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第二章
24.オルガとリュカ(二)
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ラプラード様が紹介したいと伝え、ジラール伯爵夫妻が了承していた騎士とは、リュカのことだった。赴任してすぐに私用で出かけるわけにもいかず、紹介前に私に会うわけにもいかず、自分の瞳の色のドレスを贈れば気づくだろうと考えていたらしいのだけど。
「気づくわけ、ないじゃないの……!」
私がリュカを睨むと、彼は「すみません」としゅんとしながら微笑んだ。
ラプラード様の厚意で会場近くの控え室を貸してもらい、化粧などを直している。大泣きしてしまったので、顔がかなり酷いことになっているのだ。仕方ない。夫妻にはきちんと断りを入れてある。二人は微笑みながら私とリュカを見送ってくれた。
「やっぱり大地の色にその深い緑色はよく合いますね。オルガ様、綺麗です。ねぇ、本当に綺麗です……はぁ、美しい」
リュカは私の背後でうろうろしながら、鏡越しに私を見つめている。笑いながら見つめている。うっとりしながら見つめている。ちょっと見すぎ。
五年。
リュカは少年から青年になった。金色だった髪は明るい茶色に変わり、背だってぐんと伸びて、私をすっかり見下ろすようになった。森の色の瞳だけが、変わらず、優しいままだ。
私も、それだけ歳を取った。綺麗だとリュカは言ってくれるけれど、私はもう若くはない。
「オルガ様」
「はい」
「ジラール伯爵夫妻の家に通える距離に家を借りました。落ち着いたら、一緒に暮らしましょう」
「通える……ってことは、仕事を続けてもいいの?」
思わず振り向いてリュカを見上げる。彼は「もちろん」と頷く。
私はホッとしていた。やっぱり夫人のことが気になる。使用人は私だけではないけれど、勝手も知っているので手伝える範囲で手伝ってあげたい。
「ただ、早朝と夜中の勤務がなくなることは、夫妻にも了承していただいています。大丈夫ですよ。今だって、夫人の側に控えていなくても大丈夫でしょう?」
「そう、ね……わ、リュ」
いきなり、リュカの顔が降ってきた。目を閉じると、唇に軽いキスが落とされる。触れるだけのキスをして、リュカは照れたように顔を赤らめる。
「すみません、我慢、できませんでした」
緑色の瞳が私の驚いた顔だけを映す。離れていこうとするリュカの頬を両手で挟み込んで捕らえ、強めにむに、と頬を押し潰してみる。唇を突き出したリュカの変な顔をじぃっと見つめる。
暖かい。リュカだ。夢ではない。夢じゃない。本物だ。
「大人になったのね、それだけで我慢できるなんて」
「おるが、しゃ」
「私は全然足りないよ」
両手を離し、リュカとしばらく見つめ合う。瞳の奥でお互い何を考えているのか探るけれど、答えは同じのはずだ。
触れた唇は柔らかく、熱い。リュカはすぐに舌を捩じ込んでくる。私は彼を抱きしめながら、応じる。
「……我慢、できるわけないじゃないですか。オルガ様が目の前にいるのに」
「私も。ねぇ、リュカ。次はいつ会えるの? 本当に会えるの? もう何年も待たなくていいの?」
「明後日、ジラール伯爵の邸へ伺います。そのときにきちんと夫妻に挨拶をして、結婚の許しをもらいましょう。待てますか?」
待てない、って言ったらどうなるの? どうするの?
そんな意地悪な質問をしたら、きっとリュカは困るだろう。この控え室に来てから、私は少し拗ねている。ラプラード様やジラール夫妻に手回しをする前に、まずは私に連絡して欲しかった。リュカの無事を、一番に知りたかった。王立騎士団の騎士になったことを、先に知っておきたかった。ドレスだって、リュカが準備してくれたものだって知っていたら、きっともっと楽しく着ることができたのに。
「……待てない、って言ったらリュカは困る?」
「オルガ様は相変わらず我慢するのが苦手なんですね。ちなみに、僕はあまり困りませんよ。勇者様が困るだけです」
「パトリスが、困る?」
「ええ。明日は勇者様を国境の途中まで送ることになっていますので……あぁ、勇者様にはここに来る道中で結婚の報告はしてあります。モラン地方の案内は僕がしていたんですよ」
へぇ、と呟くと、リュカはいきなり私の首筋を舐めた。変な声が出たので慌てて口を塞ぐ。熱くぬるぬるした舌が、徐々に鎖骨へと向かう。
「リュカ?」
「勇者様とジラール伯爵に迷惑をかけていいなら、今ここであなたを抱きたい。夜通し、飽きるまで、あなたと交わりたい」
リュカが私の目を見ない。彼なりに耐えているのだ。だから、お互いの仕事と愛欲を天秤にかけた。答えは、決まっている。
五年という年月は、すっかり私たちを大人にしてしまった。
「……待つわよ。五年待ったんだもの。二日や三日、触れられなくても……我慢する、我慢できる」
鎖骨に吸い付いていた唇が、私の唇に戻ってくる。舌を吸い、窒息してしまいそうなほどお互いの味を求める。
「リュカ、好き」
「僕も大好きです、オルガ様」
強く抱き合いながら、数日後に思いを馳せる。許されるなら、一日、リュカと一緒に過ごしたい。格子越しではなく、お互いの熱を感じながら過ごしてみたい。
「オルガ様、すみません……僕、やっぱりあなたと一緒にいたい」
「でも、リュカ」
「夜、迎えに行きます。伯爵が許してくださるなら、邸の庭でも散歩しませんか?」
散歩……なら、大丈夫かな。さすがに婚前にリュカの部屋へ行くことは許されないだろう。夫妻が私たちの何をどこまで知っているのかはわからないけれど、婚前の行為に対して否定的な人もいる。
散歩なら、きっと大丈夫。素敵な庭で花を見ながら話をして、五年間の空白を埋めていくだけなのだから。
「夜、ね。それまでに仕事を終わらせておくわね」
「迎えに上がります」
そうして、リュカと抱き合うのをやめ、化粧直しを始めたのだけど。それを邪魔するかのようにリュカが何度もキスをしてくるので、化粧直しはなかなか終わらなかった。
「良い方じゃないの、リュカさん。ここに来る前からのお知り合いだったのね」
「王都からモラン地方までオルガを追いかけてくるとは、余程好かれていたんだねぇ」
「オルガが頑なに結婚しようとしなかったのは、リュカさんがいたから? ごめんなさいね、事情も知らずにわたくしたちったら……」
ジラール夫妻は何だかいい感じに納得してくれているので、私も特に訂正はしない。そうなんです、といった顔をして夫人の足を揉み、寝る準備をする。客室には大きめの寝室と使用人用の小さな寝室があるので、二人の就寝後は使用人の寝室へ戻るだけだ。
既に緑色のドレスは脱いで、簡素な仕事着に着替えている。夫妻は寝間着だ。
明後日リュカが邸を訪ねることは夫妻にも伝わっているようで、そのときに今後の詳しい話をすることになっている。だから、今夜は夫妻の負担にならない程度の話しかしなかったみたいだ。
二人とも、私とリュカの結婚をかなり喜んでくれている。それだけはわかる。夫人なんて「良い方で良かったわ」と何度口にしたことか。そこまで喜んでくれるとは思わなかったので、私も驚いている。
五年という年月は、リュカと過ごした日々よりもずっと長い。夫妻が私に情を抱くには十分な期間だろう。
夫妻の就寝を確認したあと、使用人の部屋へ戻ろうとして、小さなノックの音に気づく。廊下の覗き窓から外を見ると、カンテラに照らされたリュカの姿が見えた。
「早かったですか?」
「いえ、大丈夫よ」
仕事着のまま外へ出る。鍵をかけ、リュカの隣を歩く。客室は本邸から離れたところにそれぞれ点在しているらしく、リュカが泊まっているのは少し遠い客室なんだそうだ。ジラール夫妻が高齢のため、本邸に一番近い客室が割り当てられたのだろう。
邸も広かったが、庭も広い。伸びっぱなしの木々の枝はなく、花も整然と並んでいる。手入れが行き届いている庭だと一目でわかる。明日の朝、夫妻と見に来るのもいいかもしれない。
人影はない。皆、長旅で疲れたのだろう。夜の庭に出てくるような人は、私たちだけのようだ。
リュカが左手を差し伸べてくれたので、そのまま右手を出す。暖かく、しっとりしているリュカの手のひら。手を繋ぐと、あの日のことを思い出す。思い出してしまう。
「オルガ様、そんなに強く握らなくても……僕はもう嘘をついて離れて行ったりはしませんから」
リュカが微笑みながら、振り向く。優しい目。右手に力を込めたまま、「本当に?」と疑いの目を向ける。だって、リュカは嘘が上手だから。
「本当ですよ、オルガ様」なんて笑うけど、信用ならない。信じていないわけではないのだけど、前例があるのだから仕方がない。
庭の隅に置かれている木の長椅子に座る。背もたれがついている長椅子は、おそらく長時間庭を眺めるためのものなのだろう。
灯りを消したカンテラを長椅子の下に置くと、頭上の星空がはっきりと輝いているのが見える。星を見上げることなんて、星降祭りの日くらいしかない。星を見ると、星降祭りのこと――リュカのことを思い出してしまうから、あまり空は見上げないようにしていた。
「オルガ様のことを、毎日毎晩、考えていました。今頃何をしているのか、どんなものを食べたのか、ちゃんと眠れているのか、優しい人たちに囲まれているのか、傷ついていないか……ずっと、会いたかった。会いたかったんです」
暖かい手のひらが頬に触れる。近づいてくる唇を受け入れ、リュカの首の後ろに手を回す。抱き寄せ、リュカの口内を探る。舌を絡め、唾液を吸う。少し、お酒の味がする。
「私だって会いたかった。会いたくて仕方なかった。待っているだけじゃつらくて、何度王都へ行ってリュカのことを探そうとしたか……縁談が来るたびに必死で断って、でも、ずっと待っていてもいいのかわからなくて」
「信じて待っていてくれてありがとうございます」
「待ちくたびれちゃったわよ」
好きな人に抱きしめられ、想いを分かち合うことができるなんて、幸せなことだ。本当に幸せなことだ。
闇夜に紛れ、キスを重ねる。唾液が顎を伝い、徐々にそれだけでは満足できなくなってくる。もっと深くでお互いを感じたい。五年前と同じように。
リュカの指が胸の先端を引っかく。布越しではなく、直に触って欲しい。ボタンを外そうとすると、リュカにやんわりと手を止められる。星空の下、深い緑色が妖しく光る。
「僕が外します」
「庭、だよ」
「そうですね、庭ですね」
「誰か来るかも」
「来るかもしれませんね」
ボタンを一つ外すたび、リュカは首筋に、鎖骨に、キスを落としていく。しっかりと腰が捕らえられていて、逃げることはできない。
胸の柔らかいところを舐られ、優しく噛まれると、全身が粟立つ。それ以上のことをされると、歯止めがきかなくなりそう。けれど、それ以上のことを望んでいる自分もいる。
熱い指がブラウスの中に侵入し、直に突起を引っかく。親指と人差し指が突起を挟み、くにくにと捏ねる。声が漏れそうになるのを必死で抑える。
「……オルガ様、可愛い」
「ん、っあ、だめ」
「本当に駄目ですか? それとも、もっと?」
舌が谷間のあたりを這う。だめ? もっと? どちらの言葉が適切なのか。ラプラード邸の庭で交わるなんて駄目、という理性と、奥までもっと交わりたい、という欲望。どちらも、ある。どちらも、正解。
リュカはその選択を私に託す。ギリギリのところまで煽っておきながら。
本当に、酷いひと。
「……リュカ」
「はい」
私を押し倒そうとしていたリュカの腕を押しやる。一瞬「駄目ですか」と切なそうに顔を歪めた彼の太腿の上に、乗る。寛げられるのを待っている硬い熱の上に、乗る。
リュカの戸惑う顔が、五年前と全然変わらなくて、何だかホッとする。
ちょうどいい位置にリュカの顔があるので、何度もキスをする。私の下で、リュカの腰が動いている。切なそうに、居場所を求めている。
「リュカは、ベッドが良かった?」
「オルガ、さま……あぁ」
「駄目? もっと?」
リュカの指が自身のものを寛げたあと、私の下着の紐を引く。少し腰を浮かしてあげると、リュカは私の蜜口にそっと熱杭を宛てがう。触れる熱に、どちらともなく溜め息が零れる。
あぁ、この時を、ずっと待っていた。ずっと望んでいた。今この瞬間に、お互いの熱を求める、ただの獣になってしまいたい。
「もっと……あなたを感じたい」
「私も、もっとリュカと繋がりたい」
もっと。
キスをして、お互いを求め合う。
星空の下、私はゆっくり、ゆっくりと、リュカの肉杭の尖端を飲み込んだ。
「気づくわけ、ないじゃないの……!」
私がリュカを睨むと、彼は「すみません」としゅんとしながら微笑んだ。
ラプラード様の厚意で会場近くの控え室を貸してもらい、化粧などを直している。大泣きしてしまったので、顔がかなり酷いことになっているのだ。仕方ない。夫妻にはきちんと断りを入れてある。二人は微笑みながら私とリュカを見送ってくれた。
「やっぱり大地の色にその深い緑色はよく合いますね。オルガ様、綺麗です。ねぇ、本当に綺麗です……はぁ、美しい」
リュカは私の背後でうろうろしながら、鏡越しに私を見つめている。笑いながら見つめている。うっとりしながら見つめている。ちょっと見すぎ。
五年。
リュカは少年から青年になった。金色だった髪は明るい茶色に変わり、背だってぐんと伸びて、私をすっかり見下ろすようになった。森の色の瞳だけが、変わらず、優しいままだ。
私も、それだけ歳を取った。綺麗だとリュカは言ってくれるけれど、私はもう若くはない。
「オルガ様」
「はい」
「ジラール伯爵夫妻の家に通える距離に家を借りました。落ち着いたら、一緒に暮らしましょう」
「通える……ってことは、仕事を続けてもいいの?」
思わず振り向いてリュカを見上げる。彼は「もちろん」と頷く。
私はホッとしていた。やっぱり夫人のことが気になる。使用人は私だけではないけれど、勝手も知っているので手伝える範囲で手伝ってあげたい。
「ただ、早朝と夜中の勤務がなくなることは、夫妻にも了承していただいています。大丈夫ですよ。今だって、夫人の側に控えていなくても大丈夫でしょう?」
「そう、ね……わ、リュ」
いきなり、リュカの顔が降ってきた。目を閉じると、唇に軽いキスが落とされる。触れるだけのキスをして、リュカは照れたように顔を赤らめる。
「すみません、我慢、できませんでした」
緑色の瞳が私の驚いた顔だけを映す。離れていこうとするリュカの頬を両手で挟み込んで捕らえ、強めにむに、と頬を押し潰してみる。唇を突き出したリュカの変な顔をじぃっと見つめる。
暖かい。リュカだ。夢ではない。夢じゃない。本物だ。
「大人になったのね、それだけで我慢できるなんて」
「おるが、しゃ」
「私は全然足りないよ」
両手を離し、リュカとしばらく見つめ合う。瞳の奥でお互い何を考えているのか探るけれど、答えは同じのはずだ。
触れた唇は柔らかく、熱い。リュカはすぐに舌を捩じ込んでくる。私は彼を抱きしめながら、応じる。
「……我慢、できるわけないじゃないですか。オルガ様が目の前にいるのに」
「私も。ねぇ、リュカ。次はいつ会えるの? 本当に会えるの? もう何年も待たなくていいの?」
「明後日、ジラール伯爵の邸へ伺います。そのときにきちんと夫妻に挨拶をして、結婚の許しをもらいましょう。待てますか?」
待てない、って言ったらどうなるの? どうするの?
そんな意地悪な質問をしたら、きっとリュカは困るだろう。この控え室に来てから、私は少し拗ねている。ラプラード様やジラール夫妻に手回しをする前に、まずは私に連絡して欲しかった。リュカの無事を、一番に知りたかった。王立騎士団の騎士になったことを、先に知っておきたかった。ドレスだって、リュカが準備してくれたものだって知っていたら、きっともっと楽しく着ることができたのに。
「……待てない、って言ったらリュカは困る?」
「オルガ様は相変わらず我慢するのが苦手なんですね。ちなみに、僕はあまり困りませんよ。勇者様が困るだけです」
「パトリスが、困る?」
「ええ。明日は勇者様を国境の途中まで送ることになっていますので……あぁ、勇者様にはここに来る道中で結婚の報告はしてあります。モラン地方の案内は僕がしていたんですよ」
へぇ、と呟くと、リュカはいきなり私の首筋を舐めた。変な声が出たので慌てて口を塞ぐ。熱くぬるぬるした舌が、徐々に鎖骨へと向かう。
「リュカ?」
「勇者様とジラール伯爵に迷惑をかけていいなら、今ここであなたを抱きたい。夜通し、飽きるまで、あなたと交わりたい」
リュカが私の目を見ない。彼なりに耐えているのだ。だから、お互いの仕事と愛欲を天秤にかけた。答えは、決まっている。
五年という年月は、すっかり私たちを大人にしてしまった。
「……待つわよ。五年待ったんだもの。二日や三日、触れられなくても……我慢する、我慢できる」
鎖骨に吸い付いていた唇が、私の唇に戻ってくる。舌を吸い、窒息してしまいそうなほどお互いの味を求める。
「リュカ、好き」
「僕も大好きです、オルガ様」
強く抱き合いながら、数日後に思いを馳せる。許されるなら、一日、リュカと一緒に過ごしたい。格子越しではなく、お互いの熱を感じながら過ごしてみたい。
「オルガ様、すみません……僕、やっぱりあなたと一緒にいたい」
「でも、リュカ」
「夜、迎えに行きます。伯爵が許してくださるなら、邸の庭でも散歩しませんか?」
散歩……なら、大丈夫かな。さすがに婚前にリュカの部屋へ行くことは許されないだろう。夫妻が私たちの何をどこまで知っているのかはわからないけれど、婚前の行為に対して否定的な人もいる。
散歩なら、きっと大丈夫。素敵な庭で花を見ながら話をして、五年間の空白を埋めていくだけなのだから。
「夜、ね。それまでに仕事を終わらせておくわね」
「迎えに上がります」
そうして、リュカと抱き合うのをやめ、化粧直しを始めたのだけど。それを邪魔するかのようにリュカが何度もキスをしてくるので、化粧直しはなかなか終わらなかった。
「良い方じゃないの、リュカさん。ここに来る前からのお知り合いだったのね」
「王都からモラン地方までオルガを追いかけてくるとは、余程好かれていたんだねぇ」
「オルガが頑なに結婚しようとしなかったのは、リュカさんがいたから? ごめんなさいね、事情も知らずにわたくしたちったら……」
ジラール夫妻は何だかいい感じに納得してくれているので、私も特に訂正はしない。そうなんです、といった顔をして夫人の足を揉み、寝る準備をする。客室には大きめの寝室と使用人用の小さな寝室があるので、二人の就寝後は使用人の寝室へ戻るだけだ。
既に緑色のドレスは脱いで、簡素な仕事着に着替えている。夫妻は寝間着だ。
明後日リュカが邸を訪ねることは夫妻にも伝わっているようで、そのときに今後の詳しい話をすることになっている。だから、今夜は夫妻の負担にならない程度の話しかしなかったみたいだ。
二人とも、私とリュカの結婚をかなり喜んでくれている。それだけはわかる。夫人なんて「良い方で良かったわ」と何度口にしたことか。そこまで喜んでくれるとは思わなかったので、私も驚いている。
五年という年月は、リュカと過ごした日々よりもずっと長い。夫妻が私に情を抱くには十分な期間だろう。
夫妻の就寝を確認したあと、使用人の部屋へ戻ろうとして、小さなノックの音に気づく。廊下の覗き窓から外を見ると、カンテラに照らされたリュカの姿が見えた。
「早かったですか?」
「いえ、大丈夫よ」
仕事着のまま外へ出る。鍵をかけ、リュカの隣を歩く。客室は本邸から離れたところにそれぞれ点在しているらしく、リュカが泊まっているのは少し遠い客室なんだそうだ。ジラール夫妻が高齢のため、本邸に一番近い客室が割り当てられたのだろう。
邸も広かったが、庭も広い。伸びっぱなしの木々の枝はなく、花も整然と並んでいる。手入れが行き届いている庭だと一目でわかる。明日の朝、夫妻と見に来るのもいいかもしれない。
人影はない。皆、長旅で疲れたのだろう。夜の庭に出てくるような人は、私たちだけのようだ。
リュカが左手を差し伸べてくれたので、そのまま右手を出す。暖かく、しっとりしているリュカの手のひら。手を繋ぐと、あの日のことを思い出す。思い出してしまう。
「オルガ様、そんなに強く握らなくても……僕はもう嘘をついて離れて行ったりはしませんから」
リュカが微笑みながら、振り向く。優しい目。右手に力を込めたまま、「本当に?」と疑いの目を向ける。だって、リュカは嘘が上手だから。
「本当ですよ、オルガ様」なんて笑うけど、信用ならない。信じていないわけではないのだけど、前例があるのだから仕方がない。
庭の隅に置かれている木の長椅子に座る。背もたれがついている長椅子は、おそらく長時間庭を眺めるためのものなのだろう。
灯りを消したカンテラを長椅子の下に置くと、頭上の星空がはっきりと輝いているのが見える。星を見上げることなんて、星降祭りの日くらいしかない。星を見ると、星降祭りのこと――リュカのことを思い出してしまうから、あまり空は見上げないようにしていた。
「オルガ様のことを、毎日毎晩、考えていました。今頃何をしているのか、どんなものを食べたのか、ちゃんと眠れているのか、優しい人たちに囲まれているのか、傷ついていないか……ずっと、会いたかった。会いたかったんです」
暖かい手のひらが頬に触れる。近づいてくる唇を受け入れ、リュカの首の後ろに手を回す。抱き寄せ、リュカの口内を探る。舌を絡め、唾液を吸う。少し、お酒の味がする。
「私だって会いたかった。会いたくて仕方なかった。待っているだけじゃつらくて、何度王都へ行ってリュカのことを探そうとしたか……縁談が来るたびに必死で断って、でも、ずっと待っていてもいいのかわからなくて」
「信じて待っていてくれてありがとうございます」
「待ちくたびれちゃったわよ」
好きな人に抱きしめられ、想いを分かち合うことができるなんて、幸せなことだ。本当に幸せなことだ。
闇夜に紛れ、キスを重ねる。唾液が顎を伝い、徐々にそれだけでは満足できなくなってくる。もっと深くでお互いを感じたい。五年前と同じように。
リュカの指が胸の先端を引っかく。布越しではなく、直に触って欲しい。ボタンを外そうとすると、リュカにやんわりと手を止められる。星空の下、深い緑色が妖しく光る。
「僕が外します」
「庭、だよ」
「そうですね、庭ですね」
「誰か来るかも」
「来るかもしれませんね」
ボタンを一つ外すたび、リュカは首筋に、鎖骨に、キスを落としていく。しっかりと腰が捕らえられていて、逃げることはできない。
胸の柔らかいところを舐られ、優しく噛まれると、全身が粟立つ。それ以上のことをされると、歯止めがきかなくなりそう。けれど、それ以上のことを望んでいる自分もいる。
熱い指がブラウスの中に侵入し、直に突起を引っかく。親指と人差し指が突起を挟み、くにくにと捏ねる。声が漏れそうになるのを必死で抑える。
「……オルガ様、可愛い」
「ん、っあ、だめ」
「本当に駄目ですか? それとも、もっと?」
舌が谷間のあたりを這う。だめ? もっと? どちらの言葉が適切なのか。ラプラード邸の庭で交わるなんて駄目、という理性と、奥までもっと交わりたい、という欲望。どちらも、ある。どちらも、正解。
リュカはその選択を私に託す。ギリギリのところまで煽っておきながら。
本当に、酷いひと。
「……リュカ」
「はい」
私を押し倒そうとしていたリュカの腕を押しやる。一瞬「駄目ですか」と切なそうに顔を歪めた彼の太腿の上に、乗る。寛げられるのを待っている硬い熱の上に、乗る。
リュカの戸惑う顔が、五年前と全然変わらなくて、何だかホッとする。
ちょうどいい位置にリュカの顔があるので、何度もキスをする。私の下で、リュカの腰が動いている。切なそうに、居場所を求めている。
「リュカは、ベッドが良かった?」
「オルガ、さま……あぁ」
「駄目? もっと?」
リュカの指が自身のものを寛げたあと、私の下着の紐を引く。少し腰を浮かしてあげると、リュカは私の蜜口にそっと熱杭を宛てがう。触れる熱に、どちらともなく溜め息が零れる。
あぁ、この時を、ずっと待っていた。ずっと望んでいた。今この瞬間に、お互いの熱を求める、ただの獣になってしまいたい。
「もっと……あなたを感じたい」
「私も、もっとリュカと繋がりたい」
もっと。
キスをして、お互いを求め合う。
星空の下、私はゆっくり、ゆっくりと、リュカの肉杭の尖端を飲み込んだ。
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