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第一部 婚約破棄されました
幕間7:新年
しおりを挟む雪が降っている。
手すりに落ちては消えるので積もりはしないだろう。
携帯が鳴った。
男は立ち上がって手に取る。
特徴的な着信音は、男の父が勝手に設定したものだ。
「はい」
「息子よ、元気にしてるか?」
「此方は何も問題ありません」
「そうかそうか、いや、そろそろ丁度いい時間だと思って電話したんだが」
電話先の父の声が耳を澄ます様に小さくなる。
男は手慰みに点けていたテレビを思い出した。
父の声が小さくなった代わりに大きく盛り上がる声が響く。
5、4、3
「丁度いい時間でしたよ」
「だろ? 一緒に祝ってあげよう」
2、1―――
明けましておめでとうございまーす!!!!
画面の中で紙吹雪と花火音が舞い、拍手や歓声が湧き起こる。
その声が聞こえて数拍して受話器の声と声が重なった。
「Happy New Year my son」
「あけましておめでとうございます、父さん」
男が律儀に、見えぬけれども頭を下げていると、電話先の父は若干気落ちしているようだった。男の父は感情表現が豊かなのだ。
「また間違えた。今年こそハモリたかったんだが」
「気にしなくてもよいと思いますが」
「いや、何文字ハモれたかは今年の運勢に関わる重大事案なんだ。他の仕事なんか捨ててもいい」
「落ち着いてください」
テレビの中では司会者が張り切って今年初めの仕事をこなしている。
観客席をくるりと映す映像の中で、一瞬見知った顔があった気がした。
実家に帰ると言っていたので、そんなことはないかと冷静に考える。
画面を見ながら、ふと気付けば男は提案していた。
一人の部屋にぽつりと響く。
「では、もう一度やり直しますか」
呟いてから、自分が口にした言葉を理解した。
電話越しに無言で驚いた雰囲気が伝わる。
今までそのような提案などしたことが無かったのだから。
一拍考え、それでも撤回しなくてもよいと判断して父の回答を待った。
「おお、そう言えばまだ続きを言ってなかったしな」
意気揚々と何処か嬉し気に提案に乗った男の父が、せーのでだぞと念を押す。
男には謎に思えるが、演技にしては声音が真剣である。
これまた律儀に男は「はい」と返した。
電話越しに騒音。
どうやら向こうも賑わっているらしい。
せーの
「「今年もよろしくお願いします」」
見事に揃った一声に、一拍後男の父は愉しげな笑声をあげた。
今年は安泰だと豪語している。
子供の様に思えるが、男の父は人生を愉しむために敢えてそう振舞っている面もある。
破茶滅茶ぶりなどは到底真似できそうにないが、そんな父や母に振り回されることは不快ではない。むしろ男の為を想ってなされていると男も感じとっており、助けられる面も多々あると男は思っていた。
またそっちに行くからなとの声と共に少しして電話が終了する。
笑い声をあげるのはテレビだけとなった。
それも切ってしまえば無音となる。
男は少ししてベランダへと出た。
カサリと手の平で小さな四角い箱が音を立てる。
一人暮らしの多い場所故か、帰省者ばかりで周囲の部屋から灯りは漏れない。
静かな暗闇が周囲を包んだ。
男の隣室も、周囲に同化していた。
雪が降る。
手慰みに持っていたものに結局火を点けず、男はカララ…と窓を引き室内へ入った。
少ししてまたベランダへと出る。
ちらほらと舞い落ちる雪。
コトリと陶器音がした。
白い陶器の水面で淡く溶けゆく雪に目を細め、男は一口舌で味わった。
遠く彼方、新しい年の幕開けを告げる鐘の音が鳴った。
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