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第一章 帰還と波乱
第七話 トドメの一撃
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イリアスとスーリャ様の奇妙な沈黙は、どうにか勇気を振り絞った形のスーリャ様によって破られる。
「イルト……」
震える小さな声。しかし、神であるイリアスに、その声が届かないわけもなく、イリアスはじっと、スーリャ様の言葉を待つ。
「今までのことを、許してなどとは言いません。イルトが、どんな思いをしているのか、知らないわけがなかったのですから。だから…………」
言葉を続けようとして、スーリャ様は何かを言おうとするも、それが言葉になることはない。何せ、思考が定まっていないのだ。
「(私は、どう、すれば良いのかしら? イルトに謝罪する? いいえ、許しを乞うことは、今、私自身が禁じたこと。目の前から消える? でも、それでイルトの心は救われるかしら?)」
どんな行動が適切かを必死に考えるスーリャ様。対するイリアスは…………思考停止に陥っていた。
「(イルトも、驚いているわ。やっぱり、私がこんな話をするなんて、おかしなこと、よね? でも、これ以上にどうすれば……)」
再び沈黙が支配する中、次に口を開いたのはイリアスの方。
「…………僕は、別にあなたを憎んではいない」
私に見せる表情とは異なる眉を寄せて迷った顔。そんな顔で、ぶっきらぼうに告げたイリアスの言葉は、たっぷり十秒が経つ頃、ようやく、スーリャ様の頭の中に入ったらしい。
「っ、私は、イルトをずっと、蔑んできましたわっ! 酷い言葉を投げかけて、手をあげることさえあった! それなのにっ、憎んでいないですって!?」
「全ては、必要なことだったのでしょう? 可哀想な王子としての立場を作ることで、同情を誘い、僕が周囲から蔑まれるのを防いだ。むしろ、自分の獲物だと主張することで、他に手出しをさせないように仕向けた。違いますか?」
そう、スーリャ様は、ずっと、イルト様を愛するがゆえに、そうやって守ってきた。
黒という色は、不吉な色だとして、忌み嫌われるものだった。それを持って生まれたイルト様は王族。しかも、側妃から生まれた第二王子という立場。そんなイルト様を守るために、スーリャ様ができることは、少なかったに違いない。
自らですら不吉を産んだ女として蔑まれる中、それでも、スーリャ様は、私がイルト様に出会うまで、ずっと、ずっと、イルト様を、イリアスの魂を守ってきた。いくらかの経験を通して、どうにか私が信頼に足る人物であり、イルト様を守れる者だと認識されてからは、スーリャ様はとにかくイルト様との関わりを絶った。そうすれば、自らの柵にイルト様を巻き込まずにすむとでもいうかのような態度に、こっそりと護衛をつけていたことは、イルト様も知らない。
「そんなっ、そんなもの、言い訳になどなりませんっ!」
「ですが、僕はそれを知るからこそ、母上を憎もうとも恨もうとも思えない」
逆上するかのような態度のスーリャ様に、イリアスは必死に淡々とした様子を演じて返す。なぜなら、スーリャ様の心の声は、恐ろしく荒れ狂っていたから。
「(なぜっ、イルトが知っているの!? いぃやぁぁぁぁあっ! 全部? まさかっ、全部なのっ!!?)」
黒歴史を暴かれた後の人間というのは、きっと、こんな状態にならざるを得ないのだろう。とうとう言葉を詰まらせたスーリャ様に、イルト様はトドメを刺す。
「母上、僕は、全てを知っています」
それによって、スーリャ様は、そのまま目を回して倒れるのだった。
「イルト……」
震える小さな声。しかし、神であるイリアスに、その声が届かないわけもなく、イリアスはじっと、スーリャ様の言葉を待つ。
「今までのことを、許してなどとは言いません。イルトが、どんな思いをしているのか、知らないわけがなかったのですから。だから…………」
言葉を続けようとして、スーリャ様は何かを言おうとするも、それが言葉になることはない。何せ、思考が定まっていないのだ。
「(私は、どう、すれば良いのかしら? イルトに謝罪する? いいえ、許しを乞うことは、今、私自身が禁じたこと。目の前から消える? でも、それでイルトの心は救われるかしら?)」
どんな行動が適切かを必死に考えるスーリャ様。対するイリアスは…………思考停止に陥っていた。
「(イルトも、驚いているわ。やっぱり、私がこんな話をするなんて、おかしなこと、よね? でも、これ以上にどうすれば……)」
再び沈黙が支配する中、次に口を開いたのはイリアスの方。
「…………僕は、別にあなたを憎んではいない」
私に見せる表情とは異なる眉を寄せて迷った顔。そんな顔で、ぶっきらぼうに告げたイリアスの言葉は、たっぷり十秒が経つ頃、ようやく、スーリャ様の頭の中に入ったらしい。
「っ、私は、イルトをずっと、蔑んできましたわっ! 酷い言葉を投げかけて、手をあげることさえあった! それなのにっ、憎んでいないですって!?」
「全ては、必要なことだったのでしょう? 可哀想な王子としての立場を作ることで、同情を誘い、僕が周囲から蔑まれるのを防いだ。むしろ、自分の獲物だと主張することで、他に手出しをさせないように仕向けた。違いますか?」
そう、スーリャ様は、ずっと、イルト様を愛するがゆえに、そうやって守ってきた。
黒という色は、不吉な色だとして、忌み嫌われるものだった。それを持って生まれたイルト様は王族。しかも、側妃から生まれた第二王子という立場。そんなイルト様を守るために、スーリャ様ができることは、少なかったに違いない。
自らですら不吉を産んだ女として蔑まれる中、それでも、スーリャ様は、私がイルト様に出会うまで、ずっと、ずっと、イルト様を、イリアスの魂を守ってきた。いくらかの経験を通して、どうにか私が信頼に足る人物であり、イルト様を守れる者だと認識されてからは、スーリャ様はとにかくイルト様との関わりを絶った。そうすれば、自らの柵にイルト様を巻き込まずにすむとでもいうかのような態度に、こっそりと護衛をつけていたことは、イルト様も知らない。
「そんなっ、そんなもの、言い訳になどなりませんっ!」
「ですが、僕はそれを知るからこそ、母上を憎もうとも恨もうとも思えない」
逆上するかのような態度のスーリャ様に、イリアスは必死に淡々とした様子を演じて返す。なぜなら、スーリャ様の心の声は、恐ろしく荒れ狂っていたから。
「(なぜっ、イルトが知っているの!? いぃやぁぁぁぁあっ! 全部? まさかっ、全部なのっ!!?)」
黒歴史を暴かれた後の人間というのは、きっと、こんな状態にならざるを得ないのだろう。とうとう言葉を詰まらせたスーリャ様に、イルト様はトドメを刺す。
「母上、僕は、全てを知っています」
それによって、スーリャ様は、そのまま目を回して倒れるのだった。
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