魔界食肉日和

トネリコ

文字の大きさ
41 / 61

41、ミイラ司書は男前?(ミイラ司書視点

しおりを挟む




 ミイラ司書は思っている。
 この皮膚の黒ずみ具合、腐りきる直前のアンバランスな弾力と柔らかさ、高級感と懐古感を併せ持った包帯の解れ具合―――まさに自分は男前過ぎると思っている。

 きゃ……、何このカレーを後で食べようと思って十日ぐらい放置しちゃったことを忘れて蓋を開けてしまった時のような後悔する臭いは……
 あなたやけに具体的ね…。想像するからやめてちょうだい…
 あなたこそ想像できてるじゃない
 そ、想像っていってるでしょ…!

 ミイラ司書は思っている。
 哀れな他種族は俺の魅力を理解出来ていないが、理解出来てしまうと業務に支障が出るから仕方ないと許してやっている。例えば愚かな他種族は理解出来てないが今日の雨天に合わせたモント・フランケン製の高級吸水包帯などはかなり洒落たセンスだと思っている。 

 きゃ……、何か引きづった様な黒い跡が続いてるわ。何かしら……
 ほんとね、不気味ねぇ。死体跡かしら
 それにしては細いしねぇ。……あら、何だかまだ臭わない?
 わ、私はカレー捨てたわよ?
 あら、やっぱりあなたも十日とおかレー作っちゃたのね

 聞こえてくる声に引きづっていた足元の包帯をさりげなく巻き直しつつ、ミイラ司書は図書館内へと歩を進めた。何故こんな芳醇な香りを好ましく思えないのか、他種族に同情してしまう。

 図書館に近付いてくるにつれ響く喧噪。
 何故館内なのに喧噪が響くのか
 ミイラ司書は腹立たしさと共に頭を押さえる。

 おっと、折角セッティングした包帯の型が崩れてしまった。本当アイツらは碌な事をしない

 客と静かな館内のためといいつつ、多分の私情を元手に今日も嫌がらせしてやろうと決めたミイラ司書。
 そんなミイラ司書の前では今日もぎゃあぎゃあとうるさい獲物がいた。
 館内は幾万もの書物があり空間を捻じ曲げているため、よっぽど騒ぎもしない限り目立つことはない。

 というわけで今日もどう嫌がらせをしてやろうかと隠れて様子を伺う。

 あら、跡を追いかけていたら途中で途切れてしまったわ。残念ね
 まぁ臭かったしいいじゃない。折角だし図書館に寄らない?
 そうねぇ……、あら、何だかまた強く
 もうっ今日は何て日かしら! これはもうスメハラよスメハラ!
 スメハラさんのなの?
 違うわよ!?

 どうやら後ろからも喧噪が聞こえるのでそそくさと場所を移動する。
 別に逃げたとかでは全くない。この誇り高いミイラ男としてそんなことなど断じてない
 ないったらないのである。

「ワニ返せっつの! 今悪の大王サテランが遂に野望世界征服を叶えるクライマックスなんだよ! 何で取り上げんだよ! このトカゲ様が珍しく自費購入したもんなんだぞ!」
「トカゲこっちも見ろよー」
「お前見ても楽しくねーだろーが! というか今全力で恨みの視線いってっだろ。かーえーせー」
「このまま抱き絞めていーかー?」
「誰が許可すると思うでか」

 本当こいつら体内から爆発四散すればいいのにとミイラ司書は思った。
 勿論静かな館内と客のためである。断じて僻みなどではない。ないったらない、とミイラ司書は思っている。

 ミイラ司書の視線の先にはこの世に一種一族しかいない巨漢の大型鰐と、見た目は人族の黒髪おさげの少女がいる。どうやら少女は宣言通りこれまた巌の様な新緑の太い腕に羽交い絞めにされたようで、潰された蛙の断末魔を上げたきりぐってりとしている。

 ……、復活したようだ。

 様子を伺っていると、ワニがふと視線だけをミイラ司書へとやった。
 近眼から覗く黒く細長い瞳孔と目が合った瞬間、ぞわりと痛覚のほぼ無い皮膚を悪寒が走る。
 ワニは興味無くそのまま視線を外したが、ミイラ司書は動かぬ心臓を押さえながら出ない冷や汗を拭った。俺は世界の愛すべき男前だが、実力を把握出来ぬ様な愚かなミイラ男ではないのだ。

 ミイラ司書はふと思う。

 トカゲはミイラ司書が知る中でも一等愚か者であると。まずもって脳が足りてないと分かる程度に短絡的で思慮不足である。何故ワニのあの視線を受けて能天気に逃げ切れると思っているのか分からない。心臓が止まるたびに図太く再生されているに違いない。

 それに加えて弱い癖にうるさい。魔界では弱者は本能的に強者に服従する。勿論同時に何時でも追い落とそうと虎視眈々と狙いもしているが、ワニとトカゲの実力差で何故ああもキャンキャン魔犬の様に吠えれるのか理解できない。

 そしてこの俺に対しても雑魚の癖に臭いだの何だの言えるのが意味が分からない。やはり脳みそと鼻が再生時に死滅していったに違いない。
 トカゲが包帯を貢いできた時には、ようやくこの脳足りんにも俺の魅力が分かるようになったかと少し見直してやったのに

 ミイラ司書は自分を男前だと思っている。
 包帯を付けているとワニからふとした時に身も凍る様な視線を受け、実際に牽制がてら襲撃されたりもしたが、貢物を無碍にするようでは男が廃るとわざわざ死守してやったのである。
 ミイラ司書は自分を漢前だと思っている。

 さて、そんなこんなで大分細切れになった包帯は今では足首にこっそりと巻かれているのだが―――

「んがー! 無駄に死んだわ! この駄ワニめ!」
「トカゲ脆いなぁー。もう一回試していいかー?」
「お前が馬鹿力なんだよ! ダメに決まってんだろ! っつーか、折角の本がぁ」
「あ、わりぃ、また同じの買ってやるから」
「ん、ついでにサテラン大王二部シリーズもな」
「おー」

 こいつら体内で粉塵爆発起こせばいいのに、とミイラ司書が思っていると、哀れ血で真っ赤になった本を持ったトカゲと目があった。

 嫌がらせする前にバレてしまったとミイラ司書が逃げようとすると、後ろからも声が聞こえる。

 スメハラさんじゃなくてスメルハラスメントのことなのね……
 そうよ、むしろスメハラさんなんているわけないでしょう
 あら、そうでもないわよ?
 え?
 あら、丁度いいところに、ほらあそこの方がスメハラさんよ。
 …え、……ええー??

 何だか関わりたくなかったので、トカゲに向き直り不機嫌なフリをして立っていると、何を思ったかトカゲが近付いてきた。必然的にワニも近付いてくるので緊張感が増す。

「ミイラ司書いいところに! これやるよ!」
「?」

 嬉々としてトカゲはトンっと何かをミイラ司書に渡した。
 いきなり押し付けられて、それに目を落としてる間にトカゲは出口へと走っていく。

 手元を見れば血まみれの本
 そして押し付けられたせいで包帯にまで付着した血液

「…」

 貢物? 本…、血…? 何故ここで…、まさかワニに俺へと嫉妬させるため……

「お前はたしかー」

 ミイラ司書の魔生史上最速で状況を素早く理解すると同時に上から重低音が響いた。
 ワニの記憶に残っていたとしても悪い方の残り方であろう。

 気配が重たい。空気が重たい。重低音の中、伸ばした語尾は呑気さを表すものではなく――――

 向きたくないと思いつつ上を見上げると、くぱーと開いた真っ赤な口内と歯列があった。
 あ、俺の男道も終わったと思った瞬間、出口からトカゲの声がした。

「おーい、ワニ何してんだよ。売り切れる前に早くいくぞー」
「…おー」

 目の前でガチンと閉じられた歯列に未だに本能的な死後硬直を発揮しつつ、のっしのっしと歩み去る足音を聞く。

 うるさい音源が消えたが、やはり先程の騒動のせいか館内ではざわめきが残っている。
 それらを注意する気にもなれずさすがに椅子まで行ってへなへなと休憩した。
 血塗れの本を手にミイラ司書は思う。




 貢物に対して命を賭けて男前を取るか、即刻捨て去るか

 とりあえずトカゲの嫌がらせは明日中に絶対しよう

 そんなことを思った、わりとよくあるミイラ司書の一日であった。





 




後書き
 



 
◆ミイラ司書◆
 種族は魔界の一般的なミイラ男である。自分は男前だと思っている。実際に魔王城に勤めれるくらいにはミイラ男という種族の中でも強者なので、ミイラ界では意外とモテる。しかし魔王城では臭い然り、腐りかけの見かけ然り(ミイラ界ではベストな腐敗具合と包帯の巻き加減)、中々理解されない模様。というわけで今宵も負け惜しみのような感じの心の声である。

 ミイラ男は戦闘向きの種族ではないが、自身に触れている包帯を操れるのが種族固有の魔法である。ミイラ司書はその上位版の、他者の着ている綿や絹なども少しなら操れるので、全裸の種族でない限りは足止めも首絞めもでき中々使い勝手がよい。

 なお、スライムに仲間が間違ってお掃除された記憶があるのと、この能力が使えないので苦手意識を持っているのは内緒のお話である←

 ミイラ司書はなんとか今宵もワニから逃げ切れた模様。まだまだ受難は続くようだ。ちなみに、ワニも手加減していたとはいえ、一度襲撃を生きて逃げおおせた所からも魔王城勤務者の実力がチラ見している。エリートは大変ですね(素知らぬ顔

 ちなみに、ミイラ界ではちやほやされてたのに、魔王城では臭い物に蓋状態なので、例えあほに思ってるトカゲからのでも久々に貰った貢物は嬉しかったご様子。(真実を知ったら割に合わない気もするが。あと包帯と勘違いしているがリボンである。つくづく不憫げふんげふんっ

 男前かは置いといて、意外と男気はあるのか?ファンを大事にするアイドル気どりなのか?そこはご想像にお任せしよう

 そしてトカゲが今回本をあげたのは勿論嫉妬させるためでも貢物などでもなく、「処分よろー」である。

 ミイラ司書どんまい!ただトカゲもあほなのとワニが色々隠してるのとで、まさかワニが本を渡されたミイラ司書を食いに掛かるとは思ってなかったご様子。ひとまずどっちにしろどんまい☆!

 後日、トカゲはミイラ司書に足をひっかけられて顔面からこけました。
 トカゲは理不尽だとキれてましたが、何故かミイラ司書がガチ切れした顔だったので大人しく逆に謝ったそうです。

 以上☆


しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...