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第十六話 プリンの誕生
「……美里様、本当にこれでよろしいのでしょうか。この、琥珀色の液体の匂い……。甘いのに、どこかほろ苦くて、胸が締め付けられるような香りがします」
エレンさんが、手元の小さな鍋を覗き込んでうっとりと呟いた。
「それが『キャラメル』の魔法だよ、エレンさん。焦げる寸前で止めるのが、一番美味しいんだから」
私はおばあちゃんの魔法のコンロを見つめ、タイミングを見計らう。
昨日精製したばかりの白い砂糖を熱し、ほんの少しの水を加える。
ブクブクと泡立ち、透明だった液体が鮮やかな黄金色、そして深い琥珀色へと変わった瞬間——。
「今だ、お湯を投入!」
ジュワーッ! という快い音とともに、香ばしい甘みが爆発的に広がった。
これこそが、プリンの魂。
今回のプリンには、ハンスさんが持ってきてくれた「魔鳥の濃厚な卵」と、街の牧場から届いたばかりの「搾りたてのミルク」を贅沢に使う。
そこに、我が家の宝物となった白い砂糖をたっぷり加える。
卵液を丁寧に濾し、キャラメルを敷いた型に注ぎ入れる。
「エレンさん、ミナちゃん。ここからは忍耐だよ。沸騰させないように、じっくり、ゆっくり蒸し上げるの」
おばあちゃんの調理場にある蒸し器を使い、弱火で加熱すること数十分。
その後、竹の管から流れる冷たい水で一気に冷やし、さらに蔵の保冷庫で寝かせた。
「……できた。カフェ『みさと』特製、とろけるプリン」
夕暮れ時。
ちょうどお店の片付けが終わった頃、私たちは三人で試作のプリンを囲んだ。
型から外されたプリンは、夕日を浴びてプルプルと震えている。
一番上に冠されたキャラメルソースが、宝石のように艶やかな光を放っていた。
「ミナちゃん、食べてみて」
「……うん! いただきます!」
ミナちゃんが小さなスプーンを入れ、一口。 その瞬間。
「…………っ!!」
ミナちゃんの大きな瞳が、これ以上ないほど見開かれた。
スプーンを持ったまま固まり、そのままハフハフと空気を吸い込んでいる。
「ミナ? どうしたの? ……あ、あら? ミナ、顔がとろけてますわよ!」
「お母さん……これ、すごいの……っ。お口に入れたら、すぐにいなくなっちゃうの。でも、すごく甘くて、幸せな味が残ってるのぉ……!」
エレンさんも一口運び、そのまま天を仰いだ。
「……信じられません。この滑らかさ、この口溶け……。王宮の晩餐会で出されるどんな菓子も、これの前では霞んでしまいますわ。……美里様、これはもはや食べ物ではなく、『食べる魔法』です」
カランカラン。
「……ふむ。今日は何やら、屋敷の外まで甘く香ばしい匂いが漂っておったな」
噂をすれば、いつもの「おじいちゃん」ことフェルディナンド陛下のお出ましだ。
今日はいつにも増して肩を落とし、お疲れのご様子。
後ろには、書類の山に殺されたような目をした文官たちが数人、亡霊のように付き従っている。
「いらっしゃいませ、おじいちゃん。今日は皆さん、お疲れですね?」
「ああ……。南方の領地問題が難航してな。脳が干からびそうだ。……店主よ、何かこう、身体の芯まで甘やかすようなものはないか?」
「ふふ、お誂え向きのものがありますよ」
私は自信満々に、冷やしておいたプリンを人数分用意した。
陛下が一口食べた瞬間のリアクションは、凄まじかった。
震える手でスプーンを置き、深いため息をつくと、私の顔をじっと見た。
「……店主。これを食べた後で、私はどうやって王宮の不味い食事に戻ればよいのだ? ……これは毒だ。人を堕落させる、あまりに甘美な毒だぞ」
「お褒めに預かり光栄です、おじいちゃん」
一方で、文官たちはもっと深刻だった。
プリンを食べた瞬間、彼らの死んでいた目に光が戻り、猛烈な勢いでスプーンを動かし始めた。
「な、なんだこれは……。疲れが、連日の徹夜の呪いが解けていく……!」
「文官長! これ、持ち帰りできませんか? 城に戻ってまた書類の山に戻る自信がありません!」
「美里様、あの方々、プリンに縋り付いていますわ……」
エレンさんが引くほどの熱狂ぶり。
結局、その日に用意した試作分はすべて彼らの胃袋に収まり、さらに「明日の分も予約したい」という異例の事態に。
こうして、カフェ『みさと』に「テイクアウト(持ち帰り)」という新しい文化が誕生した。 文
官たちが城に持ち帰ったプリンが、さらなる波乱を呼ぶとは、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
次回予告
プリンの噂が、城の全部署に拡散!? 「文官だけズルいぞ!」「俺たち騎士団の分はないのか!」 屋敷の前に、馬車じゃなくてお城の役人さんたちの長蛇の列ができちゃったんですけど! さらに、砂糖の価値に気づいたハンスさんが、「これ、独占販売させてください!」って血眼で交渉にやってきて……。
次回、「プリンの噂」。 甘い革命は、もう誰にも止められません!
エレンさんが、手元の小さな鍋を覗き込んでうっとりと呟いた。
「それが『キャラメル』の魔法だよ、エレンさん。焦げる寸前で止めるのが、一番美味しいんだから」
私はおばあちゃんの魔法のコンロを見つめ、タイミングを見計らう。
昨日精製したばかりの白い砂糖を熱し、ほんの少しの水を加える。
ブクブクと泡立ち、透明だった液体が鮮やかな黄金色、そして深い琥珀色へと変わった瞬間——。
「今だ、お湯を投入!」
ジュワーッ! という快い音とともに、香ばしい甘みが爆発的に広がった。
これこそが、プリンの魂。
今回のプリンには、ハンスさんが持ってきてくれた「魔鳥の濃厚な卵」と、街の牧場から届いたばかりの「搾りたてのミルク」を贅沢に使う。
そこに、我が家の宝物となった白い砂糖をたっぷり加える。
卵液を丁寧に濾し、キャラメルを敷いた型に注ぎ入れる。
「エレンさん、ミナちゃん。ここからは忍耐だよ。沸騰させないように、じっくり、ゆっくり蒸し上げるの」
おばあちゃんの調理場にある蒸し器を使い、弱火で加熱すること数十分。
その後、竹の管から流れる冷たい水で一気に冷やし、さらに蔵の保冷庫で寝かせた。
「……できた。カフェ『みさと』特製、とろけるプリン」
夕暮れ時。
ちょうどお店の片付けが終わった頃、私たちは三人で試作のプリンを囲んだ。
型から外されたプリンは、夕日を浴びてプルプルと震えている。
一番上に冠されたキャラメルソースが、宝石のように艶やかな光を放っていた。
「ミナちゃん、食べてみて」
「……うん! いただきます!」
ミナちゃんが小さなスプーンを入れ、一口。 その瞬間。
「…………っ!!」
ミナちゃんの大きな瞳が、これ以上ないほど見開かれた。
スプーンを持ったまま固まり、そのままハフハフと空気を吸い込んでいる。
「ミナ? どうしたの? ……あ、あら? ミナ、顔がとろけてますわよ!」
「お母さん……これ、すごいの……っ。お口に入れたら、すぐにいなくなっちゃうの。でも、すごく甘くて、幸せな味が残ってるのぉ……!」
エレンさんも一口運び、そのまま天を仰いだ。
「……信じられません。この滑らかさ、この口溶け……。王宮の晩餐会で出されるどんな菓子も、これの前では霞んでしまいますわ。……美里様、これはもはや食べ物ではなく、『食べる魔法』です」
カランカラン。
「……ふむ。今日は何やら、屋敷の外まで甘く香ばしい匂いが漂っておったな」
噂をすれば、いつもの「おじいちゃん」ことフェルディナンド陛下のお出ましだ。
今日はいつにも増して肩を落とし、お疲れのご様子。
後ろには、書類の山に殺されたような目をした文官たちが数人、亡霊のように付き従っている。
「いらっしゃいませ、おじいちゃん。今日は皆さん、お疲れですね?」
「ああ……。南方の領地問題が難航してな。脳が干からびそうだ。……店主よ、何かこう、身体の芯まで甘やかすようなものはないか?」
「ふふ、お誂え向きのものがありますよ」
私は自信満々に、冷やしておいたプリンを人数分用意した。
陛下が一口食べた瞬間のリアクションは、凄まじかった。
震える手でスプーンを置き、深いため息をつくと、私の顔をじっと見た。
「……店主。これを食べた後で、私はどうやって王宮の不味い食事に戻ればよいのだ? ……これは毒だ。人を堕落させる、あまりに甘美な毒だぞ」
「お褒めに預かり光栄です、おじいちゃん」
一方で、文官たちはもっと深刻だった。
プリンを食べた瞬間、彼らの死んでいた目に光が戻り、猛烈な勢いでスプーンを動かし始めた。
「な、なんだこれは……。疲れが、連日の徹夜の呪いが解けていく……!」
「文官長! これ、持ち帰りできませんか? 城に戻ってまた書類の山に戻る自信がありません!」
「美里様、あの方々、プリンに縋り付いていますわ……」
エレンさんが引くほどの熱狂ぶり。
結局、その日に用意した試作分はすべて彼らの胃袋に収まり、さらに「明日の分も予約したい」という異例の事態に。
こうして、カフェ『みさと』に「テイクアウト(持ち帰り)」という新しい文化が誕生した。 文
官たちが城に持ち帰ったプリンが、さらなる波乱を呼ぶとは、この時の私はまだ知る由もなかったのである。
次回予告
プリンの噂が、城の全部署に拡散!? 「文官だけズルいぞ!」「俺たち騎士団の分はないのか!」 屋敷の前に、馬車じゃなくてお城の役人さんたちの長蛇の列ができちゃったんですけど! さらに、砂糖の価値に気づいたハンスさんが、「これ、独占販売させてください!」って血眼で交渉にやってきて……。
次回、「プリンの噂」。 甘い革命は、もう誰にも止められません!
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