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第7話 なし崩しカフェ開店
小鳥のさえずりと、どこか遠くで鳴く不思議な獣の声で目が覚めた。
おばあちゃんの家の二階、朝日が差し込む書斎の床に転がっていた私は、ゆっくりと身を起こす。
「……ふわぁ、よく寝た」
昨夜の出来事は、やっぱり夢じゃなかった。
階段を下りると、まだかすかに醤油とニンニクの香ばしい匂いが残っている。
昨夜、あのボロボロだった冒険者たちが、私の唐揚げを食べて「天国の味だ」と涙を流して喜んでくれた。あの笑顔を思い出すと、なんだか私の心まで満たされるような気がした。
「さて、今日はまず屋敷の掃除をして、それから裏庭の畑をチェックして……」
自分一人のためのルーチンを考えながら、私は竹の管から流れる清らかな水で顔を洗った。
しかし。 そ
の平穏な朝の計画は、玄関の方から響いた「凄まじい足音」によって打ち砕かれることになる。
ドンドンドンドンドンドンドンッ!
「おーい! 嬢ちゃん、いるかぁ!?」
「例の『神の供物』を食わせにきたぞー!」
(え、ちょっと待って。この声、まさか)
私は慌ててタオルで顔を拭き、玄関のガラス戸を開けた。
そこには、昨夜の戦士ガルスを筆頭に、彼のパーティメンバー。
……そして、その後ろに見たこともないむさ苦しい――失礼、屈強な男性たちが十人ほど、期待に目を血走らせて立っていた。
「……ガルスさん? まだ朝の八時ですよ?」
「朝飯なんて関係ねぇ! こいつらに昨夜の話をしたら、一睡もさせてもらえなかったんだ! 『そんな美味い肉があるなら今すぐ連れて行け』ってよ!」
「嬢ちゃん、頼む! 銀貨ならいくらでも出す! その『カラアゲ』ってやつを食わせてくれ!」
後ろに控えていた見知らぬ冒険者たちが、一斉に頭を下げた。
中には、空腹のあまりお腹を鳴らしながら、藁にもすがるような目で見つめてくる者もいる。
「……はぁ。わかりました。でも、まだ準備ができていないので、少し待ってくださいね」
なし崩し。
まさに、その言葉がぴったりの状況だった。
私はおばあちゃんの手紙にあった「自由に暮らしなさい」という言葉を思い出す。
……おばあちゃん、自由の形が、思っていたのとちょっと違う方向に行きそうだよ。
私は急いで厨房へと向かった。
まずは竃(かまど)に火を入れ、巨大な土鍋を二つ並べてお米を炊く。
備蓄庫からオークの肉を大量に運び出し、昨日と同じように生姜とニンニク、醤油、酒、そして隠し味に少しのお砂糖を揉み込んでいく。
「お待たせしました。……あ、皆さんはそこで靴を脱いで上がってくださいね。床を汚さないように」
「おう! 昨日ガルスから聞いたぜ。ここは『マジョ』のルールがあるんだろ?」
ガルスがリーダーシップを発揮して、後続の冒険者たちに靴の脱ぎ方をレクチャーしている。
屈強な男たちが、土間で律儀にブーツを揃えて脱いでいる姿は、どこかシュールで面白い。
彼らは磨き上げられた板の間に座ると、「すげぇ……」「こんなに綺麗な場所、見たことねぇぞ」と、子供のようにキョロキョロと周りを見渡していた。
私はその間に、ひたすら肉に片栗粉をまぶし、黄金色の油の中に投入していく。
シュワーッ!!
再び、あの暴力的な香りが屋敷を支配した。
板の間からは「うおおぉぉ……」「鼻が、鼻が狂いそうだ!」「この音だけで酒が飲める!」という野太い歓声が上がる。
私は、昨夜よりも手際よく唐揚げを揚げていった。
メニューは選べない。
「唐揚げ定食・銀貨三枚」。
昨日、ハンスさんやリーザに聞いた相場を参考に、少し高めの設定にした。これだけの調味料と手間、そしてお米を使っているのだから、当然の対価だ。
「はい、お待たせしました!」
お盆に載せた唐揚げの山と、炊きたての白いご飯、そしてお味噌汁。
次々と運んでいくと、冒険者たちは一瞬で静まり返った。
目の前の料理から立ち上がる湯気を、彼らは拝むように見つめている。
「……いただきます!」
一人の冒険者が唐揚げを口に放り込んだ。
カリッ、という音が響く。
「ッ!! …………う、うまいっ!!」
「なんだこれ! オークの肉って、こんなにジューシーだったのか!?」
「この『ショウユ』の香ばしさと、鼻に抜ける『ショウガ』の刺激……。今まで食ってたシチューは泥水だったのか!?」
「おい、この『シロイ粒(ごはん)』が止まらねぇ! 肉を食って、この粒をかき込むと、腹の底から力が湧いてくるぞ!」
板の間は、一瞬にして熱狂の渦に包まれた。
皆、無言で、けれど凄まじい勢いで料理を平らげていく。
お味噌汁を飲んだ大男が、「……故郷の母ちゃんを思い出す味だ」と涙ぐんでいるのを見て、私は少しだけもらい泣きしそうになった。
「嬢ちゃん……いや、店主。あんた、天才だ。いや、神様だ!」
食後、お腹をさすりながら満足げに笑う冒険者たち。
彼らが置いていった銀貨は、あっと言う間に小さな木箱を一杯にした。
しかし。
客が帰った後の惨状を見て、私は現実に引き戻された。
「……疲れた」
山のような皿。
飛び散った油。
空になったお米の袋。
一人で調理をして、配膳をして、会計をして。
その合間に、お茶(といっても、竹の管から汲んだ水だが)を出し、食べ方を教える。
冒険者たちが去った午後二時、私は板の間の真ん中に大の字になって寝転んだ。
「……これ、毎日一人でやるのは無理だよ」
今はまだ「唐揚げ定食」一種類だから回っているけれど、これからメニューを増やしたり、さらにお客さんが増えたら……。
何より、私はこの古民家でのんびりスローライフを送るつもりだったのだ。
このままじゃ、ただの「異世界の激務食堂店主」になってしまう。
私は天井の太い梁を見上げながら、おばあちゃんの言葉を反芻した。
『一人で抱え込まなくていいのよ』
「……そうだよね。おばあちゃんだって、一人でこの大きな家を維持してたわけじゃないはず」
私は起き上がり、ポケットに入った銀貨を眺めた。
十分な資金はある。
おばあちゃんの遺してくれた家と、日本の味がある。
あとは……一緒にこの場所を守ってくれる「手」が必要だ。
私は窓の外に広がる、静かな森に目を向けた。
おばあちゃんの結界に守られたこの場所。
もし、ここを必要としている人が、私の他にもいるのなら。
「……よし。明日、また街に行こう」
私は、昨日の市場で見た「困窮している人々」の姿を思い出していた。
路地裏で肩を寄せ合っていた親子。
誰も目を向けなかった彼女たちの姿が、どうしても頭から離れなかったのだ。
その日の夜。
私は一人、自分用に作った少し控えめな唐揚げを食べながら、これからのカフェの計画をノートに書き留めた。
店名は、シンプルに『みさと』。
おばあちゃんが遺してくれたこの場所で、私の名前を冠した場所。
そこが、異世界の人たちの「憩いの場」になるように。
私は、冷たくなった麦茶(これも備蓄庫で見つけた!)を飲み干すと、明日への準備を始めた。
次回予告
「どうしてこんなに美味いんだ?」「えっと、これは、生姜とニンニクの下処理を・・・」
新メニュー「魔獣肉の生姜焼き定食」のタレの甘辛さに冒険者たち悶絶
次回、「ジビエ料理の秘密」。 生姜焼き定食も大好評!
おばあちゃんの家の二階、朝日が差し込む書斎の床に転がっていた私は、ゆっくりと身を起こす。
「……ふわぁ、よく寝た」
昨夜の出来事は、やっぱり夢じゃなかった。
階段を下りると、まだかすかに醤油とニンニクの香ばしい匂いが残っている。
昨夜、あのボロボロだった冒険者たちが、私の唐揚げを食べて「天国の味だ」と涙を流して喜んでくれた。あの笑顔を思い出すと、なんだか私の心まで満たされるような気がした。
「さて、今日はまず屋敷の掃除をして、それから裏庭の畑をチェックして……」
自分一人のためのルーチンを考えながら、私は竹の管から流れる清らかな水で顔を洗った。
しかし。 そ
の平穏な朝の計画は、玄関の方から響いた「凄まじい足音」によって打ち砕かれることになる。
ドンドンドンドンドンドンドンッ!
「おーい! 嬢ちゃん、いるかぁ!?」
「例の『神の供物』を食わせにきたぞー!」
(え、ちょっと待って。この声、まさか)
私は慌ててタオルで顔を拭き、玄関のガラス戸を開けた。
そこには、昨夜の戦士ガルスを筆頭に、彼のパーティメンバー。
……そして、その後ろに見たこともないむさ苦しい――失礼、屈強な男性たちが十人ほど、期待に目を血走らせて立っていた。
「……ガルスさん? まだ朝の八時ですよ?」
「朝飯なんて関係ねぇ! こいつらに昨夜の話をしたら、一睡もさせてもらえなかったんだ! 『そんな美味い肉があるなら今すぐ連れて行け』ってよ!」
「嬢ちゃん、頼む! 銀貨ならいくらでも出す! その『カラアゲ』ってやつを食わせてくれ!」
後ろに控えていた見知らぬ冒険者たちが、一斉に頭を下げた。
中には、空腹のあまりお腹を鳴らしながら、藁にもすがるような目で見つめてくる者もいる。
「……はぁ。わかりました。でも、まだ準備ができていないので、少し待ってくださいね」
なし崩し。
まさに、その言葉がぴったりの状況だった。
私はおばあちゃんの手紙にあった「自由に暮らしなさい」という言葉を思い出す。
……おばあちゃん、自由の形が、思っていたのとちょっと違う方向に行きそうだよ。
私は急いで厨房へと向かった。
まずは竃(かまど)に火を入れ、巨大な土鍋を二つ並べてお米を炊く。
備蓄庫からオークの肉を大量に運び出し、昨日と同じように生姜とニンニク、醤油、酒、そして隠し味に少しのお砂糖を揉み込んでいく。
「お待たせしました。……あ、皆さんはそこで靴を脱いで上がってくださいね。床を汚さないように」
「おう! 昨日ガルスから聞いたぜ。ここは『マジョ』のルールがあるんだろ?」
ガルスがリーダーシップを発揮して、後続の冒険者たちに靴の脱ぎ方をレクチャーしている。
屈強な男たちが、土間で律儀にブーツを揃えて脱いでいる姿は、どこかシュールで面白い。
彼らは磨き上げられた板の間に座ると、「すげぇ……」「こんなに綺麗な場所、見たことねぇぞ」と、子供のようにキョロキョロと周りを見渡していた。
私はその間に、ひたすら肉に片栗粉をまぶし、黄金色の油の中に投入していく。
シュワーッ!!
再び、あの暴力的な香りが屋敷を支配した。
板の間からは「うおおぉぉ……」「鼻が、鼻が狂いそうだ!」「この音だけで酒が飲める!」という野太い歓声が上がる。
私は、昨夜よりも手際よく唐揚げを揚げていった。
メニューは選べない。
「唐揚げ定食・銀貨三枚」。
昨日、ハンスさんやリーザに聞いた相場を参考に、少し高めの設定にした。これだけの調味料と手間、そしてお米を使っているのだから、当然の対価だ。
「はい、お待たせしました!」
お盆に載せた唐揚げの山と、炊きたての白いご飯、そしてお味噌汁。
次々と運んでいくと、冒険者たちは一瞬で静まり返った。
目の前の料理から立ち上がる湯気を、彼らは拝むように見つめている。
「……いただきます!」
一人の冒険者が唐揚げを口に放り込んだ。
カリッ、という音が響く。
「ッ!! …………う、うまいっ!!」
「なんだこれ! オークの肉って、こんなにジューシーだったのか!?」
「この『ショウユ』の香ばしさと、鼻に抜ける『ショウガ』の刺激……。今まで食ってたシチューは泥水だったのか!?」
「おい、この『シロイ粒(ごはん)』が止まらねぇ! 肉を食って、この粒をかき込むと、腹の底から力が湧いてくるぞ!」
板の間は、一瞬にして熱狂の渦に包まれた。
皆、無言で、けれど凄まじい勢いで料理を平らげていく。
お味噌汁を飲んだ大男が、「……故郷の母ちゃんを思い出す味だ」と涙ぐんでいるのを見て、私は少しだけもらい泣きしそうになった。
「嬢ちゃん……いや、店主。あんた、天才だ。いや、神様だ!」
食後、お腹をさすりながら満足げに笑う冒険者たち。
彼らが置いていった銀貨は、あっと言う間に小さな木箱を一杯にした。
しかし。
客が帰った後の惨状を見て、私は現実に引き戻された。
「……疲れた」
山のような皿。
飛び散った油。
空になったお米の袋。
一人で調理をして、配膳をして、会計をして。
その合間に、お茶(といっても、竹の管から汲んだ水だが)を出し、食べ方を教える。
冒険者たちが去った午後二時、私は板の間の真ん中に大の字になって寝転んだ。
「……これ、毎日一人でやるのは無理だよ」
今はまだ「唐揚げ定食」一種類だから回っているけれど、これからメニューを増やしたり、さらにお客さんが増えたら……。
何より、私はこの古民家でのんびりスローライフを送るつもりだったのだ。
このままじゃ、ただの「異世界の激務食堂店主」になってしまう。
私は天井の太い梁を見上げながら、おばあちゃんの言葉を反芻した。
『一人で抱え込まなくていいのよ』
「……そうだよね。おばあちゃんだって、一人でこの大きな家を維持してたわけじゃないはず」
私は起き上がり、ポケットに入った銀貨を眺めた。
十分な資金はある。
おばあちゃんの遺してくれた家と、日本の味がある。
あとは……一緒にこの場所を守ってくれる「手」が必要だ。
私は窓の外に広がる、静かな森に目を向けた。
おばあちゃんの結界に守られたこの場所。
もし、ここを必要としている人が、私の他にもいるのなら。
「……よし。明日、また街に行こう」
私は、昨日の市場で見た「困窮している人々」の姿を思い出していた。
路地裏で肩を寄せ合っていた親子。
誰も目を向けなかった彼女たちの姿が、どうしても頭から離れなかったのだ。
その日の夜。
私は一人、自分用に作った少し控えめな唐揚げを食べながら、これからのカフェの計画をノートに書き留めた。
店名は、シンプルに『みさと』。
おばあちゃんが遺してくれたこの場所で、私の名前を冠した場所。
そこが、異世界の人たちの「憩いの場」になるように。
私は、冷たくなった麦茶(これも備蓄庫で見つけた!)を飲み干すと、明日への準備を始めた。
次回予告
「どうしてこんなに美味いんだ?」「えっと、これは、生姜とニンニクの下処理を・・・」
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