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第一部 婚約破棄されました
8、叶恵さんと、整理:上
しおりを挟む日曜日である。寒いがクックドゥードゥーと土鳩が鳴く麗らかな朝である。それはもう、いつもならのんべんだらりと日向ぼっこする猫も真っ青なぐらいだらだら過ごす日であるが、よっしと私はお隣さんのインターホンを押した。
まぁ10時だしそれほど非常識な時間ではない…よね?
若干コミュ障を発揮してネットで常識的な訪問時間の検索を掛けようかとびびっていると、程なくしてドアが開いた。
出てきたのは無地の長袖のTシャツにジーパンと、少しラフな田中くん。だがいつも通り既に天七三も眼鏡もバッチリ決まっている。どうやら既に前から起きていたようだ。べ、別に細身の体が羨ましいとか考えてなんてないんだからね! …うん、虚しいからやめよう。
無表情で「本当に来たんですね」と告げるクールな田中くんに、私は「約束は守るわよ」と苦笑しながら腕まくりしてやる気を見せる。
「父はああ言ってましたが、後は仕分けぐらいですよ」
「それこそ服をクローゼットに入れていくみたいな単純作業なら、2人でやれば実質半分の時間に出来るでしょ?」
さぁさぁ上司だぞーと少し強引にいけば、ゆっくりとだが田中くんが体をどけた。なのでこれ幸いと室内に潜入する。私も大分無理やりだったので悪いなと思うが、田中くんのお父さんが敢えて私に引越しの手伝いを頼んだことを考えると、ここは少し強引でも行っておくべきかと思ったのだ。
さて、と靴を脱いでいると、田中くんがドア横に付いている正式な名前の分からないシリーズの1つ、例の金属輪っかを返してドアが完全に閉め切らない状態にしていた。ちなみに私はチラ止めくんと呼んでいる。正式名は絶対違うと思うが、チラっと相手みて途中で止まれるし!ほら!…ごめん空しくなるからやめよう。
うーむ、イギリスか何処かを映した映画でそういう紳士的な動作を見たことあるけど、現代でこう目にするとは。それもこんな返品もの相手にである。何というかほんと律儀な子だ。いや、というか私なんかと勘違いされるのが困るだけか。
「寒いしいいんじゃない」
「ダメです」
何だか男女あべこべの会話をしながら、先に室内へと踏み入れた。そして田中さんが言いたかったことが呑み込めて、私は思わず眉間を揉んでしまう。そして若干田中くんが入れたくなさそうにしていた理由の一端もこれでもかと言わんばかりに伝わった。
うん、禍々しい。そしてすっごいチグハグ感
なるほど、こりゃ心配だわ
どちらへともなく呟きながら、私は後ろに立った田中くんを振り返って言った。まぁまずは――
「田中くん、ひとまず田中さんのは再封印しようか」
その言葉に、仕分けと言いつつ田中くんも半ば飾り付けることは諦めていたのだろう。こくりと頷くだけであった。
◇
皆さんおよめ納豆のあのふっくら頬のおよめさんを思い浮かべてください。そのおよめさんの目を充血間近までカッと見開かせてください。さらに頭の上から孔雀の尾羽3羽分をばっさばっさと生やしてください。んで、最後に真っ白なお顔全部をどす青く塗ってください。
はい、今私が手に持っているお面ですね、ありがとうございます!
「田中くん、これはどんな逸話があるの」
「それは確かクーツルナハンベスト族と会った時にお酒と物物交換したものらしいです。持っていると健康にいいそうで」
まぁ、確かに健康を害しそうなの全部弾き返しそうだけどね。それ以外に魔除けとか何にでも使えそうだけどね…。
どう頑張っても時計の横にあったら違和感しかないおよめちゃん(クーツルナハンベスト族Ver)を回収してそっとダンボールに封印する。気のせいかな、一瞬目が合った気が…、いややめよう、まだまだ序の口なのだし。
私はふっと笑い、そうしてそっと目を逸らしてから次の物体に手を伸ばした。負けるな叶恵、次のはまともそうだぞ!いや、家の中にあったら違和感バリバリだが。
「田中くんこれは?」
「ああ、それは父が裏オークションで競り落としたと言っていた気がします。持ち主だった呪術師が死んだ墓をずっと守っていた杖だそうで」
杖と呼ぶには小さい気がするが、呪術師と墓という単語のせいで途端に持っているぐにゃぐにゃした棒が禍々しく感じた。肝心の守っていたという単語を打ち消している気がする。仕舞おうかと田中くんが手を伸ばしたが、丁度なんだかボール状の窪みがある部分が踵にフィットしていそうだったので、靴べら替わりにどうだと提案した。田中くんはどちらでもよさそうで、そうしますかと一先ず呪術師の棒は靴べら替わりとなることになった。
「田中くん、ネックレスを発掘したわよ。この周りのくすんでいるの、磨けば真ん中の様な綺麗なルビー色になるかしら」
「それは…、本当かどうか定かではないですが、願いを叶える代わりに叶えた人の魂をその玉の中に閉じ込めるそうです。閉じ込めた玉は色がくすむとも」
ひーふーみーと数えて一つを除いて数十もあるくすんだ真珠。私は無言でおよめちゃんの隣りに奉納した。安らかに眠るがよいぞ。段々手馴れてきた気がする。
田中さんめ、私のホラーに対する耐性値は-SSSレベルなんだからな!
若干でなく大分変な方向にいばって心で泣きながらなんまんだぶと唱えていると、田中くんと目があった。
って、あれ?
不意打ちだったので驚いて田中くんの顔を凝視してしまう。
しかし瞬きの間にいつもの無表情に戻ってしまった。田中くんも何ですかと言いたげに見返すので、自分でも幻だったのかと疑いたくなるほどだ。
「どうかされましたか」
「いや…、何というか、田中くんさっきみたいに笑うのを増やしてみたらどうかな。雰囲気が大分砕けるというか、印象が変わるし」
「…? 笑っていましたか?」
「え? まぁ見間違いじゃなければさっきと、昨日とで私は2回しか見てないけれど」
あんまりにも不思議というか、思ってもみなかったという風に問われるので、私も首を傾げながら答える。田中くんはどこか確かめるように片手を頬へと伸ばしていた。ふむ、警戒心というか一歩引いている田中くんが、家族ならいざ知らず、ほぼ他人の私の前で無意識にレアな表情を見せていたのが自分でもびっくりだったのかな?いや、そんな俺は家族以外心を開かないゼ!みたいな青臭い感じは田中くんには合わなさそうだけど。
ああ、それかさっきのは笑ってるカウントに入らないのかも。確かにハニカミの十分の一を笑うとは言わないか。
「そうですか。少し一服してきます。お茶いりますか」
「お願い」
やっと納得いく答えを見つけていると、田中くんが立ち上がってシンプルな白い戸棚から煙草を取り出した。少し淡い黄色のパッケージ、ライターは中にでも入っているのだろう。
そうして田中くんは大きな窓を開けてベランダへと出た。冷えた空気が我先にと室内に入ってくる。ベランダへと出る前に田中くんがことりと隣に置いてくれた無地のシンプルな白いコップを持って、私も一旦休憩することにした。
田中くんはベランダに出て、外を眺めながらのんびり煙草を燻らしている。ひょろりとしているのではない、細身だがスッとした背中の向こう側で、何処を眺めているのだろうか。
その姿に記憶の中のアイツの姿が被る。似てはいないのに、何処にでもある共通点からまた思い出を掘り返して、一体私も何してるんだか。
自分を笑って、私もいい加減片付けなきゃなあと冷えたお茶を啜る。どうやら田中くんは冬でも冷えた飲み物派のようだ。私も一緒なのでこれは嬉しい。やっぱり冬とはいえ動けば暑いし、ついでに変な汗も出てたしね、うん、別にその汗に冷えは求めてないのにね、うん。
空元気を掘り起こして、ガムテープでダンボールを閉じる。すぐに閉められた窓は寒さも匂いも遮るが、それでもどうにも瞼の裏に浮かぶ影は遮ってくれないようで
女々しい自分も思い出も、全部纏めて袋に詰めていっそ捨てれればいいのにと、そんな馬鹿な空想をした。
◇
カラララ…
「お疲れ様です」
「いや、私も丁度いいから休憩してたところよ」
目の前を田中くんが通り過ぎれば、ひんやりとした空気と一緒に少し甘苦いあの香りが香った。カモミールみたいなんて思ってるけど、商品名は何て言うんだろうか。色を付ければパッケージみたいになりそうな淡い黄色やおれんじ色。
私が残り香に気を取られてると気付いた田中くんが、何処からかスプレーを取り出すのを笑って止める。消臭スプレーを近くに用意してるのは流石である。
「大丈夫ですか」
「匂いが甘いから口に入れたら美味しそうでお腹は減るわね。今日はガムを持ってないけれど」
からかう風に態とらしく肩を竦めた。疑っているわけではないだろうけど、私を見る田中くん。別段、この煙草の匂いは気にしてないのにね。
田中くんなら用意していそうだと思っていたが、どうやら切らしていたのか田中くんもガムを持っていないらしい。ああそう言えばと、鞄の中を探してみた。昨日の夜に適当に色々買った覚えがある。まぁ甘いもの持参はストレス過多な現代を生きる乙女の嗜みというわけで。そこ!だから太るとか言わない!
ということで、お菓子袋からこれ幸いと中身を見ずに小袋に入ったチョコを一粒渡した。煙草を吸った後は口内に残るから、何か欲しいとアイツからよく耳にしてたのだ。アイツは絶対甘いのダメだから、ぶっつけ本番過ぎてチョコと合うのかちょっと不安ではあるんだけど…。ちなみに箱は嵩張るので捨てて、中身だけ纏めて携行する派である。ついでにマニアックなのでこの派閥人員は随時募集中である。え?さっきからだから太るんだよっていう空耳がうるさいよ!?
いつもとは逆で、片手を差し出した田中くんの上にぽんと置く。冷え性なのか一瞬触れた田中くんの指先はまだ部屋に馴染んでいないようで、相変わらず冷えた指先が印象に残った。
「チョコですか」
「口直しにいいかは分からないけど、余ってたし」
「ありがとうございます」
別に口直しでなくても冬だから溶けないんだし、いらなかったらいつでも好きに食べてというぐらいの気持ちで渡せば、律儀な田中くんはぺりっと包装紙を破って一口で食べてしまう。
そうして若干動きが鈍った。
チョコタバコは見たことあるが、どうやらお口に合わなかったようだ。後味を変えようと変に手を出さず、飲み慣れたお茶だけにしといてあげればよかったかと、悪いことをしたなと思っている内にお茶を飲んだ田中くんがまた作業を再開する。
しかしまだ顔が白い。いつぞやの石膏像ばりである。そんなにチョコと煙草の相性が悪かったのか?
心配になってダンボールを仕舞う手を止めて田中くんへとおそるおそる声を掛ける。
「…合わなかった?」
「いえ、というより想定外の味で驚いただけですね」
思っていたのと違うその言葉にはて?と思い―――、そうして机の上によけられた開けられた小袋を見てハッと気付いた。
あれ……?あの小袋のパッケージに心当たりがあるぞ? 昨日の夜田中さんに触発されて買っちゃった「唐辛子塩辛チョコ」。あまりの不味さに一口食べて速攻神様すまん私には早かったと謝りながらゴミ袋に封印した一応見た目だけはチョコのあいつに、そういえば小袋が似ていた気がするぞ……?おや?
田中くんが捨てた小袋のパッケージを再度ガン見する。自分のチョコやら飴やらがわんさかコンニチハしたポーチを見る。石膏像田中くんを見る。
まさか……回収しきれていなかった、のか…?
一瞬にして口内に戦慄の後味が蘇る。ぶにゃっとした生臭感、弾ける粒粒した辛さ、そしてでろっと混ざる甘味―――
ひぃ!ごめん田中くん!!
思い当たった瞬間内心で速攻土下座した。いや、アレは平気じゃいられないから!見た目の裏切り具合が兵器レベルだから!もう外のチョココーティングが一瞬でも剥がれた瞬間から奴等の邪智暴虐なる振る舞いが口内の万里を超えるから!!
「ごめん田中くん!」
「大丈夫です」
全力速攻で謝れば、田中くんは冷静な声で告げる。とはいえ眼鏡は曇り気味だし、天七三も若干へにゃってる気がする。昨日の田中さんのウェックの辺りから既にナチュラルやせ我慢状態を知ってるので申し訳なさがっ
うおう、こうなったらお詫びも兼ねて今日は全力で働くからね!
けど一応その前に――
二リットルペットボトルに残っていたお茶を注いでそっと差し出す。
「お茶もう一杯いる? 後味が一時間ほど波の様にぶり返すわよ」
「……いただきます」
うむ、経験者の発言に大人しく飲むことにしたようである。経験者は語るのですよ……あれはすごかった……うん。思い出すと舌と頭と胃に継続ダメージがね……うん。ペケモンでいうどくどく状態である。とりあえず今日はセコンドの役も兼ねるようだ。自業自得だが。
斯くして、そんな慌ただしい午前はあっという間で、何だかんだ賑やかで楽しくて
気付けば私は久々に仕事で忙しい以外の理由で意識せずに苦い香りを忘れられたのだった。
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