異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ

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第8話 ジビエ料理の秘密

「ふぅ……。お米、もう一回炊かなきゃ」

私は額の汗を拭いながら、空になった巨大な土鍋を洗場へ運んだ。 
カフェ『みさと』がなし崩し的にオープンしてから数日。 
口コミの力というのは、異世界でも凄まじいものがあった。

朝から代わる代わるやってくる冒険者たちの胃袋を満たすため、私は一人で厨房を走り回っている。 
おばあちゃんの遺してくれたこの広い屋敷も、今は香ばしい醤油の匂いと、男たちの賑やかな話し声でいっぱいだ。

「おーい、店主! 今日もあの『カラアゲ』を頼むぜ!」

ガシャン、と鎧の音を響かせて板の間に上がってきたのは、常連になった戦士ガルス。 
そして、その隣には眼鏡をクイッと押し上げた、知的な雰囲気の青年――魔法使いのエリックがいた。

「店主。……単刀直入に聞かせてもらおう」

エリックが席に着くなり、真剣な眼差しで私を凝視した。

「あんた、この肉にどんな『魔法』をかけているんだ?」

 
「魔法、ですか?」

私はお茶(おばあちゃんの備蓄庫のハーブティー)を出しながら、首を傾げた。

「そうだよ! 街のギルドでも、今はこの話でもちきりだ。ローゼリア中の料理人が、ここの味を再現しようとしてオーク肉を焼いたり煮たりしている。だが、どうしてもあの『呪いのような臭み』が消えないんだ。あんたの出す肉は、まるでもともと清らかな生き物だったかのように澄んだ味がする」

エリックは熱弁を振るう。 
その後ろで、ガルスも「そうだそうだ! あんなに不味かったオークが、なんでこんなに美味くなるんだ!」と鼻をヒクつかせている。

私は少し困ったように笑って、作業台の上に置いていた「生姜」と「ニンニク」を彼らに見せた。

「秘密は魔法じゃなくて、これと……『下処理(したしょり)』です」

「シタショ……リ?」

聞き慣れない日本語に、エリックが鸚鵡返しにする。

「そうです。お肉を調理する前に、まずお酒や生姜の汁で揉み込んで、しばらく寝かせるんです。そうすることで、肉の中にある余分な水分と一緒に臭みが抜けて、繊維も柔らかくなるんですよ。地味な作業の積み重ねなんです」

厨房は一瞬、静まり返った。 
エリックは信じられないといった様子で、私の手元の泥だらけの根っこ(生姜)を見つめている。

「……信じられん。ただの根っこと、手間だけで、あの呪いを解いたというのか? この世界の料理人は、とにかく濃い味で誤魔化すか、ひたすら煮るのが正解だと思っている。……『下処理』。それは、食材に対する深い理解と敬意がなければ辿り着けない境地だぞ」

「これは……料理の革命だ」

エリックが震える声で呟いた。 
その知的な瞳には、新しい真理に触れた学者のような輝きが宿っている。

 
「さあ、難しい話はこれくらいにして。……今日は新メニューの試作があるんですけど、皆さん食べてみますか?」

「新メニューだと!?」

ガルスの目が獣のように光った。 
私は一人でテキパキと準備を進める。今は、すべてが私のワンオペだ。

「今日は『魔獣肉の生姜焼き』です」

私はフライパンを熱し、黄金色の油を引く。 
そこに、生姜、醤油、みりん、酒、そして少し多めの砂糖を合わせた「特製ダレ」を準備する。

ジューッ!!

薄切りのオーク肉を投入した瞬間、快い音とともに、甘辛い、そして生姜の清涼感あふれる香りが屋敷中に爆発した。

「なっ、なんだこの香りは……っ! 唐揚げとはまた違う、食欲の芯を揺さぶるような……」

肉が縮まないように手早く炒め、仕上げにタレを一気に回しかける。 
ジュワワワッ! という音と共に、醤油が焦げる香ばしい匂いが立ち上る。 
私はそれを、山盛りのキャベツ(のような葉野菜)の千切りを添えたお皿に盛り付けた。

「お待たせしました。生姜焼き定食です。タレを野菜に絡めて食べてくださいね」

「いただきますっ!」

ガルスが、薄切りの肉をご飯の上にのせて、そのまま口にかき込んだ。

「…………っ!!」

ガルスが固まった。 
その目から、またしても熱いものが溢れ出す。

「……甘い。そして辛い。……いや、これは『美味い』の暴力だ! このタレ! このタレが肉の脂と絡まって、口の中でとろける……! 肉だけじゃない、このシャキシャキした野菜まで最高のご馳走になってるぞ!」

「本当だ……。唐揚げは『力』が湧く味だけど、これは『幸せ』が溢れる味だ……。このタレだけで、ご飯が無限にいける……」

エリックも、理屈を並べるのをやめて、ひたすらご飯をおかわりしていた。 
(ご飯をよそうのも私の仕事。……うう、腰が痛い)

「店主……あんた、やっぱり魔法使いだよ。この『タレ』一滴で、この国の食文化は数百年分、進化しちまったんだからな」

 
その日の午後。 
満足げに帰っていく冒険者たちを見送り、私は山のような皿を前に、そっとため息をついた。

おばあちゃんの残した知識。 
そして、私の世界では当たり前だった「手間」という魔法。 
それが異世界を幸せにしているのは嬉しいけれど……。

「……皿洗い、誰か代わってくれないかなぁ」

一人の限界が少しずつ近づいているのを感じながらも、私は次のタレの仕込みに取り掛かった。
 
次回予告
カフェ『みさと』、ついに「男たちの聖地」へ! でも、客が増えれば変なやつも来る。 「女店主だと舐めてんのか! もっと安くしろ!」 ちょっと、その汚い靴で板の間に上がらないでって言ってるでしょ!? ……と思ったら、常連のガルスさんたちが黙ってなくて……?
次回、「男たちの聖地」。 美里の「おもてなしの心」が、最強の用心棒たちを作り出す!?
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