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束の魔のひと時
幕魔8 若かりし前宰相と陛下の穏やかなお茶会
しおりを挟む「さーちゃんいい天気ね~」
「そうですな陛下」
けぎょぎょー…と魔鳥が午後の和やかな空を飛ぶ。
青紫色の空を哨戒中のドラゴン騎兵が、バルコニーから陛下が振った手におずおずと短い手を振り返した。
「陛下またそのように軽々しく」
「だって頑張ってくれてるもの~」
嫉妬も多分にあるが、敬愛する陛下へと血を呑む思いで心配過多の毎度の苦言を呈すると、陛下は穏やかにぽややんと微笑んだ。
おお……。陛下の笑みは正に月光の中に住むと呼ばれる月の女神の如くそのような麗しい笑顔を振り撒かれては儂などは地べたを這う虫の如き存在で只女神の慈愛を乞うばかりの卑小さであり―――脳内でまたノンストップに流れそうになる陛下への讃美歌だが、序章のじの字でその讃美歌が途切れる。
「へ、陛下っ!?」
「さーちゃん無理に合わせなくてもいいんだよ~?」
「わ、わたしは無理になどっ! 陛下の御手に乗るなど出来ませぬ! お放しくださいませ!」
「だって大変そうなんだもの~」
ぽややんと穏やかに微笑む陛下は、手の上に宰相を乗せ頬を緩める。
焦った様に逃げようとするので、指と指の柔らかい肉の間で宰相の両足をそっと挟めば、諦めて肩を落とし所在なげに最近伸ばし始めた髭をさすっていた。
陛下に宰相が力で敵う筈もなく、また御意思に逆らえる筈もなく、こうなっては宰相も大人しく諦める他ない。
背伸びしたい年頃だものね~と背丈や動作も含め、宰相が可愛らしくて堪らない陛下である。
宰相が知れば滂沱の涙を流しそうだ。悲しみで。
宰相が少しでも大人ぶってみようと使い始めた儂という一人称も、言動も、陛下からしたら可愛らしさを助長させるものでしかない。まだ慣れないのか焦るとすぐ言い間違えるのも可愛くて仕方ない。
実は、見掛けは絶世の美女だが陛下の方がかなぁぁぁり年上である。名誉の為に年齢は言わないが。どっちの名誉とも言わないが。
青春真っ只中の宰相は知っていても改めて差を痛感させられれば滂沱の涙を流しそうだ。ショックで。
そんなこんなで宰相は諦めて眼前にあるカップの縁を睨んだ。
”眼前”である。
身長三十cm。第三成長期を信じているが未だない。そして現在は畏れ多くも陛下の指という踏み台のお陰で先程よりかは中を覗き込みやすくなっている。
「そのような気遣いなど不要ですじゃ」
「あー、また口調戻っちゃったぁ。かわいいのに~」
「へっ…! 陛下!」
少し先が尖った耳先まで真っ赤にして焦った様に諫める宰相は、他所の者が見たら天変地異の前触れかと思う程であろう。陛下の前でしか見せぬ表情は、陛下にとって見慣れた可愛らしい表情だ。
ちなみに、他所の者が見たら天変地異の前触れかと思った後、脱兎の如く逃走する。既に陛下の隣という宰相の座に就くまでに色々やってる宰相である。なお、微塵も後悔していない。
「儂は可愛くなどありません!」
「ええ~、さーちゃんはこんなにかわいいのに~」
「す、すぐに大きくなってみせますからっっ」
整った柔らかな指先でうりうりと頭を優しく撫でられ慌てるも、乱暴に振り払うことも出来ずされるがままに首振り人形と化す。
いつか陛下に釣り合うくらいに大きく強く…とは、血反吐を吐く思いで陛下の隣まで上り詰めた宰相にとって、不可能をひたすら愚直に冷酷に凄惨に可能にしてきた宰相にとって、残酷なまでに抗えぬ種族格差であり悲願である。その明晰過ぎる頭脳でもって実現不可能を弾き出していても、諦められぬ程には宰相も青く、そして苦いからこそ悲願であった。
勿論研究狂いを探して裏で巨大化策も練っているが。
苦みを闘志に変え眼前の美しく白きカップの縁へと背伸びして手を掛け、輪となっている持ち手へと足を掛ける。苦みを闘志に変えることなど、産まれてから現在までずっと続けてきたのだから容易である。
しかし、こればかりは闘志を毎度奮い立たせても宰相にとって中々の強敵であった。
陛下に合わせて作られたティーカップは四十cmと宰相の背丈すら上回り、砂糖でさえ巨大な鉄塊のようだ。大きさという暴力をこれでもかと突き付けてくるお茶会は、宰相にとって毎度決戦場の様なものである。
それでも、例え一声掛ければ自分用の小さなサイズが用意されると分かっていても、陛下と同じサイズに拘る自分が幼稚であまりにも非効率的だと冷静に何処かで判断していても、見上げた先で穏やかに見守る陛下の前では意地を張りたいものなのである。体は小さくとも宰相も歴とした男なのだから。
上体を上げようとするだけでぷるぷるぷるぷると震える種族柄筋力が全然つかぬ軟弱な腕を内心で罵倒しつつ、宰相的にはなるべく颯爽と、陛下的にはわぁ、かわいいわぁ~という調子で何とかカップの持ち手の上部分へと腰を掛ける。
既に上がる息を整えつつ、澄ました顔でこれまた大きなストローを手繰り寄せた。
実際はしんどかったので身体を預ける用でもあるのだが。
息を吐き、これまた肺活量の限界に挑んで毎度酸欠になりつつ、何とかひと口。
なおこっそり魔術も使ってるのは秘密である。
ストローから手を離した宰相へ向け、その様子を両肘を着けて熱心に、そして穏やかに見守っていた陛下はストローから滴った雫で頭を濡らしてしまった宰相を優しくハンカチーフで拭った。
「おいしかった?」
「うむ。デルボル産の良い茶葉ですじゃ」
「そうね~。さーちゃんすごいね~」
「当然ですじゃ」
陛下から見れば一滴にも満たぬ量で産地を当てた宰相をぽややんと褒めれば、当然といいつつ誇らしく、また内心嬉しくてその場で跳びはねたい宰相である。
まぁ初めてカップに登りきって陛下に褒められた時、嬉しさ余ってぽっちゃんと激熱の紅茶へと入茶自殺未遂してしまい全身火傷という死因としてはある種歴史に残るであろう死に方をし掛けたので、跳びはねたくても余裕の大人のフリをするが。保身の為にも。
ちなみに、現在はぬるい紅茶がカップへと入っており、普段宰相一人で嗜む時は宰相用の小さめなカップで嗜んでいる。
個人的にはその入茶自殺未遂の時に陛下が助けてくれ、しかも医師が来るまで看病してくれたのでもうそれだけでもう一回ぐらい経験したいと思っているが、死に掛けながら見た朧気な陛下の困り眉は『陛下のお力として生きたい』という宰相の根幹すら揺るがしかねないので泣く泣く諦めた宰相である。
筋金入りの敬虔なる陛下狂信者ともいう。
「む?」
「さーちゃんどうしたの~?」
「いえ、先程の騎兵が落ちたので何事かと」
「あ、ほんとだ~。お客さんみたいだね~」
少し背伸びして城壁の向こう側を見た陛下の視界には、迫り来る軍勢が見える。
迎え撃つようにぞろぞろと城内からも様々な者が我先にと出撃し、興奮や怒号が段々と広がってゆく。それはお祭り騒ぎにも似ている。
宰相は内心で罵倒した。
何故、いま来るのじゃ。折角の陛下とのお茶会であるのに!!と。
まぁ一昨日も別の軍勢が来たばかりであるし、日常茶飯事のことであるが。
陛下に関することに理不尽の文字はない宰相である。
個人的には出撃組にも声と音を出さず殺って来いと後で叱ろうとも思っている。慈悲はない。これぞ理不尽の権化である。
地響きや雄叫びが振動となり紅茶の水面を揺らすなか、ぽややんと陛下はカップを一口傾けた。
「さーちゃん、みんな楽しそうだね~」
「煩いばかりですじゃ」
「わたしも行こうかなぁ」
「陛下が出るまでもないかと」
実際、既に決着は付き始めている。
細めた目の奥で冷徹に損害を判断し、問題なしと断じた宰相の視界の先では、先程落とされたドラゴン騎兵が敵陣を味方ごと火の海に変え愉しそうに雄叫びを上げている。
陛下の震えあがれてしまう程の美しくも畏ろしい魔力の中で魔王城に日々勤める者と、所詮数に任せた寄せ集めの軍勢との差など言うに及ばずだ。
「あ、さーちゃん大鬼さんと目が合ったよ~。手を振ってくれてる~」
ひらひらとおっとり手を振り返す陛下。
視線の先では敵軍大将である大鬼が、降伏を受け入れてくれたのかと厳つい顔を一瞬生への期待へ輝かせながら首を跳ね飛ばされたところであった。
ぽーんと高らかに天へと打ちあがる首。
「さーちゃんいい天気だね~」
「そうですな陛下」
ぞろぞろといい運動したなーといった満足気な表情で薄汚れた格好のまま帰ってくる奴等に、お主等陛下の城に戻る前に身体を清めて来い消すぞというじっとりした視線を投げていた宰相であるが、陛下がさーちゃんと名前を呼んだので慌てて陛下へと視線を戻した。
一に陛下、二に陛下、三四陛下で五以降も永久に陛下である。異論を言う奴は敵じゃの?消す。
「またお茶会しようね~」
「勿論ですぞ」
ぽやんと穏やかに微笑む陛下の頭上を、けぎょぎょ~と魔鳥の影が差す。
「今度は来てくれたお客さんも一緒だと賑やかになるかなぁ」
「そっ、それはどうですかのぉ」
「その時はみんなでお茶会しようね~」
ぽわわんと穏やかに微笑む陛下は慈愛で純真な女神過ぎるから敵軍にさえその寛大な御心にて……、そのような陛下の御前へと陛下の治世を脅かす様な不信心な者などこの儂の目の前で存在を許すことなど到底……、しかし陛下は次回の客をもう既にお茶会へと招待するつもりであり…――――
その明晰過ぎる頭脳にて瞬速で解答を弾き出した宰相。
陛下に関することに妥協の二文字など世に存在させてはならないと本心から思っている。
なお、その明晰過ぎる頭脳には、空飛ぶ生首を見ながらいい天気だね~という陛下が純真なのか…?という疑問符は浮かばない。むしろ浮かんだ者の背後へと無表情でヤりに忍び寄るのが宰相である。
「陛下、全て儂にお任せください」
カップの持ち手の上で片膝を立て、精一杯の誠意を込めた礼を尽くす宰相。
陛下のお茶会を妨げる不届き者などこの儂が全て排しましょうぞ
今度など無くせばよい。これで双方満足である。
陛下への愛の為に早期の魔界統一を一瞬の躊躇いも無く決心する宰相。
それはある種必然であったのだろう。
「うん~。さーちゃんお願いね~」
「御意」
またけぎょーと鳴いた魔鳥がお茶会の頭上でドラゴン騎兵のお昼にされる。
血と泥臭いそよ風が吹く穏やかなお茶会で、二人はにこにこと和やかな時間を楽しむのだった。
あとがき
え?ちっこくてまだ青いところもある宰相とおっとりぽややん陛下のお茶会ですよ?
穏やかで和やかじゃないっすか~☆(城内はお掃除スライムやお掃除妖精達が殺気立って活動中)
え、魔鳥?ドラゴン騎兵的に、目の前をぱたぱたってたんでおやつ感覚だったそうですよ~
おやつの時間ですもんね~。穏やかですね~(そうじゃない
魔鳥も作品出没回数で言うと常連なので、やっぱ常連の風格ですよね~。
ほぼ食べられてるとか言わな(((
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