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「負けた奴は鎌谷かまたにに告白な!」

 その一言でおれの機嫌は最底辺まで落ちた。思わず舌打ちをかますと、発言者の木ノ重このえは目に見えてオロオロしだした。てめえの発言に自信ねえなら喋んな。
 鎌谷は背が小さくて眼鏡をかけた女生徒だ。大人しいグループの女子とつるんでるのをよく見かける。
 第三者を勝手に巻き込む罰ゲームも、彼女を選んだ理由にも腹が立つ。

「お前その悪ふざけは一瞬で女子全員から嫌われるからな」
「ま、マジで? じゃあ別の罰ゲームにする……」

 親切に現実を悪友に教えてやる。
 木ノ重は悪い奴じゃないんだけど、調子に乗るとすぐ周りが見えなくなるんだ。あと自己中。悪い奴じゃないんだけど。
 というか別に普通に奢りとか荷物持ちじゃダメなん?と呆れながら問うも、何故か他の友人達にも却下された。その程度じゃ罰にならんのだと。全員今すぐ鎌谷に土下座しろ。だからモテねえんだよ。

「女子がダメなら野郎に告白でよくなーい?」

 昼休みが始まってからずっとおれの背中にのしかかっているにれが底意地の悪そうな声で提案した。
 いやそうはならんだろ。男子でも女子でも確実に無関係の被害者が1人出るじゃねえか。

「男女どうこうじゃねーでしょ、却下」
「却下の却下! さっきから何なんクロー、萎えるんだけど」
「もう他に思いつかないしそれでよくね? 定番じゃん」

 クローとはおれの事だ。清白九郎すずしろくろう。「く」にアクセントのはずなんだけど、楡が呼ぶと「ろ」にアクセントがついてちょっと厨二臭くなる。
 こういう話には基本流される吾妻あづまが締めると、おれが異を唱える隙間は無くなってしまう。あとは何を言っても聞きゃしない。

 進級してから何となくつるむ感じになった四人組だけど、見事にストッパーが居ないのだ。
 脳筋の木ノ重忠彦このえただひこにニヒリストの楡航にれわたる、毒にも薬にもならない吾妻秀介あづましゅうすけ。あとおれ。
 普通に遊ぶ分には何事も全力で挑み楽しめる良い友人ではあるんだ。たまにこういう悪い方向に進むのが玉に瑕なだけで。
 毅然とした態度で叱ればいいと思うなかれ、同い年の学生を正論で否定するのはリスクが高すぎるのだ。
 成人に満たない子どもがクラス内の複数から敵とみなされる恐ろしさは、教室という小さい村にしがみつくおれらにしか理解できないのだという事を、おれは小学時代に身をもって知ったもんだ。
 残りの高校生活を嫌われて生きる覚悟決めるほど鋼メンタルになりきれないおれは、この辺りで折れることしか出来なかった。ごめんよ名も知らぬ被害者くん。

「もーわかったよ、終わったら全員で謝るからな。何回勝負?」
「よっしゃ、時間ねーから1回勝負で総当り戦な!」

 おれは腹を括った。
 告白の対象が誰であれ、こいつらを止められなかった責任はきちんと取る。
 被害者になるであろう男子が最も傷付かないように告白するにはどうすればいいか考えつつ、携帯ゲームの電源を入れた。






 結果は思惑通りおれの最下位で終わった。
 そりゃ手ぇ抜けばいいだけだから当然だ。
「クロやん毎回なんでそんな弱いの……」と木ノ重が呆れた顔しているが、わざとだから。わざとだから!
 吾妻は途中で気付いたっぽくて少し申し訳ない顔をしていたが、恐らく楡はおれが負けるの前提で罰ゲームの提案をしたまである。そういう顔をしている。いやらしーニヤケ顔ばっか上手になりやがって。

「で、誰に告ればいいわけ?」
留目とどめとかどう? ワンチャンOKくれそう」

 腹立つ視線を寄越す楡にジト目を返しながら尋ねると、ゲーム中に決めたのか迷いなく一人の生徒の名前があがる。
 選定の理由に吐き気がしそうだ。OK貰えそうなとこ狙ったらそれこそおれらは大層な加害者になるぞ。

 留目奈留とどめなるという男子生徒は、端的に言うなら鎌谷と同じタイプだ。
 背がヒョロリと長く天パの黒髪を持て余して、髪と服装さえ合わせれば結構オシャレになりそうなウェリントン型の黒縁眼鏡を掛けている。
 タッパ良さそうだから運動したら映えそうだけど、本人は体育全然ダメっぽい。確か50m走でただ一人10秒台だった気がする。逆にすごい。
  勉強ができるかどうかは知らん。うちの学校は成績貼り出されないからね。
 ただ何となく、いつもこっそりイヤホン着けてるなー授業聞いてねえんじゃねーかなーってくらいの印象。
 それくらいしか知らない。
 放課後になったらその、よく知らない奴に告白する訳だおれは。
 でも対策はもう練った。なるべく留目に負担をかけない立ち回りを脳内で何度も再生する。
 任せろ留目、巻き込んだ分おれが何とかするからな。





 待ち遠しいような憂鬱なような放課後が来てしまった。
 何でか知らんが妙にノリノリの楡が留目を屋上に呼び出す間に、緊張したからなどと尤もらしい嘘吐いてトイレに籠り、水性ペンを取り出す。
 右手にしようかと思ったけど断念した。おれは右利きだ。
 左の手のひらにヘロヘロな文字を書いて、準備完了。
 あとは堂々と屋上に乗り込むだけだ。

 果たして留目は屋上の奥の方、フェンスの網目からぼんやり校庭を眺めていた。
 いい位置だ。アホ三人組がこっそり見張る階段から遠い。大声出さない限り会話は聞こえないだろう。
 彼はこちらに気付くと、警戒するように肩を竦めた。
 まあわかる、文学少年ぽい奴が急にチャラ男に声掛けられたら悪い想像しかできねえよな。

「留目、来てくれてありがとー。 呼び出したのおれです、同じクラスの清白」
「………………すか……」

 やべえ何も聞こえん。遠さ関係なく留目の声は吹けば飛ぶ音量だった。
 もう2、3歩近付く。めいっぱい手を伸ばしたら肩が掴める距離まで来た。
 多分なにか……用事を訊いてる感じだろう。さっさと要件を終わらせよう。

「えと、おれ留目のこと好きなんで付き合ってください!」

 そう言って元気に左手を差し出す。
 留目は心底不快ですと言わんばかりに眉を顰めたあと、視線を左手に運んで僅かに目を見開いた。

『ごめん
 ばつゲーム
 ことわって』

 おれの作戦は至極シンプルなものだった。
 先にこの茶番を留目に知らせる。これだけ。
 左手に書いた不格好な文字で事前に断りやすい環境を作るのだ。
 嫌な気分にはさせるだろうけど、これが考えた中で一番穏便にいきそうな方法だった。

 留目はおれの顔と左手を交互に見比べたあと、俯いて何かしら考え始めてしまった。
 あ、あれ、もしかしてちゃんと読めなかった? 確かに字きったねえけど。伝わらなかったなら直接言うしかない。

「あの、留目?」
「…………ぃよ」
「え何、なんて?」

 近付いても聞こえない。
 もう一歩傍に寄った瞬間に、制服のネクタイを思い切り引っ張られる。
 ぎょっとして留目の表情を窺うと、何と言うかゴミでも見るような目をしていた。

「良いよって言ってんの」
「…………は、え? 良いの?」
「何その顔、アンタが付き合えって言ったんだろ」
「あ、の、手のひら、読んでくれた?」
「読んだけどそれが何」

 おれは自分の顔がどうなってるかわからなかったが、相当困惑していた。
 え、付き合うの? この流れで? 罰ゲームって気付いたんだよな? ええ?
 思わず絶句しているおれに盛大な溜息を吹きかけると、留目は掴んだままのネクタイを無理矢理引っ張ってくる。待って苦しい、洒落にならない。

「で、付き合って何したいの? 一緒に帰ればいいわけ?」
「……えっと、じゃあ、一緒に帰るかなあ」

 何とかそれだけ返事すると、意外と力のあるノッポくんはリードのようにネクタイを引いたまま階段に向かっていく。
 これ以上締まったら泡吹きそうと思い慌てて首元に指を突っ込んで隙間を作りながら、全く振り返らない留目に着いて行く。
 階段に繋がるドアの向こうからドタドタと間抜けな音が聞こえた。アイツらは急いでトンズラを決めるつもりだろう。全員で誠心誠意謝ろう作戦は無理そうだ。薄情者どもめ。

 首を引っ張られて前かがみになりながら階段を降り、下駄箱まで行ってやっと開放された。
 帰宅部は大体帰り、部活は真っ最中の時間帯だ。周りには誰も居ない。
 ケホケホと噎せるおれと目線を合わせるように屈んだ留目は、嘲るような笑みを浮かべていた。

「イケメンの癖に罰ゲームでこんなのと付き合う羽目になってどんな気分?」

 めちゃめちゃ怒っていらっしゃる。
 いやそらそうよ、こんな馬鹿どもに馬鹿にされるなんて不愉快以外の何物でもないわ。
 小さいと思っていた声は、耳元で聞かされるとベース乗りまくったスピーカーみたいな重低音で鼓膜を振動させて、そのハスキーな音色をおれの体内に捩じ込んでくる。いい武器持ってんなこいつ。

 でもまあ、留目の言いたいことは概ね分かった。
 つまり彼は、やらかした落とし前をつけさせる為に、わざわざ好きでもないおれと付き合って反省の機会をくれたって訳だ。多分。推測だけど。

 それならおれのやるべき事は決まった。
 留目が別れると言うまで、自分の言動に責任を取り続けるだけだ。
 任せろ留目、唯一無二の彼氏となって全力で尽くしてみせるぞ。

「おれ人と付き合うの初めてなんだけど、大体何日目くらいでチューとかするん?」
「…………アンタ何言ってんの……?」

 あれ、間違えた?






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