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虫魔法を使う女気持ち悪いって村八分にされたけど、皆が食べてる蜂蜜、私が採取したものだからね!?

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私の名前はエリー。
この世界では、15歳ごろになると、多くの人がひとつだけ、その人固有の魔法が使えるようになる。
発現した魔法が身体強化だったり、予知だったり、有益だと出世街道まっしぐら。
私もその例に漏れず、早いうちに身内を亡くした貧乏な田舎娘でも、一発逆転のチャンスがあった。

しかし、私が引き当てたのは、あまり人気のない昆虫の使役魔法だった。
しかも、ミツバチ程度の小さな虫としか仲良くできないというのがさらに不運だ。
田舎暮らし確定だね。

私はこの力のおかげで良質な蜂蜜を採取することができるから、案外気に行っているんだけど、周囲はそうは思わないらしい。

魔法の力が発現し、それが「虫の使役」だと知れ渡ると、私の周囲からは波引くように人がいなくなった。

幼なじみとして仲良くやっていて、ゆくゆくは結婚するんかな~なんて思っていたエドワードからも距離を置かれた。
今じゃ会うと舌打ちしながら「まだ虫を使っているのか。気持ち悪い女だな」だもんな。
みじめな私。

でも、私は諦めずに虫の使役魔法を使って、蜂蜜を採取し続けている。
村の人たちは私を「虫女」と罵りながらも、ちゃっかり蜂蜜を格安で買い叩く。
けれど、狭い村社会の中では私は強く出られなかった。

私はそれでもかまわなかった。

その頃には蜂とすっかり仲良くなっていて、私にとって、虫の使役魔法は誇りであり、自分の存在意義にもなっていたからだ。
村はずれの森に作った養蜂場が私にとっての天国だ。

私に懐いて飛び回る蜂たち、めっちゃ可愛いじゃないか~!!!


そうこうするうち、私は不思議なことに気がついた。
私が採取する蜂蜜を食べると、皆、なんか調子よさそうにしてない?
村の人たちは気づいていないようだったが、私がその効果を確信する出来事があったのだ。

私が風邪を引いた時のこと。
喉が痛くて、熱も出ていて、動くこともままならなかった私は、家で寝込んでいた。

そこへ、近くにいた蜂が私の喉に寄ってきて、心配そうにウロウロ飛び始め、私の口の中に自分の蜜を垂らしてくれたのだ。

私は動く気になれずそのまま寝ていたんだけれど、次の日には喉の痛みが全くなくなっていた。
熱も下がり、体調も良くなっていたのだ。それ以来、私は自分で蜂蜜を採取して、風邪や疲れた時に飲むようにしている。

よく観察すると、村の人たちも同様にその恩恵を受けているようだったけど、まさか「虫女」と見下す私の蜂蜜の効果だとは思いもよらなかったらしい。
蜂蜜の力は、私だけの秘密になった。

蜂蜜自体はもちろん村の人たちに重宝された。私は「虫女」から5年の歳月を経て「蜂蜜の魔女」に昇格。とほほ。


私は今日も蜜を採取するために蜂たちと遊んでいた。
手を伸ばし、蜂たちを優しく撫でると、彼らは喜んで私の周りをぐるぐると飛び回った。蜂たちはとても賢く、私とコミュニケーションをとることができる。
私は彼らと過ごすようになって、彼らの生活について学んだり、彼らに私の話を聞かせたりすることができるようになった。

「あなたたちは本当に素晴らしいわね。この蜜はとても美味しい」と私は言った。

蜂たちが私と遊んだり花から蜜を集めて私のもとに帰ってくる姿を見ると、蜂たちとお茶会をしているような気分になる。

「お嬢さん、大丈夫か!?」

と、突然大きな声がして、男性が現れ、私と蜂たちの間に割って入った。

その男性は軽装だが、帯剣し防具をつけており、体格もがっしりしている。冒険者か騎士のようだった。

男性は私が襲われていると勘違いしたのか、果敢に蜂に向かっていった。

私が使役する蜂たちは私を守るために攻撃するはずがないが、男性はそれを知らず、蜂たちに斬りかかっていた。
私は必死で男性に誤解を解こうとしたが、蜂たちはもう手に負えなくなっていた。

男性は必死に蜂をかわしながら、剣で斬りつけていたが、蜂たちの激しい攻撃に男性は防戦するのがせいいっぱいだった。
蜂たちの攻撃は激しさを増し、男性はところどころ蜂にも刺されていた。

男性が膝をついたところで我に返った私はすぐに男性を助けるため、使役していた蜂たちを呼び寄せた。

「ごめんなさい。この子たちは私が使役しているんです。」

そして、「蜂の毒が中和されるから」とか何とか適当なことを言って、採集したばかりの蜂蜜を男性の口に含ませた。

すると、蜂に刺された部分がみるみるうちに回復し、男性は驚いた表情を浮かべた。

「すまない。あなたは襲われていたわけではなかったのだな。余計なことをした。あなたは不思議な蜂蜜を作っているのだな。助かったよ。」

「紛らわしい真似をして、危険な目に合わせてごめんなさい。」

私は恐縮しながら、誤解があったことを説明し私が蜂の使役魔法の使いてであることを話した。
男性は驚いた表情を浮かべながらも、納得した様子で私に興味を持ったようだった。

男性はルカスといい、村から馬で1時間ほどの距離にある大きな街の騎士団に属しているそうだ。
今日は別の街へ伝令に行った帰りで、近道をしようとこの村の近くの森に入ったんだとか。

「エリー、君の魔法は本当に素晴らしい」とルカスが言った。

私は恥ずかしくて顔を赤らめながら、彼に感謝の気持ちを伝えた。

「ありがとう。でも、私は村の人たちから嫌われているのよ。『虫女・蜂蜜の魔女』なんて呼ばれてるし。」

「そんなことを言う人たちがいるなんて信じられないな。君の魔法で作った蜂蜜があれば、騎士団でどれほど役に立つか。何よりエリーの蜂蜜は美味しい。村の人たちは君の才能を理解していないだけだ。」

とルカスは励ましてくれた。

私はルカスの言葉に胸が熱くなった。彼は私を理解してくれている。
そして、彼の言葉に力を貰い、自分に自信を持つことができたのだった。


それ以降、ルカスは休日には私の養蜂場に顔を出してくれるようになった。
手伝いをしてくれることさえある。

以前、蜂に刺されたのに怖くはないのかと尋ねると

「君が使役する虫なんだろう?それを知った今は何とも。僕は君を好ましく思ってるし、君が使役する虫たちも同じだよ。」

サラッと告げられた言葉に私は顔を赤くした。
ルカスといるとふわふわして時々自分がわからなくなる。

彼は農家の三男だったが、短時間の筋力強化魔法が使えたことで、運よく街の騎士団に入ることができたらしい。
魔法を抜きにしても、正義感にあふれ私を蜂から助け出そうとしたルカスに街の人々を守る騎士団はぴったりだと思う。
私がそう言うと、「早とちりするけどな。」とルカスは笑った。

私たちはすっかり打ち解け、ルカスは街のこと騎士団のこと、自分のこと、たくさんのことを話してくれた。
蜂一筋だった私が街の様子やルカスの考え方を知ることで、私の視野は広がり、同時に私は村のでの扱いに疑問を持つようになっていった。

私はいつしか恋に落ちてしまったのだと思う。
彼は私のことを大切にしてくれるし、私も彼のことが好きだった。

しかし、彼は街の騎士団に所属する立派な男性だけれど、私は「虫女」と呼ばれる田舎の女。

彼に引け目を感じるなというほうが無理な話だ。
私たちはつかず離れずの微妙な距離感で過ごしていた。


最近のルカスはことあるごとに私に聞く。

「村を離れて、街に来る気はないのか?君の蜂蜜なら街でも十分に売れる」

「蜂も含めるとうちって大所帯でしょう。移動が蜂の負担にならないか心配で。」

ルカスとともに街に出たい。
その思いは日に日に強くなっていったが、森でのびのび暮らす蜂のことを考えると私は踏ん切りがつかないでいた。


そんなある日私がいつものように養蜂場で作業を終え、家までルカスが送ってくれることになった。
帰宅すると、家の前に数人の村人たちがいた。
中にはあの、結婚直前までいったエドワードもいた。

「何があったんですか?」私は驚いた表情で尋ねた。

「何があったんですかじゃやないだろう!」声を上げたのは幼なじみだった。

「うちの子が蜂に刺されたんだ!おまえの蜂に決まっている!」

私と疎遠になってから隣村の女性と結婚して子どももいるとは聞いていたけど、蜂に刺されて私のところに怒鳴り込んでくるとは。
蜂なんてどこにでもいるし、ちょっかいかけなければ刺すことなんて滅多にない。
私は深くため息をついた。

「本当にすみません。でも、私たちは蜂たちと協力して暮らしているんです。彼らはむやみに攻撃することはないし、私たちに蜜を提供してくれます。蜂と共存することは可能なんです。」

私は丁寧に説明した。
しかし、彼らは聞く耳を持たず、怒りにまかせ私を非難するばかりだった。

「いい加減にして下さい。よそ者は黙って聞いているべきだと思っていましたがもう限界だ。」

横からルカスが声を上げた。

「彼女は自分自身の仕事を全うしているだけだろう。蜂たちもきちんと使役できている。蜂に刺されたれたと言うが、本当にエリーの蜂なのか?そもそも子どもがイタズラをしたから蜂が怒ったのではないのか?エリーを一方的に責めたてるのはやめてもらおう。」

エドワードはルカスがすごい剣幕で喋りだしたことに驚いて、何やらモゴモゴ言っている。
うーん、困ってるわね。

ありがとうルカス。
私はこの村に住み続ける限界を感じた。

「あのね、私、もうこの村を出ようと思ってるの。だから安心して。」

最後までお互い理解できなかったむなしさを感じながら、私は新しい土地に踏み出す決意をした。


それからほどなくして、私は村を離れ、街に程近い郊外に土地を借り養蜂農家をスタートさせた。

ルカスに協力してもらって、今まで買い叩かれていた蜂蜜の正当な対価を村から回収し、開業資金にしたのだ。
初めは小さな規模だったけど、騎士団に卸していた分から評判が広がり、私が手間をかけて作り上げた蜂蜜は、すぐに大人気となった。

ルカスとも良い関係を続けていて、最近、正式にお付き合いすることになった。

私がかつて住んでいた村は、蜂蜜がなくなってから村の皆が急激に老けたらしく、蜂蜜の価値に気がついた村の人たちはエドワードを責めたらしい。
すっかり値段の高くなった蜂蜜をエドワードが定期的に買いに来る。
あの狭い村ではいたたまれないだろうなと思うけど、私には関係のない話だ。

今日も蜂たちとたわむれる私のもとには、間もなくルカスがやってくる。
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