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婚約破棄された伯爵令嬢
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「リディア、おまえとの婚約を破棄する! 私はこのルイーザこそを妻に望んでいるのだ。おまえと違い、私を愛し敬ってくれる可愛いルイーザをな!」
ホールに響き渡る声で高らかに宣言したアイザックは、ルイーザと呼んだ少女の肩を愛しげに抱き寄せた。
ルイーザがうれしそうにアイザックを見上げる。
彼女の瞳は小動物のようにつぶらで、瑞々しく潤んでいた。
艶やかな黒髪を持つルイーザは、ふっくらとしていて柔らかそうで、とても愛らしい女性だ。
そのうえ彼女の仕草、表情、眼差しのすべてから、アイザックへ向ける桃色の愛情が滲み出ている。
アイザックとルイーザはお互いに夢中なのだ。それが嫌という程、伝わってきた。
「……」
……何だろう、この状況は。
まさか婚約者の誕生日パーティーの席で、婚約の破棄を告げられるなんて。
動揺しすぎて言葉が出てこない。
起こったことを頭では理解していても、心が追いつかなかった。
パーティーの招待客たちの視線は、私たちのもとへ集まっている。みんな興味津々という様子だ。
それも当然の話だろう。客観的に見たら最高のゴシップ。
こんな茶番のような展開、聞いたことないもの……。
情けなさのあまり溢れそうになる涙を、慌てて堪える。
「ふん。だんまりか。なんとか言ったらどうだ!」
「ごめんなさい。ただ、あまりに驚いて……」
「驚いて、だと? この結果は、おまえが仕向けたようなものだろう!」
「私が……?」
「とぼけるのはやめろ。義務感丸出しの態度で私の隣に立って、散々、屈辱を味わせてきただろう! こっちだって、おまえの退屈そうな顔にはうんざりだったんだ。そんな女を誰が嫁にしたいと思う。結婚する前に、おまえの本性を知れて良かったよ」
彼の隣にいるとき、義務だと思ったり、退屈だと感じたことなど一度もない。
(たしかに私はいつも緊張していたけれど……)
そのせいで表情が硬かった自覚はある。
もともとあまり人付き合いが得意なほうではない。
いまルイーザのしているような『可愛らしい』振る舞いを望まれていたのなら、全然できていなかった。
ただそれでもあんまりだと思った。
婚約破棄は仕方ないにしても、公衆の面前で伝える必要がどこにあったのか。
だってはっきり言って、これでは見世物と変わらない。
なぜこんな手段を……。
目が合ったアイザックが、憎悪のこもった目で私を睨んでくる。
ああ、そうか。
「あなたは私を笑い者にしたいほど嫌っているのね……」
アイザックは怪訝そうに顔をしかめた。
なにを今更、という表情だ。
私ったらどれだけ鈍感なのだろう。
今日のこの出来事まで、彼に嫌われていると気づいていなかったのだから。
「……」
あ。いやだ。泣きたくない。
爪が食い込むほど、手のひらを握りしめて堪えた。
ここで泣くのは惨めすぎる。
感情を殺すのだと自分に言い聞かせる。
大丈夫。落ち着いていられる。大丈夫。
ほら、無理してでも笑ってみせるのよ。
うん。笑えた。
でもきっとこういうところが、可愛げがなくてだめだったのだろう。
アイザックはますます苛立ち、私を睨みつけてきた。
「嘘くさい顔で笑うな。私はそれが大嫌いだった。人形のようでどれだけ気味が悪かったか。虫唾が走る!」
「アイザック!? おまえ、いったい何をしているのだ……!」
アイザックの父、ヒューイット侯爵が、騒ぎを聞きつけたのか、血相を変えて止めに入ってきた。
「くそ……」
アイザックが不満そうに舌打ちをした。
彼はまだもっと、とことん私を詰りたかったのだろう。
憎悪に満ちた彼の瞳がそう語っていた。
◇ ◇ ◇
結局、騒動はその場でいったん終幕を迎えたけれど、我がガーネット伯爵家には、ヒューイット侯爵家から後日、正式に婚約解消の申し出があった。
私は婚約者を失い、代わりに『お人形令嬢』というありがたくない二つ名を手に入れた。
しばらく社交界は、『恥ずかしすぎる婚約破棄とお人形令嬢』の話題で持ちきりだった。
さすがに声高に噂をする者はいないけれど、ヒソヒソとだったら、みんな結構えげつないことを言う。
そしてヒソヒソ話は、当人たちが思ってる以上にしっかり聞こえてくるものだ。
私は自分にまつわる嫌な噂を、ほとんど耳にしていた。
アイザックとルイーザは、社交界に姿を見せない。
なんでもヒューイット侯爵から、かなりこっぴどく叱られたようで、ほとぼりが冷めるまで公の場に姿を出すなと命じられたらしい。
「まあ、しばらくは耐えるさ。本当はルイーザのことを、自慢して回りたいのだけれどな」
アイザックがそんなことを吹聴していると、誰かが教えてくれた。
聞きたくなかった。
ううん、聞いたほうが良かったのかも。
アイザックがどうしようもない男だとわかるほど、婚約が解消されて得をしたと思えるから。
ほとんど負け惜しみだけど……。
というか他の女性に婚約者を奪われ、公衆の面前で捨てられたという立場の場合、婚約破棄を喜ぼうが、清々したと笑おうが、無理している感じが出てしまって、結局、惨めな思いをするのだ。
はあ……。
アイザックめ……。許すまい……。
と恨んでもやっぱり惨め。
ため息ばかりが募った。
ホールに響き渡る声で高らかに宣言したアイザックは、ルイーザと呼んだ少女の肩を愛しげに抱き寄せた。
ルイーザがうれしそうにアイザックを見上げる。
彼女の瞳は小動物のようにつぶらで、瑞々しく潤んでいた。
艶やかな黒髪を持つルイーザは、ふっくらとしていて柔らかそうで、とても愛らしい女性だ。
そのうえ彼女の仕草、表情、眼差しのすべてから、アイザックへ向ける桃色の愛情が滲み出ている。
アイザックとルイーザはお互いに夢中なのだ。それが嫌という程、伝わってきた。
「……」
……何だろう、この状況は。
まさか婚約者の誕生日パーティーの席で、婚約の破棄を告げられるなんて。
動揺しすぎて言葉が出てこない。
起こったことを頭では理解していても、心が追いつかなかった。
パーティーの招待客たちの視線は、私たちのもとへ集まっている。みんな興味津々という様子だ。
それも当然の話だろう。客観的に見たら最高のゴシップ。
こんな茶番のような展開、聞いたことないもの……。
情けなさのあまり溢れそうになる涙を、慌てて堪える。
「ふん。だんまりか。なんとか言ったらどうだ!」
「ごめんなさい。ただ、あまりに驚いて……」
「驚いて、だと? この結果は、おまえが仕向けたようなものだろう!」
「私が……?」
「とぼけるのはやめろ。義務感丸出しの態度で私の隣に立って、散々、屈辱を味わせてきただろう! こっちだって、おまえの退屈そうな顔にはうんざりだったんだ。そんな女を誰が嫁にしたいと思う。結婚する前に、おまえの本性を知れて良かったよ」
彼の隣にいるとき、義務だと思ったり、退屈だと感じたことなど一度もない。
(たしかに私はいつも緊張していたけれど……)
そのせいで表情が硬かった自覚はある。
もともとあまり人付き合いが得意なほうではない。
いまルイーザのしているような『可愛らしい』振る舞いを望まれていたのなら、全然できていなかった。
ただそれでもあんまりだと思った。
婚約破棄は仕方ないにしても、公衆の面前で伝える必要がどこにあったのか。
だってはっきり言って、これでは見世物と変わらない。
なぜこんな手段を……。
目が合ったアイザックが、憎悪のこもった目で私を睨んでくる。
ああ、そうか。
「あなたは私を笑い者にしたいほど嫌っているのね……」
アイザックは怪訝そうに顔をしかめた。
なにを今更、という表情だ。
私ったらどれだけ鈍感なのだろう。
今日のこの出来事まで、彼に嫌われていると気づいていなかったのだから。
「……」
あ。いやだ。泣きたくない。
爪が食い込むほど、手のひらを握りしめて堪えた。
ここで泣くのは惨めすぎる。
感情を殺すのだと自分に言い聞かせる。
大丈夫。落ち着いていられる。大丈夫。
ほら、無理してでも笑ってみせるのよ。
うん。笑えた。
でもきっとこういうところが、可愛げがなくてだめだったのだろう。
アイザックはますます苛立ち、私を睨みつけてきた。
「嘘くさい顔で笑うな。私はそれが大嫌いだった。人形のようでどれだけ気味が悪かったか。虫唾が走る!」
「アイザック!? おまえ、いったい何をしているのだ……!」
アイザックの父、ヒューイット侯爵が、騒ぎを聞きつけたのか、血相を変えて止めに入ってきた。
「くそ……」
アイザックが不満そうに舌打ちをした。
彼はまだもっと、とことん私を詰りたかったのだろう。
憎悪に満ちた彼の瞳がそう語っていた。
◇ ◇ ◇
結局、騒動はその場でいったん終幕を迎えたけれど、我がガーネット伯爵家には、ヒューイット侯爵家から後日、正式に婚約解消の申し出があった。
私は婚約者を失い、代わりに『お人形令嬢』というありがたくない二つ名を手に入れた。
しばらく社交界は、『恥ずかしすぎる婚約破棄とお人形令嬢』の話題で持ちきりだった。
さすがに声高に噂をする者はいないけれど、ヒソヒソとだったら、みんな結構えげつないことを言う。
そしてヒソヒソ話は、当人たちが思ってる以上にしっかり聞こえてくるものだ。
私は自分にまつわる嫌な噂を、ほとんど耳にしていた。
アイザックとルイーザは、社交界に姿を見せない。
なんでもヒューイット侯爵から、かなりこっぴどく叱られたようで、ほとぼりが冷めるまで公の場に姿を出すなと命じられたらしい。
「まあ、しばらくは耐えるさ。本当はルイーザのことを、自慢して回りたいのだけれどな」
アイザックがそんなことを吹聴していると、誰かが教えてくれた。
聞きたくなかった。
ううん、聞いたほうが良かったのかも。
アイザックがどうしようもない男だとわかるほど、婚約が解消されて得をしたと思えるから。
ほとんど負け惜しみだけど……。
というか他の女性に婚約者を奪われ、公衆の面前で捨てられたという立場の場合、婚約破棄を喜ぼうが、清々したと笑おうが、無理している感じが出てしまって、結局、惨めな思いをするのだ。
はあ……。
アイザックめ……。許すまい……。
と恨んでもやっぱり惨め。
ため息ばかりが募った。
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