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第一章
七 切支丹の呪い
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跳の報告により、田満村に警察が駆けつけた。
警察が到着した頃、村人達は正気に戻っていた。死人はおらず、燃やされたのは実相寺のみだったが、軽い怪我人は多く、腹痛や手足の痛みを訴える者も多数いた。
事件は農民による一揆とみなされ、何人もの逮捕者が出た。
新聞でも記事になり、多くの国民が知ることになったが、その特異さには触れられなかった。
全国で頻発する一揆のうちの一件として終わるのかと思われたころ、事件は別の展開を迎えた。
田満村の住民達は、乍峰村の隠れ切支丹達に呪いをかけられ、異常な行動をしてしまったと訴え始めたのだ。
明治に変わってもキリスト教禁止令はなくなっていない。神道によって政治を行っていこうという祭政一致の方向へ進み始めてから、禁教令は締め付けを強くしている程だ。長崎では切支丹が弾圧され、殉教者も多数出していると聞く。
田満村の住人の証言に基づき乍峰村を調べると、キリスト教の証がたくさん出てきた。
事件は、過激な一揆を起こした者の処罰から、隠れ切支丹の裁きへと変容していった。
作峰村は、中央から派遣された警察や軍隊によって封鎖され、捕えられた村人達はキリスト教からの改宗と、呪いをかけたという自白を強要された。
村人には拷問も加えられたが、誰一人改宗も自白も行っていない。
跳はあの夜のことを思い返してみる。確かに呪いでもかけられたかのような異常な事態だった。だが、呪いなんて本当に存在するのだろうか。警察は、毒物を盛った可能性も考慮し、井戸や川の水を調べてみたが、特に異常はなかったそうだ。各戸別々に煮炊きしている。食事に毒物を混入するのは難しそうだ。
警察から事情を訊かれても、見たこと以上には話すことは出来ない。今は街中の寺に身を寄せている栄雲と庄屋家族も、自分達の身に何が起きたのか理解出来ないようだ。
跳は四日市街にある駅逓寮へと呼ばれた。
駅逓頭の部屋に入ると、前島密が執務机の向こうから声をかけてきた。
「留崎跳。今回は大変だったな」
かしこまって跳は頭を下げた。
前島は、前置きなしに本題を切り出す。
「今回の事件は、隠れ切支丹の悪事という扱いを受けているが、お前が見たところどうなんだ?」
少し考えてから、跳は答える。
「違うと思います」
前島はそれを聞いて驚く素振りもなく、浅くうなずいてから言った。
「違うと思う証拠はあるのか?」
跳は首を横に振る。
「そう思うだけじゃ、乍峰村の隠れ切支丹達は、全員処刑されるぞ」
散々人の死と向き合ってきた跳なのに、心の奥底に鈍い痛みが走った。
「前時代の攘夷思想を引きずった連中は、切支丹を皆殺しにしたがっている。だが、西洋諸国ときちんとした国交を結びたい者達は、キリスト教禁教令を廃止したいと思っている。処刑なんかしたら野蛮人とみなされ、不平等条約もそのままだ。辺鄙な村で起こった変な事件だが、日本の宗教における分水嶺になるかもしれない」
被害者と加害者、人の生き死にだけの問題ではなくなっているのだ。
「調べろ。せっかく変えたのだ。時代を逆行させるな」
明確に意思表示しているわけではないが、切支丹が断罪されることは望んでいない。
前島は内心を押し隠すように、厳しい口調で続ける。
「切支丹が有罪の証拠が出てきたら、隠すことはするな。厳正に対処するのだ」
求める結果ではなくとも、受けとめなければならない。
跳は深くうなずいた。
警察が到着した頃、村人達は正気に戻っていた。死人はおらず、燃やされたのは実相寺のみだったが、軽い怪我人は多く、腹痛や手足の痛みを訴える者も多数いた。
事件は農民による一揆とみなされ、何人もの逮捕者が出た。
新聞でも記事になり、多くの国民が知ることになったが、その特異さには触れられなかった。
全国で頻発する一揆のうちの一件として終わるのかと思われたころ、事件は別の展開を迎えた。
田満村の住民達は、乍峰村の隠れ切支丹達に呪いをかけられ、異常な行動をしてしまったと訴え始めたのだ。
明治に変わってもキリスト教禁止令はなくなっていない。神道によって政治を行っていこうという祭政一致の方向へ進み始めてから、禁教令は締め付けを強くしている程だ。長崎では切支丹が弾圧され、殉教者も多数出していると聞く。
田満村の住人の証言に基づき乍峰村を調べると、キリスト教の証がたくさん出てきた。
事件は、過激な一揆を起こした者の処罰から、隠れ切支丹の裁きへと変容していった。
作峰村は、中央から派遣された警察や軍隊によって封鎖され、捕えられた村人達はキリスト教からの改宗と、呪いをかけたという自白を強要された。
村人には拷問も加えられたが、誰一人改宗も自白も行っていない。
跳はあの夜のことを思い返してみる。確かに呪いでもかけられたかのような異常な事態だった。だが、呪いなんて本当に存在するのだろうか。警察は、毒物を盛った可能性も考慮し、井戸や川の水を調べてみたが、特に異常はなかったそうだ。各戸別々に煮炊きしている。食事に毒物を混入するのは難しそうだ。
警察から事情を訊かれても、見たこと以上には話すことは出来ない。今は街中の寺に身を寄せている栄雲と庄屋家族も、自分達の身に何が起きたのか理解出来ないようだ。
跳は四日市街にある駅逓寮へと呼ばれた。
駅逓頭の部屋に入ると、前島密が執務机の向こうから声をかけてきた。
「留崎跳。今回は大変だったな」
かしこまって跳は頭を下げた。
前島は、前置きなしに本題を切り出す。
「今回の事件は、隠れ切支丹の悪事という扱いを受けているが、お前が見たところどうなんだ?」
少し考えてから、跳は答える。
「違うと思います」
前島はそれを聞いて驚く素振りもなく、浅くうなずいてから言った。
「違うと思う証拠はあるのか?」
跳は首を横に振る。
「そう思うだけじゃ、乍峰村の隠れ切支丹達は、全員処刑されるぞ」
散々人の死と向き合ってきた跳なのに、心の奥底に鈍い痛みが走った。
「前時代の攘夷思想を引きずった連中は、切支丹を皆殺しにしたがっている。だが、西洋諸国ときちんとした国交を結びたい者達は、キリスト教禁教令を廃止したいと思っている。処刑なんかしたら野蛮人とみなされ、不平等条約もそのままだ。辺鄙な村で起こった変な事件だが、日本の宗教における分水嶺になるかもしれない」
被害者と加害者、人の生き死にだけの問題ではなくなっているのだ。
「調べろ。せっかく変えたのだ。時代を逆行させるな」
明確に意思表示しているわけではないが、切支丹が断罪されることは望んでいない。
前島は内心を押し隠すように、厳しい口調で続ける。
「切支丹が有罪の証拠が出てきたら、隠すことはするな。厳正に対処するのだ」
求める結果ではなくとも、受けとめなければならない。
跳は深くうなずいた。
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