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第七章 結ぶ心

第六十九話 復讐の後

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 復讐が、終わった。父は消息不明になっているし、義母は奴隷として売られた。国王は死に、王子はある意味奴隷のような状態で、ホーリーは処刑を待つ身。何もかもが、終わったのだ。


(こんなに、呆気ないものなのですわね)


 ベッドの上で仰向けになったわたくしは、ぼんやりと天井を見上げる。
 ルティアスが手を出してから一月と少し。たったそれだけの日数で、わたくしを苦しめてきた者達は、軒並み不幸な運命を辿った。ここまでやる必要があっただろうかと思わなくもないけれど、今の自分の心を鑑みるに、恐らく、必要なことだったのだと思う。


(何だか、スッキリしたような心地ですわ)


 復讐というのは、総じて最終的には虚しくなるものらしいけれど、今のわたくしは、それとはまた違った状態だった。それもこれも、ルティアスが率先して、わたくしを想って復讐したからなのだろう。きっと、わたくしが自分の手で復讐していれば、こんなにスッキリとした感情は抱いていない。


「あぁ、ですが、そろそろ答えを出さなくてはいけませんわね」


 実は、ルティアスは、『復讐が終わるまでは待つ』と言って、スキンシップも口説き文句も最小限に収めようとしていた。実際のところは、抱き締められることが何回かあったし、頭を撫でてもらったこともある。けれど、ルティアス曰く、今はまだ加減しているのだとのことだった。

 復讐が終われば、ルティアスとの結婚を考えなければならない。いや、その前に、わたくし自身の心にしっかり区切りをつけて、前を向かなければならない。


(まずは、挨拶をして、それで…………その後のことは、臨機応変に考えましょう)


 とりあえずは、もしかしたら心配しているかもしれないルティアスに顔を見せることから始めなければならない。そして、ルティアスとしっかり話をして、これからのことを決めなければならないだろう。
 ひとまず起き上がったわたくしは、手早く服を着替えて、髪を結んでいく。


「ヴァイラン魔国で、わたくし、働けるのでしょうか? いえ、それ以前に、ルティは貴族だと言っていましたから、後継者が必要だったりするのでしょうか?」


 もはや結婚を前提に呟いていることに気づいていないわたくしは、じっと考え込みながら、朝の支度を整える。


「……ルティは、心配、してくれているでしょうか?」


 そう言いながら、きっとその通りだと確信を持って、わたくしは頬を緩める。
 部屋を出て一階に下りれば、ルティアスは一心不乱に野菜を刻んでいた。


「お、おはようございます。ルティ」

「っ、お、おはようっ。リリス。その、もう、大丈夫なの?」

「はい、おかげさまで」


 なぜか顔を赤くしているルティアスを不思議に思いながら、わたくしはやはり心配してくれていたのだと分かり、心が暖まるのを感じる。


「そっか、良かった。あぁ、そうだ。リリス、ちょっとこっちに来て?」

「? 何ですの?」


 わたくしは、何も疑問に思うことなく、ルティアスへと近づく。そして……頬に、柔らかい感触がした。


「えっ……?」

「ふふっ、おはようのキスだよ。唇は、リリスが許してくれるまでは我慢するけどね」


 朝っぱらから妖艶に微笑むルティアスを見て、遅れて何をされたのかに気づいたわたくしは、ポンっと顔を赤くする。


「もうすぐでお味噌汁もできるから、ちょっと待っててね?」

「ハ、ハイ……」


 うなずくことしかできないわたくしは、ギクシャクとした動きで席に着く。


(分かっていましたけど、分かっていましたけどっ、破壊力が強過ぎますっ!)


 箍が外れた状態のルティアスがどんな行動に出るのか、予想できなかったわけではない。けれど、朝からこれは、元、奥ゆかしい日本人としてはきつい。


「はい、できたよ。リリス。それじゃあ、一緒に食べようか」


 そう言って、ルティアスは当然のようにわたくしを抱き上げて、一緒に椅子に腰かける。


「ルルルル、ルティ!?」

「はい、あーん」


 鯖、ではないけれど、それに似た魚の味噌煮を箸で取り、わたくしの口に近づけるルティアスに、わたくしは大混乱に陥る。今までだって、ルティアスはわたくしに『あーん』をしようとしてきたものの、ここまで顔が近い状態ではなかった。


(こ、こんな、ちょっと動けばキスできそうな距離に、ルティアスが居るなんてっ)


 つい先ほど、実際にキスされたものの、それとこれとはまた別だ。


「食べないの? リリス?」

「じ、自分で食べますわ」


 言いながら、それが通らないことは理解している。ルティアスに胃袋を掴まれたわたくしは、ルティアスに料理を人質(?)に取られてしまうとどうしようもなくなるのだ。けれど、今日は違った。


「口移しの方が良いかな?」

「食べますわっ!」


 満面の笑顔でそうのたまったルティアスに、わたくしは戦慄するとともに咄嗟にそう答えたのだった。それから、やたらと機嫌の良いルティアスに食事を手伝ってもらって、ようやく解放されるかと思いきや、そのままギュウッと抱き締められる。


「リリス、辛い思いをさせてごめんね」


 『辛くなんてなかった』。そう言いたいのだけれど、ルティアスはどうやら復讐によって、わたくしが辛い思いをしたと思い込んでいるようだった。


「……大丈夫ですわ。わたくしには、ルティが居てくれますもの」

「っ!? ……リリス、それ、殺し文句……」

「?」


 なぜか顔を逸らしたルティアスを見ながら、わたくしは誤解は解けたのだろうかと思案して、また、頬にルティアスの唇が落ちてきたことに気づき、言葉を失う。


「僕は、リリスが良いと言ってくれるまで待つつもりだから、あんまり煽らないでね?」


 パクパクと口を開いたり閉じたりしていると、ルティアスはようやくわたくしを腕の中から解放してくれる。
 自由を得たわたくしは、思わず、その場からの逃走を選択するのだった。
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