叶恵さん奮闘記

トネリコ

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第一部 婚約破棄されました

幕間2:小悪魔の憂鬱

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「俺、この前時計買いまして、痛い出費かなって思ったんだけどやっぱ男はこういう身に付ける物から気を配っていかないとダメだと思って」
「わぁ、それロリックスですかぁ? すごーい、素敵」
「小島さん流石ですねぇ。そうなんですよこれ実は―――」

 目の前でぺらぺらと口が回る男を、如何にもすごーい、格好いいですぅという顔で聞き流す。あからさまにこの時計の話がしたいんです、という素振りに乗れば、嬉々として男は聞いてもいない時計を買うまでの経緯を話し出した。自分で凄いことをしたと思っている男の、とりわけ凄くもないしょうもない自慢話程退屈なものはない。言っては何だけど、この前合コンした会社の社長の自慢の方が規模が大きかった。下ネタが酷いからすぐ除外したけど。合コンで仕入れた自慢話からの雑学は、こういう応用に使えるから便利ではある。小賢しいと鬱陶しがられるけれど、同じ趣味があると思った男は話に乗ってきやすいし。でも、こんな小物じゃ頑張る気力も湧かないしなぁ。わざと飼い慣らすほどでも、飼い慣らされたフリをする程でもない
 
 小林先輩の見本の為に丁度よかった人に声掛けたけど、つまらないなぁ。はぁ、これなら先輩とお喋りしてた方がよっぽど楽しいのに

 容姿は好みから逸れてるから三十点、香水の匂いが車の芳香剤みたいで臭いからマイナス十点、話が自慢話しか出ないからマイナス十五点。この時点であと五点だ。事前情報でも家的に加点はないし、途中でタイマー鳴らして切り上げて帰ろっと

 決めてからはさっさと思考を変えてお昼ご飯の味を堪能していると、時計話から自分自慢に移っていた男が名前を呼んでにやりと笑い掛けて来た。顔立ちは見る人が見れば格好いい部類かもしれないが、正直もう除外しているので、いきなり名前を呼ばれるなんて気持ち悪いだけでしかない。勿論そんなことおくびにも出さず、「何ですか?」とほほ笑んで返すけれど。

「美華さんから声掛けてくれるなんて、俺、期待してもいいですよね」

 疑問形の形を取っているが、断られるなんて思ってない、自分では格好いいと思っている笑顔とセリフで言われるとか…、さいあく、ごはんが不味くなっちゃうわ。寒い
 男の悪いウワサも既にゲット済みである。それでも声を掛けたのはウワサだけでなく自分でも採点するのが信条なためなだけだ。小物ほどちょっとしたことですぐ自分に気があると思うのよね

 小島美香は自分の魅力と価値を正確に把握している。
 そのための努力も欠かさず行っている。
 過大評価はしないが、過小評価もしない。小島美香の価値を自ら下げ安売りする真似はしない。
 彼女にとって結婚の為の恋愛は一つ一つが真剣勝負の出会いなのである。
 自分を磨いているからこそ女としての消費期限、出産年齢から逆算したタイムリミットまで、無駄な時間を使っている暇などないのだ。
 しかしそんなこと言おうものなら誰だって逆上するので、冷めた心を鉄壁の笑顔で隠して可愛らしく惚けておく。
 
「何の話ですかぁ? あ、ごめんなさいメールが……、呼ばれてるのでいかないと」
「ええ、もう少しいいじゃないですか。お昼に呼ぶなんて非常識ですよ」
「でも仕事のことみたいなんで」
 
 自作自演なので一ミリも悪いと思っていないが、申し訳なさそうな顔で謝ると、男は邪魔されたと気分を害した風に顔を歪めた。こうも顔に出てしまうようなら、出世点も低いなと冷静にマイナス評価する。
 お暇しますね、とお財布を出すフリをすると、見栄を切ろうとした男が大声で押しとどめた。
 分かっていつつも「お金を出す」というセリフに笑顔でお礼を言う。恩着せがましく値段を声高に言う様もお昼代が浮いたと思えば許せるものだ。
 
「それにしても、仕事で呼び出した人って例のあの人でしょ?」
「えっと…?」
「ああ、上司だし美華さん優しいから言いづらいですよね。大丈夫、俺口堅いんで」

 その発言に、ピクリと鉄壁の笑顔を誇っていた表情が揺れた気がした。え?この男は何を言ってるのかな?まず貴方は口が軽いって複数から情報得ているわよ?
 沈黙を肯定と取ったのか、気をよくした男は調子に乗って邪魔された不満をぶつけ始めた。

「俺達が出る時も妬ましそうにじっと見てましたよね。俺つい美華さん守らなきゃって思って、幾ら婚約破棄されたからってありゃ酷いですよね。あんな様子見てたらむしろ男の方にも同情したっていうか」 
「……ですか」
「噂、聞きました? 周りに同情させるために態と仕事いっぱい引き受けてるとか、焦って男探ししてるとか、美華さんみたいに綺麗になれるでもないのに最近化粧に気合入れてるとか」
「…それは、私に対しての暴言ということですかぁ?」
「美華さんの邪魔したくてさっきも今もこうやって……、って、え?美華、さん?」
「私、貴方と今日初めて会いましたよねぇ。名前で呼んでいいなんて一言も言った覚えはないんですけどぉ」
「え、でも俺」

 にこりと微笑めば、何故か男の背後に居たお客がひぃっと青い顔をして悲鳴を上げた。
 失礼じゃなぁい?これでもIT会社の社長にバッグ一つ買うから微笑んで欲しいなと言わせたんですけどぉ
 でも、どうしようかな、このお馬鹿さんったら日本語が通じないものね。何を今更弁解しようとしているのかな

「ご、ごめんなさい。慣れ慣れしくは急ですよね」
「急もゆっくりも貴方とは無いですよぉ。謝って欲しいのはそこじゃないですし」

 ピシャリと跳ね除ければ、男は顔色を悪くさせつつも怪訝な顔をした。そうか、分からないのね
 「私の小林先輩」を悪く言って私が許すとでも思うの?

「えっと…俺は小島さんの為を思って色々と…」
「小林先輩が仕事を引き受けてたのは納期が遅れそうな子の仕事を手伝ってたためですからぁ。尊敬こそすれ貶される云われはないですぅ。それに合コンを勧めてるのは私だし、化粧のことにも色々口を出してるのも私なのですけれど…」

 にこりと首を傾げれば、男は今度こそ「そんなつもりはなかった」と首を振る。
 どんどん冷え行く外気と冬の女神ばりの微笑に、周囲は腕を摩りながら男を恨んだ。周囲からは小島美華の背後に目をかっ開いた仁王像が見えている。

 ねぇ、あなた本当に頭悪いのね。まだ私が自分がしたことを悪く言われて気を悪くしたと思っているの?小林先輩の魅力が分からないなんて、ほんと節穴よね。そんな貴方に声を掛けたこと今本当に後悔よ。そもそも何故私を褒めようとする時に小林先輩を貶めて褒めようとするの?まず会話技術と自分の器を一から見直して来たらどう?仕事どころか人の底が知れるわよ?という内心を込めた微笑みである。仁王像もかくやであろう。
 
 小島美華は怒っていた。彼女はいつでも冷静沈着、判断迅速なる恋愛狩人であると彼女の敬愛する叶恵さんは思っている。それは勿論間違いではない。だがしかし、彼女はあるもう一つの一面も持っていた。

 なんと、彼女は「叶恵さん見守りたい」の一メンバーであった。ちなみに会員は軋轢を嫌う叶恵さんを慮って皆平等の階級である。一応接近禁止令とかもないのだが、非公認というより存在意義は勿論「見守りたい」なので基本全員隠し通している。なので婚約破棄後に叶恵さんが「美華ちゃんっていつも可愛いわねぇ」という自嘲と感心を込めた吐息と共に呟いたセリフに、「じゃあ簡単なんで色々教えます!!」と見事師匠ポジをゲットしたため、メンバーからは羨ましがられてるとか何とか。別段特別な会合とかを開くわけでもない。お互いを知らないメンバー同士も多い。だがメンバーは全員何かしら叶恵さんに恩があったり友愛などの好意をもつ人間なので、非常事態だと迅速に動くのである。

 ちなみに佐伯次長や寿退社した叶恵さんの同僚も存在は知っており、面白そうに見たり呆れつつも基本好意的に受け止めていた。何故かと言ったらそれは勿論彼等も叶恵さんのことを可愛く思っているからである。今回の婚約破棄は過去最高の非常事態で、悲しみを職場で全く見せない叶恵さんの様子にメンバー全員が静かな怒りと共に携帯を操作し何処かへ連絡した姿があったとかあったとか。懇意にしているパパの力を借りようとした小島さんを次長が止めに掛かったとか掛かったとか、そんなことがあったかもしれない程度には小島美華は小林叶恵を先輩として敬愛しているのである。
 まぁそんな彼女も最初は叶恵さんを一際毛嫌いして内心小馬鹿にしていたのだが…、ある一件以来ころりと落ちたのである。なお、長くなるので今回は割愛する。

 さて、そんなわけで美華ちゃんの数少ない逆鱗を見事に踏み抜いた男はというと―――

「俺、も、そろそろ仕事行こうかなぁ…と」
「ええー、もう行っちゃうんですかぁ?」

 先程までのお話切り上げ態勢はどこへやら、じりじりと冷や汗と引き攣り笑いと共に逃げようとする男へと、きゅるん♡という効果音が響きそうな程の笑顔を見せる美華ちゃん。ちなみに目は笑っていない。叶恵さんを凍らせたハンターの視線よりも温度は更に凍り付いている。
 
「こ、小島さんもお仕事あるんじゃ」
「あ、さっき連絡したんで大丈夫ですよぉ」
「ぇ」
「だからぁ、その噂誰から聞いたか美華知りたいなぁ…って」

 上目遣いで見上げられた男は、頬を反射的にでれでれ緩めさせてしまい「なら俺ともっとお昼出来てたんじゃ…」という言葉を封じられる。必殺小悪魔法である。きゅるん♡という効果音は逃がさないぞ♡という合図である。
 
 というわけで、哀れ蛇に巻き付かれた捕食直前のカエル状態となった男は、美華師匠に言葉攻めで調きょ…げふんげふんされ、搾り取…げふんげふんされたのでした。
 ちなみに、後日電話を掛けたタイミングが最悪だった為、美華師匠にボロ雑巾にされる男でもある。
 そしてこの後もライバル視している田中くんの存在や、大好きな叶恵さんに出したココアを飲まれてしまうなど小悪魔の憂鬱は続くのだ。


「えー、お外で這い蹲っちゃってどうしたんですかぁ? 汚いですよぉ」
「ぶひぃ」

  
 まぁ素質は抜群なので万事大丈夫であろう




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