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第二章 吸血鬼編
第51話 帰り道 ②
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近くで見ると、結構大きな川だった。
川幅は3メートルくらいだろうか。
川の水は綺麗に透き通っていて、川底が簡単に見通せる。
俺の膝下くらいの深さしかなさそうだ。
こんな綺麗な川を見るのは初めてかもしれない。
さすが異世界は環境汚染が進んでいないようだ。
実家の近くには、大きな川が流れていたが、川の水は濁り切っていて、物凄く臭かった。
きっと底にはヘドロが溜まっていただろう。
「……うう、水」
俺の背中で、シスターさんが川に向かって手を伸ばしている。
よっぽど喉が渇いているようだ。
シスターさんを川縁で降ろしてやると、物凄い勢いで水を飲み始めた。
とりあえず、シスターさんが川に落ちないように近くで見守っておく。
シスターさんはごくごくと、物凄く旨そうに川の水を飲んでいる。
なんか、俺も喉が渇いてきた。
そういえば、俺もしばらく水分を摂っていないのだ。
シスターさんの横に並んで、川の水を眺めてみる。
さらさらと流れる透明な水は物凄くおいしそうだ。
そういえば、こっちの世界に来てからはずっと水魔法で生成した水しか飲んでいない。
こっちの生水とかを飲んで大丈夫なのだろうか。
海外旅行をした時は、生水を飲んではいけないのが鉄則だ。
海外旅行なんてしたことないけど。
もっと言うと国内旅行だって大人になってからはしてないけど。
ちょっと怖かったが、もう魔法の使えない俺にはこっちの水を飲むしか選択肢はない。
覚悟を決めて、川の水を手に汲んでみる。
水は程よい具合に冷たくて、心地よかった。
そのまま、口に含んでみる。
「…………」
身震いするほど、水は旨かった。
ばしゃばしゃと何度も水を掬って口に運ぶ。
だんだんそれもめんどくさくなって、俺は川の中に顔をつけて、水をがぶ飲みした。
水魔法の水を無料ボル○ィックとか呼んで喜んでいたが、川の水はその何倍も旨かった。
なんというか透き通った味がする。
満足するまで、水を飲みまくった。
川面から顔を離して、一息ついていると横でシスターさんが俺を見つめていた。
川面に反射した光に照らされたシスターさんの顔は、水を飲んだ直後だからか、水滴が滴っている。
こうして改めて見てみると、シスターさんはかなりの美人だ。
栗色のくせっ毛に茶色い瞳、均整のとれた身体付き。
ルーナやセレナと出会っていなかったら、今ここで押し倒してしまっていたかもしれない。
「……あの、以前お会いしたご主人ですよね? 綺麗なエルフの奥様のいる、吸血鬼の味方をしてた」
俺はとりあえず、頷いておく。
シスターさんは俺を覚えていてくれたようだ。
確か以前、シスターさんはフィリスを倒そうとして、全く歯が立たなくて逃げていったのを覚えている。
俺はそのとき、フィリスを守ろうとして、このシスターさんと敵対していたのだ。
少し気まずい。
「……少し頭が混乱しています。身体もなんだかべたべたしますので、すみませんが少し水浴びをさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい。かまいませんよ」
昨日、シスターさんの身体は布で綺麗に拭いたつもりだったが、まだ足りなかったらしい。
というか、こんな綺麗な川があったら、水浴びしたくなる気持ちもわかる。
俺もちょっと入りたい。
風呂にもしばらく入っていないのだ。
「あの、服を脱ぐので、その……」
シスターさんは気まずそうに目線を泳がせている。
少し意味が分からなかったが、しばらく考えて気づいた。
そうか、俺に裸を見られたくないのか。
昨夜、さんざん素っ裸を見ていたせいで、全然気づかなかった。
というか、普通にごく当たり前の発想だった。
気づかない俺って結構やばいんじゃないだろうか。
ただ、さっきまで気絶するように眠っていたシスターさんから目を離して大丈夫だろうか。
しかも、川で水浴びするとか言っているのに。
幸い川底は浅いし、流れも穏やかだ。
でも、危なっかしい気はする。
いや、別にシスターさんを視姦したいとか言っているわけではなく。
「コウさま、わたしがついてますので安心してください」
メグがそう言ってくれるので任せることにした。
「何かあったら、大声で呼ぶんだぞ?」
「はい!」
メグは元気よく返事をする。
俺はそんなメグの頭をぽんぽんと撫でてから、川辺から離れた。
近くに大きな岩があったので、川から見えないように影になっている場所に腰を下ろした。
しばらく、空を見上げながら、雲がゆっくり流れていくのをボーっと見つめていた。
そして、ルーナのことを考える。
ルーナ、少しは良くなっただろうか。
俺を心配して、泣いていないだろうか。
そんなことを考えると、一刻も早く帰りたくなってきた。
そんな時、ふとルーナのHPが見れたことが気になった。
あれはなんだったんだろうか。
HPどころかステータスも見れた。
自分のステータス以外に他人のステータスも見れるのかと思っていたが、昨夜、衰弱するシスターさんのステータスを見ようと思っても見れなかった。
なんか条件があるのだろう。
シスターさんとルーナの違い。
俺への好感度?
そんなことを考えてから、何を己惚れているんだと恥ずかしくなった。
まあ、別に他人のステータスなんか見れなくても困らないけど。
戦う前に、相手のステータスが見れたら便利なのだろうけど。
以前、セレナと戦った際にステータスを見ることができていたら、絶対に戦う前に土下座していたはずだ。
たぶん、セレナのステータスは凄い事になっている気がする。
他にも、昨日のシスターさんのように相手がどのくらい弱っているか確かめたい時はあるかもしれないが、そんなのレアケースだ。
人助けなんてめったにしないだろうし。
こっちの世界で助けたい相手なんてルーナくらいしかいない。
そのルーナのステータスを見れるだけで十分だろう。
というか、ルーナのステータスを見て気づいたことがある。
あの女、名前がルーナじゃなかったのだ。
なんか物凄く長ったらしい名前だったので、正確には覚えていないが。
とにかく、ルーナという名前じゃなかったのは確かだ。
あの時は、それどころじゃなかったので、あんまり気にしなかったが、改めて考えてみると結構ショックだった。
俺のことを愛しているとか言ってたくせに本名を教えないとか、これいかに。
まあ、なにか理由があるのだろうし、あんまり詮索する気はないが。
ただ、少しへこむ。
そんなことを考えながら、しょんぼりしているとメグが迎えに来た。
「お待たせしました。コウさま」
メグの黒い髪は湿っていたので、一緒に水浴びしたのだろう。
気持ちよさそうで、うらやましかった。
メグと一緒に、川に戻ると、シスターさんは河原にある岩に腰かけていた。
シスターさんも髪を湿らせていた。
なんだかお風呂上りみたいで色っぽい。
シスターさんの表情はなんだか暗く、虚ろな目をしている。
それが少し気になった。
「……事情は、すべてその子に聞きました。この度は、助けて頂いたようで、本当にありがとうございました」
シスターさんは、岩から立ち上がると、深く頭を下げた。
どうでもいいけど、こっちの世界にも頭を下げる文化はあるらしい。
「いえ、気にしないでください」
「私、教会で退魔士をしております、ミレイ・オーゲルターと申します。この度のお礼はいかようにも」
シスターさんは、ミレイさんと言うらしい。
とりあえず、俺も頭を下げて自己紹介をしてみる。
「俺はコウといいます。アサギリ・コウです。いや、コウ・アサギリかな」
ミレイさんに合わせて、姓名を逆にしてみた。
こっちの世界では欧米のように、名前を先に名乗るらしい。
セレナなんかも名前から名乗っていた気がする。
苗字は忘れたが。
「コウさんとおっしゃるのですね。……あのコウさんは、なぜ私を助けてくれたのでしょうか? あの村で奥様と平和に暮らしていたはずでは?」
奥様とはルーナの事だろうか。
そういえば、シスターさんは俺とルーナを夫婦だと勘違いしていた。
事情を説明するのもめんどくさいので、あえて訂正はしないが。
「……つ、妻が山賊に傷つけられまして」
ルーナを妻と呼ぶのは、思いのほか恥ずかしかった。
思わず赤面してしまう。
めんどくさくても、訂正すべきだったと後悔した。
「そうでしたか。それはお気の毒に……」
ミレイさんは気まずそうに顔を伏せる。
そして、しばらくしてから、虚ろな目で俺を見つめた。
「……それで、私とあの子を、これからは奥様の代わりにするおつもりでしょうか?」
ルーナの代わりとはどういう意味だろうか。
ちょっとミレイさんの言っていることがわからない。
「あれほどお美しかった奥様の代わりを、私などが務められるとは思いませんが、山賊どもに犯され尽したこんな身でよろしければ、どうぞご自由になさってください」
そうして、ミレイさんはあきらめたように顔をそむける。
身体を自由にしていいと、こんな美人が言っている。
それなら、ちょっと失礼して、げへへ!
なんて言ってしまいそうになるが、ミレイさんは完全に勘違いしている。
別に犯そうと思って、ミレイさんを連れてきたわけではないのだ。
メグにしたって同じだ。
それなのに、メグまでが顔を赤らめながら、ミレイさんの隣にいそいそと並んで立ち始める。
「……いえ、お気持ちはうれしいですが、俺はそんなつもりはないです。つ、妻も無事ですし。ミレイさんにはこのまま帰っていただいて結構ですよ」
なんとか勘違いを正させようと思ったが、再びルーナを妻と呼ぶ羽目になって、顔が熱くなってしまう。
このままミレイさんと別れたら、二度と会いたくない。
この記憶は黒歴史として永遠にしまっておくのだ。
しかし、ミレイさんは顔を赤らめている俺を見て、再び何かを勘違いしたように、ふっと鼻で笑った。
「そんなに照れなくても結構ですよ。まだお若いからでしょうが、どうせ男なんて女を犯すことしか考えていないんだと、よくわかっていますから。もうこれ以上、軽蔑する事もないでしょう。だから、どうぞご自由に」
女を犯すことしか考えていないと言われれば、確かにその通りだと思う。
ただ、ミレイさんの物言いに少しムカッとした。
「……いえ、本当に結構ですから。先ほども言いましたが、どうぞお帰り下さい」
自分でも、驚くほど低い声が出た。
ミレイさんはそんな俺をじっと見つめている。
「そうですか。穢れきった女など抱きたくないという事ですか。……だったら、最初から私なんて助けなければいいのに」
なんかミレイさんとの会話が噛み合わない。
ミレイさんは忌々しそうに地面を見つめている。
俺は小さくため息をついた。
「……別にミレイさんを穢れているとか思ってませんから」
俺の言葉を聞いて、ミレイさんはキッとした目つきで俺を睨み付けた。
「ウソをつかないでください! きっと心の底では私のことを軽蔑しているんだわ」
うーん、メンヘラ。
こういうめんどくさい女とはなるべく関わりたくない。
「……ウソなんてついていないですよ」
一刻も早くこんな女無視して家に帰りたかったが、とりあえずボソボソとそんな事を言ってみた。
メグがただならぬ雰囲気におろおろしているのを見て、少し癒される。
「じゃあ、抱いてみなさいよ!」
ミレイさんがヒステリックに逆切れする。
なんか、俺もカチンときた。
そんなに抱いてほしければ抱いてやるよ。
俺は無言でミレイさんに近づいて、抱き寄せた。
ミレイさんは身を強張らせている。
「……ふ、ふん、やっぱり女を抱くことしか頭にないのね」
なんか必死に強がっているが、ミレイさんの身体は震えていた。
山賊に犯された時の事でも思い出しているのだろうか。
怖いなら、挑発しなきゃいいのに。
とりあえず、ミレイさんの唇に軽くキスをする。
「……え、口?」
いきなり押し倒されると思っていたのか、ミレイさんは戸惑っていた。
そのまま、ミレイさんの唇についばむようなキスを何度もする。
キスをするたびに、ミレイさんの身体の強張りが取れていくような感じがした。
ミレイさんの唇は柔らかくて、温かかった。
キスをするのも久しぶりなので、ちょっと熱中してしまう。
「あん、ちょっと、私の口は、そ、その、汚れて」
キスの合間に、ミレイさんがそんなことを言う。
一体、山賊たちに何をされたのだろうか。
そんなことを考えると、俺は萎えるどころか興奮してきた。
そして、俺はミレイさんの口の中に舌を入れた。
「むぅ!」
ミレイさんが驚いたような声を上げる。
山賊に汚されたはずのミレイさんの口内は、普通の女の味しかしない。
どこが汚いのか。
俺はそのままミレイさんの口の中を思うが儘に舌でかき回した。
ミレイさんがぎゅっと背中に手を回してきたので、俺もお返しに抱きしめる。
ミレイさんの柔らかい胸が俺の胸に押しつぶされる感触がする。
なかなか素敵な感触だ。
そのまましばらくミレイさんを味わい続けていると、ミレイさんが苦しそうに俺の背中をタップしてきたので、口を離した。
つい息継ぎをするのを忘れていた。
俺とミレイさんの口と口の間に混じり合った唾液がいやらしく糸を引いている。
とりあえず、ミレイさんの整った顔を見つめてみる。
すると、ミレイさんは恥ずかしそうに顔を反らせた。
「俺があなたを穢れているなんて思っていないって信じてくれましたか?」
ミレイさんは、無言でこくりと頷いてくれた。
「……続きしますか?」
「つ、続き?」
ミレイさんがポーっとした表情で、聞き返してくる。
俺の背中に回された手にわずかに力が込もる。
これはいける。
そう思ったが、さすがに外なのでやめておこうと思った。
横でメグが目を血走らせて見つめているし。
子供の情操教育的によろしくない気がする。
すでに手遅れっていう説もあるが。
ミレイさんを離してやってから、少し深呼吸をして心を落ち着かせる。
しばらくやってないので正気を保つのに苦労したが、吸血鬼たちに血を吸われた後に比べれば軽いものだ。
「すみません、少し調子に乗ってしまいました」
先に挑発してきたのはミレイさんだったが、こういう場合は男が謝るものだ。
ミレイさんは顔を真っ赤にして、うつむきながら胸元を直していた。
恥ずかしそうに太ももをもじもじさせている。
そういえば、どさくさに紛れておっぱいも揉んでおくんだったとちょっと後悔した。
「……ずいぶん、女の扱いに慣れているんですね。い、いやらしい」
ミレイさんは相変わらずとげとげしかったが、さっきに比べたら少し丸くなっている気がする。
「とりあえず、少し落ち着きましょうか」
俺は適当な石に腰を降ろした。
ミレイさんももじもじしながら、少し離れた石に座る。
メグが座る場所がなくて、きょろきょろしていたので、俺は腰をずらせて、メグが座れる場所を空けてやった。
メグは嬉しそうに俺の隣に座ってくる。
しばらくしてから、ミレイさんが口を開く。
「……さっきは少し感情的になっていました。すみません」
ミレイさんはずいぶん落ち着いたようだ。
それどころか、虚ろな瞳に生気が宿っているような気がする。
元気になったようで良かった。
「いや、俺のほうこそ急にキスしたりしてすみませんでした」
いや、ここはすみませんではなくて、ごちそうさまでしたと言うべきだろうか。
俺はそんな馬鹿なことを考えた。
「いえ、それは、その、気にしてませんから」
ミレイさんは少し顔を赤らめながらうつむく。
まあ、気にしていないならよかった。
さて、と思って立ち上がる。
「そろそろ帰りますね。ミレイさんもお気をつけて」
俺はメグを促して帰ろうとする。
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
しかし、ミレイさんに呼び止められてしまう。
まだ何かあるのだろうか。
家まで送れとか言われたらどうしよう。
そんなのめんどくさい。
「お、お気をつけてって……。わ、私も囲ってくれるのではないのですか?」
「囲う?」
ちょっと意味がわからなかったので、思わず聞き返してしまう。
「う、い、いえ、なんでもないですけど」
ごにょごにょとミレイさんは口ごもる。
よく要領を得ない。
「……この方も、わたしみたいにコウさまの家に置いてほしいみたいですよ?」
メグが呆れながらも、助け船を出していた。
「はあ。え、だってミレイさんはちゃんと帰る家があるんでしょう?」
「それは……あ、あるにはありますが」
ミレイさんは気まずそうにしている。
もしかして、さっきのキスで俺に惚れちゃったのだろうか。
いや、さすがにそれはないと思う。
本気で理解に苦しんでいると、ミレイさんはそんな俺の様を見て、小さくため息をついてから、口を開く。
「……吸血鬼狩りに失敗して、山賊に攫われて純血を失った私など、教会に居場所は残っていません。あそこにいていいのは、清らかな乙女だけですから。だから、私などが帰っても、白い目で見られるだけで……」
ミレイさんはぼそぼそと説明してくれるが、それでもいまいち納得できない。
要は処女を失ったので、帰れませんという事だろうか。
俺がクズだからかもしれないが、処女を大切にする意味が分からない。
めんどくさいだけだろうに。
というか。
「純血を失ったとか、黙っていればバレないんじゃないですか?」
「いえ、そういうことではなくて……もう、私には神聖魔法を使うことはできないのです」
「なぜ?」
「……なぜって、神聖魔法を使えるのは、清らかな乙女だけです。そんなのは当たり前の常識です」
ミレイさんは悔しそうな表情を浮かべている。
常識とか言っているが、本当にそんな常識があるのだろうか。
ふとメグを見てみると、メグもうんうん頷いていた。
本当に常識らしい。
ますます、理解できない。
処女膜から魔力を発しているのだろうか。
斬新すぎる設定だ。
「あれ、ということは男は神聖魔法は使えないんですか?」
「え? いえ、殿方にも神聖魔法を使える方はいますが……」
そうなるとますます理解できない。
「神聖魔法、本当に使えなくなっているか試してみました?」
「……いえ、試してはいませんが」
「じゃあ、ちょっとやってみてください」
「そんな、だって試さなくたって……」
ぶつぶつ言いながら、ミレイさんは両手に魔力を込めていく。
魔力はスムーズにミレイさんの両手に集中していっているように見えた。
「あ、あれ?」
ミレイさんの両手は白く輝いていた。
普通に発動しているっぽい。
もう魔法は使えない俺にとっては少しうらやましい。
「うわあ、わたし魔法ってはじめて見ました。キラキラしてきれいですね」
メグが感動したような声を上げていた。
「普通に使えているじゃないですか?」
「え? いえ、そうですけど。あれ? 教会の教えでは……」
「教会の教えが間違っていたんじゃないですか?」
処女じゃないと魔法を使えないとか、本気でキモイ。
処女厨なんてこの世から死滅すればいいのにと思う。
それとも神様が処女厨なのだろうか。
そんな神様いない気がするが。
俺の知っている神様は女だし。
「そんな、古くから伝わる教会の教えが、間違っているなんてことは……」
ミレイさんはおろおろと宗教パラドックスに陥っていた。
いつか機会があったらニーチェでも読んでみたらいい。
「まあ、なんでもいいじゃないですか。これで教会にも戻れるでしょうし。そんなわけでお元気で」
問題はあっさり解決したようなので、俺は踵を返す。
今度こそ家に帰ろう。
そろそろ本気でルーナが恋しくなってきたし。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ミレイさんがぎゅむっと俺の裾をつかむ。
なぜかミレイさんは必死だった。
なんかまだ用があるのだろうか。
「あ、あの、その、そうだ! コウさん、その手ですけど、ずっと気になってました」
ミレイさんが俺の手を指さす。
手には相変わらず赤い筋が浮いている。
この筋の事だろうか。
「そ、それってサーキットダメージですよね? 年配の生産魔法を使いすぎた職人さんとかによく起こる痛くて魔法が使えなくなる症状の」
この筋がそのサーキットなんとかかどうかはわからないが、確かに魔法は使えないので、頷いてみた。
「私ならサーキットダメージを治療できますよ?」
「え? マジで?」
思わずミレイさんにずいっと近寄ってしまう。
カンナさんは回復魔法では治せないと言っていた。
だが、確かに神聖魔法なら治せるかもとか言っていた気がする。
「ま、まじって? とにかく、サーキットダメージは神聖魔法のリフレッシュという魔法で治せます。何度か実際に治したことありますし」
ミレイさんがそんなことを言うので、俺はおもむろに服を脱いで、上半身をさらけ出した。
「こんな状態でも治せますか?」
俺の上半身はびっしり赤い筋で覆われていた。
本当にグロテスクで、他人に見せるのは少し勇気がいった。
メグが小さな悲鳴を上げているのが、心苦しい。
「うわ……。これは酷いですね。でも、何度かリフレッシュをかけていけばおそらく」
治せるらしい。
魔法がまた使えるようになるのだろうか。
え、すっごいテンション上がる。
「すみませんが、治してくれますか?」
本気でミレイさんにお願いしてみた。
今ならなんだってできる気がした。
金を払えと言われれば、山賊からパクってきた財宝を全部渡してもいい。
「治すのはかまいませんが、一つ条件があります」
ミレイさんはそう言って、コホンと咳ばらいをした。
そして、なぜか恥ずかしそうに目線を反らせる。
「コウさん、そ、その自分の気持ちに正直になってください」
「……はあ」
え、今のが条件?
ミレイさんは何を言っているのだろう。
俺ほど自分の欲望に忠実な男はそういないと思うが。
「…………」
「…………」
そのまま、俺とミレイさんの間に無言の時間が流れる。
ちらちらとミレイさんは俺の表情をうかがっている。
どうやら、今は俺のターンらしい。
ただ何を言えばいいのかわからない。
「ほ、ほら私に対して、我慢していることがあるんじゃないですか?」
「え? いや、早くこの赤い筋、治してくれないかなとは思っていますが……」
「それだけですか?」
「は、はあ」
ミレイさんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、プルプル震えだした。
「……い、今なら、どうしてもって言うなら」
ミレイさんがぼそぼそと話し出す。
「あなたの愛人になってあげてもいいって言ってるんです!」
そして、予想の斜め上の発言をする。
なぜそんなことになるのかわからない。
しかも、なぜか俺がミレイさんを愛人にしたがっているように聞こえる。
因果関係が崩壊している。
「い、いえ俺には妻がいますので」
愛人なんか作ったらルーナが泣くどころの騒ぎではない。
「わかっています。だから愛人でいいって言ってるじゃないですか! 妾でもなんでも結構です。とにかく、サーキットダメージを治して欲しかったら、私を愛人にしなさい!」
顔を真っ赤にしながら、ミレイさんはヒステリックに物凄い事を叫んでいる。
自ら望んで愛人になるとか言っているが、この人大丈夫だろうか。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください」
とりあえず、ミレイさんを落ち着かせようとするが、落ち着けと言われて、落ち着く人間はいないのだろう。
ミレイさんはますます顔を赤らめていく。
「もう落ち着いています! 奥さんに見つかるのが嫌なら、秘密にしてあげますから! だから、お願いですから、私を……」
ミレイさんはだんだん懇願するような声になっていく。
ただ、わからない。
なんでこんな全身に赤い筋を浮かび上がらせたキモイ男にそんな事を言うのだろうか。
しかも、会ったばかりだし。
「……なんでそんなに俺の愛人になりたいんですか?」
正直に聞いてみた。
するとミレイさんはぽろぽろと涙を流しだしたので、ギョッとした。
ミレイさんは、泣きながら悔しそうな表情を浮かべている。
そして、唸るように言った。
「……嫁入り前の女にあんなキスをしておいて、そのまま帰すなんて酷すぎます」
その言葉に、俺は天を振り仰ぐ。
なんかまた軽率な行動をとってしまったのだろうか。
いやいや、最後までしたわけじゃないんだし。
キスくらい笑って済ませられるレベルじゃないのだろうか。
めんご! めんご! で許してくれないだろうか。
「責任を取ってください!」
ミレイさんは覚悟を決めたように、俺を見つめる。
まあ、清らかな乙女とか言っちゃう人だ。
キスだけでも十分重い事なのかもしれない。
というか、それならミレイさんを犯した山賊が責任を取るべきではないのか。
いや、俺が皆殺しにしちゃったんだけど。
さて、どうしよう。
責任というと、日本でいうならば籍を入れて養っていくことを指す。
こっちの世界で、籍を入れるのは無理だろうが、養っていくのはできる気がする。
要は、衣食住を提供すればいいのだ。
家は魔法を使えるようになった俺が建ててあげて、食に関しても羊とかウサギとかを定期的に狩ってあげればいいのだ。
衣は、ルーナに頼んで作ってもらおう。
愛人に服を作ってくれとか言ったら、さすがにルーナもぶち切れるだろうから愛人はまずいと思うが。
「愛人というのは、さすがに難しいですけど、うちの近所に家を提供して、その他もろもろ面倒みるというのはどうですか?」
「……それを世間では愛人というのではないのですか?」
「いえ、エッチなことはなしでお願いします」
「は、はあ? いつだれがエッチなことをお願いしましたか? べ、べつに私だってそんなの望んでませんから!」
顔を真っ赤にして、ミレイさんが否定するので、少し安心した。
ルーナが切れるので、表向きはそういう事にしておくべきだ。
「……と、とにかく私を囲っていただけるという事ですね?」
「はあ。そうなりますね」
囲うの定義はよく分からないが、衣食住の面倒を見るという事だと理解した。
曖昧ながらも、そんな返事を返すと、ミレイさんは咳ばらいを一つして、俺に近づいてくる。
そして、俺にぎゅっと抱き付く。
「……それでは、これから末永くよろしくお願いしますね」
ミレイさんは俺のほうを見ずに、俺の胸に顔をうずめたままそんな事をつぶやいた。
ちょっと不穏な発言な気がするが、ミレイさんの身体が柔らかくて気持ちよかったので、とりあえず抱き返した。
セーフだよね?
これくらい欧米では当たり前だから。
ルーナもこれくらいなら怒らないはずだ。
たぶん。
「わ、わたしも、よろしくお願いします!」
メグが慌てたように、俺の背中にしがみついてくる。
美少女と美女のサンドイッチだ。
これぞ男の夢。
ただ、メグもそういうつもりで連れてきたわけじゃないから。
大丈夫だろうか。
帰ったら、ルーナがぶち切れる未来しか想像できなくなってきた。
いや、ただ俺には強力な免罪符がある。
俺はまだこの2人に手を出していないのだ。
ミレイさんにはチューしちゃったが、そんなの誤差の範囲だ。
大丈夫だ。
勝てる。
ルーナに浮気を疑われても、十分勝機はあるのだ。
カンナさんの時とは違う。
俺はそんな事を考えながら、家の方向をごくりと生唾を飲み込んで見つめた。
川幅は3メートルくらいだろうか。
川の水は綺麗に透き通っていて、川底が簡単に見通せる。
俺の膝下くらいの深さしかなさそうだ。
こんな綺麗な川を見るのは初めてかもしれない。
さすが異世界は環境汚染が進んでいないようだ。
実家の近くには、大きな川が流れていたが、川の水は濁り切っていて、物凄く臭かった。
きっと底にはヘドロが溜まっていただろう。
「……うう、水」
俺の背中で、シスターさんが川に向かって手を伸ばしている。
よっぽど喉が渇いているようだ。
シスターさんを川縁で降ろしてやると、物凄い勢いで水を飲み始めた。
とりあえず、シスターさんが川に落ちないように近くで見守っておく。
シスターさんはごくごくと、物凄く旨そうに川の水を飲んでいる。
なんか、俺も喉が渇いてきた。
そういえば、俺もしばらく水分を摂っていないのだ。
シスターさんの横に並んで、川の水を眺めてみる。
さらさらと流れる透明な水は物凄くおいしそうだ。
そういえば、こっちの世界に来てからはずっと水魔法で生成した水しか飲んでいない。
こっちの生水とかを飲んで大丈夫なのだろうか。
海外旅行をした時は、生水を飲んではいけないのが鉄則だ。
海外旅行なんてしたことないけど。
もっと言うと国内旅行だって大人になってからはしてないけど。
ちょっと怖かったが、もう魔法の使えない俺にはこっちの水を飲むしか選択肢はない。
覚悟を決めて、川の水を手に汲んでみる。
水は程よい具合に冷たくて、心地よかった。
そのまま、口に含んでみる。
「…………」
身震いするほど、水は旨かった。
ばしゃばしゃと何度も水を掬って口に運ぶ。
だんだんそれもめんどくさくなって、俺は川の中に顔をつけて、水をがぶ飲みした。
水魔法の水を無料ボル○ィックとか呼んで喜んでいたが、川の水はその何倍も旨かった。
なんというか透き通った味がする。
満足するまで、水を飲みまくった。
川面から顔を離して、一息ついていると横でシスターさんが俺を見つめていた。
川面に反射した光に照らされたシスターさんの顔は、水を飲んだ直後だからか、水滴が滴っている。
こうして改めて見てみると、シスターさんはかなりの美人だ。
栗色のくせっ毛に茶色い瞳、均整のとれた身体付き。
ルーナやセレナと出会っていなかったら、今ここで押し倒してしまっていたかもしれない。
「……あの、以前お会いしたご主人ですよね? 綺麗なエルフの奥様のいる、吸血鬼の味方をしてた」
俺はとりあえず、頷いておく。
シスターさんは俺を覚えていてくれたようだ。
確か以前、シスターさんはフィリスを倒そうとして、全く歯が立たなくて逃げていったのを覚えている。
俺はそのとき、フィリスを守ろうとして、このシスターさんと敵対していたのだ。
少し気まずい。
「……少し頭が混乱しています。身体もなんだかべたべたしますので、すみませんが少し水浴びをさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「はい。かまいませんよ」
昨日、シスターさんの身体は布で綺麗に拭いたつもりだったが、まだ足りなかったらしい。
というか、こんな綺麗な川があったら、水浴びしたくなる気持ちもわかる。
俺もちょっと入りたい。
風呂にもしばらく入っていないのだ。
「あの、服を脱ぐので、その……」
シスターさんは気まずそうに目線を泳がせている。
少し意味が分からなかったが、しばらく考えて気づいた。
そうか、俺に裸を見られたくないのか。
昨夜、さんざん素っ裸を見ていたせいで、全然気づかなかった。
というか、普通にごく当たり前の発想だった。
気づかない俺って結構やばいんじゃないだろうか。
ただ、さっきまで気絶するように眠っていたシスターさんから目を離して大丈夫だろうか。
しかも、川で水浴びするとか言っているのに。
幸い川底は浅いし、流れも穏やかだ。
でも、危なっかしい気はする。
いや、別にシスターさんを視姦したいとか言っているわけではなく。
「コウさま、わたしがついてますので安心してください」
メグがそう言ってくれるので任せることにした。
「何かあったら、大声で呼ぶんだぞ?」
「はい!」
メグは元気よく返事をする。
俺はそんなメグの頭をぽんぽんと撫でてから、川辺から離れた。
近くに大きな岩があったので、川から見えないように影になっている場所に腰を下ろした。
しばらく、空を見上げながら、雲がゆっくり流れていくのをボーっと見つめていた。
そして、ルーナのことを考える。
ルーナ、少しは良くなっただろうか。
俺を心配して、泣いていないだろうか。
そんなことを考えると、一刻も早く帰りたくなってきた。
そんな時、ふとルーナのHPが見れたことが気になった。
あれはなんだったんだろうか。
HPどころかステータスも見れた。
自分のステータス以外に他人のステータスも見れるのかと思っていたが、昨夜、衰弱するシスターさんのステータスを見ようと思っても見れなかった。
なんか条件があるのだろう。
シスターさんとルーナの違い。
俺への好感度?
そんなことを考えてから、何を己惚れているんだと恥ずかしくなった。
まあ、別に他人のステータスなんか見れなくても困らないけど。
戦う前に、相手のステータスが見れたら便利なのだろうけど。
以前、セレナと戦った際にステータスを見ることができていたら、絶対に戦う前に土下座していたはずだ。
たぶん、セレナのステータスは凄い事になっている気がする。
他にも、昨日のシスターさんのように相手がどのくらい弱っているか確かめたい時はあるかもしれないが、そんなのレアケースだ。
人助けなんてめったにしないだろうし。
こっちの世界で助けたい相手なんてルーナくらいしかいない。
そのルーナのステータスを見れるだけで十分だろう。
というか、ルーナのステータスを見て気づいたことがある。
あの女、名前がルーナじゃなかったのだ。
なんか物凄く長ったらしい名前だったので、正確には覚えていないが。
とにかく、ルーナという名前じゃなかったのは確かだ。
あの時は、それどころじゃなかったので、あんまり気にしなかったが、改めて考えてみると結構ショックだった。
俺のことを愛しているとか言ってたくせに本名を教えないとか、これいかに。
まあ、なにか理由があるのだろうし、あんまり詮索する気はないが。
ただ、少しへこむ。
そんなことを考えながら、しょんぼりしているとメグが迎えに来た。
「お待たせしました。コウさま」
メグの黒い髪は湿っていたので、一緒に水浴びしたのだろう。
気持ちよさそうで、うらやましかった。
メグと一緒に、川に戻ると、シスターさんは河原にある岩に腰かけていた。
シスターさんも髪を湿らせていた。
なんだかお風呂上りみたいで色っぽい。
シスターさんの表情はなんだか暗く、虚ろな目をしている。
それが少し気になった。
「……事情は、すべてその子に聞きました。この度は、助けて頂いたようで、本当にありがとうございました」
シスターさんは、岩から立ち上がると、深く頭を下げた。
どうでもいいけど、こっちの世界にも頭を下げる文化はあるらしい。
「いえ、気にしないでください」
「私、教会で退魔士をしております、ミレイ・オーゲルターと申します。この度のお礼はいかようにも」
シスターさんは、ミレイさんと言うらしい。
とりあえず、俺も頭を下げて自己紹介をしてみる。
「俺はコウといいます。アサギリ・コウです。いや、コウ・アサギリかな」
ミレイさんに合わせて、姓名を逆にしてみた。
こっちの世界では欧米のように、名前を先に名乗るらしい。
セレナなんかも名前から名乗っていた気がする。
苗字は忘れたが。
「コウさんとおっしゃるのですね。……あのコウさんは、なぜ私を助けてくれたのでしょうか? あの村で奥様と平和に暮らしていたはずでは?」
奥様とはルーナの事だろうか。
そういえば、シスターさんは俺とルーナを夫婦だと勘違いしていた。
事情を説明するのもめんどくさいので、あえて訂正はしないが。
「……つ、妻が山賊に傷つけられまして」
ルーナを妻と呼ぶのは、思いのほか恥ずかしかった。
思わず赤面してしまう。
めんどくさくても、訂正すべきだったと後悔した。
「そうでしたか。それはお気の毒に……」
ミレイさんは気まずそうに顔を伏せる。
そして、しばらくしてから、虚ろな目で俺を見つめた。
「……それで、私とあの子を、これからは奥様の代わりにするおつもりでしょうか?」
ルーナの代わりとはどういう意味だろうか。
ちょっとミレイさんの言っていることがわからない。
「あれほどお美しかった奥様の代わりを、私などが務められるとは思いませんが、山賊どもに犯され尽したこんな身でよろしければ、どうぞご自由になさってください」
そうして、ミレイさんはあきらめたように顔をそむける。
身体を自由にしていいと、こんな美人が言っている。
それなら、ちょっと失礼して、げへへ!
なんて言ってしまいそうになるが、ミレイさんは完全に勘違いしている。
別に犯そうと思って、ミレイさんを連れてきたわけではないのだ。
メグにしたって同じだ。
それなのに、メグまでが顔を赤らめながら、ミレイさんの隣にいそいそと並んで立ち始める。
「……いえ、お気持ちはうれしいですが、俺はそんなつもりはないです。つ、妻も無事ですし。ミレイさんにはこのまま帰っていただいて結構ですよ」
なんとか勘違いを正させようと思ったが、再びルーナを妻と呼ぶ羽目になって、顔が熱くなってしまう。
このままミレイさんと別れたら、二度と会いたくない。
この記憶は黒歴史として永遠にしまっておくのだ。
しかし、ミレイさんは顔を赤らめている俺を見て、再び何かを勘違いしたように、ふっと鼻で笑った。
「そんなに照れなくても結構ですよ。まだお若いからでしょうが、どうせ男なんて女を犯すことしか考えていないんだと、よくわかっていますから。もうこれ以上、軽蔑する事もないでしょう。だから、どうぞご自由に」
女を犯すことしか考えていないと言われれば、確かにその通りだと思う。
ただ、ミレイさんの物言いに少しムカッとした。
「……いえ、本当に結構ですから。先ほども言いましたが、どうぞお帰り下さい」
自分でも、驚くほど低い声が出た。
ミレイさんはそんな俺をじっと見つめている。
「そうですか。穢れきった女など抱きたくないという事ですか。……だったら、最初から私なんて助けなければいいのに」
なんかミレイさんとの会話が噛み合わない。
ミレイさんは忌々しそうに地面を見つめている。
俺は小さくため息をついた。
「……別にミレイさんを穢れているとか思ってませんから」
俺の言葉を聞いて、ミレイさんはキッとした目つきで俺を睨み付けた。
「ウソをつかないでください! きっと心の底では私のことを軽蔑しているんだわ」
うーん、メンヘラ。
こういうめんどくさい女とはなるべく関わりたくない。
「……ウソなんてついていないですよ」
一刻も早くこんな女無視して家に帰りたかったが、とりあえずボソボソとそんな事を言ってみた。
メグがただならぬ雰囲気におろおろしているのを見て、少し癒される。
「じゃあ、抱いてみなさいよ!」
ミレイさんがヒステリックに逆切れする。
なんか、俺もカチンときた。
そんなに抱いてほしければ抱いてやるよ。
俺は無言でミレイさんに近づいて、抱き寄せた。
ミレイさんは身を強張らせている。
「……ふ、ふん、やっぱり女を抱くことしか頭にないのね」
なんか必死に強がっているが、ミレイさんの身体は震えていた。
山賊に犯された時の事でも思い出しているのだろうか。
怖いなら、挑発しなきゃいいのに。
とりあえず、ミレイさんの唇に軽くキスをする。
「……え、口?」
いきなり押し倒されると思っていたのか、ミレイさんは戸惑っていた。
そのまま、ミレイさんの唇についばむようなキスを何度もする。
キスをするたびに、ミレイさんの身体の強張りが取れていくような感じがした。
ミレイさんの唇は柔らかくて、温かかった。
キスをするのも久しぶりなので、ちょっと熱中してしまう。
「あん、ちょっと、私の口は、そ、その、汚れて」
キスの合間に、ミレイさんがそんなことを言う。
一体、山賊たちに何をされたのだろうか。
そんなことを考えると、俺は萎えるどころか興奮してきた。
そして、俺はミレイさんの口の中に舌を入れた。
「むぅ!」
ミレイさんが驚いたような声を上げる。
山賊に汚されたはずのミレイさんの口内は、普通の女の味しかしない。
どこが汚いのか。
俺はそのままミレイさんの口の中を思うが儘に舌でかき回した。
ミレイさんがぎゅっと背中に手を回してきたので、俺もお返しに抱きしめる。
ミレイさんの柔らかい胸が俺の胸に押しつぶされる感触がする。
なかなか素敵な感触だ。
そのまましばらくミレイさんを味わい続けていると、ミレイさんが苦しそうに俺の背中をタップしてきたので、口を離した。
つい息継ぎをするのを忘れていた。
俺とミレイさんの口と口の間に混じり合った唾液がいやらしく糸を引いている。
とりあえず、ミレイさんの整った顔を見つめてみる。
すると、ミレイさんは恥ずかしそうに顔を反らせた。
「俺があなたを穢れているなんて思っていないって信じてくれましたか?」
ミレイさんは、無言でこくりと頷いてくれた。
「……続きしますか?」
「つ、続き?」
ミレイさんがポーっとした表情で、聞き返してくる。
俺の背中に回された手にわずかに力が込もる。
これはいける。
そう思ったが、さすがに外なのでやめておこうと思った。
横でメグが目を血走らせて見つめているし。
子供の情操教育的によろしくない気がする。
すでに手遅れっていう説もあるが。
ミレイさんを離してやってから、少し深呼吸をして心を落ち着かせる。
しばらくやってないので正気を保つのに苦労したが、吸血鬼たちに血を吸われた後に比べれば軽いものだ。
「すみません、少し調子に乗ってしまいました」
先に挑発してきたのはミレイさんだったが、こういう場合は男が謝るものだ。
ミレイさんは顔を真っ赤にして、うつむきながら胸元を直していた。
恥ずかしそうに太ももをもじもじさせている。
そういえば、どさくさに紛れておっぱいも揉んでおくんだったとちょっと後悔した。
「……ずいぶん、女の扱いに慣れているんですね。い、いやらしい」
ミレイさんは相変わらずとげとげしかったが、さっきに比べたら少し丸くなっている気がする。
「とりあえず、少し落ち着きましょうか」
俺は適当な石に腰を降ろした。
ミレイさんももじもじしながら、少し離れた石に座る。
メグが座る場所がなくて、きょろきょろしていたので、俺は腰をずらせて、メグが座れる場所を空けてやった。
メグは嬉しそうに俺の隣に座ってくる。
しばらくしてから、ミレイさんが口を開く。
「……さっきは少し感情的になっていました。すみません」
ミレイさんはずいぶん落ち着いたようだ。
それどころか、虚ろな瞳に生気が宿っているような気がする。
元気になったようで良かった。
「いや、俺のほうこそ急にキスしたりしてすみませんでした」
いや、ここはすみませんではなくて、ごちそうさまでしたと言うべきだろうか。
俺はそんな馬鹿なことを考えた。
「いえ、それは、その、気にしてませんから」
ミレイさんは少し顔を赤らめながらうつむく。
まあ、気にしていないならよかった。
さて、と思って立ち上がる。
「そろそろ帰りますね。ミレイさんもお気をつけて」
俺はメグを促して帰ろうとする。
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
しかし、ミレイさんに呼び止められてしまう。
まだ何かあるのだろうか。
家まで送れとか言われたらどうしよう。
そんなのめんどくさい。
「お、お気をつけてって……。わ、私も囲ってくれるのではないのですか?」
「囲う?」
ちょっと意味がわからなかったので、思わず聞き返してしまう。
「う、い、いえ、なんでもないですけど」
ごにょごにょとミレイさんは口ごもる。
よく要領を得ない。
「……この方も、わたしみたいにコウさまの家に置いてほしいみたいですよ?」
メグが呆れながらも、助け船を出していた。
「はあ。え、だってミレイさんはちゃんと帰る家があるんでしょう?」
「それは……あ、あるにはありますが」
ミレイさんは気まずそうにしている。
もしかして、さっきのキスで俺に惚れちゃったのだろうか。
いや、さすがにそれはないと思う。
本気で理解に苦しんでいると、ミレイさんはそんな俺の様を見て、小さくため息をついてから、口を開く。
「……吸血鬼狩りに失敗して、山賊に攫われて純血を失った私など、教会に居場所は残っていません。あそこにいていいのは、清らかな乙女だけですから。だから、私などが帰っても、白い目で見られるだけで……」
ミレイさんはぼそぼそと説明してくれるが、それでもいまいち納得できない。
要は処女を失ったので、帰れませんという事だろうか。
俺がクズだからかもしれないが、処女を大切にする意味が分からない。
めんどくさいだけだろうに。
というか。
「純血を失ったとか、黙っていればバレないんじゃないですか?」
「いえ、そういうことではなくて……もう、私には神聖魔法を使うことはできないのです」
「なぜ?」
「……なぜって、神聖魔法を使えるのは、清らかな乙女だけです。そんなのは当たり前の常識です」
ミレイさんは悔しそうな表情を浮かべている。
常識とか言っているが、本当にそんな常識があるのだろうか。
ふとメグを見てみると、メグもうんうん頷いていた。
本当に常識らしい。
ますます、理解できない。
処女膜から魔力を発しているのだろうか。
斬新すぎる設定だ。
「あれ、ということは男は神聖魔法は使えないんですか?」
「え? いえ、殿方にも神聖魔法を使える方はいますが……」
そうなるとますます理解できない。
「神聖魔法、本当に使えなくなっているか試してみました?」
「……いえ、試してはいませんが」
「じゃあ、ちょっとやってみてください」
「そんな、だって試さなくたって……」
ぶつぶつ言いながら、ミレイさんは両手に魔力を込めていく。
魔力はスムーズにミレイさんの両手に集中していっているように見えた。
「あ、あれ?」
ミレイさんの両手は白く輝いていた。
普通に発動しているっぽい。
もう魔法は使えない俺にとっては少しうらやましい。
「うわあ、わたし魔法ってはじめて見ました。キラキラしてきれいですね」
メグが感動したような声を上げていた。
「普通に使えているじゃないですか?」
「え? いえ、そうですけど。あれ? 教会の教えでは……」
「教会の教えが間違っていたんじゃないですか?」
処女じゃないと魔法を使えないとか、本気でキモイ。
処女厨なんてこの世から死滅すればいいのにと思う。
それとも神様が処女厨なのだろうか。
そんな神様いない気がするが。
俺の知っている神様は女だし。
「そんな、古くから伝わる教会の教えが、間違っているなんてことは……」
ミレイさんはおろおろと宗教パラドックスに陥っていた。
いつか機会があったらニーチェでも読んでみたらいい。
「まあ、なんでもいいじゃないですか。これで教会にも戻れるでしょうし。そんなわけでお元気で」
問題はあっさり解決したようなので、俺は踵を返す。
今度こそ家に帰ろう。
そろそろ本気でルーナが恋しくなってきたし。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ミレイさんがぎゅむっと俺の裾をつかむ。
なぜかミレイさんは必死だった。
なんかまだ用があるのだろうか。
「あ、あの、その、そうだ! コウさん、その手ですけど、ずっと気になってました」
ミレイさんが俺の手を指さす。
手には相変わらず赤い筋が浮いている。
この筋の事だろうか。
「そ、それってサーキットダメージですよね? 年配の生産魔法を使いすぎた職人さんとかによく起こる痛くて魔法が使えなくなる症状の」
この筋がそのサーキットなんとかかどうかはわからないが、確かに魔法は使えないので、頷いてみた。
「私ならサーキットダメージを治療できますよ?」
「え? マジで?」
思わずミレイさんにずいっと近寄ってしまう。
カンナさんは回復魔法では治せないと言っていた。
だが、確かに神聖魔法なら治せるかもとか言っていた気がする。
「ま、まじって? とにかく、サーキットダメージは神聖魔法のリフレッシュという魔法で治せます。何度か実際に治したことありますし」
ミレイさんがそんなことを言うので、俺はおもむろに服を脱いで、上半身をさらけ出した。
「こんな状態でも治せますか?」
俺の上半身はびっしり赤い筋で覆われていた。
本当にグロテスクで、他人に見せるのは少し勇気がいった。
メグが小さな悲鳴を上げているのが、心苦しい。
「うわ……。これは酷いですね。でも、何度かリフレッシュをかけていけばおそらく」
治せるらしい。
魔法がまた使えるようになるのだろうか。
え、すっごいテンション上がる。
「すみませんが、治してくれますか?」
本気でミレイさんにお願いしてみた。
今ならなんだってできる気がした。
金を払えと言われれば、山賊からパクってきた財宝を全部渡してもいい。
「治すのはかまいませんが、一つ条件があります」
ミレイさんはそう言って、コホンと咳ばらいをした。
そして、なぜか恥ずかしそうに目線を反らせる。
「コウさん、そ、その自分の気持ちに正直になってください」
「……はあ」
え、今のが条件?
ミレイさんは何を言っているのだろう。
俺ほど自分の欲望に忠実な男はそういないと思うが。
「…………」
「…………」
そのまま、俺とミレイさんの間に無言の時間が流れる。
ちらちらとミレイさんは俺の表情をうかがっている。
どうやら、今は俺のターンらしい。
ただ何を言えばいいのかわからない。
「ほ、ほら私に対して、我慢していることがあるんじゃないですか?」
「え? いや、早くこの赤い筋、治してくれないかなとは思っていますが……」
「それだけですか?」
「は、はあ」
ミレイさんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、プルプル震えだした。
「……い、今なら、どうしてもって言うなら」
ミレイさんがぼそぼそと話し出す。
「あなたの愛人になってあげてもいいって言ってるんです!」
そして、予想の斜め上の発言をする。
なぜそんなことになるのかわからない。
しかも、なぜか俺がミレイさんを愛人にしたがっているように聞こえる。
因果関係が崩壊している。
「い、いえ俺には妻がいますので」
愛人なんか作ったらルーナが泣くどころの騒ぎではない。
「わかっています。だから愛人でいいって言ってるじゃないですか! 妾でもなんでも結構です。とにかく、サーキットダメージを治して欲しかったら、私を愛人にしなさい!」
顔を真っ赤にしながら、ミレイさんはヒステリックに物凄い事を叫んでいる。
自ら望んで愛人になるとか言っているが、この人大丈夫だろうか。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください」
とりあえず、ミレイさんを落ち着かせようとするが、落ち着けと言われて、落ち着く人間はいないのだろう。
ミレイさんはますます顔を赤らめていく。
「もう落ち着いています! 奥さんに見つかるのが嫌なら、秘密にしてあげますから! だから、お願いですから、私を……」
ミレイさんはだんだん懇願するような声になっていく。
ただ、わからない。
なんでこんな全身に赤い筋を浮かび上がらせたキモイ男にそんな事を言うのだろうか。
しかも、会ったばかりだし。
「……なんでそんなに俺の愛人になりたいんですか?」
正直に聞いてみた。
するとミレイさんはぽろぽろと涙を流しだしたので、ギョッとした。
ミレイさんは、泣きながら悔しそうな表情を浮かべている。
そして、唸るように言った。
「……嫁入り前の女にあんなキスをしておいて、そのまま帰すなんて酷すぎます」
その言葉に、俺は天を振り仰ぐ。
なんかまた軽率な行動をとってしまったのだろうか。
いやいや、最後までしたわけじゃないんだし。
キスくらい笑って済ませられるレベルじゃないのだろうか。
めんご! めんご! で許してくれないだろうか。
「責任を取ってください!」
ミレイさんは覚悟を決めたように、俺を見つめる。
まあ、清らかな乙女とか言っちゃう人だ。
キスだけでも十分重い事なのかもしれない。
というか、それならミレイさんを犯した山賊が責任を取るべきではないのか。
いや、俺が皆殺しにしちゃったんだけど。
さて、どうしよう。
責任というと、日本でいうならば籍を入れて養っていくことを指す。
こっちの世界で、籍を入れるのは無理だろうが、養っていくのはできる気がする。
要は、衣食住を提供すればいいのだ。
家は魔法を使えるようになった俺が建ててあげて、食に関しても羊とかウサギとかを定期的に狩ってあげればいいのだ。
衣は、ルーナに頼んで作ってもらおう。
愛人に服を作ってくれとか言ったら、さすがにルーナもぶち切れるだろうから愛人はまずいと思うが。
「愛人というのは、さすがに難しいですけど、うちの近所に家を提供して、その他もろもろ面倒みるというのはどうですか?」
「……それを世間では愛人というのではないのですか?」
「いえ、エッチなことはなしでお願いします」
「は、はあ? いつだれがエッチなことをお願いしましたか? べ、べつに私だってそんなの望んでませんから!」
顔を真っ赤にして、ミレイさんが否定するので、少し安心した。
ルーナが切れるので、表向きはそういう事にしておくべきだ。
「……と、とにかく私を囲っていただけるという事ですね?」
「はあ。そうなりますね」
囲うの定義はよく分からないが、衣食住の面倒を見るという事だと理解した。
曖昧ながらも、そんな返事を返すと、ミレイさんは咳ばらいを一つして、俺に近づいてくる。
そして、俺にぎゅっと抱き付く。
「……それでは、これから末永くよろしくお願いしますね」
ミレイさんは俺のほうを見ずに、俺の胸に顔をうずめたままそんな事をつぶやいた。
ちょっと不穏な発言な気がするが、ミレイさんの身体が柔らかくて気持ちよかったので、とりあえず抱き返した。
セーフだよね?
これくらい欧米では当たり前だから。
ルーナもこれくらいなら怒らないはずだ。
たぶん。
「わ、わたしも、よろしくお願いします!」
メグが慌てたように、俺の背中にしがみついてくる。
美少女と美女のサンドイッチだ。
これぞ男の夢。
ただ、メグもそういうつもりで連れてきたわけじゃないから。
大丈夫だろうか。
帰ったら、ルーナがぶち切れる未来しか想像できなくなってきた。
いや、ただ俺には強力な免罪符がある。
俺はまだこの2人に手を出していないのだ。
ミレイさんにはチューしちゃったが、そんなの誤差の範囲だ。
大丈夫だ。
勝てる。
ルーナに浮気を疑われても、十分勝機はあるのだ。
カンナさんの時とは違う。
俺はそんな事を考えながら、家の方向をごくりと生唾を飲み込んで見つめた。
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