俺、異世界で置き去りにされました!?

星宮歌

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第三章 閉ざされた心

第四十話 たゆたう心

 何も見えない、聞こえない、感じない。そんな、安らかな空間で、俺はじっと、停滞していた。
 考えたくない。聞きたくない。知りたくない。それらの思いが凝固した結果生まれたこの世界で、俺はひたすら惰眠を貪る。


「……ト、カイトっ」


 ときおり聞こえるのは、身を引き裂くような悲痛な声。しかし、それに応えるつもりはない。応えたら最後、俺はきっと、また傷つくから。また、苦しむから。


(あれ、何が俺を傷つけたんだっけ?)


 ふと浮かんだ疑問。しかし、深く考えようとするより先に、心地よい闇が『考えるな。眠れ』と訴えかける。その訴えに、俺はそのまま従いそうになり……。


「六道海斗! シャキッとなさいっ!」


 いきなり聞こえた覚えのある言葉に、眠るのを躊躇ってしまう。


(この言葉、は……)


 どこで聞いたのだろうかと考えを巡らせれば、すぐに、幼馴染みである木ノ下莉菜の言葉だと思い出す。
 闇はまだ、眠れ、眠れと訴えるものの、俺はどうしても、幼馴染みの言葉に意識を取られる。


(莉菜ちゃんは、今、どうしてるんだっけ?)


 再び聞こえた、妹の悪戯を持ち出す彼女の言葉に、俺はゆっくり、ゆっくりと、停滞していた世界を動かす。そして……。


(あっ……そう、だ……莉菜ちゃんは、交通事故で……)


 それなりに仲の良かった幼馴染みは、数ヶ月前に交通事故で亡くなっていたということを思い出して、俺は、再び世界を停滞させる。


「カイトっ、戻ってきてくれっ! カイトっ!」


 しかし、一度動き出した世界は、簡単には元に戻ってはくれない。今まで聞かないようにしていた悲痛な声に、俺は、その声の主を思ってしまう。


(ライ、ナード……)


 異世界に来た俺に、初めて優しくしてくれた魔族。勇者一行の一員だったにもかかわらず、邪険にすることなく、懐かしい料理を食べさせてくれた彼。少しズレているところはあるものの、基本的に女性が好むものが好きというオトメン。


「戻ってきたら、ピクニックに行こう。もちろん、苺大福も持っていくぞ」

(いや、ピクニックに苺大福って……持っていけないことはないだろうけど……)


 俺の好物というだけで、何としても持っていきそうなライナードの言葉に、俺は内心、首をかしげる。


「今はまだないが、夏になれば祭りもある。リンゴ飴……より、イチゴ飴の方が良いのだろうか?」

(そこは、普通にリンゴ飴で)


 別に、俺は苺が大好きというわけではない。苺と大福の組み合わせ、苺大福が好きなだけなのだ。


「そうだ。今は、雪花草が見頃だ。今度、城に見に行こう。……あっ、ピクニックをするには、今は寒すぎる、のか?」

(えっ? この寒い中行く予定だったのかっ!?)


 今気づいたとばかりに告げるライナードの言葉に、俺はまさかこの寒い中に向かう予定だとは思わずに突っ込む。


「む……カイトは、本は好きなのだろうか? それならば、お勧めの本がいくつかあるのだが……」

(十中八九、恋愛小説だよなっ)


 ライナードの趣味は把握ずみだ。このままでは、恋愛小説を大量に持ち込まれる未来もそう遠くないかもしれない。


「そういえば、カイトは格好良いものが好きだと……む? 剣の訓練? そんなもので良いのか?」


 横から莉菜ちゃんらしき人が『剣の訓練を見せてあげれば喜ぶと思いますわ』と言っているのを聞いて、ライナードが反応している。


(……いやいやいや、ちょっと待て! 何で、ライナードと莉菜ちゃんが一緒に居るんだ!?)


 莉菜ちゃんは……多分、莉菜ちゃんだ。先程から聞こえてくる俺に関する思い出話は、莉菜ちゃんでなければ知り得ないことばかりだ。口調が時たまおかしいのは、この際、目をつぶろうと思う。


(うん、おかしい。ここ、異世界。……俺、起きて確認しなきゃダメ?)


 そんなことを思っていると、いつの間にか闇は晴れ、明るい陽の光が射し込む中、自分が布団に寝転がっているのを自覚する。


「ライナード、莉菜ちゃん?」


 眩しくて良く見えないながらも、問いかけてみると、声が随分と小さくなっていることに自分で驚く。


「っ、カイト!」

「わぷっ」


 そして、しっかりと体を起こそうとしたところで、俺はライナードらしき逞しい腕に抱き込まれる。


「カイトっ、カイトっ、カイトっ、カイトっ!」


 ひたすらに俺の名前を呼び続けるライナードに、俺は何が何だか分からず、ただただ混乱する。


「ふんっ、ようやく目が覚めたようですわね」


 と、そこで、口調がおかしい莉菜ちゃんらしき声もしたのだが……いかんせん、俺の視界には逞しすぎる胸板ばかりが広がっていて確認ができない。


「目が覚めたみたいで良かったよ」

「あぁ。そうだな」

「ほわわわっ、美少女が野獣に襲われている図っ!? 何だか、イケナイものを見ているような……」


 恐らく、ルティアスさんだと思われる声に、知らない声が二つ。


(おい、最後っ!)


 そう思ってしまった俺は悪くないはずだ。そうして、俺はライナードが落ち着くまで、ひたすらに抱き締められ続けるのだった。
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