俺、異世界で置き去りにされました!?

星宮歌

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第二章 葛藤

第二十八話 魔本(ライナード視点)

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(カイトに、知られた……)


 最も知られたくなかった相手に、恋愛小説が好きだということを知られてしまったショックは計り知れない。しかし……。


(カイト、喜んでいたな)


 カイトは隠しているようではあったが、喜んでいることくらい、見れば分かる。良かれと思ってこの屋敷に置いていたのだが、もしかしたらカイトにとっては息苦しいものだったのかもしれない。

 ランチを終えると、カイトは嬉々として書庫へと向かう。その様子を俺はそっと見送り、しばらくして……はたと思い出す。


(不味い、あそこには……っ!)


 思い出したのは、趣味で買った本以外の本。所謂魔本と呼ばれるものだ。


「ドム爺! カイトを追う!」

「は、はいっ」


 俺の剣幕に、ドム爺は吃りながらも返事をして、走り出した俺についてくる。

 この屋敷にある魔本は一つ。『真実の魔本』と呼ばれる魔本だ。それは、読む者に対して、不都合な真実を映し出すもの。それによって心の傷を負う者は数多く、今は俺の屋敷で封印している状態だ。しかし……。


(あれは、清らかな女性を好む。万が一がないとは限らないっ)


 封印は厳重に施している。しかし、そもそもあの書庫を誰かに整理させる予定がなかったものだから、その封印を知るのは俺と、俺の家族のみだ。


(間に合えっ)

「カイトお嬢様っ!」


 バンッと扉を開けた瞬間聞こえたノーラの悲鳴に、俺は心臓が凍りつくような思いに駆られる。しかし……。


「っ、いたた……あれ? どうしたんだ? ライナード」


 そこに居たカイトは、どうも本につまづいたらしく、床に手をついた状態で、キョトンと俺を見上げていた。


「カイトっ!」

「うわぁっ」


 とりあえず、怪我はないかと抱き上げてみれば、膝を少し擦りむいている。


「医師の手配をっ」

「はいっ」

「わーっ、ちょっと待て! このくらい、俺なら治せるからっ!」


 流れるようにノーラへと命令した俺だったが、カイトが慌ててその怪我をした部分に手をかざし、呪文を唱えれば、確かに傷は癒えた。


「カイト……」

「ほら、大丈夫だろ?」


 傷は癒えた、が、ここが危険なことには代わりない。


「一度、部屋に戻ろう」

「えっ? いや、仕事……」

「それは後だ」


 今は、愛しいカイトのことが心配でならない。カイトはブツブツと文句を言っているが、今だけは譲れない。俺はカイトを抱き上げたまま、カイトの部屋へと入り、カイトを布団の上に下ろす。


「カイト、すまない。やはりこんなに危険な仕事をさせるわけには「いやいやいや、つまづいただけだって! どこにも危険はなかったよっ!?」しかし……」


 床にまで積み上げられた本の山を対処するのは、どう考えてもか弱いカイトには危険なことのように思えた。だからといって、魔族女性が働くような場所は論外だ。よくよく考えてみれば、彼女達は結構な力仕事をしている。非力なカイトではついていけないだろう。


「それよりっ、何か用事があったんじゃないのか?」


 カイトの仕事について悩んでいれば、カイトからそんな言葉がかけられる。


(そうだ、魔本の存在を教えておかなければ)

「カイト、あの書庫には、一つだけ危険な場所がある」

「危険な場所?」


 赤と金の不思議な瞳に疑問を浮かべながら、カイトは聞き返す。


「そうだ。あそこには、魔本が封印されている」

「まほん……」

「真実を映すと言われている魔本だ」

「真実?」

「む。だから、そこには近づかないでほしい」


 色々分かっていない様子のカイトに懇願すれば、カイトはしばらく考え込んで、ゆっくり口を開く。


「近づかなければ、仕事、続けても良いか?」

「っ、それは……」


 真剣なカイトの瞳に、俺は呑まれる。本当は、カイトを危険にさらしたくなどない。しかし、カイトが望むのであれば叶えてあげたいとも思えた。


「む、ぅ……」

「ダメ、か?」


 カイトの上目遣いという強力な一撃に、俺は……呆気なく白旗を揚げる。


「ダメじゃ、ない」

「そっか! ありがとうな! ライナード!」


 若干頬を染めて笑顔を浮かべるカイトに、俺は本格的に撃沈する。


(くっ、可愛過ぎるっ!)


 もはや、カイトの言葉を否定することなどできそうにない。加速する心音を聞きながら、俺は必死に平静を保とうとして……失敗する。


「ライナード、大好きだ!」

「ぐっ」


 あまりの威力に、俺は倒れそうになるものの、どうにか気力で耐えてみせる。


「ライナード?」

「な、何でもない。仕事は、少し休んでから行くと良い」

「……分かった。じゃあ、五分「十分だ」……十分したら、また書庫に戻るよ」

「む」


 そうして、俺はひとまずカイトを寝かしつけて、ノーラに側に控えているよう告げておく。
 『坊っちゃん、良かったですなぁっ』と言いながら号泣しているドム爺は無視だ。

 しかし、この時俺は分かっていなかった。カイトが、どんな思いで魔本の話を聞いていたのかを。それを思い知るのは、もう間もなくのことだった。
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