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第二章 旅と王都

第五十三話 混乱するゼス(ゼス視点)

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 ここまできて、ようやく追い詰めたと思ったのに、俺は、半身を失うかもしれない危機を前に、何もできなかった。ネリアさん以外の存在であれば、俺はその相手を切り捨てていただろう。王族として、時には非情な判断を下さなければならないのは当然のことだ。王族が情に流されて判断を誤れば、どれだけの犠牲が出るか分からない。それが、王族として生まれた俺の責任だと、正確に理解はできている。


「あぁ、やはり、半身なのは間違いないのですね! ウォルフ王家の先祖返りであり、最も時期国王として期待されていたあなたも、所詮は女一人にうつつを抜かす愚か者に過ぎないということだっ」


 何もできずに立ち尽くす俺を、ヘイルは嘲笑う。ギド、マルク、ロイスの三人は殺気立つものの、それ以上のことは、俺の指示がなければできない。


「そうだ。私を見逃すのであれば、騎士は全員引き上げてもらわねば困りますなぁ。そうでなくては、ついうっかりが起こるやもしれませんし」

(どう、する……?)


 俺が配した護衛を潜り抜け、ネリアさんに何らかの危害を加えられる状況を作り出したであろうヘイル。きっと、彼の提案を断われば、ネリアさんは殺されてしまう。それが分かるだけあって、俺の選択肢は一つに絞られてしまっていた。『どうする』なんて問いかけそのものが無駄。それでも、ここでヘイルを逃がすデメリットも大きいことから、すぐに返答、というわけにはいかない。


「さぁ、ご英断を」


 それでも、俺から返事を聞き出そうとするヘイルに、口を閉ざしたままではいられない。

 おもむろに口を開いて、王族としてはあり得ないことを告げようとした、その瞬間だった。


「っ?」


 頭の方に、何かが降ってきたような感覚を得て、俺は思わず、天井へ視線を移す。


「っ、な、なんだ!?」


 異常は、俺だけが感じたものではなかった。頭に降ってきたそれは、砂。それも、その量は、徐々に、確実に増えている。


「天井が、崩れる!?」


 誰が言ったのかも分からないその一言で、俺達は急いでその場から退避する。


「何がっ! 誰かっ、上を見て来いっ」

「はっ!」


 退避する最中に聞こえた言葉に疑問はあれど、今はそれを問いただす場面ではない。と、いうより……。


「何をしているっ! 今はこの場を離れることが先決だろうっ!!」


 上の様子を使用人に確認させるヘイルも、それに容易く了承をしてしまえる使用人も、この状況を正しく理解できているとは思えない。建物が崩れるかもしれない事態を前に、どういうことだと、護衛の三人に促されるのを無視して、ヘイルへと視線を向ければ、そこには、余裕を完全に失ったヘイルの姿があった。
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