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リィナ・マーシャルというご令嬢
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それは、試練を言い渡されて、それほど時間が経たずに起こったことだった。
「貴様なんかと婚約するわけがないだろうが! 精霊だかなんだか知らないが、こんなもの無効だ!」
早速やらかしたカークは、当然のことながら罰を受ける。
「あら、それはできませんわ。ですので、対価は……その存在感というのはいかがでしょう? きっと、カーク殿下の存在感が薄れればナタリー様やシェリア様にとっても良いことなのではないでしょうか?」
堂々と対価の話をしたリィナだったが、カーク以外の者にはリィナがどんな対価を要求したのかは聞こえない。もちろん、読唇術で読み取るなんてことも不可能で、ただただ、その対価がナタリーとシェリアの救いになるようだ、ということしか分からない。
そして、対価とは関係なしに、カークは口を開く前に忽然と消えることとなる。
「「「えっ!?」」」
「あら、そういえば、ナタリー様やシェリア様との接触禁止でしたね。多分、視界に入らないどこかに飛ばされたのでしょう」
後で、カークは王宮の裏庭に飛ばされていたことが分かったが、その間、カークはずっと様々な恨み言を喚き続けていたらしい。それが、対価の発生するものだとも考えずに。
リィナは、穏やかな笑みを浮かべながら、カークへ様々な対価を要求した。
結果として、一応声を挙げられれば気づくものの、それ以外では気づかない程度まで存在感を薄められ、その美貌を要求されれば、カークの唯一褒められる点であった美貌は見る影もなくやつれ果て、国王陛下から結婚式の日取りを早めるという発表があるという日には、丸一日意識を乗っ取られ、何も知らないままに過ごすよう仕向けられた。
「た、頼む、婚約を、破棄させてくれ……」
徐々に対価の恐ろしさに気づいたカークがそう申し出たところ、リィナは美しく微笑みを浮かべる。
「わたくし、カーク殿下のことをとっても気に入っているのですよ。ですから、手放すことはしたくないのです」
ただ、カークはまだ気づいていなかった。リィナ・マーシャルというご令嬢が、どういう存在なのか。だから、カークは縋ってしまった。もしかしたら、何とか解放してもらえるかもしれないと。これ以上の苦しみがあるとも知らず、今がどん底だと錯覚してしまっていた。
「ただ、一つだけ、条件を飲んでいただけるなら、解放して差し上げます」
その微笑みはまさに天使のように清らかに見えた。だからこそ、カークは見誤った。本当に恐ろしいのは、リィナなのだということに気づけていなかった。
「な、何だ? 何でもする! だから、もう、俺を解放してくれっ!」
存在感が薄まったせいで、使用人にもまともに世話をしてもらえず冷遇状態、自慢の美貌は見る影もなくなり、知らぬ間に一日分の記憶が飛んでいる。たったそれだけでも、カークが音を上げるには十分だった。
だから、清らかな微笑みを浮かべたまま言われた言葉は、カークにとって衝撃的だった。
「では、婚約破棄の証として、カーク殿下の両手足を切断させてください」
「……………………は……?」
「ご安心を。切断はわたくしが責任を持って行いますし、死なせるようなことはしません。切断後は、きちんとはく製にして我が家に飾りますわ」
恍惚とした表情で、とんでもないことを告げるリィナを見て、カークはようやく、リィナ・マーシャルというご令嬢が自分にとってどういう存在なのかを理解した。
「さぁ、どうしますか? 証をくださいますか?」
後に、他の貴族達からは婚約破棄のための証書か何かだと思われていたソレ。
「それとも、周りに言い触らしますか? もちろん、聞いてもらえるとは思えませんし、わたくしへの暴言として対価を要求することになりそうですが」
八方塞がりとはこのことだろう。婚約破棄をしたければ、両手足を失う。婚約破棄をしなければ、何かある度に対価を要求される。
結局、カークは必死に奔走し、どうにか婚約破棄できないかと画策するものの、リィナとの結婚式の日を迎えてしまう。何せ、首を絞められて抵抗するだけでも対価の対象になってしまうのだ。しかも、リィナから逃げようとするだけでも、抵抗だと取られる。もはや、カークに打てる手などなかった。
結婚式当日、宣誓だけはしなければならない、そして、宣誓以外は話してはならない。それを対価とされて、カークはただただ、リィナのための愛玩道具に成り下がる。
「うふふ、ご安心を。ちゃあんと子孫は残して差し上げますからね?」
「い、いや、だ……。た、たすけて、たすけて、くれ……」
その後、カークの姿は表舞台から完全に消え、いつの間にかリィナは五人の子どもを設け、幸せに暮らしたそうだ。そして……カーク・ド・トトッコという存在は、次第に忘れられ、歴史書にすら残らなかったという……。
「貴様なんかと婚約するわけがないだろうが! 精霊だかなんだか知らないが、こんなもの無効だ!」
早速やらかしたカークは、当然のことながら罰を受ける。
「あら、それはできませんわ。ですので、対価は……その存在感というのはいかがでしょう? きっと、カーク殿下の存在感が薄れればナタリー様やシェリア様にとっても良いことなのではないでしょうか?」
堂々と対価の話をしたリィナだったが、カーク以外の者にはリィナがどんな対価を要求したのかは聞こえない。もちろん、読唇術で読み取るなんてことも不可能で、ただただ、その対価がナタリーとシェリアの救いになるようだ、ということしか分からない。
そして、対価とは関係なしに、カークは口を開く前に忽然と消えることとなる。
「「「えっ!?」」」
「あら、そういえば、ナタリー様やシェリア様との接触禁止でしたね。多分、視界に入らないどこかに飛ばされたのでしょう」
後で、カークは王宮の裏庭に飛ばされていたことが分かったが、その間、カークはずっと様々な恨み言を喚き続けていたらしい。それが、対価の発生するものだとも考えずに。
リィナは、穏やかな笑みを浮かべながら、カークへ様々な対価を要求した。
結果として、一応声を挙げられれば気づくものの、それ以外では気づかない程度まで存在感を薄められ、その美貌を要求されれば、カークの唯一褒められる点であった美貌は見る影もなくやつれ果て、国王陛下から結婚式の日取りを早めるという発表があるという日には、丸一日意識を乗っ取られ、何も知らないままに過ごすよう仕向けられた。
「た、頼む、婚約を、破棄させてくれ……」
徐々に対価の恐ろしさに気づいたカークがそう申し出たところ、リィナは美しく微笑みを浮かべる。
「わたくし、カーク殿下のことをとっても気に入っているのですよ。ですから、手放すことはしたくないのです」
ただ、カークはまだ気づいていなかった。リィナ・マーシャルというご令嬢が、どういう存在なのか。だから、カークは縋ってしまった。もしかしたら、何とか解放してもらえるかもしれないと。これ以上の苦しみがあるとも知らず、今がどん底だと錯覚してしまっていた。
「ただ、一つだけ、条件を飲んでいただけるなら、解放して差し上げます」
その微笑みはまさに天使のように清らかに見えた。だからこそ、カークは見誤った。本当に恐ろしいのは、リィナなのだということに気づけていなかった。
「な、何だ? 何でもする! だから、もう、俺を解放してくれっ!」
存在感が薄まったせいで、使用人にもまともに世話をしてもらえず冷遇状態、自慢の美貌は見る影もなくなり、知らぬ間に一日分の記憶が飛んでいる。たったそれだけでも、カークが音を上げるには十分だった。
だから、清らかな微笑みを浮かべたまま言われた言葉は、カークにとって衝撃的だった。
「では、婚約破棄の証として、カーク殿下の両手足を切断させてください」
「……………………は……?」
「ご安心を。切断はわたくしが責任を持って行いますし、死なせるようなことはしません。切断後は、きちんとはく製にして我が家に飾りますわ」
恍惚とした表情で、とんでもないことを告げるリィナを見て、カークはようやく、リィナ・マーシャルというご令嬢が自分にとってどういう存在なのかを理解した。
「さぁ、どうしますか? 証をくださいますか?」
後に、他の貴族達からは婚約破棄のための証書か何かだと思われていたソレ。
「それとも、周りに言い触らしますか? もちろん、聞いてもらえるとは思えませんし、わたくしへの暴言として対価を要求することになりそうですが」
八方塞がりとはこのことだろう。婚約破棄をしたければ、両手足を失う。婚約破棄をしなければ、何かある度に対価を要求される。
結局、カークは必死に奔走し、どうにか婚約破棄できないかと画策するものの、リィナとの結婚式の日を迎えてしまう。何せ、首を絞められて抵抗するだけでも対価の対象になってしまうのだ。しかも、リィナから逃げようとするだけでも、抵抗だと取られる。もはや、カークに打てる手などなかった。
結婚式当日、宣誓だけはしなければならない、そして、宣誓以外は話してはならない。それを対価とされて、カークはただただ、リィナのための愛玩道具に成り下がる。
「うふふ、ご安心を。ちゃあんと子孫は残して差し上げますからね?」
「い、いや、だ……。た、たすけて、たすけて、くれ……」
その後、カークの姿は表舞台から完全に消え、いつの間にかリィナは五人の子どもを設け、幸せに暮らしたそうだ。そして……カーク・ド・トトッコという存在は、次第に忘れられ、歴史書にすら残らなかったという……。
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お読みいただき、ありがとうございます!
そうそう、普通にクズ王子ではあるんですが……リィナ、何を気に入ったんでしょうねぇ?
一応、続き(婚約破棄? 無理ですよ?3)を書く予定なので、そっちで少し判明することもあるかなぁ?といったところです♪
それでは、ご感想ありがとうございました!