忍びしのぶれど

裳下徹和

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第一章

一 戦う郵便配達夫

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 留崎跳るざきはねるは、鬼が出ると言われる峠を歩いていた。この文明開化の世に、鬼などと馬鹿馬鹿しい。そう思えるのは明かりが灯った街中だけだ。明治の世に変わり五年が過ぎても、山の中には文明開化の波は届いてこない。土埃舞う荒れた道は、両脇を木々に覆われ、昼間でも薄暗い。誰も通らない東京の西の外れの山道は、何か出てきそうな気配がしていた。
 郵便配達夫である跳は、頭に韮山笠をかぶり、赤い線が入った黒地の洋服上下を着ている。足元はわらじ履きだ。肩には手紙が入った鞄が食い込んでいる。
人の想いをのせて運ぶ。そういう郵便配達夫の仕事は嫌いではない。しかし、人の想いを平気で踏みにじる人間はいるもので、郵便配達夫を狙う輩は後を絶たない。
跳が歩く先に現れたのは、鬼ではなく盗賊だった。
 短刀を持った二人組が、下卑た笑みを浮かべて前に立ちふさがる。
「郵便屋。その鞄を置いていきな」
 郵便配達夫は、手紙の配達だけではなく、切手や葉書の販売、集金なども行う。盗賊にしてみれば良い獲物なのだ。
 後ろを振り返ると、遠くから棍棒を持った男が近付いてきている。はさまれた。
 相手は三人。この距離ならやれなくもないが、この場は逃げることにした。
 鞄を捨てて、藪の中に飛び込む。後ろから怒鳴り声が聞こえてきたが、無視して進む。
 しばらく逃げたが、追ってくる気配はない。金目の物を奪ったら、命までとる気はないようだ。
 足音を殺して元いた道まで戻る。盗賊達の姿はない。鞄を持って消えたのだ。
あの鞄の中の手紙は、自分で偽造したまがい物ばかりだし、金も大した額入っていない。ただの囮だ。
 盗賊の足跡をたどり進み始める。自分達が追われているなど思っていない。油断した歩みをしていた。そのまま追跡すると、足跡は森の中へと入っていく。調べてみると、枝葉で隠された細い道がみつかった。
 みつけた道をたどってみる。残された足跡から推測すると、盗賊は先程現れた三人より多い。
 息を殺し、慎重に進むと、開けた場所に建つ小屋をみつけた。
 中から人の気配はするが、見張りはいない。
 小屋に近付こうとすると、すねの高さに紐が張られており、触られると鈴が鳴る仕掛けになっていた。随分と拙いことをする。難なく避けて、先へ進んだ。
 丸太を寄せ集めて造った簡素な小屋へ接近し、内部の様子をさぐる。
「郵便屋め、少し脅したら鞄おいて逃げていきやがった」
「少しは抵抗してみせろってんだ」
 戦利品の鞄を漁りながら、盗賊達が品のない口調でわめいていた。
 先程姿を見せた三人の他に、もう三人盗賊の仲間がいる。その内の一人が盗賊の首領だと思われた。傍らに刀を置き、静かな目で、他の者が鞄の中身を漁る様を眺めている。侍くずれだろう。手練れかもしれない。
 そこまでは予想の範囲内だったが、小屋の片隅でうずくまる小さな影は想定していなかった。子供が三人縛られてうなだれている。
 盗賊達のねぐらの場所を調べ報告するまでが跳の仕事で、その後は警察がやってくれるはずだった。
 子供達は男二人に女が一人。親に売られたという様子ではない。盗賊にさらわれたのだろう。先に村々をまわって、行方不明の情報をつかんでおけば良かったのだが、今さら遅い。下調べ不足だった。
 跳の早足でも、里に下りて八王子にある警察署に行くまで一日はかかる。そこから人を集めて準備して、どんなに早くても二日はかかる。全部で三日だ。三日も経てば子供達はどこかへ売られているか、死んでいるかもしれない。今助けなければならない。
 腰に差していた拳銃スミスアンドウェッソンを引き抜く。郵便配達夫が襲われる事件が相次ぎ、危険地域に限り、特例として拳銃が支給されるようになった。警察官が銃の携帯を認められていないのに、郵便配達夫が認められたことからも、この仕事の危険さがわかる。全郵便配達夫に配備される日も、遠くはないだろう。
 弾丸は六発。一発で一人やらねばならない。
 忍び足で小屋から離れ、盗賊達が仕掛けた鈴に別の紐を結びつけ、その先端を持って小屋の戸口が見えるように草むらに隠れる。
 頃合いを見て紐を引き、鈴を鳴らした。
 漏れ聞こえていた会話がやみ、すぐに盗賊達が飛び出してきた。まずは郵便鞄を奪い去った三人。そして四人目と五人目。最後に首領が姿を見せる。
 首領から撃つつもりだったが、他の者の陰に隠れて狙えない。仕方なく別の者から撃った。
 銃声が轟き、腹に穴が開いた一人が倒れる。
 事態を飲み込めていない盗賊達に向かってもう一発撃つ。弾丸が一人の頭を貫く。
 盗賊が二人、抜き身の短刀を振りかざして向かってきた。
 発射した銃弾が、一人の胸に命中し倒す。
さらに発砲し、もう一人の肩を弾くが、倒すには至らない。盗賊は苦痛のうめき声を上げ一瞬動きを止めたが、再びこちらへ襲いかかってきた。
焦らず狙いを定め、引き金をしぼる。一発弾を余計に使ってしまったが、四人目の盗賊を倒した。
首領は小屋の中に入ってしまって狙えない。
山道を下って逃げようとする男の背中を撃った。弾丸は命中し、男は前のめりに倒れ、坂道を転がり落ちる。
弾切れだ。予備の弾薬もない。
倒れた盗賊の短刀を拾い上げた。
小屋の中から盗賊の首領が抜き身の刀を構えて出てくる。
「もう弾切れだろう。残念だったな郵便脚夫」
 首領は駆け寄ってきて、素早く斬り込んでくる。
 どうにかかわして、短刀で反撃するが、かすりもしなかった。
 今度は突きが襲ってくる。ただの盗賊とは思えぬ鋭さだ。堕ちるところまで堕ちたが、明治に変わる前は、一端の剣士だったのかもしれない。時代の変化に取り残されたのだ。
 跳はたれてきた汗をぬぐい、再び短刀を構える。
 首領がにじり寄ってきたところへ、引くとみせかけて跳は懐に飛び込む。そのまま短刀で首を狙うが刀で防がれ、激しい金属音が鳴り響いた。
 鍔迫り合いになり、首領の圧力がのしかかってくる。上背もあり筋力も強い。まともにやりあって勝てる相手ではない。
 顔が近付いたのを見計らい、含み針を噴き出す。汗をぬぐう振りをして袖に隠しておいた含み針を口に入れたのだ。
 針は首領の目尻付近に刺さり、刀越しにかかっていた圧力が弱まる。
 跳は瞬時に身を屈め、前方は転がりながら首領の足を斬りつける。充分な手応えがあり、首領は地面へと崩れ落ちた。
 横倒しになった状態でもしぶとく刀を振るってくる首領だったが、手を斬りつけて刀を落とさせると、ようやく諦めがついておとなしくなる。
 跳は大の字になっている首領に語りかけた。
「別の道もあったのではないか?」
 諦観した笑みを浮かべ、首領は返してくる。
「薩長の逆賊に取り入るような俺様ではない」
 時代が変わってから大分経つのに、まだこんなことを言っているのか。
 首領は見下した表情で言葉を続ける。
「お前には別の道などはないのだろう。いつの時代も泥の中をはいずり回れ無足人」
 跳は短刀で首領の心臓を刺し貫く。そのまま立ち上がり、小屋へ入って、捕まっていた子供達に言葉をかけた。
「帰るぞ」

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