35 / 121
第三章 閉ざされた心
第三十五話 眠り姫(ライナード視点)
しおりを挟む
遣いを出せば、すぐに俺の同僚であるルティアスと、ジェドが来てくれた。
「うーん、一応僕も来たけど、多分ジェドの方が専門だろうし、緊急性が高いだろうから、先にジェド、よろしくね」
「あぁ」
そうして、桃色の髪に桃色の瞳、桃色の角を持つ人形のように整った顔をした呪術の専門家、ジェド・オブリコは、カイトの側へ来てくれる。
「まずは、魔本の魔力が残っていないか探る。《闇の欠片よ》」
ジェドが魔法を発動させれば、カイトの周りに小さな黒い触手のようなものがウジャウジャと現れ、その先端をカイトの体に押しつけていく。
「……魔本の魔力はない」
「なら、カイトは無事なのだろうか?」
専門家のジェドの言葉に、少しばかり光を見たような気がしたものの、次のジェドの言葉に、俺はヒュッと息を呑む。
「魔本による傷は、確実についている」
「なら、カイトは……っ」
「確かなことは、目が覚めてみないと分からないが、重症であれば、発狂している可能性もある」
そんな言葉に、俺の目の前は真っ暗になる。
(カイトが……それほどまでに、傷ついて、いる?)
どうして、俺はカイトに書庫での仕事を許可してしまったのかと、今さら後悔しても遅い。もう、取り返しのつかない状況なのだから。
「……とりあえず、怪我がないか確認するよ?」
ジェドは、もうやることはないと下がったため、今度はルティアスが前に出ていたのだが、俺はそれに気づく余裕すらなかった。
「うん、ちょっとたんこぶができてるだけだね。ちゃんと癒しておくね」
そうして、ルティアスが魔法を使っている間、俺は、カイトを危険にさらしたことへの自責の念に押し潰されそうになっていた。
「……ライナード、まだ、重症と決まった訳じゃない」
「そうだよ。今は、カイトちゃんのことを信じてあげないと」
「信じ、る?」
「うん、カイトちゃんなら、ちゃんと戻ってきてくれるって」
「目が覚めたら、うんと甘やかしてやると良いだろう」
(そうだ、今は、後悔している場合じゃない)
後悔しても、カイトを傷つけてしまった事実は消えない。だから、今は、カイトが目を覚ました時、温かく迎えてやれるように準備しなければならないのだ。
「すまない。二人が来てくれて、助かった」
「当然だ」
「僕もライナードには助けられてるからね。お互い様だよ」
優しい同僚。いや、優しい親友達を持てたことを、俺は神に感謝し、布団の上で横たわるカイトの元へ、ゆっくりと近づく。
「カイト……すまない。本当に、すまない」
そのままカイトの体をかき抱きたい気持ちを抑えて、震える声で何度も何度も、カイトの名前を呼ぶ。
今は、カイトに触れることさえ罪であるかのような気がして、俺はただひたすらにカイトに謝り続ける。ルティアスとジェドが、互いに目配せして、そっと退出したことにも気づかないまま、ずっと、ずっと……。
そうして、いつの間にか、高かった日が落ちて、夜になる。眠り続けるカイトは、未だに、目覚める兆しを見せてはくれない。
「ライナード坊っちゃん。魔本は、ジェド様の協力の元、捕縛が完了し、現在、さらに厳重な封印を施しているところだそうです」
魔本が野放しになっていたことも忘れていた俺は、ジェドの気遣いに感謝するとともに、まともにお礼もしていないことに今さらながら気づく。
「そう、か……ジェドが……。すまない、ドム爺。代わりに礼をしっかりしておいてくれないか? ルティアスにも、同様に」
「もちろん、そちらは手配しておりますので、ご心配なく。それと……お食事はどうされますか?」
そう尋ねられ、俺はカイトから視線を逸らすことなく、そのまま答える。
「すまないが、今は、食べたくない」
「さようで、ございますか……では、お飲物だけでも、こちらに持って参りますね」
「……む」
それがドム爺の妥協のラインなのだろう。俺は、それに特に異を唱えることなく、ただただ、眠り続けるカイトを見つめる。
俺は、その後、一睡もすることなく、カイトのことを見守り続けた。そして……そのカイトが目を覚ましたのは、翌日の昼になってからのことだった。
「うーん、一応僕も来たけど、多分ジェドの方が専門だろうし、緊急性が高いだろうから、先にジェド、よろしくね」
「あぁ」
そうして、桃色の髪に桃色の瞳、桃色の角を持つ人形のように整った顔をした呪術の専門家、ジェド・オブリコは、カイトの側へ来てくれる。
「まずは、魔本の魔力が残っていないか探る。《闇の欠片よ》」
ジェドが魔法を発動させれば、カイトの周りに小さな黒い触手のようなものがウジャウジャと現れ、その先端をカイトの体に押しつけていく。
「……魔本の魔力はない」
「なら、カイトは無事なのだろうか?」
専門家のジェドの言葉に、少しばかり光を見たような気がしたものの、次のジェドの言葉に、俺はヒュッと息を呑む。
「魔本による傷は、確実についている」
「なら、カイトは……っ」
「確かなことは、目が覚めてみないと分からないが、重症であれば、発狂している可能性もある」
そんな言葉に、俺の目の前は真っ暗になる。
(カイトが……それほどまでに、傷ついて、いる?)
どうして、俺はカイトに書庫での仕事を許可してしまったのかと、今さら後悔しても遅い。もう、取り返しのつかない状況なのだから。
「……とりあえず、怪我がないか確認するよ?」
ジェドは、もうやることはないと下がったため、今度はルティアスが前に出ていたのだが、俺はそれに気づく余裕すらなかった。
「うん、ちょっとたんこぶができてるだけだね。ちゃんと癒しておくね」
そうして、ルティアスが魔法を使っている間、俺は、カイトを危険にさらしたことへの自責の念に押し潰されそうになっていた。
「……ライナード、まだ、重症と決まった訳じゃない」
「そうだよ。今は、カイトちゃんのことを信じてあげないと」
「信じ、る?」
「うん、カイトちゃんなら、ちゃんと戻ってきてくれるって」
「目が覚めたら、うんと甘やかしてやると良いだろう」
(そうだ、今は、後悔している場合じゃない)
後悔しても、カイトを傷つけてしまった事実は消えない。だから、今は、カイトが目を覚ました時、温かく迎えてやれるように準備しなければならないのだ。
「すまない。二人が来てくれて、助かった」
「当然だ」
「僕もライナードには助けられてるからね。お互い様だよ」
優しい同僚。いや、優しい親友達を持てたことを、俺は神に感謝し、布団の上で横たわるカイトの元へ、ゆっくりと近づく。
「カイト……すまない。本当に、すまない」
そのままカイトの体をかき抱きたい気持ちを抑えて、震える声で何度も何度も、カイトの名前を呼ぶ。
今は、カイトに触れることさえ罪であるかのような気がして、俺はただひたすらにカイトに謝り続ける。ルティアスとジェドが、互いに目配せして、そっと退出したことにも気づかないまま、ずっと、ずっと……。
そうして、いつの間にか、高かった日が落ちて、夜になる。眠り続けるカイトは、未だに、目覚める兆しを見せてはくれない。
「ライナード坊っちゃん。魔本は、ジェド様の協力の元、捕縛が完了し、現在、さらに厳重な封印を施しているところだそうです」
魔本が野放しになっていたことも忘れていた俺は、ジェドの気遣いに感謝するとともに、まともにお礼もしていないことに今さらながら気づく。
「そう、か……ジェドが……。すまない、ドム爺。代わりに礼をしっかりしておいてくれないか? ルティアスにも、同様に」
「もちろん、そちらは手配しておりますので、ご心配なく。それと……お食事はどうされますか?」
そう尋ねられ、俺はカイトから視線を逸らすことなく、そのまま答える。
「すまないが、今は、食べたくない」
「さようで、ございますか……では、お飲物だけでも、こちらに持って参りますね」
「……む」
それがドム爺の妥協のラインなのだろう。俺は、それに特に異を唱えることなく、ただただ、眠り続けるカイトを見つめる。
俺は、その後、一睡もすることなく、カイトのことを見守り続けた。そして……そのカイトが目を覚ましたのは、翌日の昼になってからのことだった。
33
あなたにおすすめの小説
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
たいした苦悩じゃないのよね?
ぽんぽこ狸
恋愛
シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。
潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。
それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。
けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。
彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。
3大公の姫君
ちゃこ
恋愛
多くの国が絶対君主制の中、3つの大公家が政治を担う公国が存在した。
ルベイン公国の中枢は、
ティセリウス家。
カーライル家。
エルフェ家。
この3家を筆頭に貴族院が存在し、それぞれの階級、役割に分かれていた。
この話はそんな公国で起きた珍事のお話。
7/24
完結致しました。
最後まで読んで頂きありがとうございます!
サイドストーリーは一旦休憩させて頂いた後、ひっそりアップします。
ジオラルド達のその後など気になるところも多いかと思いますので…!
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~
浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。
御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。
「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」
自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる