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束の魔のひと時
幕魔7 恋バナだって偶には出来るようになりました
しおりを挟む「あー、めー子好きだ。結婚しよう」
「トカちゃん不倫は駄メェ~っ。ワニさんに襲われちゃうよ~」
「そしたら離婚だな」
ふにふにふにふにとめー子をひたすらもふもふもふもふしながら思わず真顔で呟くと、めー子は恐る恐る周囲を見渡していた。
ちなみにここ最近無職になったせいでよりべったり度が増したワニは、鬱陶しかったので僻地の花摘んで来いとお使いに出している。
花? 名前忘れたけどそんなもんただの言い訳である。
「あー、あいつなら大丈夫だって。適当に僻地に行かせたし」
ちなみに名前を呼ぶと転移でも何でもして現れるから『あいつ』である。
名前を呼んではいけないあの人とかどこのラスボスだ。
ふにふにとめー子の腕を揉んで癒されつつ、安心させる為に呟いたら何を勘違いしたのかめー子は揉まれていない方の蹄を口元に当て、メフフ…とニヤついていた。
「もうトカちゃんったら照れ屋さんなんだから~」
「めー子にはどう見えてんだ…。ありゃ完全ガチもんのストーカー野郎だぞ」
「メえー、でもあんな真剣に守ってくれたら私なら嬉しいけどな~」
「そりゃ、助かってる所もあるけどよぉ…」
思わず弱り切った声が出るのは思い当たるふしもあるからである。
この一か月でトカゲを殺ればワニを倒せるからと、四六時中挑戦者や下剋上狙いや復讐目当てに襲われるわ、研究狂いが押し掛けてきて城内を逃げ惑ったわ、魔界生物保護管が保護対象に入れるからもっと良いもん食えとオカンみたいに口うるさく来るようになるわ……
うう、無痛の筈なのに頭痛い、痛過ぎるぞ……
確かにワニが傍に居なけりゃ一日も保たず魔界の肥やしかホルマリン漬けなのも分かっちゃぁいるが、だからって寝ても覚めてもワニに喰われたり子作り子作り言われるのもお通夜モードにもなるってものである。
うう、大体何で風呂場にまで暗殺者来るんだよっ。油断してる時? そんなもん雑魚なんだから何時でも何処でも隙だらけだよ!! せめて迷惑掛けに来るんならサボれる仕事中に来いよ!!
うがー!!と風呂場でひと騒動あったあの時を思い出して逆ギレ暴れをしたくなるが、それでもここ最近は片っ端から返り討ちにして潰して回ったのと、司書長や宰相達のお陰で大分マシな日々にはなったのである。それでも偶に…いやよくお客さんは来るが。
最近逃げ足と度胸に磨きが掛かって来ている自信しかないトカゲである。
はぁ、後悔はさらさらねーけどよ、不安にもなるっつーか。あいつも無職状態だし金もどーっすかなぁ
呼べば来るとはいえ働きに行かせると万が一で我が身も心配だし、なかなか頭の痛い問題ばかりだ。
つい深いため息が出ていると、めー子はしたり顔で心配そうに相槌を打った。
「メふぅ…、トカちゃんマリッジブルーってやつだねぇ」
「これがマリッジブルーってやつなんだな」
傍から見たら、そんなデンジャラスな日々だと誰でもそりゃブルーになるよ!とのツッコミが入りそうだが、新婚ほやほや娘と、恋に恋するミーハー乙女にはどうやら届かなかったようである。
「メェ…。トカちゃん愚痴とかぐらいなら聞くよ~?」
「めー子天使か…。おう聞いてくれよ」
心配なのもあるが、恋バナ出来るという状況がつい楽しい微笑みのめー子と、めー子は優しさの塊…、天使に違いねぇとめー子女神を崇めるトカゲ。両者が仲良ければまぁそれでいいのであろう。
「最近だいぶ敵も減ったのに急に抱き着いてきて暑苦しいし」
「メフメフ」
「そのせいで皮膚削れて真っ赤になるから服やら本やら弁償せんにゃならんし」
「それはちょっと…」
「罰として新しい服買わせたり荷物持ちにしたら妙に上機嫌なドマゾだし」
「めふ…」
「最近あいつドマゾ過ぎて怒られたくて態とやってんじゃね?って思うし」
「メェ…」
たぶんそれトカちゃんとデートしてるって思ってるからじゃないかなぁ。もしくはワニさん流の斬新なお誘い方法なのかも…と思いつつも、愚痴がまだまだ止まら無さそうなので大人しく口を噤んだめー子である。
「勝手に心読むし」
「めふぅ」
「何か意味分かんねぇところでかわいいかわいい連呼してくるし」
「めふ?」
「軽いから喰えよーって馬鹿にしてくるけどそれはお前が馬鹿力なだけだし」
「メフフ?」
「むしろお前が喰うなっつーか、最近自分を喰わせようとしてくんなって思うし」
「メフフフ」
段々ヒートアップしてきてトカゲ本人も止められない止まらない状態である。そして段々雲行きがめー子のセンサーに引っ掛かり始めてめー子も耳がぴるぴるしてしまう程である。
「っつーか子作り子作り所構わず言ってくるし!」
「そういえばよく言われてるねェ~」
「セクハラもいい加減にしろっつーか! こちとら未経験だし!」
「めふめふ」
「子作りっつっても金とか家とか、まずこんな敵ばっかな状態じゃ危ねーし!」
「めふふふふ」
「自分のことだって全然出来ねぇ奴が親なんてクソったれだし。まだこんなガキじゃ駄目だって思うし。こっちだって心の準備ってもんがいるし大体あいつはどうせ考えなしに言ってるに違いねぇし!」
「めふふ、トカちゃんだって準備いるもんね~。別に、絶対嫌だとは言ってないもんねェ~」
「そっ……」
瞬間、真っ赤になってもごもごと口を噤み、めー子の腕をふにふにと揉みながらひたすら目を泳がすトカゲ。耳まで真っ赤になりながら、俯きがちに負け惜しみみたいにぼそりと告げられた言葉に、めー子はメフゥーーー!!!と雄叫びを上げたくなった。雌だが。
「メフフフフ」
「めっ、めー子! このことワニには」
「トカゲ呼んだかー?」
「うげっ、何で来んだよ!?」
そりゃ呼ばれたからなーと呑気に返すワニに、まだ動揺の抜けてないトカゲは逆ギレ気味である。
素直じゃないなぁ、トカちゃんわぁと萌えに身を任せるめー子は、固有魔法まで使って完全に気配を消し見守る態勢へと移行している。
「間違えただけだっつの! いまめー子と話し中なんだからあっち行って……、めー子!? 消えた!?」
見捨てられたと絶望の表情のトカゲに内心申し訳なく思いつつ、視線の合ったワニにお邪魔はしませんと直立不動で壁際に寄った。
メフぅ、トカちゃんごメんねぇ…
我が身も大事なのである。魔界なので。
萌えも大事なのである。生きがいなので。
「トカゲ―、言われてたやつ持って来たぞー」
「うぐ、お、おう。よくやったな」
ワニと目を合わせず花を受け取るトカゲにワニは不思議そうだ。心なしトカゲの頬が赤いが、幸か不幸か気付かれていないようである。
「トカゲ、何でこの花なんだー?」
「そ、それは……」
めー子も、まさかお前が鬱陶しかったから僻地まで行かせたと正直に言うんじゃなかろうかとつい両蹄を口元に当ててはらはらしてしまう。
「お前が最近べったりで鬱陶しかったし」
「トカゲつめてー。でも好きだぜー」
「うぐ」
トカちゃん正直に言っちゃったーと思わず口元の蹄を目の上へとスライドさせてしまうめー子。でもばっちり蹄の隙間から見ている。
いつものこととめげない寛大なワニに感心しつつ、トカゲの方を見るとバツが悪そうに指先を組んで花びらを触っていた。
「トカゲ―、こっちもやるよー」
トカちゃんそれじゃあ折角の翡翠色の綺麗な花びらが禿げお花になっちゃうよと、床に散り行く哀れな花びらを眺めていると、トカゲの前に居たワニが何処からともなくもう一輪差し出した。
「何だワニ、これ?」
「おー、黒色、トカゲみてーできれーだから摘んできた」
「これ病気で死に掛けの雑草だぞ」
「! そなんかー」
肩を落とすワニに、心なし黒い雑草の茎まで萎れ気味である。
と、その様子が可笑しかったのであろう、トカゲは雑草を受け取ると矯めつ眇めつしてぶくくくと盛大に腹を抱えて笑った。
トカゲが笑ってるならいいやと呑気に喜ぶワニに、トカちゃんそりゃあんまりだよぉと同情を禁じ得ないめー子。
すると一頻り笑って涙目気味のトカゲが目元を拭いながら「ん」とワニへと受け取っていた筈の翡翠色の花を差し出した。
「? トカゲ、気に入らなかったんかー?」
流石のワニも返却に落ち込んでいると、ぽこんと翡翠の花で頭を叩かれる。また花びらが舞って床へと落ちた。
不思議げにワニがトカゲを見下ろすと、トカゲは悪戯げに笑う。
「ちげーよ。そりゃ鬱陶しかったのも本音だけどよ、それ、お前に似た色だから気になったんだっつの」
「!」
「でもこっちのならほぼ死んでるから枯れねーし、やっぱこっち貰うわ」
「ト…」
「ぶはっ、雑草って! それも病気のやつって! くくく、あー、笑った。だからそっちはワニにやるよ、ありがとな」
「ト」
どこか愉快げに、どこか嬉しそうに雑草を指先で回すトカゲはめー子の目から見てもとても綺麗で―――
ト?と今度はトカゲが不思議そうに雑草からワニへと視線を上げた瞬間、ワニに抱き着かれたトカゲから断末魔の悲鳴が上がった。
「トカゲごと全部喰いてぇ…」
「ひぃっ。意味分かんねぇっ!? お前も死ぬからなこの食欲魔人め!! 何でてめぇは毎度毎度そう急なんだよ! うがー!! また服汚しやがってー!!」
憤慨するトカゲとぐりぐりと思う存分トカゲを抱き締めるワニを横目にそろそろとその場を離れるめー子。
割れ鍋に綴じ蓋。
私も恋したいなぁ。王子様いないかなぁとトカゲが幸せそうなのを嬉しく思いつつちょっぴり羨ましく思うめー子であった。
「トカゲ好きだぜー」
「左手を返してから言え!! 雑草が汚れるだろ!!」
「おー」
とはいえ、王子様はもう少し一般的だといいなぁとも思うめー子であった。
あとがき
ちなみに、めー子も魔王様を見て綺麗だと思うが、結婚とか容姿のタイプはやはり同じ羊族なので、なかなか職場の魔王城にて出会いがない模様。
村に帰るとモテはするのだが、どうしても都会の男性に憧れている様子である。
めー子のことを好きな幼馴染の雄っ子もいるが、今の所全くもって相手にされていない(ぇ
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