冒険の書 ~始の書~

星宮歌

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第一章 冒険の始まり

カツボウノケッカ

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「うぅ……えっ?」


 少し……少しだけ、チビってしまった感覚はあったが、今は……この際、無視しておきたい。それよりも驚くのは、部屋の変化だ。
 便器の形を模した、元々床や壁だった石がずらりと並ぶ。いや、石というより、むしろ彫刻と言った方がいいのかもしれない。


 便器型の彫刻……なんだか嫌な響きだ。


「えっ、トイレ? えっ? はっ?」


 たしかにトイレに対する渇望はあった。切実たる想いもあった。もしかしたら、愛情すら……は、抱いてないな、さすがに。


 しかし、まさかこんなにも多くの便器が形作られるなど、誰が予想しようものか。いや、誰も予想などできない。というより、未だに何が起こってこうなったのかが分からない。


「っ!」


 ひとまずは、引き続き尿意は我慢だ。……もう、少しは弛んだだろうなんて反論は受けつけない。

 現状の確認のために大切なこと。それはおそらく、冷静さと、この場においては、冒険の書だろう。

 と、いうわけで、俺は何も起こらないことを祈りつつ、少し離れた場所の便器の中(とはいえ、水も何も入っていないから清潔ではあるが)にあった冒険の書へ、ソロソロと手を伸ばす。ゆっくりと開くページ。そこには、すでにお馴染みになりつつある『冒険の書 一日目』から始まる表記があり、新たな文章の更新が行われていた。


『命令確認

称号効果発動

数、場所の指定なし

壁、および床はトイレを作成』


 ……そういえば、俺、『トイレくらい作ってくれよ』とか言ったような気がする。


 称号効果というからには、きっと、あの『壁とお友達』とか、『床とお友達』といったふざけた名前の称号の効果ということなのだろう。たしかに安全地帯で行使できるようなことも、命令できるといった内容も書かれてはいたが、まさかこんなことになるなんて思いもしない。というより、あまりに現実離れした現象に、頭が痛くなる。


 ……よし、きっと、俺が思ってた以上に科学は発展してたんだ!世の中は広い。大きく発表されていないだけで、そんなこともあるのだろう。


 科学で説明できるのか怪しい現象を目の当たりにはしていたが、そうやって納得していないと、俺の精神が持ちそうになかった。
 何か悟りを開けるような気がしてきたところで、俺は周囲をよくよく観察する。

 便器、便器、便器の便器畑ではあるものの、その形は少しずつ異なる。やたらと装飾されたものだったり、ぽっとん便所(?)とか呼ばれるような形だったり、洋式に和式、蓋が開いていたり閉じていたり……とにかく様々な便器が、壁と床から生えている。しかも、壁には光を発する苔が生えていたため、苔を纏った便器が生成されていた。


「形、数、場所の指定ができる……のか?」


 確証があるのは、数と場所のみ。そして、その確証も、冒険の書にそれらしいことが書いてあったからという根拠だ。
 試すのは……かなり怖い。が、やってみないことには分からないこともある。


「俺が座っている便器以外、全て元の床と壁に戻れ」


 俺が座っているのは、ごく普通の洋式の便器だ。そして、そう命令した途端、それまであった便器だらけの光景が、波打ちながら元の床と壁に戻る。


「…………俺の座る便器を囲うように壁を設置しろ」


 どうやら使える。そう思った俺は、そんな命令を下し、すぐに慌てることとなる。
 壁が、どんどん迫ってきたのだ。


「わっ、ちょっ、そこでストップ! ストップー!!」


 なぜか凄まじい速さで俺に迫ってきていた壁は、少し狭い個室くらいの広さで止まる。


 ……次からは、範囲も命令しなきゃいけないか?


 自然と次を考えながら、俺は、そろそろ我慢の限界にきている尿意をここで発散することにした。

 後で考えると、まだ見られている可能性があったにも関わらず、用を足していたことになるが……もう、仕方なかったと諦めるしかない。

 その後の顛末は、結構散々だったかもしれない。まず、紙がないことに気づいて、何か代わりになるものがないかと探し、結局冒険の書を破ろうとしたが、なぜか破れないことが判明した。
 そして、紙は諦めたものの、次に水が流せないことに気づいたため、『臭いものには蓋を』ということわざに倣って、言葉通りに便器型の彫刻に蓋をするよう命じ、その場をしのいだりもした。
 また、個室に扉がなかったため、扉をつけてみたが、重すぎて開かなかったという経験もして、一つ、学んだことがある。


 絶対、家に帰って快適な生活を送るぞっ!


 家の中での生活がいかに恵まれていたか。俺は、この不測の事態で思い知ったのだ。

 そんなこんなで、現在、俺は懸命に何かこの場所に関する手がかりがないか探していた。ちなみに、外に出るつもりはない。あんなモンスターがいる場所に、わざわざ飛び込もうだなんて思えない。
 ただ、状況の進展は、今のところ皆無だ。


「この場所のことも、変な現象のことも、何も分からないまま、か……」


 一番よく分かっていることは、外が危険という事実のみ…他は、あの称号のことは少し分かってきているが、まだ不確定なことが多い。


 ぐぅぅう。


「腹……減ったな……」


 出すものを出して、安心したところで、俺には大きな問題があった。食糧。水。生命活動を行う上で大切なそれらが、ここにはない。

 ふと、あのスケルトンを倒したときに出現した乾パンが思い浮かぶが、食糧のために危険を冒し、あの恐怖をまた体験する気には、どうしてもなれなかった。俺はとりあえず頭を一つ振ると、その思考を打ち止めにする。


 ダメだ。考えがまとまらない……。


 しかし、かといって、こんな得体の知れない場所で眠る気にもなれない。一応、安全地帯とはされているものの、ここにあのモンスターが入ってこないとも限らない。
 結局、その日、俺が眠ることはなかった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

我ながら、随分とカオスな光景を生み出したものです。

実際の光景を想像したら、笑えますけどね。

そして、眠れなくなった柿村君……ドンマイっ。
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