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元Sランクの俺、グランニールへの道を進む
しおりを挟む広く、低い草しか生えない草原の真ん中を走る竜車は、現在 《グライドホーク》と呼ばれる鳥型のモンスターに襲われていた。
数は一匹なのだが、その分大きさはそこら辺に生息している鳥とは違って巨大で、両翼を広げると全長2メートル以上あり、鋭いクチバシと爪で竜車の荷台部分に攻撃を仕掛けようとしていた。
「あんたたち、頼んだよ!」
「リルネスタ、俺が行く。クレアさんを頼むぞ」
「うんっ!」
だが、レン達もグライドホークのされるがままで終わるはずがなく、容赦なく反撃を開始する。
『ピャァアアァァァアァアァァ!!』
「ちっ、耳元で騒ぐな!」
グライドホークが威嚇をすると、耳から脳に直接届くやかましい声がレンを襲う。
Cランクに指定されているグライドホークは、獲物見つけたら甲高い鳴き声をあげ、怯ませてから鋭いクチバシで獲物をズタズタにする。
しかしレンは怯みながらも、目を逸らすことなくグライドホークを睨みつけ、目にも留まらぬ速さで腰から聖剣を引き抜いた。
『グェッ──』
短い断末魔の叫びが聞こえるが、グライドホークの死体はそのまま地面に落下し、一瞬で見えなくなるほど遠くなっていく。
そんなグライドホークを見届けたレンは、静かに息を吐き、荷台に被せていた布を木の骨組みに掛け、聖剣にべっとりと付着した血液を払い捨てていた。
「すいません。少しだけ布が破れてしまいました」
「いいよいいよ、荷物は無事なんだろ? むしろ、ここまで荷物どころか竜車にすらダメージが入ってないことにあたいは驚いてるよ。本当に、感謝してもしきれないね」
一日目の野営を終えてから、モンスターの襲撃は目に見えて多くなり、今日はこれで三度目であった。
だがレンにとって、野営をしてるときに襲撃してきたモンスターの方が厄介だったので、たった一匹のグライドホークを対処することなど造作でもなかった。
「そういえば、レンって昨日ちゃんと寝たの? 今日の見張りは私がやろうか?」
「いや、今日も俺がするからゆっくりしててくれ」
「で、でも……」
「大丈夫、ちゃんと寝たからむしろ動き足りないくらいだ」
「そうなの? ならいいけど……」
そうは言ったものの、実は一睡もしておらず、現在レンは寝ずに二日目を迎えていた。
昨日の夜は予想以上にモンスターの襲撃が多く、少し経てば火の灯を見つけたモンスターが。そしてまた少し経てば晩飯の残り香を嗅ぎつけたモンスターがやってくる。
それを繰り返した結果、竜車の周りには異常と呼べる量のモンスターの死体が転がっており、さすがのレンも額に汗を浮かべて息を荒くしていた。
だが《勇者の紋章》が刻まれる前はここまで頑張ることができなかった。しかし今は寝なくてもまだまだ動けるほどの体力がレンには有り余っている。
レンは、四大能力の恩恵を前にして身をもってその力を体感していた。
「よし、あんたたち! ここらはモンスターの数が少なくなって比較的安全だから、ゆっくり休んでおくれ!」
クレアからの指示を受け、リルネスタは荷物を背に小さく座り、レンはどかっと崩れ落ちるように壁を背に座り込む。
そしてそのまま瞼を閉ざし、十を数える頃にはレンから小さな寝息がリルネスタの耳に届いていた。
「クレアさん、協力ありがとうございます」
「それはいいけど……本当にいいのかい? モンスターの襲撃はむしろこれから激しくなるんだよ?」
「いいんです。さっきレンはあんなこと言ったけど、全部嘘なんです。私レンと一緒に冒険して、嘘をついてるとなんとなく分かるんです。だから、これからは私がレンの分まで頑張りたいと思います!」
「分かった、期待してるよ。でもあんた、もしこれで失敗したら承知しないからね!」
「はいっ!」
自分の頬をパチンと叩き、両手をグッと握って胸の前で構えるリルネスタは、気合い十分であった。
それから、レンが寝ている長い時の間、十回程モンスターが襲撃してくるが、全てリルネスタの魔法の前には無力のようで、次々と倒れていく。
途中、両側からランパンサーの群れが襲ってきて、竜車の側面部分に爪痕が残されつつも、焦ることなく冷静にリルネスタは対処し、なんとか荷物と走竜を守り抜くことができ、今はレンの隣に座って水筒に口を付けていた。
魔力は残っているものの、立ち続けていたことで肉体的体力が、数多の襲撃を前にしたせいで精神的体力がすり減っていったのか、リルネスタはいつになく真剣な表情をしたまま息を整えていた。
『グキャァ!!』
「っ! あんた! また来たよ!」
「は、はいっ!」
シロが鳴くのはモンスターを感知した合図であり、クレアがそれを伝えるとリルネスタは飛び上がり、杖を掴んですぐに迎撃体制に移行する。
そしてギリギリの攻防が夕方になるまで続き、二度目の野営をするために竜車が比較的安全な停泊所に止まる。
そこには他の馬車も止まっており、モンスターの襲撃から馬車を守る護衛も多く、そこがいかに安全地帯であるかがリルネスタは一目見ただけで理解していた。
「はぁ……はぁ……やった、やったよ。レン……」
体力が完全に尽きたのか、リルネスタは尻から崩れ落ちてレンにもたれかかるように眠ってしまう。
それを目の当たりにしたクレアは、頭を掻きながらため息を吐きつつも、シロ達と顔を見合わせ、笑みを浮かべながらリルネスタに毛布をかけるのであった。
──────────────
意識が戻り、長い微睡みに包まれながらレンは目を覚ます。
その目から見える景色は雲一つない美しい青い空ではなく、ところどころ穴の空いた布切れから見える朱色の空と、高く積まれた荷物ばかり。
「う……ん……?」
今、俺はいったいなにをしているのだろう。
確か、グライドホークを倒してから……。
グライドホークを、倒してから……?
「──ハッ!?」
勢いよく飛び上がり、立て掛けておいた聖剣の柄を掴んで抜き放ち、レンは周囲を警戒する。
だが竜車は止まっており、外では沢山の老若男女がキャンプファイヤーを囲んで各々自由に談話しており、レンは状況を飲み込めず首を傾げる。
「……う~ん」
「リルネスタ?」
「おやおや、ようやくお目覚めかい。まったく、あんな騒がしい中よく寝れるもんだね。あたいは絶対に起きる自信があるよ」
「クレアさん……? あの、ここはいったい」
「ここは馬車や竜車、他にも冒険者達が集まる停泊所だよ。今日はここで野営をして、明日の早朝にはここを出るつもりさ」
クレアは余計なことは言わず、要点だけ踏まえてレンにこれからの予定を決め、二匹で寄り添って寝転がっているクロとシロの元へ歩いていく。
なのでレンは一度聖剣を鞘に戻し、まだ完全に意識が覚醒しきっていない中、腰を下ろして一息ついていた。
「グライドホークを倒したのがまだ昼前のはず。それから……記憶がない。ということは、俺は気付かないうちに寝てしまっていたのか? なら、いったい誰が竜車を長時間守っていたんだ……?」
そんなことを口にしなくとも、レンはリルネスタが一人で竜車を守りきったことを察していた。
だが竜車の荷物を隠す布の破れや汚れ具合からして、前日よりもモンスターの襲撃は多かったはず。
それを全てリルネスタが防ぎきるなんて無理だ。
そう思ってはいるものの、実際走竜やクレアは戦うことが出来ない。
だからと言って、意識を失いながらも戦っているほどレンは戦闘狂ではない。
つまり、一日目の野営地から停泊所までモンスターの襲撃を撃退したのは、ほとんどリルネスタのおかげということになる。
「リルネスタ……強くなったな」
実力はあった。
魔力量も、魔法の扱いも他の冒険者より一回りも二回りも上回っていた。
しかし、一人で決断できなかったり、モンスターを前にして怯むなど、女の子らしい一面も多々あった。
だが、もし本当にリルネスタがここまで一人で守りきったとしたら。
「う……ん? あれ? あ、レン。おはよ~」
気絶してしまったかのように眠りについてしまったリルネスタは、意外にもすぐに目を覚まし、瞼を擦りながらレンに向けて小さく手を振る。
それに対しレンが軽く手を挙げて返事をすると、リルネスタは大きなあくびをしながら背筋を伸ばしていた。
「なぁ、リルネスタ。俺ってなにをしてた?」
「んー? レンならずっと寝てたよ? 確か……おっきな鳥のモンスターを倒してからだと思うけど」
「やっぱりか……で、それからはどうしたんだ?」
「あのモンスターを倒したとき、クレアさんが安全だから休憩してって言ったでしょ? えへへ、実はあれ、私がそうやって嘘言ってほしいってお願いしたんだ」
「嘘? なんでそんなことを……」
「だって、レンは昨日ずっと寝ずにモンスターと戦ってたでしょ? 朝起きたときちょっと血なまぐさかったもん。だから休んでもらうためにクレアさんにお願いしたんだけど……私だけじゃ難しかったよ。やっぱりレンはすごいなぁ」
「俺がすごい……か」
辺りを見渡すが、目立った損傷は一つもない。
布の傷はカウントしないとして、それ以外は窓も綺麗だし、荷物に至っては積まれたままで、何一つ崩れ落ちたりはしていなかった。
まだ内側しか見ていないので、もしかしたら竜車の外側がボロボロになっている可能性もあるが、この様子ならきっと外側は少し傷が出来てる程度だろう。
それよりも、リルネスタはレンを『すごい』と言うより、自分がどれだけ『すごい』ことをしたのか理解した方がいいはずなのである。
「リルネスタの言う『すごい』の基準は分からないが、俺は充分リルネスタのことをすごいと思ってるぞ」
「えへへ、ありがと。でも私はレンに勝てないかな。だって──」
「どうしてリルネスタは俺と比べるんだ?」
「え、だって……」
「俺は剣を使い、リルネスタは魔法を使う。この時点で比べるのは違う。それにリルネスタは魔法だけでこの竜車を守っただろ? ヴァーナライト鉱石だって、軽々と運んだだろ? それだけで、リルネスタは充分過ぎるほど活躍してるんだ。だから俺と比べることをするな。この世の中は適材適所だ。俺ができないことをリルネスタが補い、リルネスタができないことを俺が補う。それでいいだろ?」
リルネスタの肩を掴み、レンは真っ直ぐに目を見詰めて問いかける。
それにより、リルネスタは下を俯きつつも、確かに頷き、小さな声で『……うん』と返答していた。
「それに、リルネスタは俺のために頑張ってくれたんだろ? それは誇るべきことだ。だから自信もって、胸を張ればいいんだ」
「胸を張る……? うん、分かった! こうだね!」
「いや……確かに言葉の通りなのだが……ははは、まぁいいか」
ドヤ顔をし、自信満々に言葉のとおり胸を張るリルネスタを前に苦笑いを浮かべるレンは、目のやり場に困って窓から見える外に視線を移動させる。
するとそこにはニマニマとした笑顔のクレアが覗き込んでおり、レンにバレたことで吹き出しつつ、ひょこっと顔を出し、
「あらら、もしかしていいところだった? 大丈夫だよ、あたいは邪魔しないからね~」
とスキップしながら去っていく背中を見届けたレンは声を上げるが、クレアには聞こえていないのか無視しているのかは不明だが、反応することなくキャンプファイヤーの向こう側へと消えてしまう。
そのまま、良くも悪くもない微妙な雰囲気になり、気まづくなってレンはその場で立ち上がる。
そして竜車から降り、リルネスタに手を差し伸べると、それに応えるようにリルネスタはレンの手をとって竜車から飛び降りる。
それから大勢の商人や冒険者に歓迎され、皆でキャンプファイヤーを囲いながら同じ晩飯を口に運ぶ。
その後、お祭り騒ぎになる停泊所だが、疲れが溜まっていたのかリルネスタは一人竜車に戻って睡眠を取り始める。
一方のレンは、他の冒険者が気付かないほどの小さな風の変化を感じ取り、たった一人で周囲の森に潜むモンスターを倒すために森の中を駆け抜けるのであった。
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