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ドワイラルク編
第5話 メンクの村の秘密
しおりを挟むメンクの村。
そこは人口が百人とちょっとくらいの村の中では大きめな村で、牛や豚、羊や鶏など家畜が多い豊かな村である。
そう俺に教えてくれたのは、メンクの村の村長であるイズンだ。
どうやらこの村はドワイラルク管轄区域らしく、この村で育てている家畜や、この村の名産品でありドワイラルクでも重宝されている絹糸は、世界的にも有名だとのこと。
ドワイラルクは様々な街や村を管理している国だが、その中でもメンクの村で作られる絹糸は、ドワイラルクに特別視されるほどの高品質らしいのだ。
その秘密は、今俺たちが訪れている大きな小屋の中にあった。
「これは……」
「実はこれ、他言無用の企業秘密なのです。しかし、ポッチョさんのお眼鏡にかなっているレイさんやネアさんだからこそ、お見せできるものです」
「確かに、これは予想外だったな……」
絹糸と聞いて、この村では蚕でも飼育しているのかと、俺は思っていた。
だがその予想は大きく外れた。
今俺の目の前にある柵の中で蠢いているのは、全長が三十センチほどで、体がボールのように丸っこい芋虫であった。
「この子の名前はボールキャタピラー。食べた餌を消化し、そこで得た栄養を使用してお尻から絹糸の材料となる糸を生成する虫です。冒険者界隈で言ったら、魔物の一種ですね」
イズンからの説明を受け、俺はただ無言でボールキャタピラーを見つめていた。
人間と魔物の共存は不可能ではあるが、このように魔物の特性を利用し、家畜のように扱って商業目的に利用する道があるものなのかと、俺は初めて見る光景に感心していた。
だが、それでもボールキャタピラーは魔物の一種なため、冒険者である俺の目線から見ると、少しばかり不安が残るのも事実である。
しかし、飼育環境は非常に良い。
これは、イズンやこの村の人たちがボールキャタピラーを可愛がっている証拠だと言えるだろう。
「まさか、魔物であるボールキャタピラーを商業目的に利用するとは、驚きだな」
「といっても、これはここの村にいる《懐柔》のスキルを持つ者がいるからこそ、成り立つ商売ですよ」
「《懐柔》……なるほどな。スキルの効果は知らないが、元は人や動物を使役することができるようになるスキルが、魔物にも適応されたというわけか」
「はい、その通りでございます。ですが、使役できるといっても自分よりも格下の存在だけ。つまり、ドラゴンには通用しないというわけですね」
逆に言い換えれば、ボールキャタピラーのように無力な魔物は、戦えない村人でも使役できるというわけだ。
それなら、もし俺がその《懐柔》というスキルを得ることができたら、もしかしたらドラゴンを使役することだって夢じゃないかもしれない。
いや、そもそもドラゴン自体そんなお目にかかる魔物じゃないし、《懐柔》なんてスキルを魔物が取得しているとは考えにくいので、あまり現実的ではないだろう。
「……例えばだが、このボールキャタピラーは一応芋虫なんだろ? ということは、サナギになって成虫になれば、蝶か蛾かは定かでないが大きな魔物になるはずだ。それは危険なような気もするのだが」
「その点は大丈夫です。ボールキャタピラーがお尻から糸を生成する理由は、繭を作るためです。その糸さえ取ってしまえば、ボールキャタピラーは一生この姿のままです。生態を邪魔していると考えれば、少し残酷かもしれませんが……」
「いや。魔物という存在は昔から人間を脅かしてきた。そう考えれば、多少残酷だろうと咎められることはないさ。それに、魔物を庇う人間だって、いるはずがないからな」
動物愛護団体だったり野鳥愛護団体などは存在するが、魔物愛護団体だったり魔物を保護するような団体の存在は聞いたことがない。
確かに、この世には無害な魔物だっているが、魔物は魔物という存在なだけで脅威となる可能性になる。
弱い魔物を狙って遠くから魔物がやってきて、その魔物を食らうために更に強い魔物が遠くからやってくる。
そしてその強い魔物はその地でどんどん繁殖し、いつしか人間を襲うようにだってなる。
だからこそ、魔物という存在はいくら無害であっても、いつかは有害となり得る存在を引き寄せる因子へと変貌する可能性は捨てきれないのである。
「(…………なるほど、そういうことか)」
自分で魔物についての考察をしている途中で、俺はこの村が魔物に襲われている理由が分かったような気がした。
いや、もしかしたら違う可能性だってある。
だがそれでも、違うという可能性よりも正しいという可能性の方が強いため、俺は思い付いたことをイズンに投げかけることにした。
「もしかして、このボールキャタピラーを狙って魔物がやって来ているのか? 場所は……東にある、小さな山を囲う森──とかな」
「……っ! まさか、私が話そうとしたことを先に言い当ててしまうとは。まさにその通りです。メンクの村の東側にある森──ネチャクの森には、コアマンティスという名のカマキリが生息しています。奴らの大好物が、この子たちボールキャタピラーなのです」
現実のカマキリが餌として蝶や幼虫を食らうように、魔物の世界でもボールキャタピラーのような幼虫はコアマンティスというカマキリに捕食される運命らしい。
それを聞いて、どうしてボールキャタピラーを飼育している小屋がメンクの村の中央にあるのかを、俺は理解した。
コアマンティスによる被害を少なくしたいのなら、村の外にボールキャタピラーを飼育する小屋を建てればいい。
だがそうしてしまえば、ボールキャタピラーたちは小屋に侵入してきたコアマンティスによって捕食されてしまうだろう。
その結果、メンクの村では自慢の絹糸が製造できなくなり、ドワイラルクから潤沢した資金を得ることができなくなってしまう。
それに、ボールキャタピラーは幼虫なため繁殖することもできない。
失ってしまえば、またどこかから調達しないといけなくなってしまう。その労力を考えれば、このボールキャタピラーを守るために村の中央に小屋を建てるのも、納得がいく話だ。
「魔物の命は長命で、ボールキャタピラーの餌は植物や野菜だけで大丈夫です。この子たちは、私たちメンクの村の宝なのです。どうか、どうかこの子たちをコアマンティスからお守りください……!」
自分たちの命ではなく、ボールキャタピラーの命を優先して守ってくれと、イズンは頭を下げてくる。
いや、違うな。
商人が魔法の袋を命と同等に扱うように、この村の生命線であるボールキャタピラーは、イズンだけでなく、この村自体の命なのである。
他の村や街──下手したら、ドワイラルクでもできないかもしれないこの商業を続けるためには、もちろん《懐柔》のスキルは必須ではあるが、ボールキャタピラーの存在が一番だ。
つまり、ボールキャタピラーの命を救うということは、この村を救うと同じなのである。
それなら、もう話は早い。
いや、たとえそうでなくても、最初から俺の決意は決まっていた。
「もちろん、守らせてもらう──いや、守らせていただきます。俺の持つ力は、そのためにありますから。ネアも、協力してくれるか?」
『……うん。レイが戦うなら、ネアも戦う』
そうネアが答えると、イズンは力強く握っていた拳を広げ、感銘を受けたかのように左胸に手を当てていた。
「本当に……本当に素晴らしい冒険者だ……! もちろん、対価は支払います! そうですね……報酬は──」
「いや、お金はいらない。その代わり、少しだけ頼みたいことがある」
「……頼みたいこと、ですか?」
俺の言ったことをオウム返ししてくるイズンに対し、俺はゆっくりと頷く。
この小屋に来る前から、俺は気になっていたものがあった。
それに、その気になっていたものは今俺が必要としているもので、できればお金よりもそっちを報酬として貰いたかった。
それをイズンに伝えると、イズンはむしろ乗り気で「素晴らしい品を用意します!」と俺の手を握ってきたので、俺はその手を握り返し、俺がこの村を襲う魔物を討伐するという契約が結ばれた。
契約と言ってもたかが口約束の弱い契約だが、わざわざギルドに依頼を回すよりもこちらの方が早く済むので、個人的にはこっちの方が気が楽なのである。
だが、この口約束の契約はいくらでも破こうと思えば破けるものなので、コアマンティスを討伐し終えたのにも拘わらず、報酬を貰えずに村から追い出されてしまうという可能性もある。
しかし、メンクの村の村長であり、あの自称ドワイラルクの豪商であるポッチョと親しげなイズンが、そんな狡猾なことをするとは思えなかった。
「では、早速お願い致します。奴らの行動時間は夜ですので、今はまだ大丈夫です。その代わりに、拠点となる空き部屋をレイさんとネアさんに提供します。その中で、時間になるまで待っていただいてもよろしいですか?」
「あぁ、用意してくれるなら願ったり叶ったりだ。それと、この村の地図も用意してほしい。欲を言うなら、その地図にコアマンティスが襲ってくる場所の印を書いてほしい」
「分かりました。その程度でしたら、いくらでも協力します。とりあえず、今は移動しましょう。作戦を練る時間くらいは必要ですしね」
イズンの計らいによって、早速俺たちはメンクの村にある客人を泊める小さな平屋へと案内される。
そこは見た目は少し古びていたが、内装は充分に暮らせるほど整えられており、ゴミやほこりなどはなく快適な場所であった。
その平屋の中で荷物を整理していると、俺が頼んでいたメンクの村の地図をイズンが持ってきてくれた。
そしてその後、俺とネアは二人で肩を並べたままベッドに腰を下ろし、地図を見ながら早々に作戦会議をすることにした。
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