醜く美しいものたちはただの女の傍でこそ憩う

ふぁんたず

文字の大きさ
10 / 97
第一章 認めたくないが、異世界です

10.あなたたちは、イケメンです

しおりを挟む
「このあたりで、いったん私たちは誤解――というか、認識の違いを確認すべきだと思うんです」

 はらはらと涙を落とす月花ユエホワの頭を撫でてあげたくなるが、いったん我慢する。
 何が引き金になるかわからないのだ。それでさらに号泣されても困る。

 この四人の中でまとめ役っぽいのは阿止里あとりさんだ。

「誤解……?」

 ぼんやり呟く阿止里さんも、どこか夢心地のままだ。

「はい。ご主人さまたちは、ご自分を醜いと思っていらっしゃる。そうですね?」

 こんな直接的な聞き方は失礼かと思ったが、私は一刻も早く伝えたかったのだ。
 みんな私の言葉に、現実に立ち返ったように身を硬くした。

「――そうだ。私たちは、見たものの目を腐らせるほど醜く、耳を溶かすほど汚い声をもち、鼻を落とさせるほどのにおいでもって生まれた」
「生まれるべきではなかったものの、集まりさ」

 唾棄するようにユーリオットさんも続けた。
 ナラ・ガルさんは、そんな中でも努めてなんでもないことのように補足する。

「だが、自ら死ぬこともできない。天におわす造物主は、地上で正しく生きたものを導いてくれるが、自ら死んだものたちは永遠の冥府巡りに落とされる。おれたちは、死んでからもなお苦しみたくはないからね」

 天におわす造物主。ぞうぶつしゅ? この世界の宗教だろうか。どこの世にもあるものなのだ。

 私はひとつうなずいて、”あなたたちの言い分はよくわかりました”という風に神妙な顔をしてみせた。
 相手が誰でも、まずは話を聞いたうえでないと、こちらの言い分は聞いてもらえない。
 無理ある領収書を申請してくるやからを相手に、学んだことのひとつである。
 休憩時間に入った漫画喫茶代が、経費で落ちるか!

 そうなんですね、とゆっくりじっくりうなずいてみせる。それから、ただ、と口を開く。

「ただ、私にとってはご主人さまたちは、ちっとも醜くなんかありません。その逆です。この世界で見た、誰よりも雄々しく、美しく、逞しく。お声だって麗しい。においは健康的な汗と男性のものですし、私にとっては好ましいです」

 ゆっくり、一言ひとこと、言葉を区切って口に乗せる。
 その言葉がご主人さまたちの耳に入り、脳に浸透するように少し待った。
 呆然とした表情が ”こいつ何言ってるの?”という困惑に変わったところで続ける。

「本当です。なぜなら私は、ここではない世界から、異世界から来たのです。そこでは、ご主人さまたちのような見た目の男性は、モッテモテのイッケイケです。逆に奴隷商人のような豚男は、鼻つまみ者にされること請け合いです」

 異世界からとか、頭の弱い女に思われるかな、と思っていれば、取り越し苦労だった。

「――異界からの迷い人は、たまに聞くけど。俺たちを……う、美しい、などというのは、聞いたことも……」

 ナラ・ガルさんが、頭を抑えながら呟いた。
 なんだ、私みたいのはわりといるのか。
 ……ということは、やっぱり異世界との出入り口みたいなものへの認識は、高いのでは?
 私、帰れる可能性も、あるのでは?

 ちょっとテンションが上がった。
 なんとしても、ご主人さまへの義理を果たし、現世への道を見つけてみせる!

 勇んで続ける。

「きっと、小さいときから醜いものとして扱われてきたと思うので、すぐには信じられないと思いますが。でも何度でも言います。安心してください。ご主人さまたちは、本当に、銅像にしたいくらい、魚拓をとりたいくらい、かっこいいです」

 あっ、魚拓じゃなくて人拓か。
 自信を持ってほしい。確かに見た目の美醜は大きいけど。はじめまして、から大きなハンデを負ってしまうもんね。
 ただ一般論かもしれないけど、どんなイケメンでも内面がくずではいかんのだ。
 会社で、素敵な女子の先輩がいた。すごく仕事ができて、でも気取らずやさしい人。
 この人は営業のイケメンエリートからのアプローチを角が立たないようにさりげなく避けて、平凡で、けしてかっこよくはない総務の男性と結婚した。
 みんなもったいないと噂したけれど、私は知っている。
 その平凡な総務の男性は、どんな面倒くさい新入社員に対しても、いつも誠実にアドバイスしたり励ましたり、無理やりではない飲みに連れていってあげていた。
 そう。見ているひとは、見ているのだ。

 わかってほしかった。ブサイクが虐げられるのが当たり前なんて、思わないでほしかった。
 それは現代日本でも、いつも魚の小骨のように私の心に刺さっていることでもある。小学校や中学校など、狭い場所ではどうしようもないかもしれない。美醜でからかわれることは。
 でもみんな遅かれ早かれ気づくのだ。人は見た目よりも、中身のほうがよっぽど大事ということに。
 まあ、信じられないような醜い人は、それでも苦労してしまうかもしれないけど。

 少なくとも、この四人は、一緒にいたいと思える心を持っている。そんな気がする。

 ちょっと迷って、私は月花に向き直る。
 おおげさなくらいその肩を揺らし、身構える月花の、その手をとってみる。

 小刻みに震える左手は、まだまだ庇護を必要とする少年のそれで、痛ましい。
 多くの苦労をしてきたのだろう。たこもあれば、古い傷跡も多く見て取れる。

 その手をゆっくり持ち上げて、両手で挟んでみる。
 それからその指先を私の頬に近づけて、今度は頬と手で挟みうちだ。

 月花の指が、私の頬に触れた瞬間、月花は小さな獣のように呻いた。

「――ね、信じてくれます? きれいで、がんばってきた手ですよ。誰にも恥じることなんてない」

 硬直した月花から視線をはずし、三人のほうへ目を向ける。ぽかんと口を上げる美青年たちに、私は思わず笑ってしまう。
 世界の美男子目録に載ってもいいくらいの素敵な男たちが、鳩に豆鉄砲状態なのだ。

「きっといます。この世界のどこかにも、ご主人さまたちの魅力をわかってくれる人。近くにいないだけです。だから」

 そんなに、自分を責めないで――と言おうとしたとき、限界が来たようだった。

 ぱったりと倒れてしまった。月花が。

 慌てて支えながら、私は心の中で思わず呟く。
 ご主人さま、ヒロインみたいに気を失うって、どうなんですかね?


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私が美女??美醜逆転世界に転移した私

恋愛
私の名前は如月美夕。 27才入浴剤のメーカーの商品開発室に勤める会社員。 私は都内で独り暮らし。 風邪を拗らせ自宅で寝ていたら異世界転移したらしい。 転移した世界は美醜逆転?? こんな地味な丸顔が絶世の美女。 私の好みど真ん中のイケメンが、醜男らしい。 このお話は転生した女性が優秀な宰相補佐官(醜男/イケメン)に囲い込まれるお話です。 ※ゆるゆるな設定です ※ご都合主義 ※感想欄はほとんど公開してます。

美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける

朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。 お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン 絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。 「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」 「えっ!? ええぇぇえええ!!!」 この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

【美醜逆転】ポジティブおばけヒナの勘違い家政婦生活(住み込み)

猫田
恋愛
 『ここ、どこよ』 突然始まった宿なし、職なし、戸籍なし!?の異世界迷子生活!! 無いものじゃなく、有るものに目を向けるポジティブ地味子が選んだ生き方はーーーーまさかの、娼婦!? ひょんなことから知り合ったハイスペお兄さんに狙いを定め……なんだかんだで最終的に、家政婦として(夜のお世話アリという名目で)、ちゃっかり住み込む事に成功☆ ヤル気があれば何でもできる!!を地で行く前向き女子と文句無しのハイスペ醜男(異世界基準)との、思い込み、勘違い山盛りの異文化交流が今、始まる……

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...