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第三章 離れる時間

第二十四話 ギルド長への報復

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 ルティアスを送り出して、わたくしはしばらくの間、ぼんやりとしていた。
 少し前までは一人で暮らしていたはずのログハウスが、急に広くなったように感じ、どこか寒々しくもある。


「わたくしは、いったい、どうしてしまったのかしら……?」


 こんな気持ちになることなど、今まで一度たりともなかった。そして、その気持ちの正体がいまいち掴めず、わたくしは一人、椅子に座ったまま悩む。


「……考えても仕方ありませんわね。それよりも、これからどうしましょうか?」


 しばらくして、思考を放棄したわたくしは、新たに、これからのことを考える。ここでやることといえば、自給自足のために獲物を狩ることくらいだけれど、正直、それは一月以上は問題ないといえるくらいに集まっている。野菜の類いは、ドラグニル竜国で買い足しておいたため、そちらも問題はない。


「……あっ、そういえば、忘れてましたわね。ギルドへの報告」


 と、そこで、本来ならばルティアスに出会った日に行う予定だったギルドへの報告をしていなかったことに気づく。伝音魔法でギルドに直接声を届けるつもりだったのが、ルティアスとの衝撃的な出会いですっかりと頭の中から抜けていたのだ。しかも、一度それを思い出して伝音魔法を使おうと思っていた時に、またルティアスが来たのだから、もう、わたくしの頭にギルドのことが思い浮かぶことはなかった。


「そうと決まれば、早速やってみましょうか」


 内容は、やはり二度目に伝音魔法で伝えようと考えていた『しつこいギルド長に愛想を尽かせたので、旅に出ます』の方が良さそうだ。何なら、今までどんなにギルド長がしつこかったかを暴露しても良い。それで、ギルドに人が居なくなろうが、今のわたくしには関係ない。


「どうせなら、あちら側でどのような混乱が起きるのか見てみたいものではありますが……国外追放をされている身ですからね。せいぜい、どのようなことが起こっているのか、想像しておきましょう」


 恐らく、端から見れば悪い笑顔を浮かべているであろうわたくしは、早速、長年お世話になってきたギルドへと伝音魔法を飛ばす。もちろん、声は『絶対者』の時のものに変えて。ついでに、拡声魔法も使って。


《おはよう。諸君。私は『絶対者』だ。この度、私はギルド長の横暴に愛想を尽かせたので、別の国へと旅立たせてもらう》


 朝のギルドは、それなりに人が多い。そんな中、こんな言葉を投げ掛ければ、ギルドは大混乱だろう。


《あぁ、ちなみに、ギルド長の横暴というのは、私が正体を隠したままであることにいちゃもんをつけて、何度も無茶な依頼を振ってきたというものだ。もしかしたら、諸君にも覚えがあるかもしれないな。他にも、私に向けて刺客を放ってきたこともあったぞ? まぁ、全て返り討ちにしたがな。諸君も、気をつけた方が良い。奴は、自分が気に入らないというだけで、他の冒険者にも手を出していたようだからな。『黒き牙城』や『氷の射手』なんかはその被害者だ、とでも言えば分かるか?》


 『黒き牙城』は、とあるパーティーの名前で、簡単な採取依頼を受けた後、何者かの襲撃を受けて、帰らぬ人となった。噂では、彼らはギルド長の交代のために動いていたらしい。そして、『氷の射手』は、一人の凄腕冒険者で、街を歩いている最中、暴漢に襲われて死亡した。彼女は、ギルド長が若い女性冒険者を食い物にしていることを知って、それを止めるように再三ギルド長へと楯突いていたらしい。
 この話は、それなりに有名なものであるため、犯人がギルド長だと知れば、ギルドに居る冒険者も考えを改めるに違いない。


《証拠は、ギルド長室、向かって左奥の角にある本棚の後ろに、隠し金庫がある。そこに、全ての暗殺の依頼書が揃っている。私はそれを確認するまでしかできなかったが、良ければ、諸君がギルド長の断罪を行ってくれると嬉しい》


 実際、わたくしはそこにあるということの確認まではできていた。しかし、わたくし一人がそれを知っていたところで、握り潰されるのは目に見えていたため、今日まで明かしてこなかったのだ。

 金庫の番号を伝え、最後に『諸君の健闘を祈る』と締め括って、わたくしは伝音魔法と拡声魔法を解除する。きっと、今頃ギルドではとんでもない大混乱が起こっていることだろう。


「仇は、これで取れると思いますわ。中途半端で申し訳ありませんが、勘弁してくださいね。クロトさん、ミュレッタさん」


 『黒き牙城』のパーティーリーダーのクロトと、『氷の射手』と呼ばれていた女性冒険者、ミュレッタは、わたくしが冒険者として動く中、数少ない友人だった。彼らが死んだ時、わたくしは必死に何が原因だったのかを調べあげ、ようやく、事の真相に辿り着いたのが卒業パーティーの前日。パーティーの日は、国外追放がなかったとしても、ギルド長の横暴を訴える準備はあった。しかし、最初の頃はまだ考えが纏まっていなかったこともあり、もしかしたら、今日宣言できたのは良かったのかもしれない。ルティアスのおかげで、レイリン王国への未練らしいものもほとんど払拭されているため、今は気分が晴れやかだ。


「あと心配なのは、残してきたシェイラのことくらい、ですからね」


 あの父親と義母親に挟まれて、シェイラが無事なのかどうか、確かめる術がない。ただ、シェイラにはいざという時、わたくしを呼べるお守りを持たせている。自分ではどうしようもない時に使うように言っているから、もし、わたくしの予想通りなら、そろそろそれが発動するかもしれない。


「心の準備だけはしておきましょう」


 レイリン王国のこれからなんて、わたくしには分からない。だから、わたくしの心配が杞憂に終わることを祈りつつ、わたくしは窓の外を見るのだった。
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