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第五章 戻った日常?

第七十九話 執務室にて

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 ケーキをラッピングして、準備を整えた私は、ふと、灰色の猫のことを思い浮かべる。


「そういえば、猫って何を食べるんだろう?」


 恐らく、ハミルトン様と一緒に来るであろう灰色の猫。誰かに確認をしたわけではないけれど、十中八九、ハミルトン様の飼い猫だと思っている猫のことを考え、ちょうど厨房に居ることだし、何か餌をあげられないかと思案する。


「猫にやる餌ぁ? 魚くらいしか知らねぇなぁ」


 そんなわけで、とりあえず、ゴッツに尋ねてみることにした私は、人選を間違えたとすぐに気づく。魚なら、私でも知っている。


「えっと、ユーカお嬢様が言う猫は、あの二匹ですよねっ? なら、そのケーキの切れ端をあげるというのはどうでしょうっ?」

「えっ? 猫って、甘いものも食べられるの?」


 てっきり、甘いものはダメだと思っていた私は、リリの言葉に驚く。


「そうね、普通の猫なら控えなきゃいけないって聞いたことがあるけれど、あの猫どもなら大丈夫よ」

「確か、レーズンや香辛料は普通の猫はダメだったと思いますけどっ、あの猫達なら食べても大丈夫ですっ」

(あれ? あの二匹って、普通の猫じゃなかったの!?)


 何やら気になる言葉は出てきたものの、きっと、ファンタジーにありがちな魔法が使える猫とか、そんなオチだろうと考え、深く追及することはせずに、ケーキの端をあげることにする。
 猫用は猫用で別の袋に入れ終えて、ハミルトン様が到着し、執務室に向かったと聞いた私は、早速、執務室へと向かう。


「あっ、そうだ」


 そうして向かう道中で、私はふと、魔力の気配を薄めてみる。前に、ハミルトン様が隠れていた時のように、薄く、薄くしてみる。


「ユーカちゃん?」

「これなら隠れられるかどうか、ハミルトン様に見てもらおうと思って」


 最近の魔力の訓練は、やはり攻撃魔法以外の訓練だった。ただ、自分で考えた魔法を発動させることができると分かってからは、たまに訓練以外で魔法を使ったりしている。いわば、実験のようなものだ。そして、今回も、その一環で、魔力の気配を薄めてみた。


「……ハミルなら気づくと思うけれど……」

「じゃあ、私は気づかない方に余ったケーキを賭けるね」

「……頼むから、ワタシの安全のためにも、気づかないでちょうだいっ」


 いたずらっぽくリド姉にそう言うと、なぜか、リド姉は表情を暗くして、ブツブツと何事かを呟く。さすがに聞き取れず首をかしげていると、すぐに執務室へと辿り着いて……その中から響いた大きな物音に、私は慌てて扉を開けるのだった。


「ジークさんっ、ハミルトン様っ!?」

「えっ?」

「ん?」


 扉を開けた瞬間に見えたのは、頬を大きく腫らしたジークさんと、そのジークさん相手に拳を振り抜いたような状態で固まるハミルトン様だった。


「ユ、ユーカ? えっ? あれっ? えっと……」

「……ハミルトン様、何をしてるんですか?」


 一人、起動したハミルトン様に、私は冷静に、冷たい声を出す。背後でリド姉さんやリリが真っ青になっていることなど知らずに。


「えっと、これは、だね? その、ケジメというか……その……」

「……ユーカ。これは仕方ないことなんだ」

「ジークさんは、ハミルトン様に殴られても仕方のないことをしたってことですか?」

「あ、あぁ」


 ハミルトン様に遅れて起動したジークさんの言葉に、私はスゥッと目を細め、厳しく問い詰める。


「……分かりました。ただ……私、暴力を振るう人は嫌いです」

「「っ!?」」


 そんな私の言葉に、ハミルトン様は絶望を顔に浮かべて、ジークさんは感動を顔に浮かべて固まる。両者のあまりの違いに、私は笑いそうになったけれど、それは抑えて続きを話す。


「でも……私には分からない世界のこともありますから、ケジメだというのなら、今回は納得します。喧嘩はしちゃダメですからね?」


 そう言えば、二人はコクコクと高速でうなずく。


「それじゃあ、とりあえず、ジークさんの頬を治療しましょう。それが終わったら、手作りケーキを用意してますので、差し上げます」

「よしっ、ジークはそこでじっとしててっ。僕が治癒魔法をかけるからっ」

「あぁ、頼むっ」


 ケーキがあると聞いた瞬間にテキパキと動き出す二人に、私は、そんなにケーキが好きだったのかと思いながら、二人の近くまで行く。


(うん、少しは慣れたかな?)


 少し前までは、視線を合わせることすら一苦労だったけれど、今はちゃんと向き合えている。これは、ひとえに毎回のお茶会の成果だろう。いや、帰りの馬車で、ジークさんとずっと一緒だったのも要因の一つかもしれない。

 みるみるうちにジークさんの頬の腫れが引き、元の美形へと戻っていく。そして、治療が終わると、二人は『待て』をされている犬よろしく、期待の目を向けて待機してくる。


(……うん、最近、二人が大型犬にしか見えなくなってきたのも要因かな?)


 二人に慣れた要因をもう一つつけ足しながら、私は二人に本題を告げる。


「ヘルジオン魔国で、私を助けに来てくれてありがとうございました。これは、そのお礼です。こんなものじゃ足りないとは思いますが、少しでも、と思って……」

「そんなことないよ。ユーカが作ってくれるお菓子は、何にも替えがたいものなんだ。ありがとう、ユーカ」

「ヘルジオンでは、ユーカの頑張りもあったんだ。そのおかげで、楽に侵入できたのだから、お礼など必要ない、と言いたいところだが、もちろん、これはありがたくもらう。ありがとう、ユーカ。とても嬉しいよ」


 そうして、蕩けるような笑みを浮かべる二人に、私は、『やっぱり慣れてないぃぃっ』と内心絶叫する。


「ところでユーカ。前から思ってたんだけど、何で、ジークだけ『さん』づけ? しかも、ちょっと離れてる間に愛称にまで変わってるしっ」

「え、えっと、ジークさんも、最初は『様』づけで呼んでいたんですけど、メアリー達から『さん』に変えた方が良いと言われて……それで、最近、ジークさんから、この呼び方に変えてほしいと言われたので……」


 そう説明すれば、ハミルトン様は、じとっとした視線をジークさんに向ける。


「人が必死に頑張ってるのに、ユーカと着々と親交を深めてるなんてっ! ユーカっ、僕もっ、ハミルって呼んで! 呼び捨てで良いからっ」

「えっと……ハミル、さん?」

「ぜひっ、呼び捨てでっ」

「うっ、ハミル……さん。やっぱり、呼び捨てはハードルが高いです」


 『恋人でもないのに』という言葉が頭をかすめ、けれど、それを口にすることはない。


「うーん……分かった。なら、呼び捨ては追々、ね?」


 パチリとウィンクをしてくるハミルさんの目に、私は本気の色を垣間見て戦々恐々とするのだった。
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