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元Sランクの俺、激戦の果てに
しおりを挟むまるで別のモンスターのように姿を変えたディオマインは、より凶悪なフォルムになり、威嚇を辞めレンを強襲する。
今まで様子見程度で攻撃していたディオマインだったが、目の前に立ちはだかる敵は脅威になる存在だと認識したのか、最初から全力でレンを殴り掛かる。
その構えは人間のようで、右の前脚で握り拳を作り、肩を力強く引いて右ストレートを放つ。
ビュウッと低く大きな風切り音が鳴り、レンがディオマインの拳を聖剣で受け止めると痛いくらいの風圧が正面から襲いかかり、レンは奥歯をギリッと噛み締めて持ちこたえる。
だが本気を出したディオマインの拳はレンの予想よりも遥かに重く、いくら力を込めても押し返すことは出来ず、むしろじわじわと押されていき、足の裏が摩擦で熱くなっていく。
「レンっ!」
「やめろ、来るなっ! 魔法も使うな、今ここで使ったら襲われて死ぬぞ!」
「で、でも……っ!」
「大丈夫だ! チャンスならいくらでも俺が作ってやる。だからこれからは口でのやり取りはしない。リルネスタが自分で判断して行動するんだ! だがもし、もし分からなかったら俺を見ろ。俺と目が合ったら、そのときはチャンスだと思ってくれ!」
「う、うん! 分かった、頑張ってみる!」
「そうだ、その意気だ……くっ、おらぁっ!」
いつまでも拳を受け止めているのも悪手なので、聖剣を傾けて拳を地面に向けて滑らせ、その場から前へ回避し、ディオマインの横腹を削りながら尻尾の付け根へと走り抜けていく。
途中で意識がリルネスタに向けられたら為す術もないので、レンは自分に意識を集めるためすぐさま尻尾を切りつけるが、そんな心配はどうやら無用だったようで、ディオマインは興奮した様子で鉤爪を立てて腕を振り回す。
今までレンが積極的に攻撃をし続けていたおかげか、ディオマインの目にはリルネスタは映っておらず、完全にレンを殺すために体全体を使って出鱈目な攻撃を仕掛けていく。
出鱈目な攻撃は悪く言えば雑な攻撃だが、良く言えば思考の読めない厄介な攻撃である。
実際あえて直感を頼りに出鱈目な攻撃を仕掛ける者も少なくはなく、初心者の出鱈目な攻撃は対処しやすいが、熟練者がすると一番面倒くさい戦法だったりするのだ。
しかも今回は人間ではなく、モンスター。それもSランク指定の、図体が大きなモンスターである。
これだけのモンスターだと、転がり回るだけで一つの村を壊滅させることは容易だろう。
それなのに次の一手が読めない攻撃など、人間にとって脅威の他にならないものであった。
『グロォオオォオッ!!』
「あぶっ、ねぇなぁ!」
レンを遠ざけるために尻尾を振り回すディオマインであったが、前回レンに避けられたことを学習したのか、今度は硬い地面を抉りながら薙ぎ払っていく。
その動きの変化にレンは悪態をつくが、今更遠ざかっても避けることは不可能なので、今度は屈むのではなく尻尾を飛び越えて攻撃をやり過ごす。
だが姿を変えたディオマインの尻尾の数は二本。
つまりレンが避けた先にはまた新たな尻尾が迫ってきているわけで。
「ぐはっ!?」
大きさは大木、重さは岩石並の尻尾の一撃をくらって平気なはずがなく、レンは地面に吹き飛ばされて転がっていく。
さすがに受け身を取れる余裕はなく、地面の上を何回転もしながら転がり、砂埃が舞っては風でかき消されてしまう。
しかしレンは体を捻って膝をつき、地面を蹴って聖剣に向かって走り出し、回収してからディオマインの後ろ脚に反撃の《一閃》をお見舞する。
『グロォォオォオォッ!?』
悲痛な声をあげるディオマインだが、グッと堪えてレンを撃退するべく尻尾を振り回す。
だがそこには既にレンの姿はなく、尻尾の一撃は地面を抉るだけで終わる。
なのでディオマインは腕を振り上げてレンを叩き潰そうとするが、どこを探してもレンの姿はない。
辺りを見渡しても、金色の瘴気を動かしてもレンの反応はなく、ディオマインは苛立ちを覚えたのか天に向かって咆哮を繰り返していた。
「ギャーギャーうるせぇんだよ、バケモノが!」
『グガァッ!?』
突然首元に刺激が走ったと思えば、自分の真後ろから敵の声が聞こえ、ディオマインは驚きを隠せない様子で立ち上がり、押し潰すべく背中を地面に叩きつける。
だが叩きつけられる瞬間にレンは首元から脱出し、地面に手を着いてから振り返り、ポーチから回復カプセルを取り出して口の中に放り込む。
一方のディオマインは自分から地面に背中を叩きつけたのにも関わらず、なぜか必要以上に悲痛な叫び声を上げ、首元を複数の手で掻きむしっていた。
「やっぱり鱗の内側は弱いよな」
レンはディオマインの後ろ脚を《一閃》で切りつけた後、尻尾が来ることを予想して尻尾の付け根を足場にしてディオマインの背中を駆け上がっていたのだ。
硬い鱗は防御面は素晴らしいものの、硬く分厚いあまりレンのような人間が背中の上に乗っていても気付かないことが多い。
なのでレンはそれを利用し、背中の上でしばらくやり過ごし、金色の瘴気が鱗と鱗の合間から放出されるタイミングを見計らって鱗の隙間にナイフを突き立てたのである。
これだけ聞くとそこまで意味があるようには聞こえない行動だが、常に鱗によって身を守られているモンスターにとって、鱗の隙間を攻撃されることはレンの《一閃》をくらうよりも嫌なことであった。
そもそも普段から鱗を閉じてるディオマインにとって、鱗と鱗の隙間に異物が侵入するのはあまり経験のないことで、気になるのか必要以上に首元を掻きむしって自ら鱗の表面を削っていた。
「これでナイフはもう戻ってこないと思った方がいいな。カラリアには悪いが、また新しいナイフでも作ってもらうか」
そうポツリと呟き、レンは暴れ回るディオマインに接近していく。
そんな中、リルネスタは遠くからレンに向かって支援魔法を詠唱しつつ、高レベルな戦闘を前にしてなにも出来ずにいた。
「うぅ~……ど、どうすればいいんだろ……分からないよ……」
自分で判断しろと言われたリルネスタだが、いつどのタイミングでどの魔法を使えばいいか迷いに迷い、結局支援魔法以外なにも出来ずにいた。
ディオマインが姿を変える前は援護を頼まれていたので、レンが危険になったら魔法を放って援護していた。
しかし今はなにも指示されていないので、リルネスタはレンの足を引っ張ってはならないと判断し、魔法を放つ一歩手前で立ち止まっていた。
もし自分の魔法でレンの作戦を狂わせてしまったら。
もし自分の魔法のせいでレンが予期せぬ攻撃に襲われてしまったら。
そんなことを考えるリルネスタであったが、考える途中で首を横に振って自分の意見を自分で否定していた。
「違う。そんなのが怖いんじゃなくて、私はあのモンスターが怖いから魔法を撃ちたくないって思ってるんだ……」
レンの作戦を狂わせるだとか、レンが予期せぬ攻撃に襲われてしまうだとか、そんなものは綺麗事でしかなかった。
本当は怖くて怖くて仕方ないのである。
今までどんなときもレンが守ってくれたが、もしここで襲われてしまうといくらレンでも助けが間に合うことはないだろう。
だからこそ怖く、情けなかったのだ。
そして、自分が今までどれだけレンに甘えていたか、リルネスタはそれを実感したのである。
「どうしよう、どうすればいいんだろ……」
黒い杖を力強く握りしめ、その先端をディオマインへと向ける。
だがその杖は確認する必要がないほど揺れており、ディオマインはそこまで動いていないのにも関わらずリルネスタの杖先は激しく四方八方に動き回っていた。
「今ライトニングとか使っちゃうとレンを巻き込んじゃう。アイスランスなら安全だけど、そこまでアイスランスが効いてるわけでもなかったし……」
リルネスタはディオマインに対して様々な魔法を使ってきたが、一番威力が高い《アイスランス》ですら弾かれてしまい、怯む程度でそこまで効果が現れなかった。
それを考慮すると、きっと《ライトニング》などの強力な魔法を使えば大きなダメージを与えられる可能性は高い。
しかしそれを使うとレンにまで当たってしまうので、リルネスタは使おうにも使えずにいた。
魔法の制御が人よりも上手いリルネスタならレンを避けて魔法を当てることは出来るかもしれないが、常に動き続ける二つの的の内、一つには当ててもう一つには当てないという練習はしたことがなかったので、リルネスタは失敗してしまうかもと、ネガティブになってしまっていた。
「くっ、らぁっ!!」
『ガロォォオォオ!!』
いくらリルネスタが悩んだところで、レンとディオマインは止まらない。止まれない。
互いに互いを『強敵』だと認めているからこそ、レンもディオマインも一切手を抜かず、全力で己の力を出していた。
しかしそれでも人間とモンスターの間には大きな差があり、レンの一撃とディオマインの一撃は同じ威力ではない。
しかも体力の多さはレンよりディオマインの方が何倍・何十倍も多く、ディオマインはレンの攻撃を受け続けることは出来るが、その逆は不可能である。
それにずっと動き続けていればスタミナも減り、動きが鈍くなってしまう。
なのでリルネスタから見たら互角に見える勝負でも、実はゆっくりとだがレンは押され気味になってしまっているのである。
『ガァアァァアァ!!』
「うっ!? 痛えなぁ……っ!」
凶悪な鉤爪でレンは切り裂かれそうになるが、すぐさまその場から飛び退いて攻撃を回避する。
しかし完全に避けきることは出来なかったのか、右腕に巻かれた白い包帯が破け、じわじわと赤く染っていく。
だが止血をしてる暇などない。
レンは突き刺さるような痛みに耐えつつ、決して怯むことなくディオマインの攻撃を受け流し、一気に攻めに転じる。
「ぐぅ……っ、この瘴気……もう傷は負えないな……」
この短時間でレンは金色の瘴気に包まれていたが、傷口に侵入してきたときに感じた痛みから、あることに気付く。
それは、今まで金色の瘴気と称していたが、目の前に漂うのは瘴気ではなく、どちらかというと鱗粉に近いものであるということだ。
実際に見たことはないが、ディオマインの体を生成するということは瘴気のような気体ではなく、個体だと思った方がいいだろう。
つまりこの金色の鱗粉はディオマインの鱗を極小サイズにしたものであると考えた方が、吸い込んだときの息苦しさや傷口に染みる痛み。そしてディオマインの腕や尻尾を生成できる理由としては十分であるのだ。
「つまり姿を変えて強くなるといっても、それはただ小さな鱗が集合しただけで、これはあくまで仮の姿なのか……? もしそれが本当なら、この鱗粉さえなんとかすれば勝機はあるはず……もし、無限に出てくるわけじゃなければの話だが……な」
こんなときこそ冷静に物事を考え、慎重に行動できるレンは冒険者として卓逸した存在であるといえるだろう。
実際このような場面でディオマインの放出する粉の正体など、解明しようとする者はいないだろう。
だがレンはほんのわずかでもいいから勝率をあげるため、やれることは全てやり尽くさないと気が済まない性格であったのだ。
「支援魔法は定期的に飛んでくるが、攻撃系の魔法は一回も見てないな。やっぱりまだ迷ってるか……なら、宣言通り俺がチャンスを作ってやらなきゃな」
レンはディオマインが投擲する岩石を紙一重で躱し、地面に剣先を付けたまま走り、ディオマインの眼前で聖剣を振り上げる。
するとディオマインが暴れたことにより地面から削れ出た砂が大量に舞い、視界が悪くなってしまう。
だがそれはレンだけでなくディオマインも同じで、いくら金色の鱗粉の流れを感じ取って獲物を見つけるディオマインでも急に目の前が見えなくなってしまうと落ち着いてはいられなくなる。
なのですぐさま目の前の砂埃を切り払うディオマインだが、そこにはレンの姿はない。
きっとまた背中の上に乗っているだろうと体を地面に叩きつけながら暴れ回るが、レンを潰しただとか吹き飛ばしただとか、そんな手応えが全くないことに気付き、ディオマインは首を傾げる。
『グロォォ……?』
周囲を見渡すが、自分が舞い上げた砂埃のせいで空すら見えなくなってしまい、ディオマインは高い雄叫びをあげて風圧で砂埃をかき消す。
すると眩い小さな光が正面で不規則に光っているのが見えてくる。
その光の正体。
それはリルネスタが展開した《ライトニングブラスト》の魔法陣であり、次第にその魔法陣は大きくなり、濃度の濃い雷属性の魔力がリルネスタの周囲を漂っているのか、リルネスタの髪が風もないのに風でなびいてるかのように宙を舞っていた。
「レンがせっかく作ってくれたチャンスなんだ。だから、私がしっかりしなきゃいけないんだ……!」
手先を震わせながら杖先を向けている時、レンはディオマインの目の前に砂埃を舞い上げ、攻撃に転じると思えばすぐさまその場から退避してしまった。
どうしてそんな勿体ないことをしてしまうのだろうとレンを目で追うリルネスタだが、そのときレンと一瞬だけ目が合い、頷いたと思えばディオマインが投擲した岩石の裏に隠れて姿が見えなくなってしまう。
そんな一秒も経たない出来事であったが、リルネスタはレンが『俺と目が合ったらチャンスだ』と言っていたことを思い出し、迷いを捨てて《ライトニングブラスト》の魔法陣を展開したのである。
「レン、私のために頑張ってくれてありがとう。──ライトニングブラストッ!」
巨大な魔法陣がピカッ光ったと思えば、ディオマインの咆哮とは比べ物にならない轟音が鳴り響き、地面を抉りながら一本に束ねられた複数の雷がディオマインを襲う。
その尋常ではない力を秘めた《ライトニングブラスト》から逃れようとするディオマインだが、跳躍するため地面に手をついた瞬間、全身に電流が走り、体に巡る血液が蒸発しているかのような高温に包まれていく。
すぐに自分を守るため肩から生えた新たな二本の腕で防御の構えを作るが、表面の鱗が溶け朽ちていき、あっという間に腕が弾け飛んでしまう。
やはりレンの推測通り姿を変えたとしても増えた腕や尻尾には筋肉が詰まっているわけではなく、あくまで鱗の集合体──つまり、見せかけのハリボテであったのだ。
その証拠に新たな二本の腕が弾け飛んだのにも関わらず血液は飛び散ることはなく、飛び散ったのは金色の鱗粉だけであった。
「これで吹っ切れただろ、リルネスタ」
岩石の裏に隠れているというのに背中から伝わってくる電流にレンは苦笑いを浮かべつつも、岩壁に埋め込まれていくディオマインを観察していた。
鱗は飛び散り、悲鳴をあげるディオマインだが、レンの目にはどこかディオマインが余裕そうな表情をしているように見え、目を細めていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
体を張ってチャンスを作ってくれたレンのため、リルネスタは残っている魔力を注ぎ込んで《ライトニングブラスト》をディオマインに浴びせ続けた。
だが途中で限界が来たのか、リルネスタは杖を握ったまま座り込み、荒い呼吸を繰り返していた。
「大丈夫か、リルネスタ」
「あ、レン。うん、なんとか大丈夫だよ」
「ならいいんだが……よく頑張ったな」
「うん、でもそれはレンのおかげだよ…………あれ? それよりもレン。いつの間にあのモンスターを倒したの?」
「は? なにを言ってるんだ? まだ倒してないぞ?」
「そうなの? じゃあなんでレンの後ろにあのモンスターがいるの?」
意識が曖昧なリルネスタの言葉に反応し、レンは目を見開いて後ろを振り向き、聖剣を引き抜こうとする。
だがその前にはディオマインに脇腹を殴られ、リルネスタの目の前からレンが消えるかのようにフェードアウトしてしまっていた。
「え……、レン…………?」
どこに行ってしまったのか、どこを見てもレンの姿がない。
あるのは正面でこちらを睨み付け、右腕を振り上げるディオマインのみで、リルネスタは逃げるために立ち上がろうとするが、体が重くて思ったように動いてくれない。
『グロォオォォオォォオオ!!』
ディオマインが腕をリルネスタの脳天目掛けて振り下ろす。
そのとき前方からではなく後方から力強い風が吹き荒れ、リルネスタは前に倒れそうになる。
そして顔を上げたときには、目の前が真っ暗になっていた。
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