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第一部 婚約破棄されました
5、これは現実か??:下
しおりを挟む「ううっ…、おいちゃん、聞いてくださいよぉ…」
酒は一滴も入って無いが、哀しさのあまりエセ呑んだくれと私は化した!強いぞ、こうなった私は強いんだからな!!
誰に言っているのか分からないが、行きつけのこじんまりとしたおでん屋台で大将に絡む。ちょっぴり奥地でちょっぴり寂れててちょっぴりお客と鉢合わせしたことが無い程度のこじんまりさだ。
…、うん、中々だな。私も気分でぶらついていたとはいえ良く見つけて入ったわ。
大将も気の良いおいちゃんで、昔から良く行きつけてる私の愚痴を聞いているからか、今宵もはいはいと返してくれる。
「後輩3人誘って全員用事があってだめだったんですよぉ…。うう、ぼっちが勇気出しちゃダメなのかっ。ぼっちはぼっちのままなのか! それとも母の電話を無視したバチだと思います?」
他にお客も居らず気心知れたおいちゃんだけなので一人盛り上がってみたが、ちょっと最後のは怖かったので恐る恐るな感じになった。
いや、お化けとか無理だべ。むりむり。母からの祟りだべ。
角生やした母がゆっくり振り返って目から黄色い光線を出すところまで想像し震えていると、おいちゃんがさい箸でおでんをひっくり返しながら返事してくれた。
「そうゆう日もあるさあ。なんくるない、なんくるない。嬢ちゃんはこげに別嬪でいい子なんじゃきぃ、ぼっちな訳なか。後輩達ぁももう一回誘えばいいだけじゃあよ。後輩達ぁは嬢ちゃんの誘いを無碍に断る人ながや?」
「ううっ、違うべやおいちゃん!」
「そうじゃあろ。じゃあ嬢ちゃんは大丈夫なぁーね。ほいさ、此処さ連れて来てくんれば、おいちゃんば一杯サービスしちゃげるさかいに」
「おいちゃあーーん!!!」
やはりおいちゃんは生き仏な気がした。言語が色々方言が混じっていて訳が分からなくなり、喋っている内に私にも感染させるという技も持っているが、何と言ってもおいちゃんの凄い所は話している内に悩み事が全部昇華された気になる点であろう。
やはりおいちゃんは如来様な気がしてくる。
おいちゃんが此処に店を構えているのは、聞いてはいないが、人が良すぎて騙されたか、その身が知られてしまえば長蛇の列が出来てしまうのを防ぐために違いないと私は常々思っているのだ。おいちゃん七不思議の一つである。
ちなみにもう一つはお客の少なさの割にリーズナブルで大抵の品があり、しかも頼めば次には用意してくれ、来ればいつも開いている点である。
…、七で足りるだろうか?
「ほだや母さんを無視しちゃ母さん哀しいがや。けんども嬢ちゃんもう分かっとるようやでな、おいちゃんもう言わへん」
「おいちゃん…」
「嬢ちゃんも事情あったんじゃろ。大丈夫や、おいちゃんのおでんさ食べれば嬢ちゃんばすぅーぐ幸せさ訪れるかんな。ほんだば、後輩達ぁーの前に、いつも来てくれる嬢ちゃんにおいちゃんからサービスや!」
「おいちゃあーん」
目の前にいつも頼んでいた大根とこんにゃくと卵が置かれる。どれも寒いからこそ湯気を立ち上らせ、鰹香る出しが上から滴るほど掛けられている。
「美味しそうっ。ありがとう、頂きますっ」
手を合わせ、パンッと綺麗に割れた割り箸の先を大根に当てれば、じゅわっと透明な出しがほぐれた大根から溢れて、するりと皿にまでたどり着いた。味は中まで十分染みており、思わず目を瞑ってんーっ!と唸ってしまう。
ぷるんっとしたこんにゃくは、上に吊るされた豆電球の灯りを弾いてみせた。
卵もこんにゃくも大根も美味しく、ぺろりと平らげてしまう。いつものことなのだが、あまりに美味しかったのでさて注文しようかとメニューを見て目星を付けた途端、目の前にことりと目星を付けたばかりのおでんが置かれた。
「仕事、頑張っとるさかいにね」
「…おいさまあ!!」
神かと思った。
いいよいいよと言うおいちゃんを押し通して最初の3つ以外の料金を払い、家へと歩く。おいちゃんに会うのは、実はあの日以来では初めてなのだ。それまではよく通っていたので、久しぶりに現れた私においちゃんは言いたいことがあったのかもしれないが、何にも言わず迎え入れてくれた。もし先客がいるようなら帰ろうと思っていたのだけど…。
実は、今日行くのは不安だったのだ。おいちゃんは優しいから、絶対自分は甘えてしまうだろうなと思っていたから。愚痴と悪意の垂れ流しは違うと分かっていつつも、おいちゃんのおおらかな雰囲気に、思ってもみないことを言ってしまったらとそんな自分が怖かったのだ。おいちゃんも私も、重たい暗い感情なんて持ちたくないしね。
だから、例えこれが自分の強がりだとか、負けず嫌いなのか潔癖なのか分からないにしても、いつも通りな自分でいられたことに自分でもほっとしていた。
なんだかスッキリしたので今日はよく眠れそうな気がする。
ちなみに、3人もいて一人も捕まえられなかったことにはちょっぴり傷ついていたのも本当だ。
だってまるでセクハラ課長のようではないか!!いやだぞ私は!断固反対である!
そんなことを思いながら、ぷらぷら上を見て歩く。
鼓膜を高く揺らす様な澄んだ夜の静けさは好きなので、のんびりと月夜を眺めながら歩いていると、閉まりかけのお店があった。そういえばお隣さんへ深夜にご迷惑を掛けたお詫びをしていなかったなと、これも縁かと思い、私は月夜団子なるものを購入する。
一応両隣さん方へと2つ分である。片方は引越し祝いを兼ねてというか、朝の美声さんの顔を見てみたいからというちょっぴり不謹慎な理由もある。
…はて、とそこで思い当たった。
あの日の夜、確かに両隣から物音がしていたのである。
しかし、お隣さんが引っ越して行ったのはそのちょっと前。
となれば部屋は無人であるはず。
しかし思い返して見ると、それ以来物音のする日としない日があったような…
そして今日転入の人がやって来た。
………
え、お化けいた?
ガザッ
「うっぎゃあっ!」
なんか揺れてる茂みに、呑気に夜中に外をぶらついて月夜団子買ってる場合じゃない!と、慌てて人の気配がある方へと一目散に駆け出した。多分茂みの方は猫だと思う。猫だと信じてる。え、猫だよね? しかしそれ、よく思い返して欲しい。家に帰ったとてお隣さんにお化けがいるかもしれないのである。お隣さんの安否も気になるが、自分の部屋の中でも安心出来る気がしないっ。だってお化けである。壁のすり抜けとか「え?よゆぅー☆」のお茶の子さいさいに決まってるっ。軽く言ったけど、こ、怖い系はダメなんだってっ。
その日の夜、気付いてしまった私は、神様仏様おいさま様、おい様のおでんおい様のおでんとご利益有りそうなのを念じながら、疲れた体にムチ打って完徹してしまった。何故そんなことをしたかというと、隣の物音が気になって仕方無かったのである。引越し作業中だったのだろうか。それにしては変な音で、ベターン!バターン!無音、ベターン!である。お化けと格闘しているのか何なのか分からないのが余計に怖かった。
◇
チュンチュン……チチチ
雀が鳴く声がする。窓の隙間から朝日が差す。
そして凄まじい口量と光量を誇っていたテレビショッピングが朝のニュースに切り替わる。
頭に布団を被りながら、目を擦りつつテレビを消す。
…朝日が眩しいな…
やっとこ夜が明けてくれたようだ。
お化けも朝日には敵うまい、うん。
土曜である。もう今日は1日寝よう。布団万歳!土曜万歳!
私は安らかな気持ちで頭に被っていた布団を流れる様に体に被せた。この間1秒である。近年稀に見ぬ滑らかな動作だ。
さらばお化け、よろしく睡魔
若干状態異常に陥ってる自覚はある。
朝日よ、ありがとう!おやすみ!
と声を掛けたところで、ピンポーンとベルが鳴った。
「…」
幻聴に違いないとスルーする。断じてダジャレではない。
ピンポーン
…え…?幻聴、じゃない?新聞…はもっと早い時間にポストに入れられた音したし、大家さんの巡回も時期じゃないし…
「まだ寝ているのかな」
「!?」
回らぬ頭で考え事をしていると響く声。
その低くお腰に響く美声さんは!?
まさか!?いや、まさかが来た。
隣に引っ越してこられたおじ様の襲来である。深夜までお化けと格闘していたと思われるおじ様の来襲である。
ええーっ、ど、どうする、向こうからやって来ちゃたよどうする!?
あたふたと立ち上がって暫くウロウロする。
いや、結局は引越し祝いを渡しに伺うんだし、もし万が一とり憑かれてても朝日の中じゃ動きが鈍る筈…だよね?それぐらいなら今行った方がいいよね?おばけはこわいけど
「仕方ない。折角だから御挨拶しておきたかったんだが、また機会があれ――」
「はぁーぃ…」
若干でなくかなり寝不足で頭の方が鈍ってるまま、恐る恐る返事してドアを開けた。なお、左手には引越し祝いである月夜団子、ポケットに冷蔵庫から引っ張り出してきたにんにく、服を買った時にセットで着いてきたオシャレ十字架のネックレスを首から下げ、何か分かんなくなってミネラルウォーターを右手に持って扉を恐る恐る開ける。ちなみに最近見たホラー映画はバンパイア・イン・ザ・ベイビーである。名監督が気合入れて作っただけあって、金曜ロードショーでたまたま出だしを見ちゃったらずるずると掴まっちゃったのである。寿命が二年縮んだ位にはこわかった…最後まで見ちゃったけど…
するとそこには―――
「ああ、よかった。おはようございます。朝早くにすみません。息子がお世話になっていると伺い御挨拶だけでもしてから去りたいと思っていたもので。これからも愛息子をどうか宜しくお願いします」
扉の前にはスーツを自然に着こなした、日焼けした肌と柔和な笑顔が眩しいお声から想像した通りの紳士的なハンサムおじ様。白い歯とハンサムスマイルが眩しい。いや、その前に、え?
「へ? あ…、へ?」
「ああ、これをどうぞ。趣味でやっておりまして、味は大丈夫だとは思うのですが…、手打ち蕎麦です」
「あ、はあ、ありがとうございます。ええっと、此方も丁度持っていこうと思っていたので…もし宜しければ引越し祝いに…」
混乱している間に「おそば!」と書かれた紙袋を渡される。手打ち蕎麦…深夜の格闘音…なるほど…?
状況を理解できないまま無意識にお返しの月夜団子を渡していると、受け取ったおじ様が顔を後ろに向けた。
「いやはや、態々気を使って頂いてこちらこそありがとうございます。何だ、素敵な上司さんで羨ましいぞ。ほら、いい加減お前からも挨拶せんか」
父親であるおじ様に背を押されたからか、一歩近付く先程から無言であった見慣れた姿。というか昨日の夜まで一緒だった姿。手打ちそばの辺りから自分の目が信じられていない。
というか、え?おじさまが引っ越して来たんじゃなくて…
「…田中です。よろしくお願いします」
朝から涼やかな声で綺麗に一礼した田中くんの眼鏡と天七三がさらりと朝日を反射する。
「よろしくお願いしま…す?」
ぽかんとオウム返しで返し、あれ?私っていつ寝たっけ?と天七三と眼鏡と朝日に狙われた目を揉みながら、私は1日を走馬灯風に振り返ってみた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい、大丈夫です」
が、現実は変わらなかった。
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