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第六章 建国祭

第九十六話 楽しみなこと

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 建国祭は三日に渡って行われる。一日目は建国を祝い、魔王からの挨拶と建国神話の演劇、そして、屋台が立ち並ぶ。二日目は、屋台はもちろん、様々な出し物が行われる。三日目は、引き続き屋台と、武闘大会や魔法大会といった各種大会が行われ、最後に魔王からの挨拶があって終わりという流れらしい。

 素敵な部屋に案内してもらい、マーサさんがジークさんを連れて他の場所へ案内しに行っている間、私はハミルさんにそんな説明を受けていた。


「じゃあ、ハミルさんは最初と最後の挨拶がお仕事ですか?」

「うん、そうなるね。通常なら、三日目の各種大会にも顔を出すんだけどね、今回はユーカを案内したいから、そちらを優先させたんだ」

「えっ!? 大丈夫なんですか?」


 まさか、私のせいで誰かに無理をさせてしまったのではないかと青ざめていると、ハミルさんは慌てる。


「大丈夫だよっ。顔を出すと行っても、特に仕事らしい仕事はないし、あったとしても十分代行を立てられる状態だったからねっ。皆、嬉々として受け入れてくれたんだよっ」


 リーアさんに紅茶を注がれながら、懸命に弁明するハミルさんの様子に、私はホッとする。どうやら、私の心配は無用だったらしい。


「それより、ユーカはどこか行きたいところはあるかな? これが、簡単にまとめた屋台の一覧と、出し物の一覧、後、大会の一覧もあるよ」

「えっと、ハミルさんはどのくらい時間を取れるんですか?」

「うん? 僕は、挨拶以外は全部の時間をユーカに使う予定だよ」


 お祭りなんて初めてで、かなり浮き立つ心を懸命に抑えながら尋ねてみると、ハミルさんは随分自由に動けるらしいことが分かる。


「まぁ、でも、ジークはもしかしたら途中で抜けるかもしれないね」

「ジークさんが、ですか?」

「うん、あいつは、そろそろ社交シーズンだから、準備が忙しいはずなんだ。謁見も多いだろうしね。だから、ユーカは建国祭が終わっても、しばらくはここに滞在してね」

「えっ!?」


 てっきり、建国祭の時だけの滞在になると思っていた私は、ハミルさんの言葉に驚く。ただ、そんな反応に、ハミルさんは途端に悲しそうな顔になる。


「ユーカは、ここに滞在するのは嫌かい?」


 目の錯覚だとは分かっているけれど、ハミルさんの頭には、シュンと垂れた犬耳が見えるかのようだった。


(その顔は、ズルいっ)


 元々、ただ驚いただけだった私は、ハミルさんの表情にほだされる形でフルフルと首を横に振る。


「そんなことないです。ただ、驚いただけで……」

「良かった! それじゃあ、この城に居る間は、一緒に楽しく過ごそうねっ」


 途端に明るくなったハミルさんの頭には、やはりピンと立った犬耳が見えるようだ。そのうち、ブンブンと振られる尻尾も見えるのではないかと思うけれど、とりあえず視線を下に下ろしてはいけないと言い聞かせてハミルさんの顔を見ることにする。


「ふふっ、ユーカと一緒に城で過ごせるなんて、夢みたいだ」

「えっと、ありがとうございます?」


 どう返すのが正解なのかは分からないけれど、とりあえずそう返すと、ハミルさんはその笑みを深める。


「それじゃあ、一緒に行きたい場所を選んでみようか?」


 そうして、しばらくはハミルさんとともに、ここが良さそうだとか、あそこが面白そうだとか話し合うのだった。


「ハミル坊っちゃん。そろそろ……」

「もう、そんな時間か……ごめんね、ユーカ。僕はそろそろ仕事に戻らないといけないみたいだ。夕食は一緒に摂れるようにするから、待っててくれるかい?」

「は、はいっ」


 仕事に戻らなければならないというのは少し残念ではあったけれど、夕食を一緒に摂ってくれるらしいとの言葉に、私は一瞬で舞い上がる。今までずっと一人の食事で、少し寂しかったのだ。


「あっ、でも、私、マナーとか分からなくて……」

「うーん、それは気にしなくて良いんだけど……もしどうしても気になるようだったら、ここに居るリーアか、後から来るだろうマーサに教えてもらうと良いよ」

「っ、はいっ、ありがとうございますっ」


 『気にしなくても良い』と言われても気になるのが私だ。そんな私のことを考えて、提案してくれたハミルさんに、私は満面の笑みで感謝を告げる。


「……不味い、ユーカが可愛い。仕事行きたくない……」

「? 何か言いましたか? ハミルさん?」

「い、いや、何でもないよ。それじゃあ、また後でね」

「はい、待ってますね」

(夕食、楽しみだなぁ)


 なぜかチラチラと私の方を何度も振り返るハミルさんを見送って、いざ、マナーを教えてもらおうとリーアさんに向き直ると、なぜか、リーアさんはギラッギラな目で私を見ていた。


「リ、リーアさん?」

「さぁ、マナーの前に準備の方を済ませてしまいましょうね」


 そう言うやいなや、リーアさんがパチンと指を鳴らすと、そこには、リーアさんそっくりな人が五人ほど現れていた。


「これぞ、我が家に伝わる秘術、分身の術です。これで、ユーカお嬢様をスベスベに磨きあげて、お支度をさせていただきますね」


 猛烈に嫌な予感はしたものの、なぜか足は全く動かない。まさに、蛇に睨まれた蛙状態で、あれよあれよという間に、私はリーアさんによって洗われ、磨かれ、塗られ、マッサージされ、そうしてドレスの着付けまで行われるのだった。
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