既に何年も不能のままであった下腹部が硬くなっていた。
もう二度と離すまい。
愚かな私は、密かにそう決意する。歪んだ欲をぶつけるための身代わりだと自覚しながら。
勇者の姉に聖教会本部の一室を与えるよう指示し、その間に備蓄倉庫として使っていた塔を整備する。人が生活できるだけの設備を整え、鍵を作る。内側からは開けられない扉に、頑丈な錠をつけさせて。
逃げられぬよう、閉じ込めておけば良い。
今度こそ、逃がすまい。
勇者の姉オルガは、薬を飲まされても強く抵抗した。つらくしんどいはずなのに、私を受け入れようとはしない。その頑固さ、気の強さに、私は惚れ惚れした。
そうだ、強く抵抗しろ。
私を憎み、恨むがいい。
泣き叫ぶオルガの中に無理やり押し入り、手酷く荒らした。幾度となく絶頂させ、気を失うまで夜通し抱き潰した。純潔であったことを示す赤いものをシーツの上に確認したとき、得も言われぬ快感に打ち震えたことをよく覚えている。
オルガは私に一度も心を許さない。それでいい。逃げ出そうと企てるのも、構わない。逃げ出したオルガをまた塔の上の部屋に連れ戻したときの表情が、たまらない。絶望したかのような、私を憐れむかのような、美しく歪んだ表情。ゾクゾクする。たまらない。
聖教会が「使いたい」と言うので、必ず避妊をするよう言いつけて他の男に抱かせてみることにした。何度かその場を見てみたが、嫌がることなく抱かれるオルガには私の体は反応しない。しかし、従順なふりをしながら、オルガは脱走の機会を狙っている。何人かの男は殴られたり縛られたりして、その犠牲になった。逃げ出すことを諦めていないのだと知って、歓喜に震えた。
だから、彼女の左のふくらはぎに短剣を突き立ててみた。血まみれになりながらも憎悪の目で私を睨むオルガを、愛しいとさえ思い始めていた。
愛など、最初から信じていない。
私を強く憎み、もっと恨め。その強烈な感情は、一生消えることはない。明確な憎悪のほうがずっと心に残る。深く記憶に刻まれる。
歪んだ欲だ。
私に、愛などという不確かなものは必要ない。
オルガが私を憎み、私を忘れないでいるのなら、それで構わないのだ。
オルガの様子が変わったことに、気づかぬ私ではない。私に抱かれていても、心ここにあらずといった顔で、刺々しいまでに発せられていた憎悪が感じられなくなった。雰囲気が柔らかくなった。
なぜなのか。原因がわからない。原因を作ったのは私ではない。それは確実だ。
他に男ができたのか? あの娼婦のように、私から離れていくのか? 私を忘れるのか?
このままでは、オルガの心の中に私がいられなくなる。私という存在が消えてしまう。それだけは避けたい。
「オルガ様の様子が二月前から変わった? では、オルガ様の世話係が交代した頃ですね」
優秀な執事の返答に、なるほどと唸る。オルガはその世話係に懸想でもしているのだろう。結婚を機に妻が故郷から連れてきた執事は、私にも忠誠を誓い、よく働いてくれる。彼に世話係の素性を調べるよう指示を出し、どうすれば彼女の心に深く私の名を刻み込めるかを考える。
初めての男には、なった。ふくらはぎには一生残る傷をつけてやった。他に、私を忘れぬように強烈な記憶を植えつけるものはないか。
世話係を殺すか? いや、どこかの貴族の子息が奉公している可能性もある。その場合はさすがに処理が難しい。孤児だとしても、王子が戦でもないのに子どもを殺したとなれば外聞が悪い。
世話係を交代させるか? オルガは絶望するだろう。しかし、また新たな世話係に恋をしないとも限らない。
オルガの足や腕を切るか? 歩けなくなれば、世話係も世話をするのが大変になる。世話係を室内に入れないといけなくなる。聖職者でもない少年にあれ以上の権限を与えるのは危険だ。
どうすればいいのか、わからない。
私は、女の扱い方を知らない。どうすれば、私の元から逃げないようになるのか。どうすれば、私のそばにいてくれるのか。
どうすれば、女を愛することができるのか。
愛し方を知らない、憎悪で縛り付けることしか知らない、憐れな男だ。
そんなことを、考え続けた。執事が驚くべき情報を持ち帰るまで。
「世話係の少年は、去年《瘴気の霧》が発生した街の出身のようです。母親を亡くし、孤児となったところを聖教会が育てておりました」
「《瘴気の霧》……勇者に助けられたか」
「そのようで。もう一つご報告がございます」
優秀な執事は咳払いをし、それを告げた。
「その少年の母親は、街で一番の娼婦でございました。ジャスミーヌという名の」
「ジャスミーヌ?」
「ジャスミーヌ、でございます。セドリック様がずっとお探しになっていた娼婦と同じ名でございます」
まさか。
まさか、そんな偶然が。
「少年は十三歳。ジャスミーヌがいなくなったのは、十四年前の今頃だと伺っておりますが」
執事の言葉に、まさか、と呟く。まさか。
「少年の目の色は、セドリック様と同じ、深い緑色だそうです」
あぁ、そうか。ジャスミーヌは、あぁ……そうか。
執事には「すべて忘れるように」と指示を出す。口が固い男だ。妻が連れてきた男だが、私の不名誉は誰にも口外はしないだろう。
ジャスミーヌの子が、オルガに近づいている。それがどういう意味を持つのか、わからないほど愚かではない。偶然ではないのは確かだ。
確認しなければならない。
少年の真意と、私の罪の、一部始終を。
息子のための愛のない結婚相手を見繕っている妻の姿など、見たくはない。妻の奴隷を選ぶ作業だ。気持ちのいいものではない。
しかし、我々も愛のない結婚をした。だから、妻の決定に口を出すことはしない。我々の両親も同じことを考え、お互いを選んだのだから。
「ガリマール侯爵令嬢でいいかしら?」
「いいんじゃないか。ガリマール侯爵なら隣国と懇意にしていると伝え聞く。コレットの婚約者候補とも近しいということだろう」
「あら、あちらはもう決まったのですね? コレットが結婚を嫌がっているとは王子妃から聞いてはいましたが」
「ああ、先日決まったと聞いた。どちらにしろ、ドミニクに必要なのも愛のない結婚だ。お前の好きにすればいい」
「では、そのように手配いたしましょう」
王城敷地内の離れに国王夫妻の子どもたち――王子王女夫婦のそれぞれの邸宅がある。造られた当時は贅を尽くした邸だったのだろうが、年月を経て少しずつ修繕をしなければならない箇所が増えてきている。
邸と違い、我ら夫婦の仲は冷え切っており、修繕などできそうにもない。
第二王子の妻に必要だったのは、家柄と教養と美しさだけ。婚約時、妻の性格や私への好意の有無などは考慮されなかった。王族は愛のない結婚をする。結婚をしてから愛が芽生えることもあるというが、稀だ。少なくとも、私の知る夫婦にそれは当てはまらない。幼少時からわかっていたことだが、いざ結婚してみると虚しいものであった。
愛していない妻を抱き、無理やり種付けをする。何度も途中で不能になり、自信を失った時期もあった。しかし、聖教会を通じて何とか見つけ出した優秀な薬師に媚薬の調合を頼み、それを服用して事に及ぶことができたのは、幸いであった。さらに、ドミニクが――息子が誕生したのは何よりの吉報であった。妻との行為は、苦痛でしかなかったのだ。
「彼女」はよく笑う娼婦だった。
妻の妊娠中、付き合いで娼館へ行った際、私の相手をしたのが彼女だった。よく喋り、よく笑う、気の強い女。薬がなくとも、彼女の体には下腹部が素直に反応した。「抱きたい」と思った女は、彼女が初めてだった。
あのときの衝動は今でも忘れられない。客だということを忘れて、狂ったように彼女を抱いた。何度果てても、彼女は嫌な顔一つせず「次はどうしたい?」と尋ねてきた。腕も良く、体力もある。街で一番の娼婦だと言われるのも納得できる女であった。
彼女への想いは、妻に抱くものとは違う。何度会っても、体が正直に反応してしまう。それを何と呼べばよいのか、どう処理すればよいのか、私にはわからなかった。それが愛なのかどうかさえわからない、愚かな男だったのだ。
彼女の元に通うようになって二年。
外に女ができたことに妻は気づいていただろう。しかし、それを咎めることも嘆くこともない。元より妻と離縁するつもりはない。二人の間に愛はなかったが、子と世間体が存在していた。
彼女のほうも、権力や金銭を欲することはない。私も下らない独占欲など持たず、彼女には好きなように客を取らせていた。愛していたのか、愛されていたのか、わからないままに体だけ重ねていた。
娼婦と客の関係を二年続けても、彼女を真に理解していたとは言い難いだろう。何しろ、それは突然だった。
星降祭りが催される頃、街で一番の娼婦は忽然と姿を消したのだ。
店主も彼女の友人たちも、彼女がいなくなった理由を知らず、行き先にも心当たりがないようであった。誰も知らぬ故郷へ戻ったのか、見知らぬ土地へ移ったのか、その行方はいつまでたってもわからなかった。
妻が金を渡し、彼女をどこか遠くへやってしまった可能性もある。それを尋ねるほどの度胸はない。冷えた夫婦仲であっても、決定的な亀裂を生じさせるものでもないだろうと判断した。
彼女の影を探し、戯れに娼婦や寡婦を抱こうとしたこともある。しかし、不能は不能のままであった。
「初めまして、セドリック王子。自分がパトリスです。こちらは姉のオルガです」
「よろしくお願い申し上げます、セドリック様」
林檎の産地出身の、剣の道場で働いていたという青年が神託を受けて「勇者」になったとき、私は彼よりも隣に立って笑っている女に目を奪われた。
――似ている。
ただそう思っただけだったのだが、そのときには既に何年も不能のままであった下腹部が硬くなっていた。
もう二度と離すまい。
愚かな私は、密かにそう決意する。歪んだ欲をぶつけるための身代わりだと自覚しながら。
勇者の姉に聖教会本部の一室を与えるよう指示し、その間に備蓄倉庫として使っていた塔を整備する。人が生活できるだけの設備を整え、鍵を作る。内側からは開けられない扉に、頑丈な錠をつけさせて。
逃げられぬよう、閉じ込めておけば良い。
今度こそ、逃がすまい。
勇者の姉オルガは、薬を飲まされても強く抵抗した。つらくしんどいはずなのに、私を受け入れようとはしない。その頑固さ、気の強さに、私は惚れ惚れした。
そうだ、強く抵抗しろ。
私を憎み、恨むがいい。
泣き叫ぶオルガの中に無理やり押し入り、手酷く荒らした。幾度となく絶頂させ、気を失うまで夜通し抱き潰した。純潔であったことを示す赤いものをシーツの上に確認したとき、得も言われぬ快感に打ち震えたことをよく覚えている。
オルガは私に一度も心を許さない。それでいい。逃げ出そうと企てるのも、構わない。逃げ出したオルガをまた塔の上の部屋に連れ戻したときの表情が、たまらない。絶望したかのような、私を憐れむかのような、美しく歪んだ表情。ゾクゾクする。たまらない。
聖教会が「使いたい」と言うので、必ず避妊をするよう言いつけて他の男に抱かせてみることにした。何度かその場を見てみたが、嫌がることなく抱かれるオルガには私の体は反応しない。しかし、従順なふりをしながら、オルガは脱走の機会を狙っている。何人かの男は殴られたり縛られたりして、その犠牲になった。逃げ出すことを諦めていないのだと知って、歓喜に震えた。
だから、彼女の左のふくらはぎに短剣を突き立ててみた。血まみれになりながらも憎悪の目で私を睨むオルガを、愛しいとさえ思い始めていた。
愛など、最初から信じていない。
私を強く憎み、もっと恨め。その強烈な感情は、一生消えることはない。明確な憎悪のほうがずっと心に残る。深く記憶に刻まれる。
歪んだ欲だ。
私に、愛などという不確かなものは必要ない。
オルガが私を憎み、私を忘れないでいるのなら、それで構わないのだ。
オルガの様子が変わったことに、気づかぬ私ではない。私に抱かれていても、心ここにあらずといった顔で、刺々しいまでに発せられていた憎悪が感じられなくなった。雰囲気が柔らかくなった。
なぜなのか。原因がわからない。原因を作ったのは私ではない。それは確実だ。
他に男ができたのか? あの娼婦のように、私から離れていくのか? 私を忘れるのか?
このままでは、オルガの心の中に私がいられなくなる。私という存在が消えてしまう。それだけは避けたい。
「オルガ様の様子が二月前から変わった? では、オルガ様の世話係が交代した頃ですね」
優秀な執事の返答に、なるほどと唸る。オルガはその世話係に懸想でもしているのだろう。結婚を機に妻が故郷から連れてきた執事は、私にも忠誠を誓い、よく働いてくれる。彼に世話係の素性を調べるよう指示を出し、どうすれば彼女の心に深く私の名を刻み込めるかを考える。
初めての男には、なった。ふくらはぎには一生残る傷をつけてやった。他に、私を忘れぬように強烈な記憶を植えつけるものはないか。
世話係を殺すか? いや、どこかの貴族の子息が奉公している可能性もある。その場合はさすがに処理が難しい。孤児だとしても、王子が戦でもないのに子どもを殺したとなれば外聞が悪い。
世話係を交代させるか? オルガは絶望するだろう。しかし、また新たな世話係に恋をしないとも限らない。
オルガの足や腕を切るか? 歩けなくなれば、世話係も世話をするのが大変になる。世話係を室内に入れないといけなくなる。聖職者でもない少年にあれ以上の権限を与えるのは危険だ。
どうすればいいのか、わからない。
私は、女の扱い方を知らない。どうすれば、私の元から逃げないようになるのか。どうすれば、私のそばにいてくれるのか。
どうすれば、女を愛することができるのか。
愛し方を知らない、憎悪で縛り付けることしか知らない、憐れな男だ。
そんなことを、考え続けた。執事が驚くべき情報を持ち帰るまで。
「世話係の少年は、去年《瘴気の霧》が発生した街の出身のようです。母親を亡くし、孤児となったところを聖教会が育てておりました」
「《瘴気の霧》……勇者に助けられたか」
「そのようで。もう一つご報告がございます」
優秀な執事は咳払いをし、それを告げた。
「その少年の母親は、街で一番の娼婦でございました。ジャスミーヌという名の」
「ジャスミーヌ?」
「ジャスミーヌ、でございます。セドリック様がずっとお探しになっていた娼婦と同じ名でございます」
まさか。
まさか、そんな偶然が。
「少年は十三歳。ジャスミーヌがいなくなったのは、十四年前の今頃だと伺っておりますが」
執事の言葉に、まさか、と呟く。まさか。
「少年の目の色は、セドリック様と同じ、深い緑色だそうです」
あぁ、そうか。ジャスミーヌは、あぁ……そうか。
執事には「すべて忘れるように」と指示を出す。口が固い男だ。妻が連れてきた男だが、私の不名誉は誰にも口外はしないだろう。
ジャスミーヌの子が、オルガに近づいている。それがどういう意味を持つのか、わからないほど愚かではない。偶然ではないのは確かだ。
確認しなければならない。
少年の真意と、私の罪の、一部始終を。
11
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる