Sランクパーティから追放された俺、勇者の力に目覚めて最強になる。

石八

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新米大賢者の私は、小さな過去の夢を見る《中編》

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 突然魔法が使えなくなった日の夜。
 リルネスタは自室に篭もり、静かに枕を濡らしていた。

 あれから魔法の稽古を切り上げてもらい、一人で自室に戻ったリルネスタは泣き叫びながら何度も何度も《ライト》の魔言を詠唱し、魔法を使おうと努力した。

 だがその努力は報われず、虚しく魔力が体から抜けていく感覚だけが残り、虚無感に襲われる。そしてそれからずっと布団に潜り込んで泣いているのである。

「あん──リルネスタ。大丈夫……?」

 いつも通りリルネスタのことを『あんた』と呼ぼうとするシェスカだったが、今はどんな些細なことでも傷付いてしまうと察し、言い切る前に『リルネスタ』へと変更する。

 だが返答はなく、返ってくるのは聞いてるだけで心が締め付けられるようなすすり泣く声だけ。

 シェスカは元気をつけるために手を差し伸べようとしたが、このような症状は生まれて初めて見るもので、なんて声をかけたらいいか分からなかった。

 なので下手なことを言って余計に傷付けるよりは、しばらく泣かせるだけ泣かせ、落ち着いてから話せばいいのである。

「……もうすぐ、あの人が帰ってくるわ。無理に話す必要はないけど、せめて挨拶だけはしておきなさい」

 それだけ言い残し、シェスカは一階へと降りていく。

 階段から降りる音が次第に小さくなり、そして再びリルネスタの部屋にすすり泣く声だけが響いていた。

 そんなリルネスタのことか心配で心配で仕方がないのか、居間に戻ったシェスカはなにをするにもリルネスタのことが気になってしまい、手付かず状態になっていた。

「はぁ、いったいあの子になにがあったのかしら……。もし風邪を引いてるにしても、魔法が一切使えないなんておかしいし……」

 独り言を呟くシェスカは一つの結論に至る。
 もしかしたら、リルネスタはとんでもない病に侵されてしまったのではないかと。

 もしそうであれば、早く医者に診てもらわないと取り返しのつかない事態になるかもしれない。

 そう感じ、シェスカが玄関に向かって走り出してドアノブに手を伸ばすと、突如玄関の扉が手前に開かれた。

 そこにいたのはリルネスタの父親で、シェスカの夫であるフェイデルであった。

「あ、あなた。帰ってきたのね、おかえりなさい」

「おう、ただいま。それより、そんなに急いでどうしたんだ? まさかこんな夜中に用事でも……?」

「違うの。ただちょっと──いや、これはあなたが話してあげて」

 ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、先ほどまでご機嫌な様子だったフェイデルの顔が真剣なものに変わっていく。

 そしてフェイデルはシェスカの案内で、二階にあるリルネスタの自室へと連れてこられた。

「……いったいどうしたんだ? いつもならこの時間は電気を付けてるはずなのだが……リルネスタ? もう寝ちゃったのか?」

「…………」

 いつまで経っても返答が返ってこないので、フェイデルは小さく笑いながらリルネスタのベッドへと近付く。

 きっと可愛い娘の寝顔を見るため掛け布団に手をかけたのだろう。そしてゆっくりと起こさないように掛け布団を捲ろうとしたとき、フェイデルはあることに気が付いた。

「……ぅ、ぐすっ」

「リルネスタ? もしかして、泣いてるのか……?」

 それは耳を疑うものであった。
 あのいつも笑顔で、なにをするにも楽しそうにしていたリルネスタが泣いているのだ。

 記憶が正しければ、リルネスタが最後に泣いたのはもう2年以上前のことである。なのでフェイデルは掛け布団から手を離し、その場に腰を下ろした。

「えーと……そうだな。とりあえず、なにがあったんだ? よければ、お父さんに話してくれないか?」

「ぐすっ……ぅぅ……」

 だが返ってくるのはすすり泣く声のみ。
 困り果てたフェイデルはシェスカに目で助けを求めるが、シェスカはその場から動かず首を横に動かしていた。

 そんなシェスカを見て、フェイデルはリルネスタが既に何時間も泣いていることを察し、下手に刺激しないように優しい声で再び話しかけた。

「なぁ、聞いてくれよリルネスタ。実はな? お父さん明日からAランク冒険者なんだ。すごいだろ? だからさ、一緒に母さんとお祝いしてくれないか?」

「…………」

 そんなフェイデルの報告を聞き、ほんのわずかだがリルネスタの布団が動く。きっと頑張った父親をお祝いしたいのだが、まだ声が出てこないのだろう。

「まぁ、無理にとは言わない。お祝いなんて今日じゃなくてもいいしな。じゃあ、お父さんはお風呂に──」

「…………ま、待って。お父さん」

 それでも、リルネスタは父親をなんとか祝ってあげたいのか、声を振り絞ってフェイデルを呼び止める。

 その声はすすり泣く声よりも小さいもので、どんな些細な音でもかき消されてしまうほど弱々しいものであった。

 だがフェイデルは一言一句聞き逃さず、その場で座り直していた。

「お父さんは待つよ。だから顔を見せてくれないか? その方が、お父さんは嬉しい」

「……うん、分かった」

 一回喋ったことで気分が楽になったのか、リルネスタは素直にフェイデルの言うことを聞き、布団から顔を出す。

 その顔は普段のリルネスタとはまったく別人のように見えた。目の周りは涙でぐちゃぐちゃになっており、目の下は泣きすぎたせいか赤く腫れている。

 フェイデルはその変貌っぷりに内心驚きつつも、絶対に顔に出してはいけないと思い、なんとか優しい表情を保っていた。

「なにがあったんだ? お父さんでよければ相談に乗るぞ?」

「う、うん。実はね……」

 リルネスタが泣いていた理由を聞くまで、フェイデルは友達やシェスカと喧嘩して泣いているのだと勝手に決めつけていた。

 もしそうなら謝ればいいだけの話だし、それが無理なら一緒に謝ってあげるつもりでいた。

 だが実際にリルネスタの口から放たれた内容を聞き、フェイデルの優しい表情は険しいものへと変わり果ててしまっていた。

「い、今なんて言ったんだ……? もしかしたらお父さんは聞き間違えたかもしれない。もう一度だけ聞いてもいいか……?」

「だから……ぐすっ。私……私……っ!」

 再び思い出したくもないことを思い出してしまったのか、今度はフェイデルに抱きついて泣き始める。

 あまりの勢いに押し倒されてしまいそうだったフェイデルであったが、なんとか耐えて優しくリルネスタを抱擁していた。

「私……ぐすっ。もう、魔法が……ぅぅ、使えないのかな……?」

「…………なにがあったのかは分からないが、きっと──いや、絶対使えるようになるさ」

 その言葉に確証はない。
 だが今はリルネスタを少しでも安心させてあげたかった。少しでも楽にしてあげたかったのである。

 それは十分に通じたようで、リルネスタはフェイデルを抱き締めながら安らかな寝息を立てて眠りについてしまった。

 よぽど泣き疲れてしまっていたのだろう。フェイデルはリルネスタが起きないようにそっと抱き抱え、ベッドに運ぶ。

「あなた……」

「とりあえず、しばらくは様子見だな。それでも魔法が使えないなら医者を呼んだ方がいいだろうな」

「えぇ、そうしましょう」

「じゃあ今日はもう風呂に入って寝よう。腹は空いてるが、俺はリルネスタと飯を食べたいからな」

 2人は顔を見合わせ、静かに頷く。

 そして物音を立てないようにゆっくりと階段を降りて自室に戻り、各々疲れを取るため早めの睡眠をとることにした。



───────────



 あれから一週間が経ったある日、リルネスタの部屋には外の街から来た腕のいい医者が赴いており、症状や体調などを細かく調べていた。

 一応医者を呼ばなくても魔法が使えるようになるかもしれないので医者を呼ぶのは控えていたが、いつまで経っても良くならないので仕方なく医者を呼び、診察してもらっているのである。

「どうですか? リルネスタはなにか悪い病気にかかってるとかじゃありませんよね……?」

「そうですね。別に悪い病気にはかかってません。いや、むしろ健康です。健康そのものです」

「え……? それは本当なんですか? 魔法が使えなくなる病気にかかってるわけじゃないんですね?」

「はい。その可能性は低いかと。それに魔法が使えなくなる病気なんて聞いたことありませんし。これに関しては、シェスカさんの方が詳しいのではないですか?」

 確かに医者の言い分はごもっともである。
 だがそれでも『健康』という診断結果に納得できないのか、シェスカはなんとかならないのかと医者に縋っていた。

 それには医者も困った様子で、何度も腕を組み喉を低く唸らせ、自分の記憶内にある病気という病気を絞り出していく。

 それでもやはり今のリルネスタと絞り出した病気の症状が一致しないのか、静かに首を横に振っていた。

「もしかしたら、一種のイップスかもしれませんね」

「イップス……ですか?」

「はい。イップスとは精神的な問題であり、気付かないうちになにかを体がトラウマとして覚えてしまい、魔法を使うときに邪魔をしている──というのが、今一番有り得る線でしょうか」

「そう、ですか……この度はお忙しい中診てもらい、ありがとうございました」

 深々と頭を下げ、礼を言うと医者は荷物をまとめ、次の患者の元へ行ってしまう。

 その後ろ姿を二階から眺めつつ、リルネスタは立ち上がり、その場で服を脱ぎ始めた。

「ねぇお母さん。ちょっとお風呂入ってきてもいいかな?」

「いいけど、多分 温いと思うわよ? 温め直した方がいいかしら」

「ううん。ちょっと汗を流したいだけだから大丈夫だよ。それじゃ、行ってくるね」

 服を脱ぎ、下着だけになったリルネスタは一階の風呂場へと向かう。

 魔法が使えなくなった朝のように足に意識を集中させないと転んでしまうということはなくなったが、念のため注意深く階段を降り、リルネスタは風呂場へ到着する。

 そして下着を脱いでから風呂場に入り、浴槽に溜まったお湯を桶で掬って自分の肩からお湯をかけ流した。

 微妙に温かいのはシェスカが朝風呂に入ったからだろう。だがいつまでも長居してると風邪を引いてしまうため、リルネスタは二度三度お湯をかけ流し、風呂場から出ようとする。

 だがそのとき、まるで焼かれるような激痛がリルネスタのへそより下の下腹部に襲いかかったのである。

「──あぁぁっ! あ、熱い……ッ!」

 まるで自分の体に火がついたようである。
 リルネスタは力を振り絞って桶でお湯を掬い、自分の下腹部にかけ流すが熱が逃げることはない。

 それどころかどんどんと高温になっていき、立てなくなるくらいの激痛が下腹部から体全体に走り、倒れ込んでしまった。

「リルネスタ!? ちょっと、大丈夫!? リルネスタったら!」

 リルネスタの叫び声を聞いて急いでやって来たのか、シェスカは息を切らしながら風呂場で倒れ込むリルネスタを持ち上げ、いったん風呂場の外まで運ぶ。

 それでもリルネスタを襲う熱が消えることはなかった。謎の痛みに襲われてるリルネスタに向かってシェスカが回復魔法を唱えたが、一向に良くなることはなかった。

「あぁぁあぁぁあぁ──ッ!」

 リルネスタが今日一番の悲鳴をあげると、シェスカの視界が見えなくなるほど眩い光が突如リルネスタから放たれる。

 その状態がしばらく続き、気付いた頃には謎の光は消えてなくなり、呻き苦しんでいたリルネスタは肩を上下に動かしてゆっくりと呼吸を繰り返していた。

 そんなリルネスタにホッとするシェスカであったが、あるものを見つけて絶句する。

 それは絶対にあるはずのない模様であった。
 だがシェスカは突如リルネスタの下腹部に現れた黒く、ところどころ丸みを帯びた模様を見てポツリと呟いていた。

 "大賢者の紋章" と────
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