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第15話 3日間の徹夜外交
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その夜、エルデンバッハ公爵邸の私の部屋は、不夜城と化していた。
机の上には、隣国との貿易統計、過去の国境紛争の記録、そして現地の穀物相場表が山積みにされている。
「お嬢様……。もう午前三時ですわ。マリア様の妄想(予言)に、なぜそこまで……」
「妄想じゃないわ、ソフィ。あれは確定した『バッドニュース』よ。放置すれば私の総資産は最大で六〇%目減りする。……つまり、私の隠居生活が五〇年分吹き飛ぶってことよ」
(……冗談じゃない。戦争なんて、究極の非効率(コストの無駄)だわ。血を流して領土を奪い合うより、金を回して市場を奪い合う方がよっぽど合理的よ)
私は、目の下のクマをコンシーラーで塗りつぶしながら、脳内の「戦争回避パッチ」を完成させた。
【戦略名:Win-Win・ハック】
・敵の動機:冬の冷害による食糧不足と、関税による経済圧迫。
・解決策:関税の段階的撤廃と、余剰食糧の優先供給ルートの確立。
・期待リターン:戦争回避(資産保全)、及び隣国市場への先行投資権利。
(……よし。あとはこれを、隣国の大使の喉元に突きつけるだけね)
◇
翌朝。私は、事前の約束(アポイント)もなしに隣国大使館の門を叩いた。
「リゼット様!? 突然どうされました……」
「大使、単刀直入に伺います。……戦争、やめませんか?」
「なっ……! 何を仰って……」
「しらばくれても無駄ですわ。貴国の国境付近での兵站移動、及び軍需物資の買い占め。市場の数字を見れば一目瞭然です。……ですが、戦争をしても貴国に残るのは、荒れ果てた土地と莫大な戦費の借金だけ。割に合いませんわよ(期待値マイナスですわ)」
私は、徹夜明けのハイテンションな瞳で、大使を射抜いた。
そこから、地獄の七二時間が始まった。
◇
一、二日目。 隣国大使館の秘密会議室にて。
「関税を一五%引き下げ? それでは我が国の産業が……」
「いいえ。代わりに我が国の最新魔法技術をライセンス提供します。生産効率は三割上がり、貴国の製品は他国に対して圧倒的な価格競争力を持ちますわ。……目先の端金より、長期的な市場シェア(時価総額)を取りなさい」
(……眠い。頭の中で、フェラーリ488GTBのエンジン音が幻聴として聞こえてきたわ。加速したい……この不毛な議論を追い抜いて、早くベッドという名のゴールラインを切りたい……)
三日目。 もはや、大使の顔にも私と同じくらいのクマが刻まれていた。
「……リゼット様。あなたは、なぜそこまでして平和を望むのですか? 公爵家としての利益だけを考えれば、軍需物資で儲ける道もあるはずだ」
(……軍需? 兵器なんて単発の特需(あぶく銭)でしょ。私が欲しいのは、平和というインフラが生み出す、安定した継続収入(ストックビジネス)なのよ)
「大使。……私は、ただ、静かに暮らしたいだけなんですの。誰もが自分の好きなことに没頭できる。そんな世界の方が、ずっと『期待値』が高いとは思いませんか?」
(……訳:邪魔されたくないから、さっさとハンコ押せ、無能)
「……負けましたよ。あなたのその、真っ直ぐな平和への情熱に」
ガチャン、と重厚な印章が条約書に押された。
隣国との「永久友好及び経済提携条約」。
三ヶ月後の侵攻予定は、この瞬間に「大規模な共同貿易プロジェクト」へと書き換えられた。
◇
三日後。王宮の謁見の間。
「陛下! 隣国大使より、不可侵条約と経済同盟の申し入れが届きました! 全て、リゼット嬢が単独でまとめ上げたとのことです!」
「な、なんだと……!? 彼女は、たった三日で、戦争の火種を完全に消し去ったというのか!?」
国王、宰相、そしてアルフォンス王子が、絶句して私を見ている。
(……終わった。ようやく、終わったわ……。これで私の株価は守られた……。隠隠居への道に……障害は……ない……)
私は、そのまま糸が切れた人形のように、大理石の床に崩れ落ちた。
「リゼット!!」
「お嬢様!!」
意識が遠のく中、マリアちゃんの叫び声が聞こえた。
「リゼット様……! 自分を犠牲にして、三日三晩不眠不休で世界を救うなんて……。ああ、やっぱりあなたは、平和を司る本物の女神様だわ!!」
(……違う。……残業、代……。……振替、休日……を……)
【解析:リゼットの現状】
・隣国との関係:敵対から「共同経営者」へ昇格
・王国内の評価:沈黙の賢者から「平和の女神」へ神格化
・自由時間:絶望的(叙勲式、祝賀会、各国からの招待が殺到)
(……計算、ミス……。……また……致命的な……)
不労所得で隠居したいネットワーカー、リゼット。
資産を守るために本気を出した結果、歴史に名を刻む「救国の英雄」として、永久就職(王妃確定)のハンコを自分で押してしまう。
「お嬢様、お目覚めですか? ……陛下より、『王国平和勲章』の授与式の日取りが決まったとのお知らせが!」
「……〇ね。……世界なんて、滅びればよかったのよ(本音)」
次回予告
「リゼット嬢、君の功績を称え、国民全員の前で叙勲式を行う!」 「(……やめて。公開処刑すぎる。もっと隠れて生きたいの!)」 「リゼット様! あなたの姿を見て、私も政治を学ぶ決意をしました!」 「(……マリアちゃん!? お願いだから大人しくしてて!)」
次回、第16話「不本意な叙勲式」
私の隠居生活、もう宇宙の果てまで行っちゃいましたわ!?
机の上には、隣国との貿易統計、過去の国境紛争の記録、そして現地の穀物相場表が山積みにされている。
「お嬢様……。もう午前三時ですわ。マリア様の妄想(予言)に、なぜそこまで……」
「妄想じゃないわ、ソフィ。あれは確定した『バッドニュース』よ。放置すれば私の総資産は最大で六〇%目減りする。……つまり、私の隠居生活が五〇年分吹き飛ぶってことよ」
(……冗談じゃない。戦争なんて、究極の非効率(コストの無駄)だわ。血を流して領土を奪い合うより、金を回して市場を奪い合う方がよっぽど合理的よ)
私は、目の下のクマをコンシーラーで塗りつぶしながら、脳内の「戦争回避パッチ」を完成させた。
【戦略名:Win-Win・ハック】
・敵の動機:冬の冷害による食糧不足と、関税による経済圧迫。
・解決策:関税の段階的撤廃と、余剰食糧の優先供給ルートの確立。
・期待リターン:戦争回避(資産保全)、及び隣国市場への先行投資権利。
(……よし。あとはこれを、隣国の大使の喉元に突きつけるだけね)
◇
翌朝。私は、事前の約束(アポイント)もなしに隣国大使館の門を叩いた。
「リゼット様!? 突然どうされました……」
「大使、単刀直入に伺います。……戦争、やめませんか?」
「なっ……! 何を仰って……」
「しらばくれても無駄ですわ。貴国の国境付近での兵站移動、及び軍需物資の買い占め。市場の数字を見れば一目瞭然です。……ですが、戦争をしても貴国に残るのは、荒れ果てた土地と莫大な戦費の借金だけ。割に合いませんわよ(期待値マイナスですわ)」
私は、徹夜明けのハイテンションな瞳で、大使を射抜いた。
そこから、地獄の七二時間が始まった。
◇
一、二日目。 隣国大使館の秘密会議室にて。
「関税を一五%引き下げ? それでは我が国の産業が……」
「いいえ。代わりに我が国の最新魔法技術をライセンス提供します。生産効率は三割上がり、貴国の製品は他国に対して圧倒的な価格競争力を持ちますわ。……目先の端金より、長期的な市場シェア(時価総額)を取りなさい」
(……眠い。頭の中で、フェラーリ488GTBのエンジン音が幻聴として聞こえてきたわ。加速したい……この不毛な議論を追い抜いて、早くベッドという名のゴールラインを切りたい……)
三日目。 もはや、大使の顔にも私と同じくらいのクマが刻まれていた。
「……リゼット様。あなたは、なぜそこまでして平和を望むのですか? 公爵家としての利益だけを考えれば、軍需物資で儲ける道もあるはずだ」
(……軍需? 兵器なんて単発の特需(あぶく銭)でしょ。私が欲しいのは、平和というインフラが生み出す、安定した継続収入(ストックビジネス)なのよ)
「大使。……私は、ただ、静かに暮らしたいだけなんですの。誰もが自分の好きなことに没頭できる。そんな世界の方が、ずっと『期待値』が高いとは思いませんか?」
(……訳:邪魔されたくないから、さっさとハンコ押せ、無能)
「……負けましたよ。あなたのその、真っ直ぐな平和への情熱に」
ガチャン、と重厚な印章が条約書に押された。
隣国との「永久友好及び経済提携条約」。
三ヶ月後の侵攻予定は、この瞬間に「大規模な共同貿易プロジェクト」へと書き換えられた。
◇
三日後。王宮の謁見の間。
「陛下! 隣国大使より、不可侵条約と経済同盟の申し入れが届きました! 全て、リゼット嬢が単独でまとめ上げたとのことです!」
「な、なんだと……!? 彼女は、たった三日で、戦争の火種を完全に消し去ったというのか!?」
国王、宰相、そしてアルフォンス王子が、絶句して私を見ている。
(……終わった。ようやく、終わったわ……。これで私の株価は守られた……。隠隠居への道に……障害は……ない……)
私は、そのまま糸が切れた人形のように、大理石の床に崩れ落ちた。
「リゼット!!」
「お嬢様!!」
意識が遠のく中、マリアちゃんの叫び声が聞こえた。
「リゼット様……! 自分を犠牲にして、三日三晩不眠不休で世界を救うなんて……。ああ、やっぱりあなたは、平和を司る本物の女神様だわ!!」
(……違う。……残業、代……。……振替、休日……を……)
【解析:リゼットの現状】
・隣国との関係:敵対から「共同経営者」へ昇格
・王国内の評価:沈黙の賢者から「平和の女神」へ神格化
・自由時間:絶望的(叙勲式、祝賀会、各国からの招待が殺到)
(……計算、ミス……。……また……致命的な……)
不労所得で隠居したいネットワーカー、リゼット。
資産を守るために本気を出した結果、歴史に名を刻む「救国の英雄」として、永久就職(王妃確定)のハンコを自分で押してしまう。
「お嬢様、お目覚めですか? ……陛下より、『王国平和勲章』の授与式の日取りが決まったとのお知らせが!」
「……〇ね。……世界なんて、滅びればよかったのよ(本音)」
次回予告
「リゼット嬢、君の功績を称え、国民全員の前で叙勲式を行う!」 「(……やめて。公開処刑すぎる。もっと隠れて生きたいの!)」 「リゼット様! あなたの姿を見て、私も政治を学ぶ決意をしました!」 「(……マリアちゃん!? お願いだから大人しくしてて!)」
次回、第16話「不本意な叙勲式」
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