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第五章 リリスの心

第五十四話 毒を盛る者(ホーリー視点)

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 エルヴィス様は、とうとう国王陛下を毒殺するための毒を手に入れた。ただ、毒を盛る方法が問題だと悩んでいたエルヴィス様に、私は一つの提案をする。


「……ならば、こういうのはどうでしょうか? 私が、その給仕なり料理人なりを懐柔しますので、その人物に毒を盛らせるというのは」


 私の夢渡りの能力は、かなり限定的な使い方しかできない。まず、その人が現在どこに居るのかを知らなければならない上、名前と顔も知っていなければならない。ついでに、範囲に関しても限定されており、測ったことはないものの、遠ければ遠いほど、その影響は少なくなってしまう。他にも、相手に名前と顔を認識されていることも条件に入るため、私が能力を行使できる相手は案外少ない。エルヴィス様に近づけたのは、ゲームの設定上確実なことだったとはいえ、現実だったらこんなに簡単にはいかなかっただろう。

 エルヴィス様に許可をもらって、私は私の名前と顔を認識しており、私自身も言葉を交わしたことのある給仕の夢の中へと入っていく。ちなみに、彼の夢に入るのは初めてではないため、夢の中の彼が驚く様子はない。
 場所は、彼自身が住んでいる寮の一室で、本がたくさん置かれている部屋だった。


「久しぶり、ラディ」

「お久しぶりです。ホーリー様」


 彼は、ラディス。この王宮に勤める給仕係だったが、青い髪に青い瞳を持つ整った顔立ちの彼は、貴族だと言われても納得できるくらいに物腰も柔らかい人だ。攻略対象者ではないことが惜しいくらいに、私のドストライクな人だった。
 優しく微笑む彼を前に、私は早速願いを告げることにする。


「ラディ。今回は、少し頼みがあって来たの」

「はい、何でしょうか? 僕にできることであれば、何なりとお申し付けください」


 そんな彼を利用するのは心苦しかったものの、相手はただの給仕係。王子様とは比べ物にならない。


「実は、国王陛下が使う食器に、ある薬を入れてほしいの」

「国王陛下が使う食器に、ですか?」

「うん、食事を盛り付ける前のものが良いかな? ちょっとした滋養の薬よ」


 そう言えば、ラディは、『そうですか』と一つうなずき、何かをブツブツと呟く。


「……潮時か」

「ラディ? ダメかな?」


 何を言っているのかは聞き取れなかったものの、しっかりと考えてくれている様子からするに、すぐに断られることはないだろう。


「話は分かりました。お引き受けしましょう」

「ありがとうっ! さすがラディねっ!」


 ニッコリと美しい微笑みを浮かべるラディへ、私はギュッと抱きついてみせる。


「その薬はどこでもらえば良いのでしょうか?」

「それは、エルヴィス様に頼んで、目立たない場所に隠しておいてもらうから、ラディはそれを使ってちょうだい」

「なるほど、今回の件には、エルヴィス様も関わっておられるのですね?」

「そうよ。ふふっ、早速エルヴィス様に知らせることができるわ」


 簡単に快諾してもらったことに、機嫌を良くした私は、そんな呟きをもらす。すると、ラディはその端正な顔を悲しげに歪める。


「ホーリー様、申し訳ないのですが、その報告は少し待っていただけませんか?」

「? どうして?」


 すぐに報告ができると思っていた私は、そんなラディの言葉に戸惑う。


「それが、現在、私は国王陛下のお食事に関わっておりませんので、配置換えを希望するのに時間がかかるのです。ですから、確実に実行できると言える状況になるまで待っていただきたいのです」

(確かに、できるかもと思ってできなかったら意味がないものね)

「分かったわ。それじゃあ、それまで待つことにするわ」

「ありがとうございます」


 その時の私は、何もかもが順調なことに浮かれていて、ラディの口角が上がったことに気づかなかった。


「ねぇ、ラディ……その、久しぶりに……」

「えぇ、夢の中ではありますが、愛し合いましょう」


 ちょうど、すぐそばにはベッドもある。私は、ラディの瞳に熱が籠るのを感じて、頬を染めながら身を任せるのだった。

 それから三日後、報告しても良いというラディの許可の元、エルヴィス様へと報告を済ませて、私が二人の連絡係となって何度も夢の中を行き来した数日後。とうとう計画は実行に移された。


(どうか、成功しますように)


 私が王妃になれるかどうかは、この作戦の成否にかかっている。ゲームの世界。しかも、私が主人公の世界であるため、失敗はないと分かっていても、どういうわけかルートから外れてしまった現在、全く不安がないというわけではなかった。
 いつもと違って、大人しく牢で過ごす私を、牢番が不気味な目で見ているのを無視して、眠る時間になると、すぐにエルヴィス様の夢の中へと飛んだ。


「エルヴィス様、どうでしたか?」

「……毒を盛るのは上手くいったようだが、どうやら致死量には至らなかったらしい。まだ、父上はご存命だ」

「そんなっ!」


 つまりは、作戦が失敗したということだろう。そう思って顔を青ざめさせる私に、エルヴィス様は、安心させるように手を握ってくる。


「大丈夫だ。このままであれば、父上は亡くなる可能性の方が高いらしい。今はどうにか生きているが、長くはないと診断されている」

「っ、それじゃあっ!」

「あぁ、ここからは、私達が表に出られる。私が王となり、ホーリーが王妃になれる」

「本当にっ!? 嬉しいわ、エルヴィス様」

「私も嬉しい。これで、誰に邪魔をされることもなく、愛し合える。子供だって望めるだろうさ」

「はいっ……はいっ」


 やっと、やっと望んだハッピーエンドがやってくる。それを知った私は、あまりの嬉しさに涙を流す。


「ホーリー、君だけを愛してる」

「私も、エルヴィス様だけです」


 本当は、エルヴィス様が王子だから近づいただけだったものの、ここはしっかりと話を合わせておく。何かが原因で拗れて、王妃になれなくなったら元も子もない。
 この先に見える輝かしい未来を予感して、私は頬を紅潮させ、胸をときめかせるのだった。
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