もってない「保手内くん」と、もってる「もち子さん」

トネリコ

文字の大きさ
9 / 9

晩年、おにぎり本出しました




「保手内さん!」
「もち子さん。急ぎの用事ですか?」
「ち、違うんですっ」

 真っ赤になってぱくぱくと声が出ない様子に、察せる男、先輩は辺りを見渡す。
 よくもち子さんと一緒に居る同僚が、鬼の眼光で席を外せとジェスチャーしていた。

「保手内、俺はちょっと手洗いに行ってくる。それまで待っててくれ」
「あ、じゃあ俺も一緒に」
「男には、一人で行かなければならない時もあるんだ」
「先輩そんなに連れション反対派だったんですねー」

 多大なる誤解を解きたいが、外部圧力に屈する先輩。
 彼には時間が残ってない。

 周囲に感謝しつつ、真っ赤な顔で勇気を振り絞るもち子さん。
 目はうさぎよりも真っ赤な潤みを持っている。
 傍目にとても愛らしいが、保手内くんは残念ながら一般的な感性は持ってない。

「もち子さん花粉症ですか?」
「いえ、違います。あのあの、えっと」
「はい何でしょう」

 いつもの陽気な笑顔は、もち子さんの肩の力を少し抜くパワーを持っている。

「も、保手内さんに初めてお会いした時、私、横断歩道で転んだんです。雨降ってて、一人で」
「ごめん覚えてなくて…」
 
 何処かでメリィッッとコンクリの壁が握られる音がした。
 同僚は意外と乙女心を持っている。

「だ、大丈夫ですっ! そ、その時に私の傘を拾ってくれたんです。赤信号だったのに」
「もち子さんとその時会ってたんだねー」

 にぱーと笑う保手内くんに、勇気を振り絞るもち子さん。
 ハラハラする同僚。パラパラ舞う破片。横目にそれを恐々見る先輩。

「そ、それから好きです! 私のおにぎりを毎朝食べてください保手内さん!」

 毎朝味噌汁作っての変化球に、もち子、それはないでしょと顔が青くなる同僚。
 意外とツボを撃たれていい逆プロポーズだと感動する先輩。
 どちらが正解かは分かってない。

「好きなの?」
「はい!」
「俺、もち子さんに恋愛感情持ってなかったよ」
「っぅ!」

 ショックで大ダメージを受けるもち子さん。
 同時に膝を付く先輩と同僚。
 回復魔法は現代にない。

 それでも予想はしていたもち子さん。
 泣きはしまいと必死で笑顔になる。

「あ、ありがとうございます。私なんかが保手内さんとお付き合い出来るとは思ってなかったので…。ごめんなさい」
「何で謝るの?」
「え? えっと、好きになって…」
「嬉しかったから謝らなくていいよ」

 保手内くんは過去に告白された記憶は持ってない。

「あと、ありがとうは何のお礼?」
「え、えっと。こ、告白を聞いてくれて…」

 それ以上は言えず真っ赤になって俯くもち子さん。
 小さくなるもち子さんを見下ろす保手内くん。
 保手内くんはもち子さんに恋愛感情を持っていない。
 持ってはいなかった。
 が、一生懸命で丁寧な態度に好感は持っていた。

 自分が人とズレていることは自覚している保手内くん。
 それが悪いとは思っていない。
 でも邪険にされることや、悪感情を見せられ、粗雑な態度を取られることばかりである。
 だが、それらの態度を取る人々が悪いと思ったこともない。

 しかし、もち子さんはそんな自分が好きだという。
 不思議な心地であった。

「聞くぐらいならいつでもするから、それもお礼はいいよ。あと…」
「はっ、はい!」

 背筋を伸ばすもち子さん。さながら自衛隊の訓練生である。
 四つん這いから二足歩行に戻った保護者二名。
 片方は保手内くんの発言如何によってはヤル気満々だ。
 片方は保手内の態度如何によっては締め上げる気満々だ。
 結論。保手内くんは味方を持ってない。

「付き合えると思ってなかったのに告白したの?」
「そ、それはっ」

 俯くもち子さん。
 顔を上げたのは、その声が柔らかさを持っていたから。

「保手内さんは私なんかよりとても素敵な方ですので……。もし駄目でも、お礼を、あの時助けて頂いたお礼をどうしても言いたかったんです」
 
 先輩、その健気さに内心大号泣である。
 同僚、その真っ直ぐさに心が大被害である。

「もち子さん」
「は、はいっ」
「もち子さんも素敵な点が多いから卑下しなくていいと思うよ」
「っ!」

 もち子さんは、今まで自分に自信を持っていなかった。
 でも、勇気を出して告白して、保手内くんにそう言って貰っただけで認められたような、報われた気持ちを持った。
 それはとても心を温かくさせた。
 例えフラれてしまったとしても、保手内くんに感謝だけ抱ける程。
 
「あ、ありがとうございます」
「うん。俺も、覚えててそう言ってくれたの嬉しかった。だから、今は恋愛感情持ってないけど」
「は、はい」

 きょときょとと思わず目を瞬くもち子さん。
 おやおやおや?と思わず二人で両手を合わせあう保護者二人。

 珍しく少しはにかんで、保手内くんはにぱっと笑った。

「おにぎり、毎朝握ってくれると嬉しい。もち子さん、付き合ってみますか?」
「……、は」
「は?」
「はいいいいい」

 バッターんと卒倒するもち子さん。
 真っ赤な顔で目が回っている。
 流石に保護者二人も飛び出して慌てるが、当の本人は極上の夢へ飛び立ち中である。







 その後、よく二人でおにぎりを頬張る姿を見掛けるようになったとか。
 同僚と先輩がよく一緒に話してる姿を見るようになったとか。
 最近パン食の人が増えたとか。


 色々あれど


 保手内くんは終生二人目の彼女を持ってない。
 もち子さんは終生旦那様に愛情を持っている。




 それだけは真実である。
 



感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

婚約者の心の声が聞こえるようになったが手遅れだった

神々廻
恋愛
《めんどー、何その嫌そうな顔。うっざ》 「殿下、ご機嫌麗しゅうございます」 婚約者の声が聞こえるようになったら.........婚約者に罵倒されてた.....怖い。 全3話完結

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

侯爵様の懺悔

宇野 肇
恋愛
 女好きの侯爵様は一年ごとにうら若き貴族の女性を妻に迎えている。  そのどれもが困窮した家へ援助する条件で迫るという手法で、実際に縁づいてから領地経営も上手く回っていくため誰も苦言を呈せない。  侯爵様は一年ごとにとっかえひっかえするだけで、侯爵様は決して貴族法に違反する行為はしていないからだ。  その上、離縁をする際にも夫人となった女性の希望を可能な限り聞いたうえで、新たな縁を取り持ったり、寄付金とともに修道院へ出家させたりするそうなのだ。  おかげで不気味がっているのは娘を差し出さねばならない困窮した貴族の家々ばかりで、平民たちは呑気にも次に来る奥さんは何を希望して次の場所へ行くのか賭けるほどだった。  ――では、侯爵様の次の奥様は一体誰になるのだろうか。

いざ離婚!と思ったらそもそも結婚していなかったですって!

ゆるぽ
恋愛
3年間夫婦としての実態が無ければ離婚できる国でようやく離婚できることになったフランシア。離婚手続きのために教会を訪れたところ、婚姻届けが提出されていなかったことを知る。そもそも結婚していなかったことで最低だった夫に復讐できることがわかって…/短めでさくっと読めるざまぁ物を目指してみました。

包帯妻の素顔は。

サイコちゃん
恋愛
顔を包帯でぐるぐる巻きにした妻アデラインは夫ベイジルから離縁を突きつける手紙を受け取る。手柄を立てた夫は戦地で出会った聖女見習いのミアと結婚したいらしく、妻の悪評をでっち上げて離縁を突きつけたのだ。一方、アデラインは離縁を受け入れて、包帯を取って見せた。

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。