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第五章 戻った日常?

第八十五話 苦悩

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 あの見たことのない美女を目撃してからというもの、私は何かおかしかった。


「ユーカお嬢様。本が逆さまですよ?」


 メアリーに指摘されて、本を逆さにしたままボーッとしていたことに気づいたり。


「本日のお食事は、美味しくなかったですかっ?」


 申し訳なさそうなリリに、あまり手をつけていない食事の心配をされたり。


「ユーカお嬢様。ユーカお嬢様っ。顔色が悪いです。体調が悪いのですか?」


 ララに何度も呼び掛けられて、ハッと気がつくと、そんな心配をされたり。
 何だか、そんなことが続いて、メアリー達には大いに心配されてしまった。


(いけない。しっかりしないと……)


 心配をかけたいわけではない私は、どうにかしゃんとしようと頭を振る。けれど、思い浮かぶのは、どうしてもあの美女のこと。


(……美男美女で、お似合い、だよね……)


 そう考えるだけで、何とも気分が落ち込んでしまう。ただ、それがなぜなのかは分からず、ただただ混乱だけが続く。


「ユーカお嬢様。明日は、レティシア様とお会いする予定ですが、後日に回してもらいますか?」


 そんなララの問いかけに、私はよほど心配をかけてしまったのだと後悔し、首を横に振る。


「ううん、ちゃんと、会うよ。元々はもっと前に会う予定だったんだから、今度こそちゃんと会いたいし」

「畏まりました。ですが、無理はなさらないでください」

「うん」


 普段無表情でいることが多いララが、ありありと心配の色を浮かべる様子に、私は申し訳なさが募る。


「大丈夫。きっと、何でもないから」


 その言葉は、自分に言い聞かせたものだったろうか?

 眉をひそめ、さらに心配の色を濃くするララに、私はどうにか笑みを浮かべてみせる。


「大丈夫だよ。明日になったら、元気になってるから」

「……畏まりました」


 納得のいってなさそうな表情でうなずくララ。そうして、私は全体的にぼんやりとした一日を終えた。








(……うん、やっぱり、眠れなかったなぁ……)


 朝からため息を吐く私は、やはり、一睡もできていない。一応、眠る方法が全くないわけではないのだ。ヘルジオン魔国に居る間は、その方法で睡眠を取っていたのだから。


(でも、危険なことだから、やっちゃダメなんだよね)


 その方法とは、魔力を枯渇させてしまうこと。魔力を枯渇させてしまえば、強制的に眠りに就くことができる。ただし、どうやらこの方法は、命の危険を伴うらしく、ジークさんに話した時に、絶対に、二度とそんな真似をしないよう約束させられた。私としては、約束を破る気はない。


(……本物の猫を連れてきてもらえば、どうにかなるかなぁ?)


 あまりに眠れないようであれば、それも一つの手だろう。フラフラとしながらベッドから起き上がり、一人で着替えを終えた私は、ベルを鳴らす。


「失礼しますね。ユーカお嬢様」

「失礼します」


 やってきたのは、メアリーとララで、私の顔を見るなり、二人して眉をひそめる。


「ユーカお嬢様。また眠れなかったのですか?」

「……うん」


 ごまかしても無駄だと分かっている私は、メアリーの質問に素直に応える。


「本物の猫を確保いたしましたので、朝食後、少しでもお休みになってください」


 どうやら、本物の猫なら大丈夫だろうと考えていたのは私だけではなかったらしく、ララの言葉に私は試してみようという気になる。レティシアさんと会うのは、午後からということになっているため、朝食の後には時間がある。


「分かった。試してみるね。私のために、ありがとう。心配かけて、ごめんなさい」

「心配するのは当たり前ですよ。眠れないことに加えて、昨日からの様子は、やはり、心配になります」

「昨日、何か、ありましたか?」


 何か、と言われて、すぐにあの美女の姿が過るものの、私はただ、その人の姿を見ただけで、特には何もなかったはずだ。


「ううん、何も。私にも、よく分からないの」

「では、差し出がましいようではございますが、何か分かれば教えていただけますか?」


 切実に懇願する様子のメアリーに、私はうなずく。


「そう、ですか。では、朝食にいたしますね」


 わざと明るい声を出したようなメアリーに、私は内心で、『ごめんなさい』と告げて、どうにか笑顔を返す。
 美味しいはずの食事だったけれど、昨日と同じく、やはりあまり喉を通らない状態で、申し訳ないと思いつつ下げてもらった後、リリとララが猫を抱えてやってきた。


「こっちの黒猫は、かなり大人しい性格で――――」


 黒猫と白猫の説明をリリがしてくれているものの、その頃にはもう、私は寝不足が祟ったのか、頭が痛くて、どこかぼんやりとしていた。そして……。


「――――この子は、タマちゃんって呼ばれててって、ユーカお嬢様!? 大丈夫ですかっ、ユーカお嬢様っ!!」

「っ、すぐに医者を手配します!」


 そんな二人の慌てる声を聞きながら、私の意識は、黒く塗り潰されるのだった。
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