異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ

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第十七話 プリンの噂

「……美里様。なんだか、森の入り口の方が騒がしいですわ」

翌朝、エレンさんが不思議そうに窓の外を指差した。 
私も手を止めて縁側から目を凝らすと、木々の隙間から、何台もの豪華な馬車が連なってこちらへ向かってくるのが見えた。

「え、ハンスさんかな? でも、あんなにたくさん……」

馬車が屋敷の前に止まると、中から降りてきたのは、鎧を着た騎士ではなく、全員が「隈のひどい、疲れ切った顔」をした集団だった。 
昨日、陛下と一緒に来た文官たちの同僚だろう。彼らは、まるで行軍でもするかのような決死の表情で、私のお店の扉を叩いた。

「た、頼む……! 例の『魔法の菓子』を……プリンを譲ってくれ!」 
「昨日、同僚が持ち帰った一口を食べてから、仕事が手に付かないんだ!」 
「予算編成の時期なんだ! あの甘みがないと、私は今夜、書類の海に沈んでしまう!」

切実すぎる。 
彼らの叫びは、もはや美食家のものではなく、深刻な「エネルギー不足」に陥った労働者の悲鳴だった。

 
急遽、私はエレンさんとミナちゃんに指示を出した。

「エレンさん、昨日多めに作っておいて正解だったね! すぐに個数限定で販売を始めよう。ミナちゃんは、お客さんの列を案内してくれる?」

「はい! ミナ、じゅんばんこ、するね!」

エレンさんは昨日マスターした「テイクアウト用」の梱包をテキパキと進める。 
おばあちゃんの備蓄庫にあった、薄い木板を加工した小箱に、冷たく冷やしたプリンの瓶を並べていく。

板の間に上がった文官たちは、土間で律儀に靴を脱ぎ(陛下の教えが守られているらしい)、普段の厳しい役人の顔をどこかに置き忘れたように、そわそわと順番を待っている。

「お待たせいたしました。お一人様三つまでです」

「おおぉ……これだ。このプルプルとした震え、そしてキャラメルの芳醇な香り……。ああ、これがあれば、あと三日は徹夜できる」

文官の一人が、震える手でプリンを受け取り、その場で一口食べた。 
その瞬間、彼の顔からすべての「疲れ」が抜け落ち、溶けるような笑顔に変わった。

「……美味い。……生きていてよかった」

その一言に、後ろに並ぶ文官たちが一斉に頷く。 
カフェ『みさと』の板の間は、いつの間にか「城の残業戦士たちの休息所」と化していた。

 
日が暮れ、すべてのプリンが完売し、ようやく最後のお客さんを見送った。 
心地よい疲労感の中、私はエレンさんと板の間のテーブルを挟んで向かい合った。

「エレンさん、今日もお疲れ様。さあ、一日の締めくくりをしましょう」

テーブルの上には、木箱いっぱいに詰まった銀貨と、数枚の金貨。 
私一人では絶対に捌けなかった量だ。私は計算を終えると、革袋からエレンさんの分のお給料、そして今日の「プリン大盛況ボーナス」を取り出した。

「これ、今月のお給料と特別手当。エレンさんがいてくれて本当に助かったわ。ミナちゃんにも、美味しいおやつを買ってあげてね」

「美里様……こんなに多くはいただけませんわ。私たちは住む場所と美味しい食事をいただいているだけで十分ですのに」

「ダメよ、これはエレンさんの立派な仕事の対価。しっかり取っておいて、将来のミナちゃんのためにも使って」

強引に手渡すと、エレンさんは瞳を潤ませながら、大切そうに革袋を胸に抱いた。

「……ありがとうございます。美里様。大切にいたしますわ」

さて、残りの売上金を保管しなければ。 
私は重たい木箱を抱え、階段へと向かった。

「お運びしますわ、美里様」

「いいの、ここからは私一人で。……ほら、例のやつだから」

エレンさんは階段の手前でぴたりと足を止め、寂しそうに、けれど理解したように微笑んだ。 
そう、この階段から上は、おばあちゃんの強力な結界がある。 
エレンさんもミナちゃんも、この見えない壁を通り抜けることはできないのだ。

「……承知いたしました。では、一階の戸締まりを済ませておきますね」

私は「ごめんね」と心の中で呟きながら、一人で階段を上がる。 
三段目に差し掛かった時、いつもの、体が何かを通り抜けるような不思議な感覚。 私を認め、優しく受け入れてくれるこの家の魔力。

静かな二階の書斎に入り、私はおばあちゃんの文机の足元にある頑丈な隠し棚に、今日の売上を収めた。 
ここなら、どんな泥棒も、たとえ城の騎士団であっても手出しはできない。

窓から夜の森を見下ろすと、一階の居間からミナちゃんの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。 
一人は自由でいいけれど、やっぱり誰かがいる気配というのは温かい。

「おばあちゃん、今日もいい一日だったよ」

私は独り言を呟きながら、少しだけ重くなった棚の鍵を閉めた。
 
次回予告
プリンの熱狂は、城を飛び出して街の貴族たちの耳へ! 「あのプリンを独占せよ!」と、嫉妬に狂う貴族のお抱え料理人たちが動き出す!? そんな中、屋敷の周りに不審な影が……。 でも大丈夫、私たちのカフェには「最強の常連さんたち」がついているんです!
次回、「嫉妬の炎」。 おじいちゃん、そんなにプリンを抱えて走ったら転んじゃいますよ!
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